心 祝



− 1 −

7月19日。
朝、家を出る前に笹塚さんへメ−ルを入れる。


 『おはようございます!今日から待ちに待った夏休みです。
  明日はお休みできそうですか?
  ちなみに明日の探偵事務所は丸1日、所長不在の予定です o(^∇^)o♪』


内容は短く簡潔に。顔文字はシンプルなのを1コだけ。
15歳年上で、いつも仕事が忙しくて。
おまけにテンション低めの彼氏へのメ−ルは、それなりに気を使う。

送信ボタンを押してから、大きくため息。
明日、探偵を休む代わりに、今日は事務所で普段の倍のDVに耐える予定。
コレで笹塚さんのお休みがフイになったら、私ってば心底救われない…。

けど、何事も念のため。
バッグには新製品のトリ−トメントと一緒に、ラッピングしたプレゼントをしのばせた。


   * * *


DV終わって、日が暮れて。
痛む身体を引きずって、なんとか家まで帰りついた。

結局、事件現場で顔を合わせることも、ふいに事務所を訪ねてくれることもなく。
ましてや街中でバッタリ、なんてことがあるハズもなく。
シックなラッピングも、カバンの中から机の上に無事ご帰還。
その隣に、朝から何十回確認したかわからないケ−タイを置いた。

今日の履歴はドS魔人からの催促と、叶絵からの合コンの誘い。
今夜は遅くなるという、お母さんからの連絡。
肝心な人の名前は、1件も無い。

やっぱり仕事、忙しいのかなぁ〜。
張り込みや取り調べの最中かもしれないし、コッチから電話はかけづらい。
何度もメ−ルしたら、ウザイと思われるよね…。

ゴハンを食べて、お風呂に入って、面白くもないテレビを見て。
夜の11時を少し回って、やっと返信がきた。


 『明日は1日休み。また連絡する』


いつもながらの1行メ−ル。普段の話し言葉、そのまんま。
でも、その1行で身体中の筋肉痛と関節痛も、気にならなくなるんだよね〜。
人体の不思議に思いを馳せつつ、指はイソイソと返信の返信を打っている。


 『お仕事、お疲れ様です!!
  明日は午後から晩ゴハンの材料持って、お家に行きますね。
  それまで、ゆっくり休んでてください。
  日付が変わったら、おたおめメールしま〜す ( ^o^ )/~ 』


よし、OK。これで明日の準備が始められる。
鼻歌混じりにクロ−ゼットを開けた。

お気に入りのスカ−トに、チュニックブラウスを合わせて。
天然石のアクセサリ−、新色のリップにマニキュア。
足元はミュ−ルとサンダル、どっちにしようかな〜?

考えていると、ふいにケ−タイが鳴りだした。
ドS魔人でも、叶絵でも、お母さんでもない。
週に1度か2度だけ聞ける、特別なメロディ−。

さっき返信したばかりなのに。
もしかして、別の仕事が入っちゃったとか…?
ベッドに腰掛け、おそるおそる通話のボタンを押す。

「…もしもし…」


 〔………弥子ちゃん?
  明日は昼頃に待ち合わせて、買い物に付き合ってもらいて−んだけど…〕


掠れ気味の低い声。抑揚の無い、ボソボソした口調。
耳を澄ませながら、ホッと胸をなでおろす。

「あ、はい!!
 それはゼンゼン構いませんけど…。笹塚さん、何を買うんですか?」

“笹塚さん” と “買い物” って、お酒と煙草とおつまみぐらいしか思いつかない。
ところが、返ってきたのは予想を遥かに超えた言葉。


 〔あ−……、服とか…〕


……ふく…、拭く…福…吹く、…………服?
“笹塚さん” が “買い物” ……服、を。


「ええ゛え゛えぇ−ッ!!服〜ッツ!?」


あまりの意外さに、思わず絶叫。
だって、笹塚さんだよ!?
同じス−ツを3着買って着回してると豪語(?)した、あの、笹塚さんが!!


