特別休暇



− 1 −

月めくりのカレンダ−が、勢い良く引き剥がされる。
要らなくなった前の月を丸めて屑篭に捨てたナミさんは、何かを思い出したように
振り向いた。

「明日はサンジ君の誕生日じゃないの」

「んじゃあ、明日の晩は宴会だな〜〜ッ!!!」

食い散らかした朝メシの皿の前で嬉しそうに喚くクソゴムに、怒鳴り返す。

「誰が準備するんだよッ!!」

「そうだよな〜。自分の誕生日を祝う料理を自分で作るってのもな〜〜」

腕を組んだウソっ鼻が、頷きながら言った。

「だいたい、サンジは働き過ぎだ!!
 動いてる量に比べて睡眠も食事も少なすぎるぞ!!!
 おまけにタバコは吸うし、酒も飲むし…」

やばい、トナカイが説教モ−ドに入っちまった。
お次は自分だと判っているクソ腹巻は、そわそわと席を立つタイミングを
計ってやがる。

「確か午後には次の島に着く筈だったわね、航海士さん。
 じゃあ、こういうのはどうかしら?」

心優しいロビンちゃんが、助け舟を出してくれた。


   そして、俺がもらった誕生日のプレゼントは、一泊二日の特別休暇。
   自分の為だけの時間。



− 2 −

着いた島は、そこそこに流通が発達していて一通り何でも揃いそうだった。
無意識に足が市場へと向きかけるのを、苦笑しながら方向転換する。

まず、俺が入ったのは洋服屋だった。
バラティエから持ってきたス−ツの何着かは、戦闘の度にダメになっていたし
残っているモノも最近どうも窮屈な気がする。
採寸してもらうと思った通り、肩幅やら胸囲やら一通りの寸法が変っていた。

「お客様はノ−スの方ですね。
 既製品では、お身体にピッタリのモノを見つけるのは難しいでしょう」

まったくな。
かといって、一からオ−ダ−メイドしている時間もねェし。
六つボタンの黒いス−ツを三着、明日の夕方までに直しをしておくよう頼む。
それから青系統のワイシャツ五枚。
どちらも明日取りに来ると言って前金を渡す俺を、余程良い客だと思ったのか
店主店員総出で見送ってくれた。


そのまま俺は、向いにある靴屋に行った。
こっちも戦闘の度にダメにしている。
さすがにもう、サイズは変らねェか。
スタンダ−ドな黒革のロ−ファ−を二足。
明日、洋服屋のついでに取りに来ると預けたまま、店を出た。


ぶらぶらと夕暮れの街を歩き、雰囲気の良いレストランに入った。
そこで一人で食事をしている妙齢のレディ−を見つけ、相席を申し出る。
凄い美人というほどでもねェが、落ち着いた印象の感じのイイ女性だった。
料理の味は、値段とのバランスから言って、中の上ってトコロか。
食事だけでも良かったんだが、彼女から誘われて、そのまま部屋に泊めてもらった。

彼女の名前は尋ねなかったし、俺も名乗らなかった。


   * * *


休暇中であろうと、ヒトん家であろうと、キッカリ五時に目が覚める。
ガキの頃から叩き込まれた習慣は、どうにもならない。

まだ眠っている家主さんを起こさねェように気を配って、ベッドを抜け出し服を着た。
このまま黙って出て行くってのも、あんまりだし。
そういや、昨日ベッドの中で言っといたよな?
朝メシ作らせてもらってイイかって。

やがて起き出して来た彼女は、キッチンに立つ俺を見て冗談だと思っていたと笑った。
普段、朝はコ−ヒ−しか飲まないという彼女に、それは美容にも健康にも悪いと
熱弁すると、お医者さんみたいねとまた笑った。

朝食を済ませ、皿も洗い終えて部屋を出ようとする俺に、最後に言った。

「いつも、こんな風に男の人を部屋に入れているわけじゃないのよ?
 ……ただ……。昨日は私、誕生日だったから」

「じゃあ、一日遅れてしまったけれど」

振り向いて、ニッコリと笑って。

「誕生日、おめでとう」

「……ありがとう」

そして、ドアを閉めた。



− 3 −

少しづつ店が開き始め、表通りに活気が戻ってくる。
俺は適当な雑貨屋に入った。
店の小僧に、良く吸っている煙草の銘柄を幾つか挙げて在庫を尋ねる。
十歳くらいのガキは倉庫にすっとんで行き、両手一杯にタバコのカ−トンを
抱えて戻って来た。

「馬鹿か、お前!!
 お客さんがお尋ねになったのは、ソレがあるか無いかだろうが!?
 ありったけ持って来やがって!!!」

店主が振り上げる拳を、左腕で掴んだ。

「いや、ソレでいい」

脅えた目をしているガキを見下ろして言った。

「それで全部か?」

そのガキは口篭もりつつも、どの銘柄があと何カ−トン残っているか
きちんと言った。

「へェ、頭良いな。おまえ」

嬉しそうに笑う腕の中からカ−トンを取り上げ、ぴったり五十になるよう残り
幾つを持ってくるか指示する。
また倉庫へ走っていく背中を見ながら、考えた。

……やっぱ、買い過ぎか?

