失 言 「よ−、弥子ちゃん。 何してんの、こんなとこで」 私服で警視庁へやって来た桂木弥子を、笹塚は目敏く見つけた。 それどころか、自分から声を掛ける。 等々力は黙ったまま、その様子を見つめていた。 「何、用事?今から出るとこなんだけど」 「すいません。ちょっとだけ…」 互いに言いながら、2人はその場で雑談を始めた。 慌しく動き回る捜査員を眺め、桂木弥子があらたまった声を出す。 「……にしても。やっぱり皆、忙しそうですね。 あのテロの絡みですか?」 東京の一角が水没した事件以来、警視庁は総動員で捜査と警戒に当たっていた。 特に、その先頭に立つ一課は、休日返上で泊り込みを続けている。 首の後ろをなでながら、笹塚が溜息まじりに答えた。 「……ま−な。俺も最近は、毎日20分位しか寝れてない…」 「死にますよ!?」 すかさずツッコむ少女との会話は、切り上げられる気配がない。 目の下を指差す笹塚は、身長差のある彼女のために膝を屈めさえした。 「見ろよ、寝不足でできたこのクマ」 「ほぼ、いつもと変わらん!! てことは、だいたいいつもそんな生活か!!」 一回り以上、年上の刑事が相手でも、桂木弥子の物言いには遠慮が無い。 だが、彼女が笹塚の身体を心配しているのは、よくわかる。 単なる“顔見知り”というには、それはあまりにも親密な。 互いを気遣いながら、甘えるような。 ……そう。 例えるなら、まるで…… 上着を腕に抱えたまま、等々力は勝手な想像を打ち切った。 それは、31歳の先輩と16歳の少女には、余りにも失礼なものだったから。 * * * 等々力志津香は、幼い頃から真面目な努力家だった。 それに見合う成績を常に得てきた。 警察官としては、まだ経験の浅い彼女が捜査一課に異例の抜擢を受けた時も、 一番驚かなかったのは当の本人だったかもしれない。 自分が選ばれたのは、運でもなければコネでもない。 仕事への熱意に対する正当な評価だという自負が、等々力にはあった。 だが、捜査一課に配属されてからの日々は、驚きの連続だ。 良くも悪くも常識的に育った彼女にとって、犯罪捜査の最前線で目にするのは 理解を超えた人間ばかりである。 例えば、目標であり憧れでもある先輩・笹塚の人間離れした有能さには、圧倒される。 噂以上の低いテンションと高い実力。 最小限の動きで最大限の仕事をする彼は、等々力にとって雲の上の存在だ。 一方、名目だけの先輩・石垣の無能さと不真面目さには、首を傾げる。 なんで、こんなお荷物が一課にいるのか。 余りの非常識ぶりに、全都民に土下座最中を配って来いと言いたくなる。 こんなのとコンビを組んでさえ、警視庁検挙率No.1の実績を守っていた笹塚先輩は、 やはり雲の上の更に上の存在だと、等々力は尊敬を深めるばかりだ。 そして、いまや世界で最も有名な16歳。名探偵・桂木弥子。 平凡な女子高校生が、あっという間に難事件を解決する。 ドラマじみた光景は、実際にこの目で見てさえ信じられない。 桂木弥子もまた、等々力の理解を超えた雲の上の存在だ。 そんなところが笹塚と通じるのかもしれない。 等々力の目から見た2人は、いつも親しげだった。 今日も事件が一段落すると、笹塚は女子高生探偵の方へ足を向ける。 長身の助手は、いつの間にか姿を消していた。 「………お疲れさん」 抑揚も愛想もない声に、桂木弥子がニッコリ笑う。 2人の親密さは、少女の人懐っこさによるのかもしれないと、等々力は思う。 近寄りがたい雰囲気を漂わせる笹塚と、気安く会話の出来る人間は多くない。 「笹塚さんこそ、相変わらずお疲れっぽいですよ〜。 最近は、ちゃんと寝てます?ご飯はしっかり食べてます?」 笹塚が足を止めた位置よりも、更に2、3歩近づいた少女が尋ねる。 下から見上げてくる桂木弥子に、笹塚は曖昧な返事をした。 「……ま−、適当に」 「“適当”じゃ、ダメですよ〜!! 人間は、塩と焼酎と太陽光だけじゃ生きてけないんだから。 