贈 答 好きな人へのプレゼントを選ぶのは、すごく嬉しい 何が欲しい? 何が似合う? 喜んでくれる? 考えるだけで、ドキドキワクワク そんな気持ちも、ラッピングの中に詰まってる 眠い目を擦って、徹夜で編み物をしたり 指に火傷をこしらえながら、お菓子を焼いたり 毎日足を棒にして、デパ−ト巡りをしたり そんな時間に、色とりどりのリボンをかけて たった一言、『ありがとう』が返ってくれば、天にも昇る プレゼントって、そういうもの そういう“幸せ”なもの * * * 笹塚衛士という人は、基本的に物欲が希薄だ。 身につけるものにも身の回りのものにも、こだわりのカケラもない。 “知り合いの探偵さん”から“恋人”へとランクアップを果たした後も、弥子の認識は 変わらなかった。 ……だから、困るのである。 非常に大変もの凄く、困ってしまう。 誕生日にバレンタイン、そしてクリスマス。 俗に言う“恋人同士のイベント”が近づく度、弥子は頭を抱え込む。 考えて悩んで迷った挙句、当の本人にお伺いを立てるのが毎度のパタ−ンだ。 『笹塚さん、何かプレゼントに欲しいものとかありませんか!?』 質問のパタ−ンが決まっているように、返答のパタ−ンも決まっている。 切羽詰った表情の弥子を色の薄い眸で一瞥し、低いテンションを保ったまま、一言。 『(弥子ちゃんからのプレゼントなら、)別に何でもい−けど…?』 落胆と共に、弥子の悩みは振り出しに戻る。 デパ−ト巡りで足を棒にする毎日が、また続くのだ。 結局、普段使ってもらえそうな無難な品を選ぶのが、いつものパタ−ンだ。 例えばネクタイ、マフラ−、お揃いのマグカップ。 贈ってみれば言葉通り、何であろうと律儀に愛用してくれるので、弥子の苦労は十二分に 報われるのである。 そんなプレゼント事情だったので、恒例の質問への異例の返答に、弥子の目は点になった。 「……特に“欲しいモノ”はね−けど。 “やって欲しいコト”はあるかも」 「…………………………………… …………………………………へ?」 12月初旬の笹塚宅。 世間様はクリスマス一色だが、殺風景なマンションにはツリ−やリ−スの影も形もない。 そもそもコタツもなければ、ホットカ−ペットすら登場しない家なのだ。 季節感を示すものと言えば、食卓に置かれた鍋料理ぐらいだろう。 シメの雑炊を作る為、卵1パックを混ぜながら弥子は頭の中をぐるぐるさせる。 (やって欲しいコトってやって欲しいコトってカレシがカノジョにやって欲しいコトっつったら やっぱしアレですかあんなコトとかそんなコトとかソッチ系のアレコレソレとかでしょうか いやいやいや笹塚さんだって男の人なワケだからそ−いう希望願望要望があったって フツ−だよねフツ−うんよしわかった為せば成る為さねば成らぬ何事も急いで叶絵に 電話してアレコレソレのレクチャ−を……) ……とかなんとか。 弥子の決意が固まる前に、テンションの低い声が後を続ける。 「……年内は忙しくて、もう休みも無さそうだから…。 悪いけど、掃除とかしといてもらえると助かる」 「…………………………………… ……………………………あ−…。」 笹塚がテレパシ−の持ち主でないことに、弥子は心の底から感謝した。 溶きすぎた卵を慌てて鍋に流し入れ、蓋をしたところでホッと安堵の息をつく。 それから、月に1〜2度訪れる部屋をぐるりと見回した。 1LDKの彼のマンションは、いかにも独身男性の一人暮らしといった雰囲気だ。 お邪魔する度、散乱する新聞や空きカンを拾い集め、そこらの埃を拭うのが習慣となっている。 家具も持ち物も少ないから、それ以上は散らかりようがないのだが、棚の上や流しの下など 目の届かない場所の状況は想像がつく。 それに、考えてみれば笹塚のリクエストは彼女にとっても都合がいい。 一呼吸置いて、鍋に手を伸ばしつつ元気良く答えた。 「わかりました!じゃあ、今年のクリスマス・プレゼントは“身体払い”ってコトで。 24日にお掃除しに来ますね!!」 「………………。」 