出歯亀



皆さん、こんにちわ。
“桂木弥子魔界探偵事務所”の秘書、あかねです。
壁に埋められた死体の、髪の毛だけが甦ってしまった存在の私ですが、縁あって
こちらで雇っていただいています。
主な仕事は、スケジュール管理や郵便物の整理、メール・FAXでの問い合せの応対、
ホームページの更新などなど。
おかげ様で、充実した毎日です。

私の雇用主である事務所の所長は、今や女子高生探偵として有名な桂木弥子さん。
…と、いうのは世を忍ぶ仮の姿。
本当に謎を解いているのは、探偵助手で魔人の脳噛ネウロさんだということは、
こちらを御覧の皆さんは、ご承知ですよね。
さて、今日は“桂木弥子魔界探偵事務所”の最近の日常について、ご紹介します。


   * * *


「犯人は…、お前だッ!!」

いつものキメセリフと共に、探偵さんが事件を解決し、

「……いただきます」

ネウロさんが“謎”を召し上がって、数日後。

「………ジャマするよ」

警視庁捜査一課の笹塚さんが、事件の調書を作るために事務所にやって来ます。
今では、すっかりお決まりのパターンですね。
見た目はややくたびれた印象の刑事さんですが、2時間以上、ピクリとも動かずに
座っていることが出来る、凄い特技の持ち主です。

「笹塚さん、いらっしゃ〜い!
 すぐ、コーヒー入れますね〜!!」

つい数分前まで、ネウロさんに拷問…もとい、人体でチョウチョ結びが出来るか否かの
実験…をされていた探偵さんが、普段以上の笑顔で迎えました。
慣れたもので、顔にクッキリついていた靴跡は拭われ、髪も梳かし直しています。
さすがは女の子。

「……ん」

一音だけで返事をした刑事さんがソファーに腰を降ろすと、探偵さんはいそいそと
カップを温めます。
タイミング良く、セットしておいたコーヒーメーカーが、丁度ドリップを終えたところ。
酸味を押さえた苦めのブレンドがお口に合ったようなので、多めに作っておきました。
来客の方へのお茶の準備も、もちろん秘書の仕事です。
手ずからお出しできなくて、申し訳ないのですが…。

「ここのコーヒー、いつも美味いな…。どこの豆?」

最初の一口を飲んだ刑事さんが、ぼそりと言いました。
毎回さりげなく、『美味しかった』と言ってくださるので、見かけに寄らず気配りの利く方
だなぁと、嬉しく思います。

「ああ、あかねちゃん…事務所の仕事を手伝ってくれてる子の、オリジナルブレンドです。
 紅茶でも日本茶でも、その子が淹れると、凄く美味しいんですよ〜!!
 余分に挽いてくれてるんで、良かったら少し持って帰りますか?」

探偵さんは、まるで自分が褒められたかのような嬉しそうな顔です。
こんな時、私は自分が上司にも友人にも、とても恵まれていると思います。
例え、どうして殺されたかもわからない、身元不明の死体だとしても。

「いや、いーよ。自分じゃ、わざわざ淹れねーし。
 ここで飲むから、美味いんだろうしな」

二口目を飲んだ刑事さんの返事に、探偵さんは残念そうなくすぐったそうな、複雑な顔です。
けれど、一旦カップを置いた刑事さんは、色の薄い眸で探偵さんを見据えて言いました。

「でも、助手と雑用の人の他にも、もう1人いたんだ。
 今まで一度も会ったことねーな…。」
「あ、あははは…。ちょっと、人見知りする子なんで〜」

ダラダラと冷や汗を浮かべ、声を上擦らせる探偵さん。
いつも思うのですが、探偵さんは嘘も誤魔化しも上手ではありません。
じっと探偵さんを見ていた刑事さんの視線が、ふっと動きました。いつも私が隠れている、
めくれかけた壁紙の方へ…。
ややあって、小さく溜息を吐き出します

「……ま、いっか。いつも美味いコーヒーありがとうって、言っといて。
 じゃあ、こないだの事件のことだけど…。」
「はいはいはい、事件ですねッ!!
 ええっと、コトの起こりは事務所への依頼からでして…」

何事もなかったかのように、解決した事件について話を始めた2人。
でも、さっきの視線は…?もしかして、刑事さんは…。

「……フム。どうやら奴は、貴様の存在に薄々気づいているようだな、アカネ。
 只の人間にしては、勘の鋭い男だ」

甘い瘴気を伴う声に、私はピコンとおさげの毛先を立てました。
青いスーツの胸元で伸び上がれば、案の定、ネウロさんは人間でいう“笑顔”です。
食べ応えのありそうな上質の“謎”と、役立ちそうな“可能性”を見つけた時だけに
見せる表情。

