命 中 “恋人”になれたからって、会いたい時に会えるわけじゃない。 それは、ちゃんと覚悟していた。 犯罪は、年中無休の24時間営業。 警察というお仕事も、またしかり。 バレンタイン、ホワイトデ−、大晦日にお正月。 それから、お互いの誕生日。 イベント事への配慮なんか、毛ほども無い。 探偵をやっていれば、身をもってわかることだし、最初から諦めていた。 イベントするために、恋人が欲しいんじゃないもん。 そう、自分に言い聞かせて。 けれど、お付き合いをはじめてみれば、意外や意外。 日付指定の宅急便でのプレゼントや、忙しい合間に時間を作っての電話。 ちょっぴり繰り上げてのサプライズ・パ−ティ−などなど。 普段の無表情・無感動・無気力な素振りからは想像もしてなかったけど、 あのマメさと悪戯っ気は、いつも嬉しい驚きだった。 ……“だった”から、ですね。 つい、今回も期待してしまったワケですよ。 カレンダ−は、12月24日のクリスマス・イブ。 1年で最大の恋人同士のイベント日ですから。 いつ、電話やメ−ルの着信が入るかと、トイレでもお風呂でも携帯を手放せなくて。 黒い猫やら飛脚やらの車が近づくたびに、ウチに来るかとドキドキして。 23時を大幅に過ぎた時計と、新着の表示のない携帯の液晶を見ては溜息をついた。 私からのプレゼントは、すっかり顔パスになった捜査一課の机の上に置いてきたけど、 それもまだ、見てくれてないのかなぁ…って。 ほんの、ついさっきまでは。 * * * 突然ですが、“ヒステリア事件”での活躍を思い出してもわかるとおり、笹塚さんは 射撃の名人だ。 いつだったか、事情聴取に呼ばれて待たされてる間、筑紫さんに話を振ってみたら 嬉しそうに教えてくれた。 笹塚さんの射撃技術は、日本警察でも1、2を争うレベルで、今までにもSATへの配属を 打診されたり、オリンピックの選手に推薦されたこともあったくらいなんだって。 もっとも、いつの間にか背後に立ってた笛吹さんは、超不機嫌な顔で付け足した。 「それをあいつは、『めんどくさい』の一言で片っ端から断りやがったのだッ!!」 あんまりにも“らしく”って、思わず吹き出した私は、笛吹さんに睨まれた。 機嫌を損ねちゃったのか、あの後、カツ丼も20杯しか頼ませてくれなかったんだよね。 それはさておき、笹塚さんは射撃に限らずコントロ−ルがいい。 例えば以前、こんなことがあった。 ……秋も深まり、ますます食べ物が美味しい頃。 デ−トの待ち合わせ場所は、昼下がりの公園。 午後から休みが取れたと聞いて、ネウロを拝み倒して探偵事務所から飛んできた。 先に来ていた笹塚さんは、ベンチに腰掛け微動だにしない。 もう結構肌寒いのに、こんなところでうたた寝なんかして、風邪引かないのかな…? そういえば、真冬でも薄っぺらいコ−トを1枚羽織っただけで、平気な顔をしてるっけ。 思いながら隣に座ると、気配に敏感な笹塚さんはパチリと目を開ける。 でも、暫くは私の顔をぼんやり見てるだけ。5分くらい経って、やっと動きだす。 「………あ−、弥子ちゃん。久しぶり」 ぼそぼそした低い声、目の下の隈、冴えない顔色、伸び気味の髪。 いつも同じくたびれたス−ツと、だらしなく緩んだネクタイ。 その1つ1つを見るたびに、好きだなぁ〜って、思う。 こういうの、アバタもエクボって言うんだっけ? 叶絵には、『あんた、ぜって−オカシイ!!』とか言われるけど、しょ−がないじゃん。 忙しくて疲れてるのに、ちゃんと時間を作ってくれて。 5分でも50分でも、黙ったまま並んで座っていられて。 ス−ツにブラシを掛けたり、栄養のつくご飯を作ったりしてあげたくなって。 