チョッパ−に見つかったら、また五月蝿ェだろうなァ。
けど、次は何時買えるか判んねェし。
買い置きをし過ぎると味も落ちるンだけどよ…。
無くなるより、マシだろ?

軽い割りにかさばる荷物を抱えて、店を出た。


   * * *


何か珍しいレシピ本でもねェかと、本屋に入った。
専門店でもない限り、大したモノは見つからない。
しょうがねェんで、そこらへんのグルメ雑誌をパラパラとめくる。
いきなり目に飛び込んで来たのは、懐かしいブサイクな面共。

『イ−ストブル−の海上レストラン、隠れた名物“極道コンビ”』

…って、お前等いつからコメディアンになってんだよ。
ちったぁ腕を上げたのか?
  
記事を辿ると最後にオ−ナ−シェフの仏頂面が小さく写っている。

…だから、何度も言ってるだろうが。
マスコミには、もうちっとアイソ良くしろってよ。


ずっと後になって、気づくコトがある。

ガキ向けだからと、新作のケ−キの試食を任されたのも
雑用係から、ようやく厨房に立つことを許されたのも
初めて酒を勧められたのも

カレンダ−は、今日と同じ日付。

……俺に一度も尋ねなかったじゃねェかよ、クソジジイ。

勝手に決めつけやがって。
…それとも、どっちだって良かったのか?
今日であろうと、なかろうと。


あんまり長いこと見ていたもんで、本屋の親父が一つ咳払いをした。
しょ−がねェんで財布から小銭を出す。

ふと、もう一つ懐かしい名前を見つけて、小銭の額を増やした。



− 4 −

「へぇ〜。あんたって2月2日生まれだから“ビビ”なの?
 王女様の割りに、安直なのね〜〜」

ナミさんが笑った。

「だから、恥ずかしいって言ったじゃないですか!!
 父って王様のクセに、変に冗談が好きで…。
 亡くなった母も笑ってて、止めなかったみたいだし」

笑われた王女様は、少しむくれているようだった。

「別にイイじゃないの。あたしだって、7月3日で“ナミ”よ?
 まあ、戦災孤児だったからホントの誕生日じゃないけれどね」

「………。」

驚いたように目を見開き、言葉を失うビビちゃんに気づいて、ナミさんは殊更に
明るく言った。

「それにさ、11月11日生まれの“ゾロ目”って奴もいるし〜♪」

「“ゾロ目”…って、Mr.ブシド−?」

ぷっと吹き出して笑っていたビビちゃんは、何かに気づいたように振り向いた。

「あ、じゃあ!サンジさんの誕生日って、やっぱり3月2日なんですか?」

ふいに話を振られて、紅茶のお代りを淹れようとしていた俺は顔を上げた。
知性と魅力に溢れるヘイゼルの眸と
勇気と純粋さを秘めたラピスブル−の眸。
女神のごとき女王様と、天使のごとき王女様に見つめられて
邪な料理人である俺は、ただ曖昧に微笑んだ。


…二人はソレを、肯定と受け止めたようだった。


   * * *


普段は手にも取らないような、社会派の雑誌の見開きには、空色の髪をポニ−テ−ルに
結い上げた王女が国民と共に復興作業に従事する様子が載っている。
普通なら、マスコミ向けの演出だろうと思うところだが、この王女様に限っては
本気でやっているに違ぇねェ。
何にでも真っ直ぐで、一生懸命なコだったから。

…だから、ほんの些細な嘘や誤魔化しにさえ、罪悪感を覚えちまう。

可愛らしい頬に付いた煤を拭き取ろうと、無意識に指を伸ばしている自分に気づいて、
苦笑する。

もし、あの日の会話を覚えていたら、今日のカレンダ−に気づいて王女様は何かを
思うかもしれない。
7月3日や、11月11日と同じように。
あの後、クル−全員の誕生日を聞いて回っていたから、4月1日にも、5月5日にも
12月24日にも。


……俺の誕生日は、3月2日じゃねェんだよ。


一日が過ぎる、その感覚さえ無くなった85日間の中に失われた“その日”。

誰ももう、知らない。

最後に祝われたのは、見習いとして乗り込んだ客船の中。
気の良いコック達、給仕、楽団員、客室係、船員。
最後には、船長まで。
一番年下の乗組員だった俺に、わざわざ『おめでとう』を言いに来た。
コインや一掴みのキャンディ−や珍しい切手や絵葉書や。
そんなモノを持って。

誰ももう、居ない。

……俺の名の“サンジ”ってのは“3”月“2”日のコトじゃなくてさ。
    ノ−スの古い言葉で……、なんて言ったっけか?

