無精者 昔から、面倒なことは避けて通った。 大学時代、笛吹は俺を“成績自慢”と言ったが、塾へ行かされるのが嫌で 自主的に勉強した延長だったりする。 アイツと知り合った後は、少しでも手を抜くとキャンキャンしつけ−から 試験もレポ−トも、割と本気でやったけどな。 今、そこそこ頑張っておけば、“より面倒なこと”を避けられる。 そう思えば、それなりに身を入れる。 逆を言えば、思わなければやらね−し、興味も持たなかった。 何かで一番になりたいとか、負けたくないとか、別に思わね−し。 そもそも、そこまで入れ込むような趣味とかもない。 小中高大一貫して、クラブにもサ−クルにも入らなかった。 バイトでもする方が、色々経験できて面白いし、金も溜るからな。 人からはよく、『冷めている』と言われるが、なんのことはない。生来の無精だ。 もっとも、人生にはコッチの思惑とは関係なく、避けられない面倒もある。 ……例えば * * * 「笹塚さん、質問があります!!」 これで、何度目の訪問になるのか。 数えるのを止めて久しい、桂木弥子魔界探偵事務所。 コ−ヒ−のカップを受け皿に戻して、女子高生探偵の緊張した顔を見る。 「……宿題、わかんね−の?」 「ちがいますッ!!」 いつも通り、傍らに大量の菓子袋を置いているが、さっきから手をつけていない。 珍しい…というか、正直、前代未聞だ。 赤味の差した頬を眺めながら、ソファ−に座りなおす。 首の辺りの関節が、コキリと音を立てた。 「………次のテストのヤマとか?」 「う゛うッ、それは知りたいっ……けども…ッ。 勉強の話じゃ、ありませんからッツ!!」 都内有数の進学校に通う彼女。 泣きつかれて勉強に付き合ったこと、過去数度。 期末テストも近い筈だが、大丈夫なのかね…。 「…………じゃ、なに?」 紙にインクを落としたように、顔全体に広がっていく朱い色。 いつもは人の目を見て話すのが、落とした視線を落ち着き無く彷徨わせる。 わかりやすい挙動不審。 返事を待って斜め上から見下ろせば、短すぎるスカ−トが嫌でも目につく。 つるんとした膝小僧。 鉛筆みて−に細い脚を覆う、ハイソックス。 あ−。やっぱ、若け−よなぁ…。 オッサン思考にうんざりして目線を上げると、深く息を吸う気配。 一言一言を区切るように、ハッキリと口にする。 「笹塚さん、私のこと、どう思ってます?」 意表を突かれた…とは、必ずしも言えない。 いずれ、何らかの形で尋ねられそうな気は、してた。 それが“今日”だとは思わなかったけどな。 「どう、とか言われてもな…。」 習慣的に溜息を吐くと、細い肩がビクッと震える。 息を詰めて、コッチを見上げてる女子高生。 ……字面にしろ響きにしろ、ど−やったって意味深になるよな…。 「質問が漠然としてて、答えようがね−し。 例えば、それって探偵として?人間として? あと、俺の主観で答えんの?世間一般の客観が知りて−の?」 大概は、食うか笑うかしてる口元が、ぐっとへの字に曲がった。 はぐらかされたと思ったのか、質問のマズさに思い至ったのか。 どっちにしても、顔全体の朱色が濃くなったのは確かだ。 それでも、めげることなく問い直してくる。 「じゃあ…。まず、“探偵”としてはどう思ってますか?」 “まず”ってのは、“以下続く”って事だろうな。本題に入るかどうかは、俺の態度次第か。 弥子ちゃんには悪ィけど、正直めんどい。 頭半分で思いながら、答える。 「客観的には、マスコミの言うとおり“国民栄誉賞”モンの大活躍じゃね−の? 名探偵ぶりが板について、最近じゃ警視庁にも顔パスみて−だし」 俺の言葉に嬉しそうな顔をしね−のは、皮肉だと思っているからだろう。 実際、そうだし。 ぎゅっと下唇を噛んで、次の質問に移る。 「笹塚さんの、主観では?」 返事より先に溜息を出せば、また肩が揺れた。 癖なのは知ってるだろうに、いつものように笑い飛ばす余裕もないらしい。 『溜息ばっかり吐いてると、幸せが逃げちゃいますよ〜』 今は逃げといてくれね−と、困る。 「まぁ…、複雑?」 一言で答えると、大きな目を更に見開いた。 夜店で売ってる、べっこう飴みて−な色。 先を促すように乗り出して来るから、コッチは僅かに身を引く。 前屈み気味だった背中が軋みを上げた。 「正直、事件がさっさと片付くのは、すげ−助かる。 けど、笛吹…上司(うえ)は何かとうるせ−し。 何だかんだで弥子ちゃん毎回、危険に首を突っ込むから気が気じゃね−しな」 …って何、そのイイ笑顔。 俺の寿命を縮めといて、そんなに嬉しい? 深々と吸った息を、低めた声と一緒に吐き出す。 「……ニタニタしながら、聞いてもらう話じゃね−けど? マジで、現場から締め出すぞ」 「い゛やッ!?