大 志 秋が深まり、今年のカレンダ−も残り少なくなったある日。 警視庁情報犯罪課の特例刑事・ヒグチは、“桂木弥子魔界探偵事務所”に遊び(サボリ)に やって来た。 魔人が不在の気安さで、座り心地の良いソファ−に腰を落ち着けた彼は、目の前の少女に 話を振る。 「桂木ってさ−、笛吹さんのことどう思う?」 特に意図があっての質問ではない。 ただ、今をときめく“名探偵”の目に、口喧しい上司がどう映っているか興味があったのだ。 「笛吹さん?いい人ですよね−。」 思わぬ即答に、ヒグチは目を瞬(しばたた)かせる。 手土産に持って来た渋皮栗のモンブランを頬張る桂木弥子は、満面の笑みを浮かべていた。 「最初はやたら噛みつかれて、ビックリしましたけど。今はもう、慣れたっていうか…。 普段は尊大で小男な人でも、いざって時は頼りになるし」 さり気に失礼な評価に、思わず吹き出した。 謎解きの推理は魔人に操られているとしても、人間観察は確かに鋭い。 「そんじゃあさ−、筑紫さんは?」 次にヒグチは、いつも上司に引っ付いている長身の警部の名を挙げた。 「筑紫さん…、そうですねぇ」 シロップ漬けの栗を口に放り込み、アップルフレ−バ−の紅茶を手にニッコリと。 「無口で物静かだけど、フォロ−と解説の達人ですよね! あと、すごく上司思いっていうか先輩思いで。ホント、いい人ですよね−。」 「ふ−ん」 要するに、みんな“いい人”なのかと思いながら、もう1人の名を出してみた。 尊大な小男や、フォロ−と解説の達人とも浅からぬ縁を持つ、ある刑事の名を。 「じゃあ、笹塚さんはど−よ?」 * * * 休憩室に足を運んだヒグチは、捜していた人の姿をようやく見つけた。 眼鏡を額に押し上げると、皺だらけの背広に声を掛ける。 「よ、笹塚さん。ちょっといい?」 「……コレ、1本吸い終わるまでならな」 火を点けたばかりの煙草を手に、気だるそうな声が答えた。 既に深夜ということもあり、他に人の姿はない。 遠慮なく、スプリングがへたばったソファ−の隣に腰を降ろす。 今や警視庁内でも数の限られた喫煙スペ−スで、笹塚はヒグチから顔を背けるように 最初の紫煙を吐き出した。 「で、何…?」 ヒグチの方に顔を戻し、再び煙草を口元に運ぶ。 一見、いかにも“くたびれたオッサン”な空気を漂わせているが、その実は捜査一課の エ−スと呼ばれる優秀な現場刑事である。 日本の犯罪捜査の最前線にいる彼が、もとより暇な人間でないことは承知していた。 同様に、日本のサイバ−テロの防波堤であるヒグチにも、長話をする時間などない。 いや、それ以前の問題として。 ヒグチには、回りくどく言葉を選んで話すという処世術がなかった。 「んじゃ、さっそくだけど。 笹塚さんさ−、桂木と“出来ちゃった婚”とかする予定ない?」 ゴホッツ ゴホッ ゲホッ ガホッ どうやら“予定”はないらしい。 思いながら、屈めた背中を上下させる31歳に声をかける。 「だッ、だいじょうぶかよ笹塚さん!?」 ハイスキル&ロ−テンションで知られた笹塚が、ここまで驚くとは予想外だ。 だが、普段はポ−カ−フェイスなこの人が、どんな顔をしているか興味はある。 眼鏡を下ろして待ち構えていると、30秒後。呼吸を整えた笹塚は、口元を覆う片手を外した。 そして何事も無かったように、もう片方の手でキ−プしていた煙草を咥える。 「………あ−…、驚いた」 「いや、そんなフツ−の顔して言われても…。」 この人って、やっぱわかんね−ッ!! ヒグチは密かに頭を抱えた。 「……で、何いきなり…。 つか、おまえ。弥子ちゃん好きなんじゃね−の?」 ニコチン混じりの溜息と共に、笹塚は疲れた声を出す。 笛吹や筑紫あたりなら、大人をからかうなと叱りつけ、ヒグチを置いて仕事に戻るだろう。 だが、笹塚が席を立つ気配はない。 煙草が半分以上、長さを残している所為かもしれないが、この人のこういうところは面白い。 「や−、好きっちゃあ好きだけど。“Love”っつ−より、“Like”? ぶっちゃけ将来、桂木をヨメにしたいかっつ−と、食費とかアレだし。 俺、新作のパソコンとかソフトとか、しっかり押さえときたい方だしさ−。」 「……なんか、先走りすぎじゃね−かって、ツッコみて−けど。 そういう計算するあたり、確かに恋愛感情じゃなさそ−だな」 軽い声に、天井へ吐き出された白い息が応える。 ヒグチはボリボリとこめかみのあたりを掻きながら、自らの希望を人生の先輩に訴えた。 「けどさ−、俺、桂木とは末永〜く付き合いたいワケよ。 “友達以上恋人未満”みたいな、気ィつかわない身内っぽい関係で。 でもさ、男と女の友情って、フツ−長続きしね−じゃん。 特に、女に彼氏が出来たり旦那が出来たりするとさァ。そんで、考えたんだけど」 「………………。」 笹塚は無言のまま、煙草を吸っている。 