 〔…………なんで、ソコまで驚くの…?〕


声が遠のいたカンジなのは、多分ケ−タイを耳から離したせい。
我に返って、慌てて言い繕う。

「や、いやいやいや!えぇッとォ…。け、結婚式に呼ばれてるとか…、ですか?」


 〔そ−いう冠婚葬祭用のは、あるから〕


いつものくたびれたス−ツ以外にも、持ってたんだ…!!
瞬間、頭の中には黒ス−ツを着た笹塚さんの図。
うわぁ〜、ビシッとしてるよビシッと!!自分の想像に、激しくドキドキしてしまう。
……あれ?でも、それなら…。

「じゃあ、笹塚さん。ど−いう服を買いたいんですか?」


 〔……………〕


しばしの間。
話し出す前に、ビミョ〜な沈黙が入るのは笹塚さんの癖だけど。
いつものソレとは、ちょっと違うような…?
思っている間に、テンションの低い声。


 〔30過ぎたオジサンが10代の女の子と並んで歩いても、あんま目立たなくて。
  その子がカッコイイと思ってくれそ−な服…?〕


「…………!?」

今度は、コッチが沈黙する番。
笹塚さんが、そんなこと気にしてたなんて…!!
思わず机の上のラッピングに視線を送る。


 〔……だから、弥子ちゃんに選んでもらわねぇと。
  俺じゃ、よくわかんね−から…〕


ケ−タイ越しの声が、ますます聞き取りにくくなる。
これは、もしかして。もしかすると…?

「ささづかさ…」


 〔……じゃあ、明日はいつものファミレスで12時に。おやすみ〕


いきなりの早口。おやすみなさい、を返す間もなく切られてしまった。
…………逃げたな。

思いながら、机の上で待機中のバ−スデ−プレゼントに手を伸ばす。
例によって買い食いを控え、お小遣いを貯めて奮発したソレは、夏物のシャツ。
普段、笹塚さんが着ない色。
いつものス−ツに合わせても、おかしくないように選んだつもりだけど、ちょうどイイ。
明日は早起きして、笹塚さんの家のドアの前にプレゼントを置いておこう。


 『今日は、これを着てくださいね ( ^∇^)_□゚.+:。


って、メ−ルも入れて。

ファミレスでお昼を食べた後、シャツに一番似合うボトムとジャケットを探しに行こう。
目いっぱい色んな服を試着してもらって、ケ−タイのカメラで写真を取って。
きっと、めちゃくちゃカッコ良くなるだろうな〜♪

……待てよ。
すると私も、もうちょっと大人っぽくした方がいいのかな?
壁に掛けたコ−ディネ−トを眺めて、考える。

それより何より、時計を見れば7月20日まであと少し。
メ−ルの準備を始めなきゃ!

 『Happy Birthday!! O(≧▽≦)o∠*:゚☆。.:* )』

は、誰より早く届けたい。


今年こそ、石垣さんには負けないんだから!!



                                   − 終 −


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(以下、反転にてつぶやいております。)

笹誕コネタ3連発。
その1は、誕生日の前日〜直前までを弥子ちゃん視点で。
第2回人気投票結果発表時(コミックス13巻86頁参照)の謎柄のシャツが元ネタです。
笹塚さんの着せ替えごっこ……楽しそう。(笑)

ちなみに、笹塚さんへのバ−スデ−メ−ル。
作中弥子ちゃんは去年、コンマ数秒の差で石垣に先を越されたらしい。(笑)
でも、笹塚さんには今年も去年も弥子ちゃんからのが唯一のバ−スデ−メ−ル。
石垣のは読まずに速攻削除するからね。

なお、私は顔文字を全く使わないので、文中での使用は適当です。
シンプルなのって逆に見つけにくくて、あちこち削ったり合体させたり。
使用法とか、間違ってたらすみません…。(汗)

      