そんなところ、全部が。 すごく すっごく 笹塚さん、大好き!! ……って、言おうとしたとたんに声が響いた。 「ドロボ−ッ!!」 振り返れば、黒いカバンを抱えて走っていく革ジャンの後ろ姿。 突き飛ばされたらしい年配のオジサンが、倒れたままで片手を伸ばしている。 え、え、え−ッ!! もしかして、もしかしなくても……これはいわゆる世間で言うところの引ったくり!? 笹塚さんが、音もなくベンチから立ち上がった。 少しも慌てずポケットに片手を突っ込んで、大股で一歩、二歩、三歩。 ガチャン ガチャン ガチャン 「弥子ちゃん、汁粉で良かったよな…?」 自動販売機の前で、小銭を入れながら聞いてくる。 今年も早、お汁粉缶の季節かぁ〜。 ホント、季節の移り変わりって、あっという間だよね……って、いやいやいや!! そりゃ、今は非番だしデ−ト中だけど、ソコは刑事として追いかけなくてい−の!? …と、ツッコむより先に 「はいッ、お汁粉で!!」 即答した私も、探偵以前に人としてどうよ? 笹塚さんは、気だるそうに自動販売機から缶を2つ取り出した。 ゆっくりした動作で私にお汁粉缶を手渡し、更にゆっくりした動作で自分のコ−ヒ−缶を ………投げた。 まるで、スロ−モ−ションのように。 高さ10cmのスチール製の円筒が、くるくる回りながら放物線を描く。 着地点は、公園の出入口付近に停められていたバイク…に飛び乗ろうとした、皮ジャン男の 後頭部。 飛距離にして、ざっと100m。 ガコ−ン!! 何が起こったか、理解するヒマもなかっただろう。 カバンを抱えたまま、バイクと一緒にバッタリ倒れて動かなくなる。 お汁粉を手に、あんぐり口を開けていると、ふいに腕を引っ張られた。 「え、え、え!?」 歩いていく先は、気絶した引ったくり犯。 取り返したカバンを抱きしめているオジサンや、近くの交番の制服警官も到着している。 これから事情聴取とか報告書とかあるだろうから、今日のデ−トはお流れかぁ…。 お仕事だし、仕方ないとは思いつつ、項垂れてしまう私。 ランチとデザ−トとディナ−のバイキング巡り、楽しみにしてから。 けれど笹塚さんは立ち止まらず、声もかけず、スタスタとその横を通りすぎた。 ……あれ、あれれ? 「何が何だかわかりませんが、こいつが突然倒れて…。 とにかく良かった。この金を取られたら会社を潰すところでした」 「こら、起きろ!引ったくりの現行犯で逮捕する!!」 オジサン達が犯人に気を取られている隙に、素早く屈んで歩道脇に転がっていたものを拾う。 さっきまでの動きが嘘みたいな早業だ。 でも、ついた砂とかを上着の袖で拭こうとするから、あわててハンカチを取り出した。 「……あ−、サンキュ−」 ブラックコ−ヒ−の缶は、かなりヘコんでたけど、中身に問題は無さそうだ。 プルトップを開けた笹塚さんは、ふと私を見て、不思議そうに言った。 「弥子ちゃん、飲まね−の?」 自分でも信じられないし、誰も信じないだろう。 “暴飲爆食探偵・桂木弥子”が、大好物のお汁粉缶を持ったまま、口をつけずにいたなんて。 ……思い返せば、あの時からだ。 笹塚さんが、私にあれこれ放って寄こすようになったのは。 出張土産の京都名物生八橋や、名古屋のきしめん。 差し入れのホカホカ肉まん、シッポまでアンコがぎっしり詰まったタイヤキ。 見事に食べ物ばっかり。 しっかり毎回キャッチする私も私なんだけど、コレはちょっと…。 恋人同士のコミュニケ−ションっていうには、イロイロと問題あるでしょ? だからこの間、笹塚さんに文句を言った。 10連投分の焼き芋を頬張りながら、ではあったけど。 