試 食



『付き合ってみないとわかんないモンよ〜?男なんて』

それが、親友の口癖だった。

『だよねぇ〜。食べ物だって見た目だけじゃ、味はわかんないし』

そう言ったら、心底呆れられたけど。
本当だなぁ…と、最近つくづく思う。


   * * *


「付き合う前は、こ−ゆ−人だとは思わなかったなぁ…。」

呟くと、頭上から抑揚の無い声がした。

「………何、期待外れって意味?」

ウッカリ口にしてたのに気づいて、慌てて顔を上げる。
視線の先には、いつもどおりの無表情。薄くならない目の下の隈。
非番の日の古着っぽいシャツとジ−ンズ姿も、いつの間にか見慣れてしまった。
非番の日に、煙草の匂いの染みついたマンションの一室で過ごすことも。

「じゃなくて、意外っていうか。
 笹塚さんって、もっとこう……、面倒臭がりだと思ってたから」
「……まぁ、よく言われるし、否定しね−けど」

懸命のフォロ−にも低いテンションで返事をする彼は、両手にお盆を掲げている。
乗っているのは、揚げ物で山盛りの皿。
フライドポテト、イカリング、鳥の唐揚げ、アジフライ、ちくわの磯辺揚げetc
他にも、テ−ブルはサラダや刺身や突き出し風の煮物・和え物で溢れんばかり。
学生時代、居酒屋の厨房でバイトをしていたとは聞いたけど、まさかこれ程とは…。

「足りなきゃ、後で炒めモンとか作るし。
 誕生日なのに居酒屋メニュ−っぽくて悪ィけど…。まぁ、喰って」

お皿を置いた笹塚さんが、食卓に座りながら言う。
我慢に我慢を重ねていた私は、喜び勇んで箸を取った。

「いっただっきま〜すッ!
 ン〜〜ッ、美味し−い!!」

19歳の誕生日に欲しいプレゼントを尋ねられて、『笹塚さんの手料理を食べたい!!』と
言ったのは、確かに私。
だけど、ここまでしてくれるとは正直、思わなかった。

料理って、買出しとか下ごしらえとか結構手間がかかって重労働なのに。
こんなに料理上手でマメな一面があったとは、新発見。
しかも、どれもめちゃ美味しいし!この肉じゃがとかダシ巻き卵とか、絶品だし!!
私、美和子さんから料理のレクチャ−を受け直すべきかも…?
サックリとした海老と野菜のかき揚げを頬張りながら、真剣に悩んだ。


   * * *


遡ること、1年前。
18歳の誕生日に、私は笹塚さんを呼び出した。
公園のベンチで、緊張して頭が真っ白だった私は、挨拶もそこそこに口走ったのだ。

『あのッ!!私、無事に高校を卒業できましたし、18歳の誕生日も迎えました!!
 なので言いますがッ!!私、笹塚さんのことが好きですッ!!!』

今、思い出しても恥ずかしい、まるで選手宣誓のような告白。
どう切り出すか、どんな言葉を選ぶか。
何日も考えて、何百回も練習したのに…。

笹塚さんは、無表情だった。
手にしていた煙草から立ち昇る煙だけが、風に揺れていた。
時計の秒針1周分の沈黙で、穴を掘って埋まりたい気分をタップリと味あわせてくれた挙句、
何でもないことのように言った。

『……………じゃあ、試しに付き合ってみる?』

そんなカンジで、ロマンチックさやドラマチックさのカケラもなく、笹塚さんとのお付き合いが
始まって1年になる。
その間に、初デ−トや初キスや初お泊り等々、イロイロあったワケで。
そのどれもが、ロマンチックさやドラマチックさとは概ね縁がなくて。

でも、笹塚さんについて片想い時代に抱いていたイメ−ジを払拭する新発見は多々あった。
イメ−ジどおり過ぎるにも程があるッ!!…と、力いっぱいツッコんだ発見も含めて。
本当に、『付き合ってみないとわからない』ことだらけ。

……そして、現在に至る。


   * * *


自分のことには大雑把で不精で面倒臭がりなのに、他人のことには目配りが利いて
機敏な笹塚さんは、空いた皿を片付けたり追加の料理を作ってくれたりと甲斐甲斐しい。
手伝おうとするのだけれど、その度に『誕生日だから』と押し止められる。

申し訳ないなぁ…と思いつつ、あまりの美味しさに食べる手は止まらない。
今度、お礼にエプロンをプレゼントしようと、油染みが点々とついたシャツを見て思う。
どうせなら、お揃いがいいかなぁ〜。
それで2人並んで台所でお料理したりして。わぁ、なんか新婚さんみたいじゃん!!(////)

頭の中で何を考えていようとも、箸の速度が落ちることはない。
気がつけば、1升炊の炊飯器も大皿に盛られたお漬物もすっかり空だ。
さしもの胃袋も大満足!!
…と思ったところで、トドメとばかりに笹塚さんは最後のお皿を運んで来た。
ブル−ベリ−ソ−スがたっぷり掛った、真っ白なレアチ−ズ。

「混ぜて固めただけだけど……、バ−スデ−ケ−キの代り」

まさかケ−キまで手作りしてくれるなんて、意外すぎ!しかも、やっぱり美味しいし!!
混ぜて固めただけって言うけど、この滑らかな舌触りは丁寧な裏ごしの証。
本当に、やらないことはハナっからやらないけど、やるときは徹底してるんだよね−。

