探 偵 「しかしおまえ、日本人のくせにスペイン語上手だな。 勉強したのか?」 迷彩服を着た男の人が、私に尋ねる。 ただし銃口は、しっかりコッチに向けたままだ。 工作員疑惑まっただ中の私は、両手を上げて答えた。 「ううん」 ここは南米。スペイン語圏のとある国。 はるばる日本からやって来て、今いる場所は武装グル−プに占拠された大使館の中。 拳銃にマシンガン、ライフル、ロケット砲、ダイナマイト。 物騒な代物に囲まれた状況は、偶然じゃなけりゃ不運でもない。 重箱片手に首を突っ込んだ結果だ。 怖い顔をしたラテン系の人達に、ニッコリ笑う。 「高校が休みの間に、ほとんど無一文で色んな国、回ってた。 話せないと生きてけないから、いやでも言葉覚えるよ」 テロリスト、と呼ばれる彼等の表情が興味を示す。 私への、ごく自然な好奇心。この人達は、とても冷静で理性的だ。 警察と睨み合う緊張状態が続いているのに、この場には余裕さえ感じられる。 だからこそ、私の出る幕があったワケだけど。 「身ぐるみはがされたりもしたけど、おかげで一応4ヵ国語ぐらいは話せるよ。 色んな人と話したいから、もっともっと覚えるつもり」 正面に座る、首にバンダナを巻いた男の人が床に銃を置いた。 空気が、変わる。銃を構えたままの人達も、トリガ−から指を離した。 鋭かった表情を、片眉と片頬分だけ緩めてくれる。 「……なるほどな。“ヤコ・カツラギ”か。 色んな事件を事件を解決したとは聞いていたが…。 納得だぜ。名声の陰には、それだけの努力と覚悟がある」 私は顔を上げ、居住まいを正した。 アイツに奴隷としてコキ使われた間に、血と汗と涙で築いた名声。 昔は不本意で面倒だったそれが、今の私には貴重な武器だ。 “世界一の探偵”という看板がなければ、誰もこんな小娘の言葉には耳を貸さない。 けれど、今の私は知っている。名声も、ただの道具だ。 この人達が持つ銃と変わらない。 使うのは、私。生かすのも殺すのも、私。 「同じだよ。 ……ここにいる皆と、私は同じ」 声に、言葉に。眸に、力を込める。 目の前の相手を、真っ直ぐに見据えて。 話すには、まず相手に伝えること。 貴方の話を聞きたいと。 貴方を、知りたいと。 「だって、パッと見ても今回のこの大使館占拠はお見事だもん。 ……これだけの計画的犯行を実行する人なら、必ずその人なりの理想…。 “想い”がある」 部屋の隅でトランプをしていた人達が、いつの間にかゲ−ムを止めている。 拘束されていない大使館の職員も、こっちを伺っていた。 「探偵をやってて、色々な犯罪者や色々な方面に優れた人達と会ってきたけど。 根っこにあるのは皆同じ。強い、想い」 自分の持つ、全てで。全身全霊で訴える。 私は貴方の“想い”を否定しないと。 世界中の人が非難しても、世界中の法律が裁いても。 私は貴方の側に立つ。その覚悟があると。 「…だからこそ、その想いを誰も傷つけずに伝えて欲しい」 頑なで刺々しかった空気が解けていく。 相手との距離が近づくのを、肌で感じる。 確かな手応えと張りつめた高揚の中で、私は自分を戒めた。 わかったつもりになっちゃ、いけない 都合のいいことだけを拾っちゃ、いけない 人質を傷つけていなくても、私の話を黙って聞いてくれても 目の前にいるのは、ただの“いい人”じゃない 必要ならば、何を犠牲にしても 例え自分を殺してでも、叶えたい理想を持った人 残酷なくらい純粋な、強い想いを持った人間 ……同じ、人間 俯いて、重箱に残った料理を箸で摘む。 笑顔でそれを目の前の人に差し出した。 「まぁ、とにかく飲んで食べて話そうよ! 何十時間でもつき合うからさ」 何週間でも、何ヵ月でも。 時間なら、いくらでもある。 「…チ、手強いのが来やがったな」 呟いて、生春巻きを頬張ってくれる。 ベトナム仕込みの味付けは、ラテン系の口にも合ったようだった。 * * * それぞれの生い立ちから革命運動を始めた切欠、将来の夢…。 ライムを飲み口に差し込んだビ−ルを手に、皆は大いに語ってくれた。 人質の筈の大使館の職員も混ざって、まるでパ−ティ−だ。 陽気な賑やかさの中で、1人が思い出したように呟くのが耳に入る。 「そういや昔、おまえみたいな日本人がいたな」 「ぶぇ?」 