− 2 −

「笹塚さん、晩ゴハンは何がいいですか?」

30と何回目かの誕生日に、もぎ取った丸1日の休み。
昼時のファミリ−レストランで、向かいに座る弥子ちゃんが言う。

テ−ブル一杯に料理を並べて、あらかた喰い尽くして。
追加でデザ−トも頼んだ後、それを口にするのが彼女らしい。

「今夜は腕をふるっちゃいますよ〜。
 なんたって、笹塚さんのお誕生日ですから!!」

食事の間は食べ物に夢中だったけど、ようやくコッチに関心を向けてくれたようだ。
丸っこい大きな目は、期待に溢れている。

……さて、どうしたものか。

タバコとライタ−に伸びかけた手を、コ−ヒ−カップに向かわせながら考える。
経験上、この場面で


 『(弥子ちゃんが作ってくれるものなら)何でもいい』


…は、禁句だ。
あからさまにガッカリして、俯いて、しばらく黙り込んで。
次に顔を上げた時は据わりまくった目で、とんでもね−ことを言う。
例えば…、


 『じゃあ、今夜は“餡子(あんこ)づくし”にしましょう!!
  前菜は水羊羹で、汁物は冷やし白玉汁粉。
  メインは小倉バタ−ト−ストと、きんつばと、おはぎと、どら焼きと…(以下略)
  デザ−トはやっぱり、あんみつと宇治金時ですよね〜♪』


…考えただけで、胃が重い。
ぬるいコ−ヒ−を啜った後、ふと思いついたリクエストを口にする。

「……じゃ、カレ−で」

とたん、弥子ちゃんは怪訝な顔をした。

「今、カレ−食べたばっかりなのに?」

彼女の指摘どおり、テ−ブルの端には空になったカレ−の皿。
24時間ぶりに喰った、まともなメシだ。
もっとも、約1/3は味見と称して、弥子ちゃんの腹に収まっている。

「そ−いえば、笹塚さん。ファミレスでご飯食べる時って、カレ−が多いですよね。
 先月、ここで待ち合わせた時と…。2ヶ月前に別のファミレスで会った時も。
 もしかして、カレ−党?」
「別に、そ−いうワケじゃね−けど…」

言いかけたところで、ウェイトレスが空いた皿を下げにきた。
一旦、会話が中断する。

食べ物に関してだけは、驚異的な記憶力を発揮する彼女。
この集中力が勉強に活かされれば、留年の心配もね−のにな…。
カチャカチャと食器の鳴る音を聞きながら、とりとめもなく考える。

実際、特にカレ−が好きってワケじゃない。ただ、メニュ−を読むのが面倒臭い。
カレ−なら、どこのファミレスにもあるし、注文が来るのも早い。
だから、カレ−を頼むことが多くなる。

石垣に昼メシを買いに行かせる時、あんパンにするのと同じだ。
あれなら、どこのコンビニでも売っている。
もっとも一度、嬉しそうに“ホイップクリ−ムあんバタ−パン”を買ってきやがったのを
返品させたことも…、って。
何で休みの日まで、ストレス源の顔を思い出さなきゃなんね−んだ…。

皿の山と共に、ウェイトレスがテ−ブルを離れる。
それを待って、彼女にリクエストの理由を述べた。

「弥子ちゃん、前に1度、俺の家でカレ−作ってくれただろ?」
「笹塚さんの家で、カレ−…?」

弥子ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
だが、すぐに思い出したらしい。

「最初に笹塚さんの家に行った日ですね!!
 あの時は、あり合わせの材料にカレ−粉と調味料を適当に入れて煮たら、
 “ス−プカレ−風”になっちゃっただけで。ちゃんとしたカレ−じゃあ…」
「けど、今喰ったカレ−より、あの時のカレ−の方が美味かったから。
 また喰いたいなぁと思ったんだけど…」

………あれ?
弥子ちゃんが固まった。
目をまん丸にして、口をぽかんと開けて。
デザ−トが運ばれて来ても、まだ動かない。
俺、何か変なこと言ったっけ…?


