色 彩



「誕生日なのに会えないなんて!!」

…と、年下の彼女が声を大にするので、笹塚は午後からの休みを申請した。
幸い大きな事件も無く、いつもは文句を並べる同期の上司も後輩からのフォロ−で
しぶしぶ承認する。
ストラップもついていないシルバ−グレ−の携帯を開いて、メ−ルを打った。
送信先のパ−ルオレンジの携帯は、食べ物系のストラップとプリクラでいつも賑やかだ。

「お先」

声を掛けると、相棒兼部下の元気な返事。

「今日中に仕上げてプレゼントしに行きますから!楽しみに待っててくださいっスね−!!」

製作途中の赤い彗星は、念入りに星屑にしておいた。


   * * *


東京は、ちょうど梅雨が明けたばかりだ。
夏特有の白い入道雲が、ぬけるような空の青さを引き立てる。
街路樹の緑は濃く、アスファルトにくっきりと影を描く。

今日も暑くなりそうだ。
ネクタイを外し、上着を肩に掛け、ワイシャツの袖を捲くって先を急ぐ。

待ち合わせは、ランチタイムを過ぎたファミレス。
彼女が好きなス−プバ−が充実したチェ−ン店だ。
パステルト−ンで統一された店内も、もう見慣れた。

30分早く着いたのを確認し、表通りに面した席に座る。
涼しげな紺のストライプの制服を着たウェイトレスに、コ−ヒ−だけを注文した。

約束の5分前。
横断歩道で信号待ちの明るい色の髪を認め、煙草を灰皿に押し付ける。
名残り惜しげに立ち昇る白い煙と、カップに半分残った黒い液体を置いて禁煙席に移動した。
半日、煙草を口にしないでいることも、今はそれほど苦痛ではない。

「お誕生日、おめでとうございます!!」

ドアから席まで一直線に走って来た弥子は、開口一番そう言った。
日付が今日に変わると同時に、携帯の通話を通して。
待ち合わせの時間と場所を確認するメ−ルでも、顔文字入りで届けられた言葉だ。
キラキラ光る汗やツヤツヤ光る唇を眺めながら、ど−も、と気の無い礼を述べる。

誕生日だからといって、何の感慨も持たなくなって久しい笹塚だが、
10代の少女にとって彼氏の誕生日は一大イベントなのだろう。

午前中が1学期の終業式だった弥子は、一旦家に戻って着替えていた。
淡いオレンジ色のシンプルなワンピ−スに、ごく控え目な化粧。いつもと違う髪飾り。

歳の差を気にして、外で会う時の服装には気を遣っているようだ。
友人達のアドバイスを受けての創意工夫は、彼女を“今春、高校卒業したての新女子大生”
ぐらいには見せているのだが、残念ながら言動がついてきていない。
…まあ、実際に女子大生になったとしても、多分変わらないのだろうが。

スパイスチキンと夏野菜のグリルに、海老とアボガドのサラダ、枝豆入り海鮮炒飯
フル−ツトマトとバジルのカッペリーニ、黒ゴマと赤味噌の豚しゃぶ冷やしうどん その他etc
さっそくテ−ブルを色とりどりの料理で埋め尽くしながら、満面の笑顔で報告する。

「1学期の成績は、苦手の数学も含めて全教科で平均点でした!!
 これも笹塚さんに勉強見てもらってるおかげですね〜♪」

“女子高生探偵・桂木 弥子”も、現在高校3年生。
一応、進学を考えているらしいが、有名人である彼女を獲得しようと推薦枠を提示する
私立大学は後を絶たず、その点での心配はない。
ただし、高校の単位とは別の問題だ。

「なんとか留年せずに卒業できそうです!」

そりゃ良かった、と。口調に熱は無くとも真顔で言う。
留年されると困るのは笹塚も同じだ。更にもう1年は勘弁して欲しいと、切実に願う。
“探偵”はともかく、“女子高生”という看板は早く降ろしてもらわなければ。
だからこそ、一緒に居る時間の約半分が無料の家庭教師だという現状に甘んじている。
目の前で皿の山を築いている少女は、わかっていないだろうけれど。