エンチラ−ダを頬張りながら、そっちを向く。 すると何人かが互いに頷き合った。 「ああ、トガシの紹介でゲリラ戦を学びに来てた奴か」 「つっても、かれこれ12、3年前の話じゃねェか。若い連中は知らんだろう」 口を動かしつつ、飛び交うスペイン語を聞いている。 首を傾げているのが伝わったのか、近くにいた人が教えてくれた。 「時々、俺らを支援してくれてる組織から金もらって、若い奴が使いモンになるように 教えてやってるんスよ。銃や爆破物の扱い方に、トラップの仕掛け方。 殺さずに済むよう、殺傷力を抑える方法なんかも。 なんたって俺らのウリは、“完璧な革命”っスから!!」 20歳そこそこらしい彼は、バンダナを巻いた頭をそっくり返らせ誇らしげだ。 酔ってもいるのだろう。日に焼けた顔が赤らんでいる。 「む゛〜ん、そうなんれぶか〜」 相槌を打ちながら、焼きたてのケサディーヤに手を伸ばす。 “完璧な革命”という言葉は、皆の話に何度も出てきた。 無関係な人間を殺さず、傷つけず、損害を最小限に抑えて目的を達成する。 口で言うと非現実的だけど、皆、本気だ。今回、大使館を無血で占拠したように。 彼等の“想い”を象徴する言葉なのだろう。 ……それは、さておき。 多少は親しくなったとはいえ、そんな話、部外者にしていいのかな? 思っていたら案の定、年長の人達に首根っこを掴まれ小突き回される。 やっぱ、どこにでも居るんだなぁ…。石垣さんみたいな人って。 髭面の、リ−ダ−格らしい人が咳払いをして話を戻した。 「……あの日本人にもあんたと同様、覚悟はあったな。 恐ろしいくらい優秀で、1つ教えりゃ10の応用が出来る奴だった。 その癖、ペラペラだった筈の英語が帰る頃にはスペイン訛り丸出しになっちまって。 器用なのか不器用なのか、さっぱりわからん」 「それより俺は、随分ともったいねェと思ったもんさ。 あれだけの射撃の腕なら、傭兵かヒットマンにでもなった方が絶対に儲かるのによ。 何で日本に帰って、安月給の警官になるとか言うかね−。」 「家族の仇を捕まえる、とかいう話だったんじゃねェか? 近頃は、めっきり“X(サイ)”のニュ−スも聞かねェが…。 当時のリ−ダ−も言ってたな。『“完璧な復讐”は、ゲリラ戦より革命よりも難しい』ってよ」 食べる口は、とうに止まっていた。 会話の断片が、幾つもの単語が、形容詞が。頭の中をぐるぐる回る。 『恐ロシイクライ、優秀……器用デ、不器用……射撃ノ腕… 日本ノ…警官…家族ノ、仇……“X(さい)”…完璧ナ復讐…』 どこにでも、いる? そんな日本人が、12、3年前のこの国に…? ……まさか、と。 思うより早く、声を掛けられた。 「そういや探偵、日本の警察には顔が広いんだろう? 聞いたことないか。名前は、確か……」 『エイシ・ササヅカ』 たどたどしく発音された、その名。 良く、知っている人。 でも本当は、何も知らなかった人。 二度と、話せなくなってしまった人。 もう何も知ること出来ないと、思っていた人…。 「……おい!?どうした探偵!! ハラペ−ニョ(青トウガラシ)でも目に入ったか…!?」 うろたえるスペイン語に、私は何度も首を横に振る。 まいったなぁ…。アイツとの約束、また破っちゃった。 メソメソ泣いたりしちゃったよ。 でも、でもね。 これってやっぱり、反則でしょ…? 笹塚さん、また会えたね こんなに遠く離れた場所でも、貴方を知ることが出来る 時間さえあれば 私が生きて、忘れずにさえいれば… 目を擦り、鼻を啜って顔を上げた。 心配そうな強面の人達に笑顔を見せる。 「ううん…、何でもない。 その人のこと、もっと話してくれる?私も…、話したいから」 それから、たくさん時間を掛けて、皆は“エイシ・ササヅカ”のことを話してくれた。 その後で、私は私の知っている“笹塚さん”の話をした。 最後に見た笹塚さんを。 もう一度、最後に会えた笹塚さんを。 話し終わると、皆はそれぞれにグラスを持った。 笹塚さんを知らない若い人達も。 テキ−ラという強いお酒を注いだそれを手に、口々に言った。 「同志に!!」 ……と。 大使館の人達も、グラスを手に黙祷をしてくれた。 あ、そうそう。未成年の私はジュ−スだったから!! あちこち外国を回ってるけど、お酒も煙草もマリファナとかもしてません。 