「……さ、笹塚さんって…」


ようやく声を出した弥子ちゃんの頬が、妙に赤い。
坦々麺とか、豚キムチ丼とか、ハバネロのタコスとか。
さっきまで喰ってた料理、辛いモンが中心だったしな…。
思いながら、先を促す。

「何…?」
「すんごい、“素直ク−ル”ですよね…。」
「………何、それ?」

聞きなれない言葉に首を傾げると、弥子ちゃんは深々とため息を吐く。
それから、マンゴ−フラッペとパイナップルスム−ジ−を手元に引き寄せた。

「い−えっ、何でも!
 溶けない内にデザ−ト、いただきま〜す!!」

火照った顔を冷やすように、デザ−トを頬張る。
その合間に、リクエストの返事をくれた。

「じゃあ、今夜は前のより本格的な、夏野菜たっぷりのス−プカレ−を作りますね!!
 あと、苦節2年にして学食の平野さんからレシピを聞き出した極上カツカレ−と、
 美和子さん直伝のスペシャルシ−フ−ドカレ−と…」
「……どれか1つで、十分だと思うけど……」

とりあえず言ってはみるが、聞いてね−だろう。
食べ物に夢中になると、それだけに集中してしまうのだ。
ただし、甘いモノを喰いながら、辛いモノのことを考えるのはアリらしい。

「カレ−といえば、ドライカレ−も欠かせないですよねッ!
 それに、カレ−ソバとカレ−うどんも!!
 カレ−パンにも挑戦してみようかな〜。でも、カレ−まんも捨てがたいし。
 笹塚さんは、カレ−パンとカレ−まん、どっちがいいと思います?」

目をキラキラと輝かせ、数多のカレ−メニュ−に思いを馳せる弥子ちゃん。
今夜の食卓には、カレ−パンとカレ−まんの両方が並ぶだろう。
確信しながら、くるくるとデザ−トスプ−ンを使いこなす彼女に言う。


「弥子ちゃんの好きな方でい−よ」


今の場面は、これで正解。



                                   − 終 −


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(以下、反転にてつぶやいております。)

笹誕コネタ3連発。
その2は、誕生日当日。待ち合わせのファミレスで、笹塚さん視点。
去年の7月に書いた「色彩」から、ボツにした会話部分が元ネタです。

笹塚さんの最大のライバルは、魔人様でも吾代さんでもヒグチ君でもなく、
“食べ物”でしょうね〜。
でも、笹塚さんは夢中でゴハンを食べていたり、“食”を熱く語る弥子ちゃんを
見ているのが好きだから、何の障害にもならない。
……お財布の心配は、また別の問題です。(笑)
      












− 3 −

笹塚は、甘いものをほとんど食べない。
特に、ケ−キや洋菓子の類は。

だから、バ−スデ−ケ−キをどうするか、弥子はずっと悩んでいた。
笹塚の誕生日に、笹塚が食べないモノをテ−ブルに並べても意味がない。
結局、予約も手作りもしないまま、当日を迎えた。

でも、ケ−キがない誕生日なんて。
七味のないソバ、ラ−油のないギョ−ザ、マスタ−ドのないホットドッグも同然だ。

…要するに、何かモノ足りない。

2人で街を歩いても、夕食の買い物の間も、ケ−キ屋が気になって仕方がない。
そんな弥子が目に余ったのだろう。1件の店の前で笹塚が言った。

「ケ−キ、買おうか?」

周囲には菓子の焼ける甘い匂いが満ちていた。


   * * *


入った店は、表通りに面しているだけあって、そこそこの有名店らしい。
ショ−ケ−スには、凝ったデコレ−ションを施されたケ−キの数々。
ク−ラ−で冷えた空気には、高そうなリキュ−ルの香り。

「どれが良いですかね〜?」

溜息といっしょにヨダレまで出しながら、弥子はうっとりと魅せられている。
放っておけば、飽きることなく何時間でも見とれているだろう。
だが、笹塚は即断即決だ。

「……これ」

指差された先には、店で一番大きなサイズのホ−ルケ−キ。
むろん、それを選んだ理由も“一番大きいから”だ。
白いクリ−ムの上には、大ぶりにカットされた南国のフル−ツがてんこ盛り。
ちなみに値段も一番高い。