今、私が居るのは、探偵事務所の入ったビルの屋上です。
魔人であるネウロさんの瘴気を浴びて、髪の毛だけが生き返ってしまった私は、
いただいた“魔界電池”を髪飾りに付けたおかげで、短時間なら本体から離れる
こともできるのです。
そんなわけで、刑事さんの訪問の予定が入ると、ネウロさんは私を連れて事務所を
離れます。
ご本人曰く、

 『我が輩、解い(喰っ)た“謎”に興味は無い。
  刑事の相手は、貴様が適当にするがいい』

…とのことですが、屋上では部屋の様子も会話も、イビルフライデ−で筒抜けです。
これって、所謂“のぞき”ですよね…。
でも、探偵さんには申し訳ないと思いつつ、イビルフライデーが映し出す3D映画
さながらの映像には、ついつい見入ってしまうのです。

そこはツッコんで欲しくない、というところを容赦なく確実にツッコんでくる刑事さん。
露骨に動揺し、目を泳がせ冷や汗にまみれつつ、言い訳を並べる探偵さん。
余りの挙動不審に、更にツッコんで来るかと思いきやアッサリと、『ま、いーか』で
済ませる刑事さん。
『いいんかいッ!?』と、ツッコみたいのを必死で我慢しているのが、ありありと判る
探偵さん。
まるで、どっちがボケでどっちがツッコミか、良くわからないリバーシブル漫才です。
あー、今回も面白かった。

事件の聞き取りは、いつも30分程度で終わります。
ホッとした様子の探偵さんが席を立って、コーヒーのお代わりを淹れました。

「でも、笹塚さん。いつも事務所へ来ていただくの、大変じゃありません?
 今度から、学校帰りでよければ寄りますけど」

コーヒーをテーブルに置いた探偵さんが、気遣うように言います。
いつも不健康そうな刑事さんを気にしているので、悪化する一方の目の下のクマが
気になるのでしょう。
けれど刑事さんは、ご友人でもある小柄な警視さんの名を出しました。

「いや…、それは笛吹に止められてるから」
「え、まさか私、警視庁出入り禁止…!?」

真っ青になった探偵さんは、これが知れたらネウロさんに何をされるか…と、思った
のでしょう。既にバレていますけれど。
私を肩に垂らしたネウロさんが、“楽しそう”に口元を歪めましたから。

「……別に、そーいうことじゃなくて…。
 警視庁出入りの出前屋のカツ丼が品切れになったら、困るからじゃねーの?
 それに俺の給料じゃ、26万9千円は払えね−からな」

カチャリ、と小さな音を立てて探偵さんがコーヒーカップをソーサーに戻しました。
そして、ソファーセットのテーブルの下に隠れようとします。
耳まで真っ赤なあたり、やっぱり女の子ですね。
チッ、とネウロさんは“残念そう”に舌打ちをしましたけれど。

「……そのテーブル、デザイン的に頭入んないんじゃねーの?」

そして刑事さんは、いつもながら冷静です。
出来れば次は、探偵さんが頭をぶつける前に言ってあげてくださいね。

「あいたた…。す、すいません。(//////)
 笛吹さんに“好きなだけ頼んでいい”って言われたとたん、頭がまっ白になっちゃって。
 気づいた時にはもう……って、あれ?」

おでこを擦りながら這い出した探偵さんが、テーブルの上に置かれたカラフルな箱に
目を瞠ります。
探偵さんが屈んだ間に、刑事さんが草臥れた鞄から取り出したのです。
普段の緩慢な動作からは想像もつかない早業は、伸ばした舌で虫を捕らえる
カメレオンのようでした。

「いつも、美味いコーヒー飲ませてもらってるお礼。
 ……笛吹には黙っててな。ホントは、差し入れとかも止められてるから」
「うわあぁぁ…!!先週、日本に初上陸したフランス老舗店のマカロン詰め合わせ!!
 これ、食べたかったんですよーッ!!!」

