ring



 この小さな海賊船に乗ることを許された、最初の夜。
 女性部屋の中でクロ−ゼットの前に立った航海士さんは、キッパリと言った。

 「一番下の引出しは、開けないでちょうだい」

 私は黙って頷いた。

 彼等の前に姿を現すまでの数日間に、この船の引き出しという引き出しを全て開けてみた事は、
 わざわざ言う必要もないだろう。

 ソコに入っていたのは、履き古されたショ−トブ−ツ
 誰かが一度は着たらしいTシャツにキャミソ−ル、サブリナパンツ
 左腕に繕ったアトのあるダウンジャケット
 そして、アラバスタの“永遠指針(エタ−ナルポ−ス)”



 初めて船のクル−と共に囲んだ朝の食卓で、料理人さんは言った。

 「あ、ロビンちゃんのカップはこっちねvv」

 食器棚の中にあったマグカップを咲かせた“手”で取ろうとする私をニッコリと笑顔で制し、
 黒いラインの入ったカップにコ−ヒ−を注ぐ。

 船長さんは 赤
 剣士さんは 緑
 航海士さんは オレンジ
 狙撃手さんは 茶色
 料理人さんは 青
 船医さんは 桜色

 棚の一番手前に置かれたソレは、その後も一度として使われることはなく
 でも、けっして埃を被ることもない。

 淡い水色のラインの入った、マグカップ。



 昼下がりの船縁に腰掛けた狙撃手さんは、言った。

 「う〜ん、最近めっきり海王類がかかんねぇな。
  やっぱ、餌はカルガモに限るぜ〜〜」

 倉庫の壁に立て掛けられている“ア−ティステックな”釣竿。
 釣を楽しむのは、どうやら狙撃手さんと船医さん。
 たまに船長さんが加わることもあるようだ。
 狙撃手さんのお手製だというそれ等は、柄の部分にクル−それぞれのイニシャルが
 意匠を凝らしたデザインで掘り込まれている。

 7本あったソレは、私が乗船した3日後、8本に増えていた。



 夕暮れ近く、ようやく目を覚ました剣士さんは、伸びをしながら言った。

 「最近、昼寝心地が悪ぃ」

 彼は一日平均何時間眠っているのだろうと、私は密かに統計をとっている。

 「やっぱ、羽根枕の寝心地は最高だったな」

 「羽根枕?」

 尋ねる私に、破顔一笑。

 「ああ、アラバスタ産羽毛100%の天然枕だぜ」

 そして、話し相手が私だったことにようやく気づき、ムッとした顔で腹巻の中に手を突っ込み、
 ボリボリ掻きつつ男部屋に降りて行く。

 コドモのような、オヤジのような、面白いコだ。



 カモメ新聞が、アラバスタ王国の脅威的な復興を伝える。
 “ナノハナ”、“エルマル”、“ユパ”、そして“アルバ−ナ”。
 字の読めない船長さんと剣士さんのために航海士さんが張り上げる声を
 皆、それぞれの表情で耳を傾ける。
 可愛らしい船医さんが、青いお鼻を膨らませながら言った。

 「あいつ、元気なんだな。
  国中の街や村を回ってるんだって…?
  また、無理して疲れてないかなぁ」

 「優しいのね」

 そう言うと、相好を崩してクネクネと腰から下を揺らし始める。

 「バ、バカヤロ−!オレはこの船の船医だぞ!!
  そんな当たり前のコト言われたって、嬉しくねぇぞ〜〜!!!」

 宮殿には宮殿付きの医師達が居て、未来のアラバスタ女王の健康管理には
 細心の注意を払っているだろう。

 言う必要の無い言葉が、浮かんで消えた。


    * * *


 船長さんは、いつも羊頭の船首に跨っている。
 ココが彼の定位置だ。

 「何を見ているの?」

 「海と空だ!」

 一面に拡がる、明るい蒼。
 水深が浅いのか、海の色も空に溶け込むようだ。

 「…思い出す?」

 わざわざ主語を抜いたのに、即答された。

 「おう、仲間だからな!!」

 勇敢で健気な王女様。
 誰からも愛され、必要とされる、幸せな少女。

 「なぁ〜、ロビン」

 11歳も年下の少年は、不思議そうに首を傾けながら言った。

 「おまえ、ビビが嫌いか?」

 彼の率直さは、基本的には好もしい。
 だから、私も率直に答える。

 「彼女が嫌いなんじゃないわ。
  彼女の立場が大嫌いなだけ」

 世界政府
 海軍
 そして、王族

 人を“支配”する輩達。

 今は、純粋で心優しい王女様。
 けれど権力(ちから)を手にしたとたん、変わらないとどうして言えるの…?