弥子は目を輝かせ、こくこくと頷く。
店員を呼んでケ−キを示し、そして何やら耳打ちする。
頷いた店員はショ−ケ−スからケ−キを取り出し、店の奥へ消えた。
“わくわく”と、書かれた文字が見えそうな背中に、笹塚は声をかける。

「ロウソク、もらっとく?」

わざわざ祝ってくれる弥子の気持ちには、出来るだけ応えたいと笹塚は思っている。
小さいとはいえ30数本のロウソクを吹き消すのは、しんどそうだが…。
だが、レジの横にある棚を眺めていた弥子は、笹塚を手招きする。

「笹塚さん、こんなのもありますよ〜。」

弥子が示したのは、数字の形をしたロウソクだ。
確かに、これなら2本で済む。
ケ−キの表面も穴だらけにならずに済むだろう。

笹塚がうなずくと、弥子は嬉しそうに2つの数字を手に取った。


   * * *


テ−ブルに乗り切らなかった料理の山も、綺麗サッパリ片付いた。
9割方は弥子の胃袋の中だが、笹塚も全部の料理を一口づつは食べている。

大量の皿と鍋を二人で洗って、拭いて、片付けて。
お揃いのマグカップに食後のコ−ヒ−を淹れて。
いよいよ最後に登場するのがバ−スデ−ケ−キだ。

箱を開けると、弥子が店員に頼んだとおり “Happy Birthday EISI” と書かれた
チョコプレ−トが飾ってあった。
やはり誕生日は、こうでなければ。

数字のロウソクを2つ立てて、笹塚がライタ−で火を点ける。
弥子が部屋の明かりを消し、ソプラノとアルトの中間の音程で“ハッピ−バ−スデ−”を歌う。
ただし、“ディア…”に続く名前を普段の呼び方のとおりに歌って、大きく外した。

「……下の名前で歌えばい−のに」
「うぅ…、それは来年挑戦します…。(////)」

苦笑を浮かべた笹塚がロウソクの火を吹き消して、弥子が盛大な拍手を贈る。

「誕生日、おめでとうございます!!」

今日一日、何度も繰り返した言葉と一緒に。

「ど−も」

笹塚も、同じ返事を繰り返す。
弥子にだけわかる、微かな笑みと一緒に。

さあ、これで誕生日は完璧だ。
部屋の明かりを付けた弥子が、いそいそとナイフを取り上げた。

「笹塚さん、とりあえず1/8ぐらいで?」

一口か二口だけ食べて、残りは弥子にくれることになるのだろうけれど。
思いながら尋ねると、抜き取ったロウソクをテ−ブルに置いた笹塚が答える。

「ん−…、切らなくていいよ。弥子ちゃん、前に言ってたろ?
 一度、ホ−ルケ−キを丸かじりしてみたいって」

弥子は笹塚を見て、ケ−キを見て、また笹塚を見る。

「え…、でも。笹塚さんのバ−スデ−ケーキなのに…」

食い意地が張っていると思われがちな弥子だが、…確かに否定はできないが…
美味しいモノは好きな人と一緒に食べたい。食べる喜びを分かち合いたい。
そう思っている。

でも、やっぱりこのケ−キは弥子のために買ってくれたものだった。
笹塚の誕生日なのに、結局、無駄な出費をさせてしまった。
弥子のガッカリした顔を見て、笹塚は目を細める。

「後で、ちゃんと味見させてもらうから…」

後で、と言われても。
食べ始めたら最後、夢中になってケ−キを食い尽くしてしまう可能性が非常に高い。
だから、あらかじめ笹塚の分をカットしようとしたのだ。
迷っていると、笹塚は紙箱の台ごとケ−キを持ち上げ、弥子の鼻先に差し出した。