睡眠も栄養も、しっかりとらないと!!」 そんなやり取りを交わす2人を、等々力は少し離れて眺めていた。 今時の女子高生にしては礼儀正しい桂木弥子だか、笹塚には時折タメ口になる。 むしろ等々力や石垣に対しての方が、言葉遣いが堅苦しいくらいだ。 「目の下のクマも、ちっとも変わってないし。 まだ、平均睡眠時間20分なんですか〜?」 「……いや。最近は、だいたい50分は寝れてる」 「も−!!ナポレオンだって、3時間は寝てたのに!! ちょっとは考えないと笹塚さん、ホントに過労で死んじゃいますよ−!!」 ……ああ、やっぱり。 2人の会話を聞きながら、等々力は今日も思う。 うちとけて、遠慮が無くて。 互いへの労わりと暖かさに満ちていて。 手にしていた捜査資料を、ぎゅっと両腕で抱え込む。 懐かしい声が、聞こえる気がした。 『……志津香、志津香』 「……等々力さん?」 ふいに呼ばれて、等々力は我に返った。 2対の眸が自分を見つめている。 笹塚は無表情のまま、首を傾けて。 桂木弥子は、怪訝そうな顔をして。 「あ−!!おまえ今、目ェ開けたまま、寝てただろ〜? 先輩、コイツ新入りで後輩のクセして、たるんでますよね〜ッ!!」 「いつもたるんでる石垣さんには、言われたくありません!!」 嬉しそうにはしゃぐ石垣に、ついムキになって言い返す。 笹塚は五月蠅い部下を無視して、等々力に尋ねた。 「………さっきから、ずっとコッチ見てるけど。 俺か弥子ちゃんに、言いたいことでもあんの?」 「あ−、いっつも出しゃばっちゃってスミマセンッ!! 今日はもう、退散しますんで〜。調書は、また明日にでも」 カバンを抱えて立ち去ろうとする桂木弥子。 僅かに眉を寄せ、不審そうに自分を眺める笹塚。 ……誤解されてる…!! 思った等々力は、慌てて言った。 「いえッ!! ただ、先輩と桂木さんって、歳がものすごく離れてる のに とても親しそうだなと思っただけで…!!」 「「……………。」」 沈黙が、落ちる。 だが2、3度の瞬きの後、すぐに破られた。 「笹塚さんとは親しいっていうか、すっかり長〜いお付き合いというか。 もう色々と、お世話になりっぱなしですから〜!!」 大袈裟な程、明るい声で言う桂木弥子。 笹塚は首の関節を鳴らしながら、ぼそりと言った。 「………どっちかっつ−と、“お世話になりっぱなし”なのは俺等警察な気もするけどな」 ……やっぱり、誤解されてる…!! 笹塚先輩も、桂木弥子も。 『新入りの等々力は、警察が女子高生探偵と親しくすることに批判的だ』 …と、思っているのだ。 このままでは、絶対にマズイ。 彼女の第六感が、そう告げている。 「コラ、新入り!!おまえ、いったいドコ見て仕事してんだよ!? 先輩と一番親しくお世話をしているのは、このオレだろ−が!!」 「毎日毎日、お世話をかけっぱなしの人は黙っててください!!」 喚く石垣に反論した後、2人に向かって訴える。 「あの、そうではなくて…。 先輩と桂木さんって、なんだか仲のいい 親子みたい だなぁと…!!」 「「………………………………。」」 また、沈黙が落ちる。 今度は息を深々と吸って、吐き出すだけの間があった。 「…………俺が、中3の時の子か…。 まあ、不可能じゃね−な」 ぼそりと呟く声に、速攻でツッコみが入る。 「って、何を真面目に逆算してるんですかッ!? 笹塚さん、ゼンゼン若いのに…。マジあり得ませんって−!!」 等々力にではなく、笹塚に向かって激しく主張する。 めずらしく石垣が、桂木弥子の肩を持った。 「そうだ、探偵の言うとおりだぞ!! 新入り!!おまえな−、言っていいことと悪いことの区別もつかね−のかよッ!? 先輩と探偵じゃ、どっから見ても似ても似つかね−だろうが!!」 持ったはいいが、石垣らしく的外れな意見である。 「石垣さん、ちょっとでいいから黙っててください…!!」 等々力は頭を抱えた。 よりにもよって先輩が、桂木弥子の父親だなんて。 