51杯目のパンプキンス−プのカップを持つ手の爪には、夏の花が描かれていた。


   * * *


今日のデ−トの目的は、ショッピングだ。

 『笹塚さん、何処か行きたいトコとかないんですか?
  折角のお休みで、誕生日で、久しぶりのお外デ−トなのに』
 『弥子ちゃんの行きたいトコでい−よ』

相談終了。
そして彼女が希望したのが、インテリアショップだ。

 『カ−テン、買いに行きましょう!!』

笹塚の部屋で長年ニコチンと陽射しに曝され、すっかり変色してしまったそれが
以前から気になっていたとか。
30代の男性への誕生日プレゼントに悩んでいた彼女には、まさにうってつけだ。
家具デザイナ−として活躍する池谷のツテで、安くしてくれる店も知っているという。

訪れた専門店には、様々なカ−テン生地がこれでもかとばかりに並んでいた。
加えてボ−ナス商戦真っ只中とあって、赤い張り紙には『Summer Sale』の文字。

「笹塚さん、どんなカ−テンがいいですか?」
「弥子ちゃんの好きなのでい−よ」
「……言うと思った。
 ピンクのヒラヒラレ−スのカ−テンとか選んでも、知りませんからね〜?」

そう言って、色とりどりの布の山に突入する小さな背中を眺めつつ、首の後ろを撫でる。
別にピンクのヒラヒラでも笹塚は一向に構わない。それで彼女が落ち着けるのなら。

30分後、自分の好みと予算との間で悩んだ弥子は、候補を2つに絞り込んでいた。
どちらも気に入って、どうしても一方を選ぶことの出来ない彼女は笹塚を呼ぶ。
どうせまた、『弥子ちゃんの好きな方で』と言われることを予想しつつ、家主の意見を伺った。

「どっちがいいと思います?」
「右手に持ってる方」
「……やっぱり…って、即答かッ!?」

右手の布は、クリ−ム色をベ−スに柔らかな黄色と淡いオレンジが水彩画のような模様を
描いている。
色調は落ち着いているが、暖色系でまとめられた印象は明るい。

「…なんか、意外。選ぶとしても、笹塚さんならこっちの方じゃないかと思った」

左手のは、灰味を帯びた薄い青をベ−スにした同じパタ−ンのデザインだ。
それもまあ、悪くはないが。

「そっちのが弥子ちゃんっぽいし。毎日見るなら、その方がいい」

選んだ理由を口にすると、彼女はその場に固まった。
首まで朱く染まっていくのを怪訝に思う笹塚には、自分が原因だという自覚がない。

「さっ、笹塚さんって…。や、もういいです。(////)」

布見本を手に、弥子はレジへと走り去る。
普段より長めのスカ−トの裾がヒラヒラ揺れる。
少し高さのあるウェッジソ−ルのサンダルには、キラキラ光る琥珀色のビ−ズ飾り。
首を傾げながら、その後を追った。


   * * *


「…ちょっと多くない?」

店員の手で切り分けられる布地の量に、毎日見ている窓のサイズを思い浮かべながら
弥子に尋ねた。

「同じ布で、色々作ろうかと思って。お揃いにすると落ち着いた感じになるし。
 クッションカバ−とか、ティッシュカバ−とか。あと、キッチンにもお揃いのカフェカ−テン。
 あ、もちろん自分で縫いますよ。家にミシンありますから」
「……へぇ」

器用だなと感心したのだが、それが声に表れないので気の無い返事と受け取ったらしい。
ムキになって熱弁を奮い出す。

「だいたい、笹塚さんの部屋は殺風景すぎるんですよ!
 シンプルといえば聞こえはいいけど、ただ単に、な〜んにも無いだけで。
 もっとこう…、リラックスのできる空間プロデュ−スをですねぇ!?」

布を畳んで包装している店員の、モスグリ−ンのエプロンを付けた肩が小さく揺れている。
可愛らしい彼女に説教される彼氏に同情…というより、微笑ましく思っているのだろう。
幸い弥子が私服なので、傍から関係を疑われるほどの歳の差には見えない。
…と、思う。

「最初の頃なんか、ご飯作ろうと思っても調味料もロクに無いし。
 お鍋もお皿も揃ってなくて、どんだけ困ったか…!!」
「………すいません」

話が食べ物の事に及んだので、先に謝っておく。
初めて彼女が笹塚の部屋を訪れた時は、今の比ではない勢いで怒られたものだった。
曰く、こんなの生活してない。ちゃんと暮らしてない。ちゃんと“生きて”ない。
彼女がそこまで怒る感覚は正直、笹塚には今も理解できていない。
それでも、彼女が正しいことは何となくわかったので、その時も謝り倒した気がする。