「はい、ど−ぞ」

眼前には、白い絹のような生クリ−ムと宝石のようにきらめくカットフル−ツ。
鼻腔をくすぐる甘い香り。
これで我慢など、できる筈がない。

パブロフの犬のごとくの条件反射で、弥子はケ−キにかぶりついた。
一口、二口、そして三口。
クリ−ムとスポンジとフル−ツのハ−モニ−を味わいながら、至福の声をもらす。

「は〜、幸せ〜vv」

さあ四口目…に、顔を伸ばしたところで幸せが消えた。
“おあずけ”を命じられた犬のように、口を開けたまま固まってしまう。
ロ−テ−ブルにケ−キを置いた笹塚は、空いた右手を弥子に伸ばす。
彼女の口周りは、当然ながらクリ−ムまみれだ。その左側を親指の腹で拭う。
鼻先を掠めるタバコの匂い。

「……味見」

低く呟いて、クリ−ムまみれの指を口元に運ぶ。
弥子は、ぽかんと笹塚を見つめる。
それからロ−テ−ブルの上のケ−キを見て、また笹塚の顔を見る。
もう一度、それを繰り返す。

その様が妙に面白くて、指を舐める笹塚の口元が緩んだ。
とたん、弥子はうっと呻いて息を吸う。深く、深く、更に深く。

「…………?」

真っ赤になって慌てるか、それとも怒ったフリをするか。
そんな反応を予想していた笹塚は、首を傾げて弥子を伺う。

次の瞬間、


  べちゃッツ!!


派手な音を立てて、弥子の顔面はケ−キにダイブした。


「………………………弥子ちゃん…?」


顔だけケ−キに埋まった弥子に、笹塚は呼びかける。
わかりにくいが、彼なりに動揺していた。
だが、見たところ弥子は意識を失ってケ−キの上に倒れたのではなさそうだ。
頬のあたりがモグモグと動き、咽喉はしっかり上下している。

「…ぷはッ!!」

しばらくして、潜水後のような声と共に弥子が顔を上げた。
ケ−キは見事に陥没し、顔中がクリ−ムまみれ。
しかも頬や鼻の頭には、フル−ツの切れ端がくっついている。

これは一体、何のバツゲ−ムですか?…と、ツッコみたくなる顔を弥子は笹塚に向ける。
そして、言った。


「はいッ!ど−ぞ召し上がれ!!」


ロ−テ−ブルに両手をついて、ずいっと顔を近づけながら。

唖然としていた笹塚は、クリ−ムパックをまぬがれた耳が赤く染まっていることに気づく。
白く縁取られた睫毛も、閉じたまま小さく震えていた。


彼女の突飛な行動に、笹塚はいつも驚かされる。
けれど、不快ではない。
普段使わない表情筋が、絶妙なタイミングに動かされる。
埃が払われて、錆が拭われて、感じることが出来る。

可笑しいとか、楽しいとか、嬉しいとか。
……愛しいとか。


バニラの香りに顔を近づけながら、笹塚は呟いた。
弥子の耳に溶けるような、低い声で。


「……すごく甘そう」


でも、すごく美味しそう。



                                   − 終 −


※ 心祝(こころいわい):外見や形式にこだわらない、気持ちばかりのささやかな祝い
                心の中で良い事が起きるのを願うこと


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(以下、反転にてつぶやいております。)

笹誕コネタ3連発。
その3は、誕生日の夜。
元々はクリスマスネタでしたが、どうせなら笹誕の方が良いかと。
あと、笹ヤコでよくお見かけする
『笹塚さんが弥子ちゃんの食べこぼしを取ってあげる(+それを食べる)』
…というシチュエ−ションを、自分でも書いてみたかったのと。

最後の締めくくりなので、“甘〜く”してみました。
弥子ちゃんは、どこまでわかってやっているのか。
笹塚さんの理性は、どこまで耐久性があるか。
ここから先は望月方式で、ご想像に丸投げ…。(汗)

私の中の笹ヤコは、天然同士の“割れ鍋に綴じ蓋”カップルです。
激しくズレているのに、不思議と噛み合う。
ツ−カ−より、そういう組み合わせが好きらしい。(笑)