顔を輝かせた探偵さんですが、箱に伸ばした手を途中で止めてしまいます。

「でも、コーヒーのお礼なら、私よりあかねちゃんの方が…。
 ……あれ?あかねちゃん、お菓子食べれたっけ??」

髪の毛だけなのに、不思議と見たり聞いたり香りを感じたりもできる私ですが、
ご指摘のとおり、お菓子を食べることは出来ません。
だから、気を遣っていただかなくても…と思っていると、刑事さんが言いました。

「……その子、弥子ちゃんが雇ってるバイトだろ?
 じゃあ、今度弥子ちゃんから、雇い主としてその子になんかお礼しといてくれる?」

その言葉に大きく頷いた探偵さんは、私にとって一番嬉しい提案をしてくれました。

「わかりました!あかねちゃんには、新発売の高級トリートメントを奮発します!!
 それでは、いっただっきまぁあ〜す!!!」
「……トリートメント…?」

首を傾げた刑事さんですが、一つ一つ色も味も違うカラフルなお菓子に、一つ一つ
感想を言いながら頬張る探偵さんを眺め、コーヒーを口に運ぶことに専念します。
目元をほんの少しだけ細めながら。


   * * *


30分程事件の話をした後は、1時間程の雑談をするのが、いつものパターンです。
時には探偵さんの宿題やテスト勉強を見てもらうこともあります。
でも、あまり長居にはなりません。
刑事さんがやって来るのは、探偵さんの学校…放課後の補習を含めて…が終わって
からなので、話が終わる頃には、たいてい日が暮れていますから。

「……じゃ、そろそろ失礼するよ。
 あんま、危ないことには首を突っ込まないよーにな」
「はい、ありがとうございました」

これもお決まりの忠告と共に、刑事さんが腰を上げ、探偵さんが深々と頭を下げます。
そのタイミングを見計らって、ネウロさんは私を連れて事務所へ戻るのです。
勢い良くドアを開けるや、助手モード全開で捲くし立てます。

「先生、ただ今帰りました!!おや、笹塚刑事、今お帰りで?
 いつもいつも、ご苦労様です。ご苦労ついでに大変申し訳ありませんが、先生を
 ご自宅まで送っていただけませんでしょうか?
 この辺も何かと物騒ですし、電信柱と見まごうばかりの体型を誇る先生とはいえ、
 一応、うら若い女性の上に有名人ともなると、変な連中につきまとわれることも…。
 ねぇ、先生!その薄っぺらな胸にも覚えがあるでしょう!!
 いつの間にか背後に立っては、サインをねだって素早く去っていく不審な男とか。
 そのうちフラッと脱獄して♪のうみっそ ボ〜ン♪とか、やりかねない歌姫とか…。
 ええ、本来ならば先生をお守りするのも、助手の僕の役目だとは思うのですが、
 生憎先生のご命令で、今から徹夜で資料の整理をしなければならないのです。
 ……は?笹塚刑事、僕の髪が何か?ああ、三つ編みのエクステですよ。
 単なる変装ですが、それが何か?ああ、こんなことをしていられない。
 世界の平和と正義を守るため、名探偵の助手は忙しいったら忙しい。
 なのに先生ったら、鞄をお忘れですよ〜!!
 ……いつもながらお見事な顔面キャッチ、さすが先生!!
 すみませんが、ドアぐらいは自分でお閉めになってくださいね、笹塚刑事!!」

有無を言わさず追い出された2人は、やむを得ず並んで事務所を後にします。
とたんにネウロさんは満面の笑顔を消して、トロイに足を乗せてくつろぐのです。
私もネウロさんの頭から離れ、壁の定位置に戻ります。
いつもなら、疲れてすぐに眠ってしまうのですが、こういった“日常”が幾度となく
繰り返されていたのが気になって、今日は思い切って尋ねてみました。

〔ネウロさん、もしかして…。
 刑事さんと探偵さんの仲を、とりもとうとしているんですか?〕
「……ほう、我が輩が?何故そう思う」

無表情のまま切り返されて、暫し考えます。
改めて、思っていたことを整理しながら答えました。

〔吾代さんや望月社長さんの時のように、力で屈服させようとしませんね。
 その方が、簡単で便利な筈なのに…。
 刑事さんが自主的に探偵さんに協力してくれる、今の状態を維持しながら
 2人が更に親密な関係になる“可能性”に期待しているように見えます〕