何とかして誤解を解こうと、声を張り上げる。 「ちがうんです!!私も実家に帰ると、よく言われるんです。 『ちゃんと寝てるの?ご飯は食べてるの?適当じゃだめよ』 ……って。 だから、桂木さんって笹塚先輩の“お母さん”みたい だと!!」 「「……………………………………………………………………… ……………………………………………………………………… ………………………………………………………………………。」」 今度の沈黙は、長かった。 固まる2人に気づいた等々力が、青くなった後で真っ赤になり、平謝りに謝り倒すぐらいには。 「すっ…、すいません!! ついウッカリと 思ったまま を口にしてしまって……。(///////)」 「……等々力。それ、フォロ−になってね−から…」 動き出した笹塚が、煙草を咥えながら呟く。 いつもどおりの無表情に、低いテンション。 恐る恐る観察するが、特に怒っているようには見えない。 いや、むしろ…? 「笹塚さん。何で、ソコで笑うんですか〜ッ!!」 硬直から解けた桂木弥子が、すかさずツッコむ。 頬をまんまるに膨らまし、唇を尖らせて。 「ど−せッ!!私は喰い気ばっかりで、若さも色気も足りてませんよ−だ!! お洒落ッ気もないし、等々力さんみたいに美人じゃないし…ッ」 むくれた顔の少女に、等々力は今度こそ言葉を選びながら言い訳する。 「いえあの、けっしてそういう意味では…。桂木さんは、若くて十分可愛いですよ!! こないだ警視庁にいらした時の私服とか、いつも素敵ですし!! 今の女の子って、ホントにセンスいいな〜って感心してますから!!」 …と、言ってる端から。 水を得た魚のように生き生きとした邪魔が入る。 「あ−、確かに探偵の場合、萌え要素はゼンゼン足りてね−よな〜。 ビジュアル的な華がね−っての?フィギュアのモデルとしても、イマ2レベルだし−。 まあ、そこら辺はウチの新入りとイイ勝負だけどな−ッ」 「……石垣さん。セクハラで訴えますよッ!?」 「つか、勝手に人をフィギュアに想定すんな−ッ!!」 騒ぎ出す部下と少女を前に、笹塚は平然と煙草を吸っている。 多分、1本を吸い切るまでは放っておくつもりなのだろう。 紫煙を吐き出す笹塚の口元が、はっきりと笑みの形を取る。 それを目の端に捉えた等々力は、驚いた。 あの、無表情で無愛想でテンションの低い先輩が…!! しかも、その切欠は自分の言葉だったのだ。 等々力にとって、それは嬉しい驚きだった。 細められた眸が、自分ではなく桂木弥子に向けられたものであっても。 31歳の先輩が、16歳の少女を見つめる意味など 今はまだ、考える必要はないのだから。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (以下、反転にてつぶやいております。) まだ若い女性ながら、体力勝負の激務であろう捜査一課に抜擢された等々力さん。 有能なしっかり者だけど、たまに悪意の無い失言をポロッとしてしまう人だと楽しいな〜。 …とか思ってみたり。捏造が多くてすみません。(汗) 笹塚さんに対しては、尊敬の気持ちが強すぎるのか性格が真面目すぎるのか、どうも 恋愛に発展しそうにない。石垣とは見事なケンカップルなのにね−。 一方、常人離れして不健康な笹塚さん。 バレンタイン話で、それをわざわざ弥子ちゃんにアピ−ルするのって、何の作戦だ!? …と、思いました。 弥子ちゃんって、見てると結構、世話焼きな性格のようですし。 魔人様に対しても、時々お母さんか奥さんみたいです。 なお、この話での笹塚さんと弥子ちゃんは、内緒で交際してるとかではありません。 でも、歳の差のことを言われると、グサリとくるというかガックリするというか…。 そんな自分に戸惑いを感じはじめている。……みたいな。 恋愛感情未満で互いを意識している関係です。 等々力さんの見立ては、ある意味大正解。 |