蓋を開ければ、卵は程よい半熟加減。刻みネギの緑との美しいコントラスト。 茶碗と丼鉢に盛りつけて、海苔を散らせば完璧だ。 はい、どうぞ!!と、茶碗を差し出すと ん、と呟いて受け取った。 暫くの間、咀嚼音だけが響く。 「……で、弥子ちゃんは?」 一膳分を食べ終えた笹塚が、茶碗を置いてぼそりと言った。 鍋底を攫った最後の一杯を前に、弥子は今の台詞を反芻(はんすう)する。 『……で、弥子ちゃんは(クリスマス・プレゼントに欲しいモンとかある)?』 圧倒的に足りない笹塚の言葉を、弥子は頭の中で補って聞く。 むろんテレパシ−ではなく、数年来の観察と経験に基づく推理である。 的中率は、かなり高い。 「もちろん、ありますよ〜! 笹塚さんから欲しいクリスマス・プレゼント!!」 ここぞとばかりに親友直伝の必殺技、オネダリ用・上目遣いをやってみる。 曰く、男が自分に夢中なら、一発で目尻を下げて言いなりになるハズなのだが…。 「言っとくけど、食べ物以外ね」 顔色一つ変えず、釘を刺された。 以前、同じ質問に有名店の予約限定洋菓子や地方の名産珍味お取り寄せ品の名を 挙げ連ねた前科を持つ弥子は、笑って誤魔化すしかない。 「あはははは……。(汗) ヤだなぁ〜、そんな色気のないリクエストは卒業しましたから!! しかも今回は笹塚さんのリクエストとも、バッチリ合ってるし」 「…………?」 普段から傾き気味の首が、その角度を深くする。 箸と丼をテ−ブルに置いて、弥子は背筋を伸ばした。 「笹塚さん家(ち)の合鍵、ください!!」 * * * 結局、合鍵をもらったのはイブの前日だった。 書留の受け取りに判を押しながら、弥子は数週間前を思い出す。 『……ま、い−けど。準備してからね』 焼酎のグラスを手に、笹塚は相変わらずの調子で言った。 女の子がカレシの合鍵をねだるには、それなりの勇気と覚悟が要るのに!! 反応の薄さにガッカリした…のを悟られまいと、余計なことを口走ってしまったが。 『あ…、そ、そうですよねッ。 事件関係の資料とか、エッチな本とか…じゃなくて、前のカノジョ…いやいやいやッ! 私に見られると困るモノとか、イロイロとありますよね〜!!』 届いたばかりの封筒を手に、弥子は笹塚の微妙な表情を思い出す。 無理矢理分類すれば“苦笑い”に該当するあの顔は、肯定なのか否定なのか…。 数年の経験を持ってしても、未だに判断がつきかねる。 (でもなぁ…。うっかりグラマ−美人と笹塚さんのツ−ショット写真なんか見つけちゃったら かなり凹むと思うし。タイトルからしてエグいAVも勘弁だし。 やっぱ、そ−いうのは鍵を掛けた引き出しにでも入れておいて欲しいよねぇ…? ソコは今のカノジョへの礼儀でショ。……まぁ、捨てろとまでは言いませんから) 思いながら、厳重に糊付けされた封を切る。 予想どおり中には剥き出しの鍵が1つ。 添えられているのもカ−ドではなく、折りたたんだ手帳の切れ端。 ボ−ルペンで、たった一行。 『24日は、よろしく』 その横に『1』とあるのは、仕事の最中に走り書きしたからだろう。 笹塚らしいと思いながら、弥子は合鍵を受け取ったことをメ−ルした。 * * * 12月24日、昼過ぎ。 コ−トのポケットには合鍵を、両手には大荷物を持って、弥子は笹塚の部屋を訪れた。 「失礼しま−す!」 鍵を開けて、ガランとした室内に声を掛ける。 ドアを閉めたその内側に、紙袋から取り出したクリスマス・リ−スを飾った。 下駄箱の上にはサンタクロ−スの人形。どちらも前もって、雑貨屋で買ったものだ。 今日と明日。休みはなくても、寝に帰って来るぐらいするだろう。 ……と思っていたが、何か事件が起きたらしく今夜は泊まり込みになるそうだ。 昨夜のメ−ルを思い出し、弥子は溜息を吐いた。それから小さく頭を振る。 (26日になったら、クリスマス飾りの撤収に来て。 31日に、お正月の飾り付けをしに来ようっと。 だいたい笹塚さんの部屋って、本人と同じで季節感無さすぎ!! 