ネウロさんが好む言葉を選んで説明すると、能面のような無表情が少しだけ“楽しそう”
になりました。

「やはり、我が探偵事務所の秘書は優秀だ。
 肉付きどころか脳味噌まで足りないセミに、キュ−ティクルの切れ端でも
 混ぜて飲ませてやるがいい」

トロイの上で足を組みかえたネウロさんは、パソコンの電源をONにします。
たちまち画面が“愛”や“恋”に関連した言葉で埋め尽くされました。

〔ネウロさん…?〕

ディスプレイを覗き込んだ私の毛先に、瘴気の混じった声が触れます。

「我が輩が調べたところ、“恋愛”というものは、人間に凄まじいパワーを与えるらしい。
 手持ちの奴隷を手っ取り早く強化するには、うってつけだ。
 それに、あの2人がそういった親密な関係になれば
 『ねぇ、笹塚さぁ〜ん。ヤコのオ・ネ・ガ・イvv』
 『はぁ…。弥子ちゃんにそう言われると弱いんだよな…』
 ……と、いった具合に、今まで以上に捜査に首を突っ込みやすくなるだろう」

………………。(汗)
そ、そういえばネウロさん。最近、一昔前の少女漫画とかに凝ってましたっけ。
あと、恋愛シュミレーションゲームにも…って、問題はソコじゃありません。
放っておいたら、この世界が間違ったラブコメになってしまうのは必定。

〔あ、あの…。それって探偵さんのキャラからも、刑事さんのキャラからも、少々ズレて
 いませんか?〕
「……む?」

恐る恐る指摘をすると、“意外そう”な顔になります。
やっぱり…、と思いながら説明しました。

〔探偵さんの性格なら、好きな人には迷惑をかけたくないって考える筈です。
 だから逆に、好意につけ入るような頼み事は、絶対しないって言い張るかも。
 刑事さんだって、今より探偵さんを大事にするようになれば、危険な事件から
 遠ざけようとするんじゃないですか?
 むしろ、こちらを妨害をしたり、探偵を辞めさせようとするかもしれません。
 そうなったら結局、事件に首を突っ込みにくくなるのでは…?〕
「……なるほど。そういう展開もあったか」

トロイに腰掛けたまま、ネウロさんは顎を摘んで考え込む様子です。
きっと、“そういう展開”だった少女漫画でも思い出しているのでしょう。
ハラハラしながら見守っていると、やがて彼なりの“恋愛感”を語りました。

「だが、我が輩の見たところ、恋か仕事か。愛か信念か…。
 そういった両天秤があってこそ、“恋愛”とかいう気分は一層、盛り上がるのでは
 ないか?」

……この場合、何をどうツッコんだらいいのでしょう…?(汗)
仰っていることが、あながち間違いとも言い切れないだけに、始末が悪い。
打てば響くような探偵さんのツッコみテクニックを羨んでいる間にも、ネウロさんは
語り続けます。

「それに、人間の“愛”というものは、複雑な“謎”を生む動機になる場合が多い。
 これまでに食べ応えのあった事件(しょくじ)を思い出しても、明らかな傾向だ。
 例えば“HAL事件”は、春川英輔が1人の女に“恋愛感情”を抱き、その存在に
 固執し続けた結果といえる。
 “ヒステリア事件”も、“愛する家族”に自分の本性を知られることなく、本能の
 欲求を満たす過程で生み出されたものだ。
 それに比べ、金や地位、単純な恨みが動機となった“謎”は、味に深みがなく
 カロリーも低い。
 我が輩の求める“究極の謎”には、恐らく“愛”という要素が不可欠なのだろう」

私は捜査の現場に居たわけではなく、犯人の方に直接会ったこともありません。
でも、秘書として、ネウロさん達が関わった事件の詳細は知っています。
特に“HAL事件”では、空腹で衰弱していたネウロさんが、十分な“謎”を食べて
すっかり元気になったことも、良く覚えています。
それは、人間の“愛”がネウロさんを救ったことになるのでしょうか?
愛から生まれた“謎”を取り込んだ魔人は、何かが少し変わったのでしょうか…?
ふと、そんなことを思った私ですが、ネウロさんは自信たっぷりに締めくくります。

「ならば今、セミにも“恋愛”とやらを経験させておけば、この先、役に立つだろう。
 相手は、他に候補がないでもないが、あの刑事が最も使えて、都合が良い。
 ああ我が輩、なんと教育的な主人であることか…!!」

……やっぱり、あくまでもご自分の都合なんですね…。(溜息)
ネウロさんに、“謎”が必要なことは良くわかりますが、それはそれ、これはこれです。
私を生き返らせてくださったのはネウロさんでも、週5回のトリートメントをしてくれて
いるのは探偵さんですからね。