そのペ−スは確実に早くなっているのだが、ヒグチは気づかない。 気づいたとしても、タイムリミットが近いと話を急いだだけだろう。 能天気な声が、19歳の夢と理想を告げる。 「桂木の産んだ娘をヨメにすれば、桂木、俺の義母(か−)さんじゃん。 1年以内なら、俺との年の差も20ソコソコで、十分圏内だしさ−。」 「……………………で、一応聞くけど。何で俺…?」 床に向かって深々と煙を吐いた後、笹塚はボソリと尋ねた。 僅かに眉を寄せたその顔に、ヒグチは少年じみた笑顔を向ける。 「だってさ−。笹塚さん、喰わなくても塩と焼酎と太陽光で生きてけんだろ? だったらさ、桂木のDNAと相殺されて人並みの胃袋持った子になるんじゃね?」 「……それ、2週間が限度なんだけど…。つか、そんな理由?」 笹塚の手にした煙草が、じりじりと副流煙を上げている。 それを放置したまま、無表情に呟く。 「もちろん、それだけじゃね−って。桂木の周りって、結構年上の男多いしさ。 けど、笛吹さんって自分の身長は棚に上げて、巨乳グラマ−派なんだよね−。 筑紫さんは本人無自覚だけど、好みはツンデレかク−ルビュ−ティ−だし。 桂木とは、ちょ〜っとタイプ違うっつ−か。 そこいくと笹塚さんはアレでしょ、“妹萌え”ってヤツ?バッチリじゃん!!」 「……………………………………………………………… ………………………………………………………………。」 その時、休憩室の室内温度は確実に3度は下がった。 だが、コンピュ−タのプログラムは読めても空気の読めないヒグチは気づかない。 軽いノリで言ってのける。 「だから、頑張ってよね。義父(おと−)さん!!」 どこかで何かがキレた音がしたが、不幸にもヒグチの耳には届かなかった。 * * * 同日同時刻。 警視庁本庁舎は謎の振動にみまわれた。 地震か、あるいはテロかと血相を変えた危機管理監・笛吹警視と補佐役の筑紫警部が 部屋を飛び出す。 確認の結果、休憩室の床にへたりこんだ19歳の特例刑事と、その背後の壁に出来た 小さな窪みが発見された。 それは、ちょうど男性用の革靴の踵がめり込んだぐらいの大きさであったという。 * * * 「笹塚さんは…、無表情で無愛想でなに考えてるか、わかんないけど。 でも、いつも周りをちゃんと見て、相手のことを考えてくれてて。 頼りになって、優しくて…。すごく、いい人」 桂木弥子は、やっぱり“いい人”を繰り返した。 けれど、他の2人との微妙な違いぐらい、ヒグチにもわかる。 「けどさ−、笹塚さんってああ見えて、マジ怒るとスッゲ−怖ぇ−から…」 思わず漏らすと、驚いた顔をして身を乗り出した。 ケ−キの箱から取り出した釜焼スイ−トポテトすら、ほったらかしだ。 「え〜、ホントにッ!?私、笹塚さんが本気で怒ったのって見たことないですよ−。 ヒグチさん、何したの?」 その瞬間、ヒグチの脳裏に笹塚の言葉が蘇る。 煙草を灰皿に押し付けながらの内容は、簡潔にして単刀直入。 『……言っとくけど。今の話をヨソで…、特に弥子ちゃんに喋ったら(以下略)』 「………いッ、いやぁ〜? ホラ、普段ムッツリしてる人ほど、キレると怖いってゆ−じゃね? だから、そ−じゃね−かな−って話!!」 冷たい汗が背中を濡らすのを感じながら、ヒグチは必死で誤魔化した。 スイ−トポテトを2口で食べ終え、弥子はガッカリした顔をする。 「な〜んだ、ビックリするじゃないですかぁ−。 でも、何に本気で怒るかで、その人の大切なものがわかるっていうし…。 ちょっと、残念かな−…とか」 柿と葡萄のタルトにフォ−クを入れる“名探偵”を見て、ヒグチは思う。 ならば自分の夢が叶う日は、そう遠くはないのだろうと。 アップルティ−の甘酸っぱさが、19の秋に沁みた。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (以下、反転にてつぶやいております。) ヒグヤコ派の方々には、アレな内容ですみません…。(汗) でも、私の中のヒグ→ヤコはこんなカンジです。 ヒグチ君は弥子ちゃんが大好きだけど、それだけに当人達より 笹塚さんと弥子ちゃんの無意識両思いベクトルに気づいて、 早々に身を引いてしまうような。 頭が良いだけに、勝てない勝負は最初からしない。 …駄目じゃん、私の脳内ヒグチ!! けど、それでも弥子ちゃんとずっと関わっていたくて、こんな方法 (本人には名案)を考えてみたと。 もちろん、自分の発言を切欠に笹塚さんが弥子ちゃんを意識する ようになれば…というのも計算の内です。 しかし、これで将来笹ヤコが結婚して、女の子が生まれた場合。 笹塚さんはヒグチ君を警戒しまくるでしょうね−。(笑) 望月夫妻という例もあるし、年の差が幾つでも安心できない。 それも計算の内かもしれない。恐るべし19歳。(汗) |