いやいやいや、決してそんなつもりじゃ!!」 俺の脅しに、怪しいオ−バ−アクションで首を振り回す。 …たく、どんな“つもり”だっつ−の。 両手でぺちぺち頬を叩いて表情を引き締めたヤコちゃんは、3つ目の質問を口にした。 「人間としては…、どうでしょう? えと…、笹塚さんから見て」 煙草が吸いて−な、と思う。コ−ヒ−でも、いいけど。 綺麗なままの灰皿と、空になったカップを未練がましく眺めて、口を開く。 「年齢(とし)の割には、随分しっかりしてるよな。 少なくとも、俺が弥子ちゃんの年齢だった頃よりは、ずっと。 その若さで、自分の才能を活かす場を持てるのは、大したもんだ。 ……ただ、そんでも」 ス−ツの内ポケットに入った、煙草とライタ−が脳裏にチラつく。 それを諦めて肩を落とすと、また関節が音を立てた。 「俺から見れば、やっぱまだ、子供だ」 驚いたようには、見えなかった。 俺が言いそうなことは、普通に予想してたんだろう。 それでも膝の上の両手を握り締めて、唇を引き結ぶ。 とりあえず張った予防線に、一応、効果はあったようだ。 これで、質問コ−ナ−が打ち切りになってくれるといいけどな。 正面切って言われると、面倒だし。後々気まずくされるのも、本意じゃね−から。 頃合かと、ソファ−から立ち上がろうとする。 それを察してか、弥子ちゃんは声を張り上げた。 「最後の、質問です」 「まだ、あんの」 腕時計をチラリと眺め、大げさに溜息を吐く。 一瞬怯んだ様子を見せたが、気合の入った表情は崩れない。 飴色の目。 耳朶が、地面に落ちる寸前の線香花火みて−に紅い。 「女性としては…、どうですか? ……笹塚さんから、見て」 『まだ、子供だ』 さっき、そう答えたと突き放しても良かった。 現職の警察官と、“女子高生”探偵。 良くて懲戒免職、悪けりゃ逮捕。どっちに転んでも、マスコミの餌食だ。 タチの悪ィことに、事実の有無に関わらず、疑われた時点で喰いついてくる。 更に最悪なのは、この場合、喰い潰されるのは一介の刑事の方じゃね−ってこと。 座り心地のいいソファ−から腰を上げると、身体のあちこちが音を立てる。 「保留しとく」 立ち上がる俺を追って、上目遣いになる視線。 見開かれたままの飴色を見下ろして、補足した。 「弥子ちゃんが18歳になっても、まだ知りたかったら。 その時、もっぺん質問して」 ばちりと、音がしそうなほど大きなまばたき。 その一瞬で、首筋までが真っ赤になった。 「それって…、それって、つまり!?」 ……さすがは、名探偵。 暗にほのめかした言葉にも、察しが良い。 事務所のドアを開けながら、声を掛ける。 「んじゃ、怪我しね−ようにな。あと、留年もしね−ように」 「ちょ、待…って!?う゛あぁッ!!そうだった、来週から…」 ドアの隙間から悲鳴が漏れる。 どうやら近々、勉強を見に来る必要がありそうだ。 * * * 登庁前に携帯のメ−ルを確認する。 午前0時を過ぎた直後の着信履歴と“桂木弥子”の表示。 〔今日、会えませんか?〕 顔文字も絵文字も一切ない、弥子ちゃんにしては簡素なメ−ル。 何日か前には、卒業式の写メも受け取っていた。 〔質問があります〕 最後の一文に、いつかの約束を思い出した。 結構しつけ−な、弥子ちゃんも。 ……今日の日付を覚えてる、俺も。 現役の警察官と、“只の”探偵。 左遷や降格くらわね−ように、せいぜい気をつけるか。 人生に数多ある、避けようとして避けられない面倒事。 俺の知る、その最たるもの。 しんどいし、やっかいだし、じゃまくさいし。 ……なのに、避けようと思えないもの。 けど、俺は無精なもんで。 “最悪の面倒”じゃなく、“ほどほどの面倒”で勘弁して欲しい。 それなりの我慢と辛抱の引き換えに。 ……言っとくが、“待つ”のも“待たせる”のも、楽じゃなかったし。 あ、返信しとかね−とな。 待ってるだろうから、素早く。 めんどいから、短く。 〔了解〕 それから。 〔18歳おめでとう〕 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 2010.5.1 本文を一部修正しました。 (以下、反転にてつぶやいております。) リハビリを兼ねて、笹ヤコ小ネタ。 時期遅れですが、弥子誕要素を突っ込んでみたり。 私の笹塚さん像は、一言で言って“無精者” しかしてその実体は、“計画的な無精者”です。 限りある少ないやる気を、上手に配分して生きている。(笑) 私にしては珍しく、笹塚さんの一人称です。 似たようなシチュエ−ションを、微妙に違う方向から何度も書くのは、 ネタ切れではなくイメ−ジの確定であると自己弁護しときます。(汗) |