〔確かに経験は大事だと思いますが、探偵さんはまだ16歳ですし、急がなくても…。
 無理に既成事実とか作ろうとしたら、刑事さん、都条例違反で警察を首になって
 しまいますよ?〕

ネウロさんならやりかねないと思って、釘をさしておきます。
すると、宙を睨んで何やらブツブツ言い始めました。

「……フム。
 ではいっそ、ヤコの戸籍と住民票を改ざんし、2年早く産まれたことにしてしまうか。
 だがそれでは、“女子高生”という、折角のステータスが失われてしまう。
 生ゴミ同然の我が奴隷の、唯一無二の売り物だというのに…。
 “留年女子高生探偵”も捨てがたい響きだが、学歴の汚点が後々に響くのは、
 雑用を見ても明らか。得策とは言えんか…。」

また酷いことを考えてますが、どうやら最悪の事態はまぬがれそうです。
ホッとして毛先を伸ばすと、探偵さんに張り付いたイビルフライデーが、駅に向かって
歩く2人の姿を映し出していました。
街灯の下、右のタイヤキ屋さん、左のラーメン屋さんと、フラフラ吸い寄せられそうな
探偵さんを、刑事さんが軌道修正しながら、帰りを急がせています。
こうして見ると、お似合いと言えない事もないような、根本的に何か違うような…。(汗)

「よい参考事例になると思ったが…。」

ふいに呟かれた声に、映像から目を離して振り向きました。

〔何の参考ですか?〕

いつの間にか、ネウロさんは本来の鳥の顔に戻っています。
人間の姿の時と同じ、毒々しいほど鮮やかな緑の目が私を見つめていました。

「……アカネ。貴様は元があのセミと同じ人間とは思えぬほど、有能だ。
 しかし、物の考え方や感じ方は、奴隷(ヤコ)に近いようだな」

死体とはいえ、元は探偵さんと同じ人間の女の子(推定)だったことは確かです。
それはネウロさんもご存知の筈なのに、何故、今更念を押すのでしょう?

〔はぁ…。それが、何か?〕
「……………。」
〔…………?〕
「………………………。」
〔あの……、ネウロさん?〕

妙に圧力のある沈黙に、居心地の悪さを感じて呼んでみます。
鋭い牙を覗かせたクチバシで、確かめるように問われました。

「わからんか?」

……ええっと…。
さっき、質問をしたのは私の方だったのですけれど…。
“参考”って、探偵さんと刑事さんを使ったリアル版“恋愛シュミレーションゲーム”の
ことですよね、結局。でもそれと、私がどこで繋がるのでしょう…?

〔はい、わかりません…。〕

考えた挙句、正直に答えると、ネウロさんは深々と溜息をつきました。
刑事さんを真似たような仕草ですが、香るのは微かな煙草の匂いではなく、
甘い瘴気です。

「………そういうのを“天然”とか言うのだったか…。」

それきり、私には一瞥もくれずに、パソコンの画面に視線を落とします。
私の理解力の足りなさに、関心を無くしてしまったのでしょう。
それを思うと何だか苦しくて、哀しくなってしまいますけれど…。

気を取り直して毛先を上げれば、イビルフライデーが駅に消える2人の姿を映していました。
楽しそうに食べ物のことを話す探偵さんと、適当そうに頷いている刑事さん。
一方はいつもより少し早く、もう一方はかなりゆっくりと。互いに歩調を合わせています。

探偵さんと刑事さんにとっては、きっと今のままが良いでしょう。
こういうことは、自然の成り行きに任せるのが一番なのです。
どんなに、じれったくても。まどろっこしくても…。
時が来れば何もかも、あるべきところへ収まるのですから。


それでは、今日はこれで失礼します。
我が探偵事務所の秘密ブログを御覧いただいている皆さん、おやすみなさい。
明日もまた、良い一日でありますように。


                                        某年某月某日 あかね



                                   − 終 −


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  2011.5.29  本文を一部修正しました。
(以下、反転にてつぶやいております。)

“笹ヤコまわりの人々・探偵事務所(あかねちゃん)編”です。
時系列は“狸屋事件”の後ぐらい。
笹ヤコと見せかけて、実はネウあか。
少女漫画や恋愛シュミレーションゲームでは飽き足らず、目の前で
人間同士の恋愛ドラマを実演をさせて、対あかねちゃんの参考に
したかったらしい魔人様。
天然少女とドS男の組み合わせなのが、共通点かと。