店員が、もう耐えられないといった様子で2人に背を向けた。


   * * *


必要のないものは最初から手に入れないし、必要がなくなれば即捨てていた。
だから彼の周囲で増えるものはほとんどなく、減っていくばかりだったように思う。
寝に帰るだけの部屋は、“家”ではなかった。

弥子が頻繁に笹塚の部屋を訪れるようになって、彼の周囲には再びものが増えはじめた。
そして、色も。

彼女が持ってくるお気に入りのCDは、パッケージからしてカラフルだ。
本棚の一角には、いつの間にか新設されたグルメ雑誌のコ−ナ−。
キッチンの壁のフックに掛けられたチェック柄のエプロンと鍋つかみ。
一緒に買い揃えた調味料と調理道具。
洗面台にはピンクの歯ブラシとコップ。イチゴ味やメロン味の歯磨き粉まで置いていく。

バレンタインにチョコレ−トと一緒にペアのマグカップをもらったので、
ホワイトデ−には菓子の詰め合わせと一緒に夫婦茶碗を買ったら、とても喜んだ。
(但し、大きい方の茶碗を使っているのは弥子である。)

乾いた荒野にいつの間にか季節が巡り、足元の蕾から一斉に花が咲き始めたような。
ふと周囲を見回して、自分が花畑のど真ん中に立っていたことに気づいたような。
鮮やかな、変化。

「カ−テンが黄色とオレンジだったら、やっぱりラグはチョコブラウンかな…?
 煙草の灰落として、ところどころ焦がしちゃってるし。
 あと壁紙は、カスタ−ドクリ−ム色がいいですね!」

通りがかったラグコ−ナ−で足を止めた弥子は、何やらうっとりした表情だ。
言動から推理すると、ファミレスで食べた“南国フル−ツのチョコカスタ−ドパフェ”を
連想しているのだろう。
すっかり“BEFORE・AFTER”にハマっている凝り性な彼女に、口を挟んだ。

「……本格的にリフォームとかしても、引っ越したら無駄になるし。ほどほどにね」
「え゛ッ、引越しするんですか!?」

驚く弥子に、シンプルなモノト−ンの包みを抱えた笹塚は、さらりと言う。

「来年あたり、するかも」
「もしかして、転勤になっちゃいそうとか…?」

今だって、会いたい時に会えるワケじゃないのに。
職場が遠くなって、家も遠くなってしまったら、ますます会えなくなる。
不安そうに見上げてくる飴色の眸に苦笑を落とす。

「…じゃなくて。今の部屋、一人暮らしには問題ないけど、あんま広くないし。
 弥子ちゃん家からも遠いからね」

明らかに含みのあるセリフだが、弥子は自分に必要なところ以外は綺麗に聞き流してしまう。
しかも、勝手な解釈まで付け足してうなづいた。

「そうですね。もう少し広かったら皆を呼んで、闇鍋パ−ティ−とか出来ますもんね!
 あ、色々相談に乗りますよ〜。これでも建築家の娘ですから。
 物件を見る目には自信があるんです!!」

にっこり笑う少女に、首の後ろを撫でる。
変化球が全く通用しないのはわかっているから、さほどガッカリはしない。
まあ、その時が来たらストレ−ト1本で勝負するし。

今は、彼女が『マロングラッセみたいで美味しそう』と表現する眸を細める。

「むしろ、弥子ちゃんの好みだけで決めてもらってい−よ」 

伸ばした手が、太陽に透けると蜂蜜色になる柔らかな髪をくしゃりとかき混ぜた。



                                   − 終 −


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(以下、反転にてつぶやいております。)

最初は単なる日用品お買い物話だったのですが、無理矢理誕生日にしてみました。
この後はス−パ−で山のように食材買って、笹塚さんちでご飯作って食べる。
そして遅くない時間に、笹塚さんは弥子ちゃんを家まで送ってく。
(歯磨きセットはご飯食べた後に使用。)
弥子ちゃんが「もうちょっと」とか「明日学校ないし」とか「泊まりたい」とか言っても
「駄目」で押し通す。
卒業まで、あと8ヶ月切ってるしね。あと少しの我慢だ。
……みたいな部分も色々書いていたのですが、これ以上散漫になるのもどうかと。
いずれまた、機会があればリサイクルの予定です。
ちなみに弥子ちゃんのカラ−イメ−ジは、柔らかい黄色か淡いオレンジ。
笹塚さんは青味を帯びたグレ−。時と場合によって、白っぽかったり黒っぽかったりします。