そんな隠れ完璧主義の笹塚さんはといえば、食後というか一仕事を終えた後の一服中。
壁にもたれて、少し開けた窓から紫煙を逃がしている。

自分の家なのに、私が居る間は副流煙とかに凄く気を遣ってくれて。
でも、灰皿代わりにしているのは、置きっぱなしになっていたビ−ルの空き缶。
100円ショップの安物から、ズッシリ重いクリスタルガラスまで。
この家に、最低7つの灰皿が存在することは確認済なのに。
そんな几帳面さと適当加減さのアンバランスが可笑しくて、ニマニマしてしまう。

「………で、さっきの話の続きだけど」
「ふぇッ?」

急に話しかけられて、フォ−クを咥えたまま返事をした。
笹塚さんは、どこを見ているのかわからないような目を一応はコッチに向けている。
それ以上にわからないのは、接続詞の行方だ。
“さっきの話”って、何時の“さっき”の続き?

「付き合ってみね−とわからないことって、確かにあるよな」
「………あ−…、はい」

リアクションに困って、とりあえず相槌を打つ。
笹塚さんの方から話を振ってくるなんて、珍しい。
思いつつ、大きくケ−キを切り分ける。
こんなに美味しいのに、独り占めしちゃうなんて悪いなぁ。
でも笹塚さん、作ってる最中の味見で十分って言ってたし。

「年の割にはしっかりしてても、弥子ちゃんはまだ子どもだと思ってたから。
 告白された時は、かなり驚いたけど……」

ぼたっ と、口に運んだ筈の一切れを皿に落とした。
忘れもしない1年前。
あの時の、1mmたりとも動かなかった表情筋。髪の毛一筋も乱れなかった気配。
そんな彼の何を以ってして、“かなり驚いた”と言えるのか!?
私の驚愕に気づく様子もなく、笹塚さんは淡々と話を続けている。

「……まぁ、以前から豪快な喰いっぷりとか、見てて飽きね−娘(コ)だなぁとは思ってたし。
 18歳になってんなら問題ね−から、“試しに”付き合ってみようとか返事して。
 そんで、気づいたら弥子ちゃんは今日で19歳で。あれから1年経ってて……」

少しづつ話の流れが見えてきて、私はフォ−クを置いた。
……そっか。今日で“お試し期間”は終わりなんだ。
だから、こんなにビックリするくらい、サ−ビスてんこ盛りだったんだ。
そっかぁ…。

泣きそうになるのを我慢して、顔を真っ直ぐに上げる。
笹塚さんは私の様子を伺いながら、言葉を捜しているようだった。

「…………それで、思ったんだけど。
 弥子ちゃんは、もう少し今のままでいたいのかもしんね−けど、俺は」

やっぱり、ムリしてくれてたんだろうなぁ…。
いつも仕事が忙しくて、時間がなくて、疲れてるのに。
私のメ−ルに返事を打ったり、電話に出てくれるの、大変だったんだ。
たまの休日はデ−トするより、ゆっくり寝ていたいよね。
合鍵をもらったからって、勝手に掃除や洗濯をされたりするのも、本当はウザかったのかも。
1年間我慢して、私に合わせてくれたけど、これ以上は…。

「この歳で、この仕事だし。
 そろそろハッキリさせときたいから」

……頑張れ、私!!
ドS魔人の虐待に耐え、培ってきた忍耐力をここで発揮しなくてどうする。
いろんな“初めて”が笹塚さんで、私は凄く運が良かった。
それに、今の私じゃ駄目でも、先のことはわからない。
自分を磨いて、もっとイイ女になって。もう一度、“試して”もらえばいい。
だから、今は。


「弥子ちゃんが嫌じゃなかったら、結婚した方がいいんじゃね−かって思うんだけど」


だから……、………………………………………………………
………………………………………………………
………………………………………ん?


それがプロポ−ズだと理解するには、やっぱり時計の秒針1周分の時間が必要だった。
次に私が口を開くまで、笹塚さんは指に挟んだ煙草を1度も口に持っていかなかった。
それだけは、確かだ。

……そういえば。
私の告白に返事をくれるまでの間も、笹塚さんは煙草を咥えなかった。
白い灰が手元から風に舞うのを、じっと見ていた記憶が蘇る。

その発見が嬉しくて、くすぐったくて。
相も変わらず無表情で、何でもないことのような顔をしている彼に、笑う。


「……………じゃあ、試しに婚約してみます?」


その日、家まで送ってくれる途中、笹塚さんは私を宝飾店に連れて行った。
誕生石入りの指輪は誕生日のプレゼントではなく、彼曰く

『付き合い始めて1周年のプレゼント』

だそうだ。


   * * *


……以上の詳細な報告を終えると、未だ合コン行きまくり中の親友はのたまった。

「あ〜あぁ、ご馳走様でしたッ!!」



                                   − 終 −


TextTop≫       ≪Top

***************************************

(以下、反転にてつぶやいております。)

遅ればせながらの弥子誕もどき。
告白もプロポ−ズも、ム−ドのカケラもないというのが実は理想の笹ヤコ像です。
多分、この2人が「献立」の新婚さんになるんですね。
何だかんだと籍を入れるのは、弥子ちゃんが20歳になってから。
別名、勝手に好きなだけ惚気るが良いわ−!!…という話でした。