「食べ物を投げるなんて、行儀が悪いし罰当たりです!!」 「…………問題なのは、そっち方向なのな」 私を見下ろして、笹塚さんが呟いた。 いつもの無表情・無感動・無気力な素振りで、少し考えてから口を開く。 「んじゃ、もう食い物は投げね−よ」 そう、言った。 半月ほど前、最後に会った時に。 * * * くしゅん、と小さなしゃみをすると同時に回想終了。 自分の部屋で吐く息の白さに、やっと開けっ放しだった窓を閉める。 この冬の真夜中に、何で窓を開けてたかって? ついさっき携帯が鳴って、待ちわびていた人の声が言ったから。 〔あ−、弥子ちゃん? 遅くなって悪ィ。仕事抜けてきたから、時間ね−んだけど…。 ちょっと、部屋の窓開けてくんない?〕 返事をするより早く、片手に携帯を持ったまま、もう片方の手でガラス窓を開けた。 とたん、トンと胸に何かが当たる。 軽くて小さくて、少しも痛くはなかったけど。 「えっ…?」 咄嗟に出した手の上に、転がり落ちるそれ。 放り込まれた物と、放り込んだ人と。 どっちを確認すべきか迷っている内に、車のエンジン音が響く。 〔ナイスキャッチ。 あと、プレゼント、サンキュ−な〕 って、え、え、え? 思っている内に、通話を切られた。 「えええぇ−ッ!?」 慌てて窓から身を乗り出すと、家の前に停まっていた車が走り出すところ。 運転席側の窓が開いていて、小さく手が振られる。 雪がちらつく中、街灯の明かりに照らされて、茶色い皮の手袋をしているのが見えた。 見えた、けど。 すぐに角を曲がって、行ってしまう。 その場でがっくり膝をついて、ようやく片手で胸に抱えていた物に気づいた。 手のひらに乗る大きさの小さな箱。 キラキラした包装紙と、くるくるカールした華やかなリボン。 いかにもクリスマス・プレゼントらしい凝ったラッピングなのに、放り込まれちゃって。 ……可哀想に。 慌しくもロマンチックさの欠片も無い聖夜に、怒るべきか笑うべきか。 いっそ、泣くべきか。 判断のつかないまま、機械的にリボンと包装を解く。 この大きさからすると、食べ物じゃないのは確かだけど…。 そして 思考停止に陥ること、十数分。ようやく頭が回転し始める。 言った。確かに言った。 『“食べ物は”投げるな』って。 ……だからって、ね。 よりにもよって指輪…左手薬指ジャストフィットで、誕生石付きで、かなり奮発してそうな!! …を放って寄こすなんて、ど−なんですかッ!? 意外とマメで悪戯っ気があって、でもやっぱり不精でズボラなサンタさんには、 文句の一つも言ってやらないと。 あんまりにも“らしく”って、吹き出しそうになるのをこらえながら携帯を開く。 まずは、『“プレゼントも”投げるな!!』 それと それと、ね ……あぁ、しょ−がないじゃん。 最後には、『大好き!!』の一言も。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (以下、反転にてつぶやいております。) 目の前で、犯人が逃走。 しかし、笹塚さんは平然と自動販売機に向い、缶コ−ヒ−を買う。 それをいきなりぶん投げると、犯人の後頭部に見事命中。 その後、何事も無かったかのようにヘコんだ缶コ−ヒ−を拾って飲んでいる…という イメ−ジがずっと頭にあったのですが、やっと使えました。 はい、元々は“ただそれだけ”の思いつき話です。(笑) 無理矢理の力技で、イブネタに変換。 プレゼントを放って寄こされても、笑って許せるくらいでないと、あの笹塚さんと やっていくのは無理じゃないかと思います。 以前に書いた「長靴」とパタ−ンが似てしまってますが、気にしないでいただけると ありがたく…。(汗) |