針千本



大きな事件が立て続けに起こって、デ−トの予定もキャンセル続き。
明日は3週間ぶりに会えるから、すご〜く楽しみ。

…と、季節限定苺パフェを頬張りながら話していたら、アイスティ−を手に叶絵が言った。

「あんた、相変わらずほったらかされてんのね〜」

叶絵は笹塚さんには辛口だ。
曰く、電話やメ−ルは日に1度あるかないか。デ−トは月に2度がやっとこさ。
イベント当日は、まず会えない。
『それで“付き合ってる”なんて、信じらんね−ッ!!』
…だ、そうだ。

親のスネ齧ってる学生やフリ−タ−と一緒にすんな!!
…と、言いたいのは山々だけど、グッと我慢。
以前もソレで叶絵とケンカになって、危うくランチタイムのファミレスで彼の氏名年齢
および職業を大声で叫ぶところだったのだ。
私はともかく、笹塚さんに迷惑かかったら大変だし。
寸前で口を塞いでくれたのも、目の前の親友だったワケだし。

ここは笑ってごまかして、追加のオ−ダ−を頼む。
苺のタルトにシフォンケ−キ。
最期にストロベリ−・ミルクセ−キで、今年の各ファミレスの苺フェアも全メニュ−制覇だ。
注文を終えて振り向くと、テ−ブルに頬杖をついた叶絵はストロ−で氷をかき回している。
つまんなそうな顔で、話の続き。

「あんたの彼氏ってさぁ〜。見るからにムッツリしてて、愛想無いじゃん。
 だからぁ…」

ちょい待てや。
人が黙っているのをいいことに、失礼なッ…!!
言い返そうと口を開いたところで、叶絵はニヤリと笑った。

「たまには慌てさせてやれば?
 明日なら、ちょうど都合い−じゃん」

あ、そうか。明日は…
手帳に花マル印をつけたのは、4月の1日目だった。


   * * *


久しぶりのお休みだから、ゆっくりしてもらいたくて今日の予定はおうちデ−ト。
3週間と何日かぶりに会った笹塚さんは、いつもどおり。
昼過ぎなのに、起きたばかりなのか眠そうな顔。
髪の毛も、あちこち寝癖がついてるし。後で直してあげようかな…。
リビングのソファ−に座っても、そんなことばかり気になって話の切欠が掴めない。

「……弥子ちゃん、なんかあった?」

訪問から30分後。笹塚さんが、ぼそりと言った。
さすが、現役の刑事さんは鋭い。
…と、いうよりも。いつもなら、会えなかった日数分をしゃべりまくる私が黙ったまんま。
買い込んで来たお菓子にも手をつけないんだから、当たり前か…。

「さ、笹塚さん。実は、私……ッ」

ああ、ダメだ。
顔は引き攣る。声はどもる。
こんなんじゃ、笹塚さんのレアな表情は拝めない。

挙動不審な私を前にしても、やっぱりテンションの低い顔のまま。
色の薄い眸で、じ−っとこっちを見つめてる。
頑張れ、負けるな桂木弥子!!
今までだって、魔人のことやら事件のことやらで、散々嘘をつき倒してきたじゃんか!!
(…ひいッ、思い出すと心が痛む…!!)
えいやっ、とばかりに一息で言った。

「先月から、せ…生理が来てなくて…!!
 に、妊娠検査薬買って調べたら…。できちゃったみたい、で」

うぎゃあ゛あぁ〜ッ、めっちゃ恥ずかしいッ!!(////)
“生理”とか“妊娠”とか口にするだけで、魔人のDVも顔負けの羞恥プレイ。
叶絵、恐ろしい子!…じゃなくて!!やっぱ、やめときゃよかった〜。

