フタツノ タネ




     「なァ、あれ何だ?」

     城壁の向こうに薄っすらと拡がる緑の帯を指差して、カレが尋ねた。

     「来る時には気がつかなかったな。何かの畑?」

     アラバスタ銘柄のタバコを燻らせながら、アノヒトも言った。

     大食堂へと向う回廊で立ち止まった私は、生命の息吹の薫りがする風を
     胸一杯に吸い込みながら、答えた。

     「砂漠の植物は旱魃が来ると、何年もタネのまま砂の中で眠り続けるの。
      たった一度の雨で一斉に芽吹いて、葉を繁らせ花を咲かせ、実を結ぶ…。
      そして、次の雨が降るのを砂の中で待ち続けるのよ」

     「すげぇな!!」

     黒い眸が、面白いモノを見つけたようにキラキラと輝く。

     「砂漠の生き物は、強ェな。…国も、人も」

     青い眸が、優し気に細められる。



          淡く、紫と紅に染まっていく空の下。

          私は二人を見つめて、生まれて初めて

          幸せと 痛みを 同時に感じた。



   * * *


彼等が去った宮殿は、まるで嵐が通り過ぎた後のようだ。

…なんて、静かなんだろう。

人の寝息がしない
気配がしない
ドタバタと騒ぐ音も


冷蔵庫荒らしと格闘するコックさん
夜な夜なトレ−ニングを始める剣士
寝ぼけて枕を投げつける航海士…。


ふと起き出して、壁際から一つ隣のベッドに腰を下ろす。
うつ伏せにカオを埋めると、甘酸っぱいみかんの匂いがしたように思った。
…ナノハナの香水ならともかく、そんな筈はないのだけれど。


……ねぇ、ナミさん。
私って実は、惚れっぽくて浮気性な女なのかしら?
だって、一度に二人とも…なんて。



一緒に砂の海を旅しながら 苦しい戦いを続けながら
ココロの片隅に繰り返し浮かんでは、沈むキモチ。

“私は、このヒトが好きなのかもしれない”



例えばソレは、ユパを出たすぐ後。
砂まみれになって殴り合って、怒鳴られた時。

『おれ達の命くらい、一緒に賭けてみろ!!!
 仲間だろうが!!!!』

カレのコトバに、眸に
心の臓を貫ぬかれたような 気がした。



例えばソレは、レインディナ−ズのカジノで。
フ−ドを深く被ったカオを、薄く色のついたレンズ越しに覗き込まれた時。

『場所を教えてくれるかい?王女様(プリンセス)』

肩に置かれた掌が、微笑みが
冷たくなった血を暖めてくれるように 思った。



どんなに打ち消そうとしても
沈めては繰り返し浮かび上がる、口には出せないコトバ。

“アナタは私を、トクベツに想ってくれている?”



もう一度起き出して、7つ並んだベッドの真ん中に腰を下ろす。
今はカル−が高鼾をかいているけれど、座っただけでハッキリと
…タバコの香りが、した。



とうとう反乱が始まってしまって、ポルカ通りでMr.2に追い詰められて
カル−も動けなくなって…。
それでも行かなきゃならないと、判っていて。
でも、本当はもう自分でも、その意味さえも、ワカラナクなりかけていて…。
その時に短く、むしろ素っ気無く、アノヒトに言われた。


『行け!!!』



問えば、望む答えは返って来たのだろうか?
…応えられないと 判っていて。

“私はアナタにとって、必要な人間なのでしょうか?”



また立ち上がり、今度は反対側の壁際から2つ目のベッドに移る。
まだ強く残るお薬のニオイ。
…そして太陽と海の、ニオイ…。



クロコダイルに宮殿から落とされて、ペルに乗ったカレに助けられた。
眼下の宮前広場には、砂塵の中で殺し合う国王軍と反乱軍。
もう、私には止められない。
私の“声”は、誰にも届かない。
ただ泣くことしか出来ない私に、いつもどおりに笑って言った。

『おまえの声なら、おれ達に聞こえてる!!!』


……ねぇ、ナミさん。
これで惚れなきゃ嘘だって、思わない?



心の底から、思った。
ほんの一瞬、何もかもを忘れて。


“このまま、ずっと私の傍に居て欲しい”

“このまま、世界の果てまで連れていって欲しい”


まるで、火花のように閃いて消えた
…束の間の、夢。



ベッドを離れ、窓際に置かれたままの椅子に腰掛ける。
…ああ、今夜は星が綺麗。
本当に久しぶりに、そう思った気がした。
耳を澄ませば、星の降る音さえ聞こえてきそう…。


みんな今頃、カルガモ部隊の背中の上で何を思っているだろう?


カレは

アノヒトは


…何を思っているだろう…?



この窓から出ていった アノヒトの カレの コトバ。


『君は一国の王女だから、これが俺達の精一杯の勧誘だ』

『来いよビビ!!絶対来い、今来い!!』



“言ってくれて、嬉しかった”

“攫ってくれなくて、淋しかった”

…どちらもが、真実。



『迷ってるんでしょ?』


……少し違うわ、ナミさん。
もう暫らくだけ、夢を見ていたかったの。
だって、私、判っているから。


私はカレのモノにはなれないし
アノヒトを自分のモノにもできない

だって、私は私のモノで
アラバスタのモノだから

…王女だからとか、公的な立場だからとか、国民のモノだとか
そんなのじゃないわ。

私の魂が、この砂の大地のモノだから

……一緒には、行けない。



『おれはこうするぞ!!お前は!?』


麦藁帽子の王冠を被った海賊王が、私に選択を迫る。


『君の望むように。君の思うままに』


“王家の”でも“王国の”でもない騎士が、私の決断を促す。


だから私は、最後まで迷わずに 立ち止まらずに
走り通すことが出来たのだ。

…そして、今も。



これからも、ずっと。

カレは仲間みんなのモノで、仲間はみんなカレのモノで

アノヒトは、何時だって全ての女性に仕える騎士で

…変らないわね、きっと。


……でも、ナミさん。
私、もう恋なんて出来ないかもしれないわ。
だって彼等以上の男なんて、そうそう見つかりそうにないって思わない?



自らに、問いかける。

“どちらをも選ばない選択は、選択と言えるのかしら?”

“どちらかに決めない決断を、決断と誇れるのかしら?”

…でも、今は。



砂の地平線が、白く染まる。
何も生み出さない不毛の砂漠だと他国の人々は言うけれど
生命は、ここにある。

朝日を浴びて輝く、果てのない黄金。
私の、冒険の海。


だから、さあ

伝えに行こう。

“ありがとう”と“さようなら”

今はただ、それだけを。


……ねぇ。

海と空の向こうにある冒険に、二人でドキドキワクワクすることも

キッチンでちょっとだけお手伝いをした後で、一緒にお茶を飲むことも

同じモノを見て、みんなと驚いたり笑ったりすることも

もう、出来ないけれど。


忘れないわ

…きっと、忘れられない

いつまでも、ずっと



     「いつか また 会えたら!!!」



…その時は



          私のココロに眠らせた、二粒のタネは

          いつか優しい雨を浴びて 芽吹く時が来るかしら?


          ……芽吹くとしたら、それは……


                                   − 終 −


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サビル四連作の最後は、やはり王女です。
こうやって場面を並べて回想してみると、船長と料理人の彼女への言動って対照的です。
…そして、どちらもイイ男…。(笑)
壁紙はイエロ−系の“雲海”ですが、“砂漠の夜明け”のようにも見えるかなと。
最後に、おまけ付きです。

(初出03.3 「錆流」様へはTopの〜Union〜より)