 「けど、ビビは仲間だぞ?」

 更に不思議そうに、船長さんは言う。

 「知っているわ」

 今も皆、彼女に夢中。
 いつも思っている。思い出している。


    『ココに、いれば』

    『一緒にいれば』

    『どんなにか、楽しいだろう』


 「あいつはスゲェ奴で、イイ奴だ!!」

 にいっと。
 大口を開けて、彼は笑った。

 「それも、知っているわ」

 私は、答えを返す。

 確かに、あの勇気としぶとさと諦めの悪さは、尊敬に値する。
 “代々そうしてきた”というだけで、島一つ一瞬で消滅させる兵器の秘密を大事に守っていた
 愚かな王様の娘ではあるけれど。

 兵器なんてモノの使い道は、3通り。
 “侵略”“報復”“威嚇”…。ただ、それだけでしかない。
 王女様は自分の足元にそんな秘密が眠っていたことなど、知らなかったのだろう。
 …けれど、やがて知る筈の立場にあったのだ。

 ふと我に返ると、黒い眸がジッと私を見ていた。
 ただ見つめ返す私に、再び白い歯を見せて

 「それにおまえもスゲェ奴で、イイ奴だ!!」

 …こういう場合、肯定も否定もするべきではないだろう。
 第一コレは質問ではなく、彼の一方的な見解に過ぎないのだから。

 船長さんは小さな船を振り返るように身をよじった。
 風をはらむ麦藁帽子のジョリ−・ロジャ−に向って、さも嬉しそうに

 「だから、おまえらはみんな、おれの仲間なんだ!!!」

 お見事な三段論法に、ただ、苦笑するしかない。
 人生がそれほどに単純であれば、どんなにか幸せだろう…。

 麦藁の少年は にししっ と笑うと、また海と空の狭間にカオを戻した。


 ……ねぇ、プリンセス。
 私は貴女の“仲間”なのだそうよ?
 貴女の国にクロコダイルを呼び込んだ、災厄の元凶とも呼ぶべき私を。
 貴女はそれを、どう受け止めるのかしら…?


    * * *


 もしも、彼女が国でなく、仲間を選んでいたら。
 私は彼等の前に姿を現すこともなく、船を降りていただろう。

 その選択は有り得ないと確信したからこそ、私はこの船に密航したのだけれど。

 だからあの日、船室の中で彼等の騒ぐ様子に気づいた時は驚いた。
 すぐに、私の考えが間違いではなかったことは判ったけれど。


    『私…一緒には行けません!!!今まで本当にありがとう!!!』


 皆は、カモメ新聞に小さく写った彼女の姿に目を輝かせる。
 そして私は、あの戦いでの死傷者の数を見つめる。

 “海賊”である彼等は、夢の為にとった私の行動を責めない。
 船長のコトバに従って、私を受け入れる。
 けれど、“王女”である彼女は、けっして私を許さないだろう。

 ……誰も、気づかないのだろうか?

 彼女はアナタ達の“仲間”ではあるけれど
 けっして“海賊”になど、なれはしない。

 彼女は“守る”側。
 変化も革命も真実も、好まない。
 望むモノは、“安定”“平和”そして、“秩序”。
 生まれながらの“統治者”なのだ。

 そして、彼等は“奪う”側。
 法に背き 追われ 狙われ
 破壊と屍の上に“自由”と“誇り”を築くのだ。


 …そして、私は…。


   * * *


 降るような星の夜。
 キャンプ・ファイア−が夜の闇を照らす。
 それを囲んで皆が輪になって座り、歌い、躍る。
 忍び寄る死を、怖れを、沈黙を、蹴散らかすかのように。

 私はいつも通りに皆から少し離れて、その様子を見守っている。

 「ロビン、おまえも歌え!海賊は歌うモンなんだぞ〜!!」

 「よ〜し、今からおれ様が“ウソップ応援歌”を歌うぞ!!おまえも聞け〜ッ!!」

 「エッエッエッ。一緒に躍ろ〜〜」

 「あんた、イケる口でしょ?あたしと飲み比べしない??
  10万ベリ−でねvv」

 「やめといたほうがイイぜ。そいつ、ザルだからな」

 「いつも一人静かに微笑む貴女も素敵ですが、たまには俺の隣でしっとりとした
  夜のひとときを…」

 皆が、誘う。
 完全な“輪”を描くには足りないその空間に。

 …そして私は、ココには居ない筈の1人と1羽の姿を見るのだ。


 『ねぇ、いっしょに騒ぎましょう』

 『クェックェ〜』


 幻の王女とその愛鳥に敬意を表して、今夜はその傍らに腰を下ろそう。
 …こんなにも、星の美しい夜だから。


    『私は、やっぱりこの国を愛してるから!!!!
     ……だから、行けません!!!』


 彼女があのまま変らないことを、私は願おう。
 陽気でお人良しな彼等の為に。

 そして、彼女自身の為に。

 星にでも、何にでも構わない。
 心から、願おう。


 今の私は、“麦藁海賊団”の一員
 考古学者の、ニコ・ロビン。


    『いつか また 会えたら!!!』


 貴女は私を“仲間”と呼んでくれるのかしら…?

 ……ねぇ、“先輩”。


                                   − 終 −


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 このテキストは「しあわせぱんち!」様主催「とうとうあにめもビビ姫さよなら企画 02.10.27-11.30」
 でサイトマスタ−であるゆうさんが書かれた「missing」を読んだ時に思い浮かんだものでした。
 企画開催中には間に合わず、年が明けてから投稿という形でご掲載くださいました。

 「missing」は切なくも素敵なサンビビ作品でしたが、こちらはノンカップリングとなっております。
 …サンビビ派の方には、単にロビンさんが気づいていないか、気にしていないのだと思って
 いただいてもOKかなとは思いますが…。(笑)

 “ビビ王女”と“ミス・オ−ルサンデ−”
 二人の立場と過去は、互いを許すことも受け入れることも出来ないのではないかと思います。
 けれど、麦藁帽子の海賊旗の下では、そんな“付属物”はカンケイないのです。
 そして、“ロビン”は“ビビ”を嫌いではなかったと思いたいです。
 …甘いかもしれませんが。

 初出03.1 「しあわせぱんち!」様 「しあわせぱんち!」様は06.11.30に閉鎖されました。