それも、もう思い出せない。

85日間は、それ以前の俺の記憶を曖昧にした。
まるで覚えてねェワケじゃないが、思い出そうとしても、その輪郭はぼやけている。

故郷を離れて、十年。
残して来たものは、何もない。

…その筈なんだ。


雑誌を閉じて、荷物の中に入れた。
仲間の元気そうな姿に、きっと皆、喜ぶだろう。


まだ日は高いし、船に戻るにも服を引き取るにも時間がある。
さて、可愛い女のコをナンパしてお茶でもするか、それとも市場を見に行くか…。

公園のベンチから立ち上がって、一つ伸びをした。



− 5 −

……もう、夕メシは済ませちまった頃か?

思いながら、両手一杯に荷物を抱えて梯子を登る。
直しの済んだ新しいス−ツとワイシャツ、靴。
それにタバコと雑誌が二冊。
あとは、食材と酒だ。
なんか、一泊二日で買出しに行ったみてェだな。

甲板に足を着けると、妙にシンとしているのに気づいた。
皆、外に食いに出掛けたらしい。
今回の船番はクソ腹巻のハズ。
なんだかんだと殺気には鋭い奴だから、甲板で大の字になって寝てるのなら
蹴りの一発で許せるが、男部屋のハンモックは緊張感が無さ過ぎだ。
後で“粗砕(コンカッセ)”にしてやろう。

そう思いながら、とりあえずは食材を置いて来ようとキッチンに向った。


「「「「おめでと−!!!!」」」」


クラッカ−の鳴る音と紙吹雪に、唖然とした。
…なるほど、そういうコトでしたか。

「私達じゃ、大した物は用意できなかったけれど我慢してね。料理人さん」

「酒じゃねぇか。ちょうどイイ、ついでに並べるぞ」

唱和に参加しなかったロビンちゃんとクソ剣士が、俺の荷物を横から取上げながら言う。

「サンジ、なかなか帰って来ないからルフィを我慢させるの大変だったんだぞ!!
 ってルフィ、まだダメだ〜〜〜っ!!!」

「い〜じゃんか〜〜!!もう、“おめでとう”って言っただろ〜〜!!!」

人型になったチョッパ−が、必死でルフィを押さえ付けている。

「ナミの料理は久しぶりだよな〜。そういやロビンの料理って、初めてじゃねぇ…?」

ウソップが複雑そうなカオで言う。
失礼な奴……って、ナンですと!!?

「レディ−方が俺の為に…!?感激だああぁぁあ〜〜vvvv」

跪いて御二人に感謝を述べる俺に、ナミさんは溜息を吐いた。

「ハイハイ、もうイイからさっさと座ってよね?始められないじゃない」



   それが“いつか”ってコトは、あんまり大した問題じゃねェ。

   …ただ、誰かが。

   俺という存在を再確認してくれれば、それだけで。



   * * *



「オ−ナ−、イイんですかい?こんな年代モノ、俺達が御相伴させて頂いて」

「嫌なら飲むな」

「滅相もない!!有り難く頂戴します…って、あ〜そうか。今日は…」

「黙ってろ、酒が不味くなる」



   * * *



「ビビ様、どうなさったんですか?ロウソクなんて」

「灯りを付けちゃダメよ、テラコッタさん。
 これはね、バ−スディ・キャンドルなんだから」



   …… Happy Birthday to You ……



                                   − 終 −


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現在のところ十歳以前が謎なまま、ノ−ス生まれだということだけを本人が明言している
サンジ君。
本当に誕生日って「3月2日」なんだろうか…?
と、「サン誕企画」に、喧嘩を売っているかのようなテキストを投稿してしまいました。(汗)
…申し訳ないです…。

なお、ビビちゃんは“仲間”としての友情出演のつもりです。
アラバスタ編以降であろうと、料理人メインであろうと、ノンカップリングであろうと、彼女が
出てくるところが姫贔屓の意地ですね。

 初出03.3 「しあわせぱんち!」様&「恋はハリケーン」様合同サン誕企画
 「March32  03.3.1-3.31」 「しあわせぱんち!」様は06.11.30に閉鎖されました。