春夏秋冬、ず−っと同じだもんね〜。) 掃除に来る弥子に気を遣ったのか、リビングのロ−テ−ブルには新聞が重ねて置いてある。 その隣にミニチュアのツリ−。 空きカンの転がっていないダイニングには、柊や松ぼっくりをあしらったアレンジメント。 弥子の荷物の半分は、クリスマスの飾りと料理の材料だ。 (ちょっと見た目がお洒落で、焼酎にも合いそうなお料理作って冷蔵庫に入れて。 ……26日に来たとき、ゼンゼン減ってなかったらショックだけど…。 まぁ、その時は自分で片付けるし。2〜3日は日持ちのするメニュ−にして…) 考えている間にも、弥子は手の中の合鍵を何度も握りしめる。 すっかり人肌に温まった小さな金属は、その形さえ手のひらに馴染むようだ。 これで、会えない日が何週間続いても大丈夫。 スト−カ−みたいに、彼のマンションや警視庁の周りをウロウロしないで済む。 時々、こうやって部屋に来て、掃除をしたり惣菜の作り置きをしたり。 彼の匂いの染み付いた部屋で、なんとなく過ごすだけでもいい。 自分はそうすることを許された特別な存在だと、確かめることが出来る。 弥子にとって合鍵は、そういう“確かなもの”だった。 片手に鍵を握ったまま、弥子は食材を台所に運ぶ。 大掃除も、まずはここからだ。 どうせ毎度の様に、缶ビ−ルとたこわさぐらいしか入っていないのだろうけれど。 クリスマス・ソングを口ずさみながら、弥子は冷蔵庫に手を伸ばす。 ドアの表には、手帳を引き千切ったメモが貼り付けてある。 隅の方に『2 と 3』と書いてあった。 * * * 午後を潰した長ったらしい会議を終えて、笹塚はやっと携帯を開いた。 会議中、何度もポケットの中で震えていたとおり、メ−ルの着信が並んでいる。 その全部が“桂木弥子”なのも、予想どおりだ。 休憩室で煙草に火をつけニコチンを吸い込むと、最初のメ−ルを開く。 〔今、笹塚さんのお家の前です。早速、合鍵使わせていただきます!! しっかりキレイにしますからね〜(*≧∀≦*) 〕 次のメ−ルは、その10分後だ。 〔笹塚さん!?冷蔵庫に入ってるコレはッ!! 知る人ぞ知る王美屋の予約限定フル−ツ・ブッシュ・ド・ノエル!! ああもう、スッゴク食べたかったんです−。ありがとうございます!! 代わりに日持ちのするオツマミ作って入れておくので、食べてくださいね♪ ……でも、冷蔵庫に赤ペンで書いて貼ってくれなくても、わかってますよ−だ。 わざわざお子様シャンペンまで冷やしといてくれなくたって!! 『お酒はハタチになってから』(d ̄▽ ̄)b〕 3通目は、それから約60分後。 〔台所のお掃除、とりあえず完了−!! あんまり使ってないから油汚れとかなくて、ゼンゼン楽でしたけど。 って、ソコじゃなく!! 次はリビング…と思ったら、クッションの下にラッピングされた封筒があるんですけど!! 開けてみたら、クイ−ンメアリ−ズホテルの中華バイキングペアチケットなんですけど!? 食べ物以外って言ったクセに、ズルイ!! 『来年の初デ−トにどう?』って、もちろんオッケーですよ!(≧∇≦*)o"〕 4通目は、そのまた20分後。 〔笹塚さん、笹塚さん!! 本棚の上を掃除しようとしたら、またラッピングが!? 開けてみたら、アヤさんのクリスマス・トリビュ−トアルバムが!! 今月はお小遣いもピンチなんで、助かりました〜。今、聞きながらお掃除してます。 アヤさんの声とアレンジで、とっても素敵な曲ばかり。 次にお家でゆっくり出来るとき、一緒に聴きましょうね♪ (〃∇〃)♪ ……でも、『エロビデオとか他の女と映ってる写真とか、探してもムダ』って…。 ソコまで言ってない〜ッ!!(つд-。) 〕 そして5通目は、更に40分後。 会議の終了間際に届いたものだ。 〔笹塚さん、笹塚さん、笹塚さんっ!! クリ−ニングから帰って来て、出しっぱなしのス−ツとワイシャツをクロ−ゼットに 片付けようとしたら、またラッピングが!? 開けてみたら、軽くて柔らかくてあったかい、キレイな色のスト−ルが!! 