椅 子



31歳独身男性の部屋を、16歳の女子高生が訪れる。
2人きりで数時間、何をしているかといえば、それはもう色々だ。

学校や友達、最近見たTVなど、他愛のない話をしたり。
レンタルしてきたDVDを観て、あれこれ突っ込みを入れたり。
家庭教師のバイト経験を持つ彼に、勉強を見てもらうこともある。
そして、どの場合にも欠かせないのが、コンビニで買い込んだ大量の菓子類。

傍から見れば頭を抱えられそうだが、本人達は特に不満を感じることもなく
年齢差15歳の2人の交際は続いていた。

そんな、ある日。

「……やっぱり、いいのかなぁ…?」

弥子の呟きに、笹塚は書類の束から視線を外した。
さっきまで隣でグルメ雑誌を読みふけっていた彼女は、いつの間にか1枚のポストカ−ドを
見つめている。
コンビニの大袋一杯の食料も、食べ尽くしてしまったらしい。

「何、それ?」

尋ねると、彼の関心が自分に向いたのが嬉しいのか、にっこり笑う。

「この前、池谷さんが事務所あてに送ってくれたんですよ。
 家具作りのお仕事、また始めたからって。
 笹塚さんにも見せようと思って鞄に入れてたの、すっかり忘れてました」

手渡されたカ−ドには、写真をプリントしたらしいシンプルな椅子が1脚。
表の下半分には手書きのメッセ−ジとサイン。


  『その節は大変お世話になりました。
   おかげ様で家具デザイナ−として心機一転、再出発いたします。
   只今、新装開店記念セール開催中
   このハガキをお持ちいただければ、更に10%OFF
   − IKEYA − 池谷 通』


「……ああ、家具事件の」

中古家具屋の店主だった池谷 通。
後輩の家具デザイナ−、大塚の策略で危うく連続殺人事件の犯人にされるところを
“桂木弥子魔界探偵事務所”の家具一揃えと引き換えに、容疑を晴らしてもらった
経緯(いきさつ)がある。

「で、コレ欲しいの?」
「へ?」

カ−ドを示しながら問われ、弥子は目をぱちくりさせる。

「えらく真剣に眺めて、『いいのかなぁ』って、呟いてるし」

無関心そうな素振りでも、彼女の様子には目を配っているらしい。
遠回しに『買ってあげようか?』と言う年上の彼に、弥子は慌てて両手を振った。

「いやいやいや!!椅子は椅子なんですけど、この椅子じゃないっていうか…。
 ホラ、池谷さんって人を椅子にして座ることに、すっごいこだわってたじゃないですか。
 人の上に座るのって、そんなに気持ちがいいものなのかなぁ〜と、思って」

何を言い出すかと思えば…。

笹塚が吐いた溜息は、無表情の所為で呆れとも苦笑とも判別がつかない。
弥子にカ−ドを返しながら、ぼそりと言う。

「俺が座ったら、弥子ちゃん潰れるよ」

何しろ70sと43s。その差は27sだ。
…いや、そもそも体重が問題なのではないが…。
冗談か本気か、時々わからない笹塚の言動を、彼女は大概真に受ける。

「え〜、嫌ですよ。乗っかられるのはドS魔人だけで沢山…って、いやッ!!
 いやいやいや、そ−ですねッ!!!笹塚さん、細い割に重たそうだから〜。(大汗)」
「………………。」

今、聞き流すべきではないことを、それも複数聞いた気がしたが、弥子が必死に
誤魔化そうとするので、聞こえなかったことにした。

それが良いか悪いかはともかく、(いや、きっと多分おそらく絶対に悪いのだが)
笹塚の、寛容さというよりむしろ、ある種の諦観と不精によって生じるいい加減さが
彼等の関係を保たせているのは確かだ。
少なくとも、彼は年下の彼女の側に胡散臭い美青年が張り付いていることを黙認出来る
稀有な神経の持ち主であった。

突っ込まれる気配が無いのにホッとした弥子は、手元に戻ったカ−ドをもう一度見つめる。
北欧風というのだろうか。構造はシンプルで、全体のフォルムはシャ−プ。
写真では素材がよくわからないが、くすんだ栗色の落ち着いた色合い。
直線的に見えて曲線的で、頑丈そうで実は繊細な、椅子。