だけど、もう言っちゃったモノは仕方がない。
覚悟を決めて、笹塚さんの表情を伺う。

困った顔するかな?ちょっとは慌てるかな?
やっぱ、ここは笹塚さんらしく冷静沈着に

 『何の冗談…?』

…って、一発でバレバレのパタ−ンかな?
だって、いつも気をつけてくれてるもんね。
その時は、叶絵に教えてもらった必殺技

 『実は以前、ゴムに安全ピンで穴あけちゃったんです〜』

…って、言ってみよう。
もし、それで本気にするか、嘘だってわかってて付き合ってくれるとして

 『……弥子ちゃんは、どうしたい?』

…とか、淡々と訊かれたら

 『笹塚さんは、どうしたいんですか?』

…って、切り替えして。
それで……、………………。



笹塚さんの表情が、ゆっくりと動く。
瞬きごとに、じんわりと。

ふんわりと。



「……そっか…」



深呼吸のような吐息といっしょに、唇から洩れた声。

多分、笹塚さんは意識していない。
自分がどんな顔してるか、わかってない。
わかってて出来る筈のない表情…、だから。


「ごめんなさい、嘘です!!」


気がついたら、ソファ−から立ち上がって大声で叫んでいた。

迷うとか困るとか、……疑うとか。
全部をすっ飛ばしてしまった笹塚さんに、胸の奥が痛む。
まるで、心臓を針ネズミにされたみたいに。

どれだけ愛されてる?大事に思われてる?
心が広い?冗談が通じる?
そんな、問題じゃない。



このひとは ひとり、だから…。



「……あ−、エイプリルフ−ルね」

間延びした声で、笹塚さんが言った。
首の後ろに手を当てて、ちょっと頭を傾ける。
いつもどおり、関節の鳴る小さな音。

「ごめんなさい…、ごめんなさい!!」

大好きなひとの大好きな癖を見下ろして、私はただ馬鹿みたいに繰り返す。
咽喉が塞がれたように苦しくて、それしか言葉を思いつけない。
ソファ−の軋む音がして、戸惑った声が頭の上から降ってきた。

「そんな、あやまんなくても…。
 別に怒ってね−し。冗談通じなくて、ごめんな…?」

きっと、滅多にない困った顔をしてるんだろう。
ソレを見ることが、この下らない嘘の目的だったのだ…!!
私は歯を喰いしばって、俯いた。

何て、無神経なんだろう。
何て、考え無しなんだろう。
知ってたのに。知ってた“つもり”だったのに。
自分のゾウリムシさ加減が嫌になる。

こんなだから、いつまで経っても私は
笹塚さんの心の、本当の内側(なか)に入れてもらえないんだ…。

必死に涙をこらえる私を腕の中に入れて、笹塚さんは溜息を吐いた。
頭に乗せられた大きな手。
子ども扱いされてるみたいで好きじゃないのに、いつも気分が落ち着いてしまう癖。
それさえ今は、痛い。


「……じゃあさ、弥子ちゃん」


耳元で、低い声がした。


   * * *


翌日。
好奇心ではちきれそうな叶絵に首尾を訊かれた私は、正直に答えた。


 『いつか絶対、笹塚さんの赤ちゃんを産んであげる!
  最低でも男の子と女の子、1人づつ!!』


…という約束で、指切りしたと。
もちろん、エイプリルフ−ル無しで。
叶絵は引き攣った顔をしてたけど、知ったことじゃない。


ああ、早く。
嘘がほんとになりますように。

でないと私は思い出すたび、針千本を呑むような痛みを覚えてしまうから。



                                   − 終 −


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(以下、反転にてつぶやいております。)

エイプリルフールのありがちネタをエコ精神でリサイクル。
4月1日の掲載を断念したのは、
『この嘘(ネタ)は、子どもが出来る前段階の関係が無いと成立しない』
…という事実をどう扱おうか無駄に考え過ぎたからです。
小ネタだし、別に悩む必要もなかった…。(笑)

弥子ちゃんが高校生か否かは明記していませんが、人に知られたくないらしいので
恐らく…。
まあ、卒業後でも15歳年上とか刑事さんだとか、大声で言うことじゃありませんが。

甘いのか切ないのかバカップルなのか、よくわからない仕上がりになりました。(汗)