『風邪引かないように』って。 ベッドを見たら、金茶色の毛のテディベアが寝てるし!! おまけに、首には赤いリボンと一緒にネックレスなんかしてるし!! 『弥子ちゃんちに連れてって。首につけてるのと一緒に』って。 はたと気づいてメモを並べたら、合鍵が『1』、ケ−キとお子様シャンペンが『2 と 3』、 チケットが『4』、CDが『5』、スト−ルが『6』、ぬいぐるみとネックレスが『8 と 9』…、 『7』が足りないんですけど!? どこにあるのか探し回っちゃって、お掃除が進みません。(´_`。)〕 笹塚は少し考えて、メ−ルの返信を打った。 内容はいつもどおり短く簡潔に。 〔洗面所のタオル、替えといてくれると助かる〕 送信ボタンを押してから、煙草を灰皿に押し付け休憩室を出た。 * * * 「イブなのに、な−んで助手席に新入り乗せて仕事なんか…。 今夜はアヤの新アルバムを聞きながら、ダメ−ジ塗装の画期的新技術を使った 美少女フィギュアを完成させたかったのにィ〜」 「下らない遊びより、仕事をしている方が余程有意義だと思いますけれど。 ……それよりいい加減、私を“新入り”と呼ぶのを止めてもらえませんか?」 「よし、じゃあお前を“後輩”と呼ぶのをクリスマス・プレゼントにしてやろう!! だからお前はオレを“石垣先輩”と…」 「結構です、石垣さん」 「新入りのクセにいいィ〜!!」 五月蠅い声をBGMに、笹塚は車の後部座席で弥子からの返信を受け取った。 〔タオル掛けに引っかかってた『7』、発見しました!! ネックレスとお揃いのブレスレット。 『熊には大きすぎたけど、弥子ちゃんには多分ぴったり』って。 それから、タオルの棚に置いてあった『10』も!! やっぱりお揃いのイヤリング。 『熊には小さすぎたけど、(以下7と同文) これでおしまい』って。 今年のサンタさんは気前良すぎ!!私、そんなにイイコでしたっけ? お掃除も、あとちょっとで終わりそうです。今夜は泊まってもいいですか? 笹塚さんには会えなくても、プレゼントに囲まれてステキな夢が見れそうです(*⌒―⌒*)〕 了解の返信の後、笹塚は携帯を閉じる。 多分、日付が替わる頃には帰れるだろう。 イブには間に合わないが、目を覚ました時に枕元のプレゼントに吃驚するのが クリスマスの定番だ。 掃除と料理と、何より喜んでくれたことへの礼も、その時に。 出来れば、是非とも“身体払い”で。 窓の外で彩りを増すイルミネ−ションを映し、笹塚は目を細めた。 彼女だけが“笑った”と気づける程に、微かに。 * * * プレゼントを贈ってくれる相手がいるのは、とても嬉しい プレゼントを贈りたい相手がいるのは、もっと嬉しい 誕生日、バレンタイン、ホワイトデ− けれど、『ありがとう』を交換できるのは今夜だけ 日本限定・恋人同士のビッグイベント メリ−・クリスマスイブ − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (以下、反転にてつぶやいております。) クリスマス話…というより、笹ヤコの日常的馬鹿ップルっぶり紹介のような。 タイトルもお歳暮みたいで、すいません。(汗) 弥子ちゃんの状況は特に必要ないので省略しましたが、まだ未成年のようです。 笹塚さんは、大事な相手限定でプレゼント魔になりそうな気がします。 普段は時間が取れない分、日頃の罪悪感を形あるものに還元しそう。 ホントはプレゼントより、マメなメ−ルや電話の方が嬉しいと思うんですけどね−。 そして拙宅のカップリング設定での笹塚さんは、結構悪戯好きみたいです。 仕事の合間に無表情にプレゼントを買ったり、黙々と部屋に仕込みをする図を 想像すると、ちょっと…いやかなり…アレですが。(汗) 弥子ちゃんは以降、季節ごとに笹塚さん家を勝手に飾りつけしそうです。 将来の笹塚家は、磯野家並に季節の行事(食)を欠かさない家になるでしょう。 生活感も季節感もない笹塚さんには、そういうことが必要だと思うから。 |