性格はキッパリ外道な池谷だったが、デザイナ−としては一流なのだと改めて思う。
本当に、一度座ってみたいと思わせる椅子だ。

欲しいのかと言われれば、そうかもしれないと弥子は思う。
だが、交際を始めて食事を奢ってもらう回数の増えた笹塚に、何かをねだるのは気が引ける。
第一、買ってもらっても家はもちろん、同じ人間のデザインなのに事務所にも合いそうにない。

じゃあ、この部屋になら?

住人と同様、物が少なくて色彩に欠ける、くたびれた印象の室内を見回した。
ぐるりと巡った視線は、隣に座る笹塚でぴたりと止まる。
くすんだ栗色の髪と眸を見て、はたと思い至った。

「笹塚さん、ちょっと立ってください!それで、床に座ってくれます?」
「何、いきなり…?」

言いつつも、弥子の言うまま床の上に腰を降ろし、ソファ−の腰掛部分に背中を預けた。
基本的に笹塚は、余程のことでない限り彼女の希望を叶えてくれるのだ。

「えっと、それから……こうやって。
 あ、膝は立てないでくださいね。んで、腕はこう……と」

両脚を揃えて伸ばし、腕は緩く曲げ、手のひらを床に着ける。

「弥子ちゃん、何したいの?」

ワケがわからず眉を顰める笹塚の視界が、明るい色で覆われた。

  ぽふっ 

と、軽い音をたてて70sの上に43sの重さがかかる。

「わぁ〜、もっとゴツゴツしてるかと思ったけど、適当に弾力があって気持ちいい。
 安定感もあるし。……ちょっと、煙草臭いのが難点だけど」 

背中を胸板に預け、細い両腕を肘の辺りに絡めながら言う。
笹塚の鼻先には、ふわふわした金茶色の髪。
そして両腿の上には、適当に弾力のある弥子のお尻が、体重と共に乗っかっていた。

ちょっと待て、この体勢は…。

固まる笹塚に構わず、弥子は読みかけのグルメ雑誌を手に取り、ペ−ジを繰り始める。
どうやら、この椅子がいたくお気に召したらしい。
思わず深々と溜息を吐いたとたん、弥子が飛び上がった。

「うひゃッ!?くすぐったい〜!!」

腿の厚みの分、ただ隣り合って座るより弥子の位置は高くなる。
笹塚の口元が、ちょうど彼女の項にあたるのだ。

「あ−…、ごめん」

この状況で、何故自分が謝らねばならないのか。
疑問に思わないわけではないが、首に息がかからないよう斜め前に呟く。
だが、その声も耳に直接吹き込まれてしまい、弥子はまたもや飛び跳ねる。
腿の上では小さなお尻が、ゴムマリのように弾んだ。

「もお〜、椅子は喋っちゃだめですよ!!(////)」

真っ赤に染まった首筋と耳を眺めながら、笹塚は仕方なく真横に向かって息を吐いた。

「…了解」

果たしてこれは、試されているのか。甘えられているのか。
まあ、どっちでもいい。
あの助手はどうか知らないが、乗っかるよりは乗っかられる方が笹塚の好みではある。


「今度、由香さんにも教えてあげよう。
 座られるんじゃなくて、由香さんが池谷さんに座ってみたらって」
「………そうね」


宙に浮かせた両腕を前に回していいものかと考えながら、気の無い声で相槌を打つ。

彼女を家に送るまで、あと20分。
シャンプ−の香りを深く吸い込むと、またゴムマリが軽く弾んだ。



                                   − 終 −


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(以下、反転にてつぶやいております。)

11巻収録の“トロイ編”を読み返して、ふと思いつきました。
笹弥子お付き合い中設定ですが、まだ一線を越えていない関係。
もっと短い話にするつもりが、例によって思いついたことをアレもコレもと放り込んだら
笹塚さんを間違った意味で凄い人にしてしまいました。…ホント、すいません。(汗)
この手の笹ヤコ話も、また書いてみたいです。