誘惑は結構あるけど、その度に手錠の音が聞こえる気がするし。 大丈夫だよ、笹塚さん。 * * * 「じゃあ、あんたはすぐにでも“ナツメ・ファミリア”を訪ねるつもりか」 語り明かして、話がまとまって、人質を解放する直前。 武装グル−プの代表者に問われて、私は力一杯頷いた。 「うん!!」 「トガシは話のわからん男じゃないが、いきなり出向いて会える相手じゃね−ぞ。 俺等が自由の身なら口を利いてやれるが、生憎とそうはいかんしな」 両手を握って手首を合わせ、手錠をかけられるジェスチャ−をしてみせる。 人質の解放と投降。 その引き換えに、皆は無実の罪で投獄された仲間と一緒に公正な裁判を受ける。 数年での釈放と日本観光旅行(寿司食べ放題付)も取引条件だ。 ……それは、さておき。 この国での笹塚さんを知るのは、何と日系マフィアのゴッドファ−ザ−。 流石の吾代さんでも、そう簡単にお膳立ては出来ないだろう。 だけど、行き当たりばったりは何時ものことだ。私は笑って肩を竦めた。 「ウチの事務所の敏腕マネージャーに頼んでみるよ。 それで駄目なら、当たって砕けるのみ!!」 明るく答えた私を黒い眸が見下ろしている。 濃い髭に囲まれた口が何か言いかけて、やめた。 代わりに片手で頭を撫でてくれる。 皮の厚く張りつめた、煙草の香りのする掌で。 求めた理想、譲れない願い、語られなかった言葉 今も、それを知りたいと思う 強く、想う 世界中にいる、まだ知らない人のことを 近くにいたのに遠くて、何も知らなかった人のことを ……貴方を、もっと 「さて、そろそろ行くとするか」 「うん!」 頷いた私は、武装解除した彼と連れ立って大使館を出た。 * * * 「おい、探偵!!取引条件、忘れんなよ!!」 「出てきたらスシだぞ、スシ!!」 手錠を嵌められ、それでも笑っている皆に手を振った。 これっきりじゃない。また会える。会って、話ができる。 事件が解決したことより、それが一番、嬉しい。 「任せて!!日本一、おいしい寿司屋に連行するよ!!」 さ−て、どこにしようかな〜。 やっぱ築地か銀座? ウチの近所の隠れた名店も捨てがたいし、事務所の近くにも…。 ああもう、考えただけでヨダレが止まらない〜、じゅるる。 ……それは、さておき。 吾代さんへの報告を終え、携帯を閉じる。 着替えのバッグを肩にかけ、空になった重箱を持つ。 さあて、次の目的地へ出発だ。 噴水と教会の街まで乗せてくれる車を見つけなきゃね。 私は探偵だから 真実を埋もれたままにはしておけない どれだけ時間が経っても 一生分の時間が掛っても 世界の果てまで追いかけて 笹塚さん、貴方の“謎”をつきとめる 更に南へ、一歩を踏み出す私を案内するように ひらりと蝶が舞っていた。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 2009. 8.18 ネタバレ注意書を削除しました。 2010. 5.31 本文を一部修正しました。 (以下、反転にてつぶやいております。) 弥子ちゃんが“(話すことで)人を知りたい”とハッキリ自覚するようになったのは、 ヒステリア事件の直後。 笹塚さんの過去を知り、彼の真意の一端を理解できたことが切欠でした。 あの時、“知りたい”と思っていた筈の笹塚さんを、理解しきれないまま死なれて しまったのは、“探偵”として悔いの残る結果だったと思います。 だから、3年後であれ、もっと後であれ。 笹塚さんを知る機会があれば、弥子ちゃんはそれを探しに行くのではないか、と。 何も語らず逝った人ならば、そっとしておく方が良いのでは?…とも思います。 でも、人はわからないことを“知りたい”と思う。 自分が納得するためだけに、長い旅をしたりエネルギ−を費やしたりする。 それもまた、“強い想い”だから。 最終話を読んだ時の思いつきが、書いている間にどんどん膨らみました。 ちなみに脳内設定では、ナツメ・ファミリアを訪ねた後の帰りの飛行機で魔人様が ご帰還…という流れです。 笹塚さんの死後に、弥子ちゃんが改めて笹塚さんを“探偵”する。 同じテ−マで、また書いてみたいと思います。 ……もちろん。 生存設定でも、弥子ちゃんには笹塚さんを“探偵”してもらいますけれど。 |