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「珍しいわね。錨を下ろしている夜に、料理人さんが見張りだなんて」

ロビンが言った。
夜も航海を続けて人手が足りない時や、誰かが怪我や病気で見張りに立てない時を除き、
通常料理人は見張り当番のロ−テ−ションから外されている。
でなければ、毎日誰よりも早くに起きて朝食の準備を始め、遅くまで明日の仕込みをし、
見張りへの夜食も作れば、夜中に冷蔵庫荒らしの見回りまでする彼は、とっくに過労死
しているに違いない。

「ん〜?今夜はウソップの筈なんだけど…」

「でも、見張り台からタバコの煙が流れていたわ」

同室者の言葉に、書きかけの航海日誌をめくっていたナミは、ふとその表情を綻ばせた。

「なるほどね…」

「どうしたの?」

「コレよ。…わかる?」

彼女の指が示すのは、明日のペ−ジ。
間もなく“今日”になるそこは、まだ真っ白なまま日付だけが書き込まれている。
訝しげに並んだ数字を眺めていたロビンの暗褐色の眸が、やがて理解の色を浮かべる。

「そういうコトね」

「そういうコトよ」

やがて日誌を閉じ、ペンとインクを片付けたナミは、女部屋の片隅にあるバ−へ向った。
並んだ酒の一番奥から広口のガラス瓶を取り出し、ロビンに向って言う。

「あんたも飲む?」

「あら、綺麗な色」

透明な瓶の中は、鮮やかなオレンジ色で満たされている。

「とっておきのみかん酒よ」

「いいの?」

「いいんじゃない?ウチの料理人は今頃、極上の白を一人で楽しんでいるだろうし」

キッチンの食器棚の奥に隠してあったワインボトルをナミが偶然見つけたのは、
確か一週間前だ。
多分、酒豪である自分ともう一人のクル−の目に触れないようにだろう。
理由も無くそんなコトをする男ではないので、そのままにしていたが、やっと判った。
…もう、日付は変っている。

「大丈夫かしら?」

心配している素振りもなく、心配しているようなセリフを吐くロビンに
ナミは肩を竦める。

「たかがワイン一本で見張りも勤まらなくなるようじゃ、この先使いモノになんないわ」

「ごもっともね」

料理人は酒豪と呼べるほど酒に強くはない。
まあ、GM号においては酒に強い者と弱い者とが極端で、彼はクル−の中では
極めて珍しい“人並み”というレベルだろう。
とりあえず、ワイン一本で正体を無くすことはあるまいとナミは踏んでいる。

ところで、新しいクル−はどうなのだろう?
常に冷静で度を過ごすということのないロビンがどの程度の限界量なのか
まだ判らない。
ナミが秘蔵のソレを勧めるのには、当然下心があった。
……酔わせてやろう、と。

一月程前に仲間になったばかりの自分より十歳年上の女を、ナミは完全に
信用しているワケではない。

『こいつは、悪い奴じゃねェから!!!』

船長の言葉に従っただけだ。
…むろん、彼女が持っていたクロコダイルの宝石も魅力的ではあったが。


カウンタ−の上には、ロックグラスが二つ。
氷のカケラを少しばかり浮かべた、濃いオレンジの液体。
あたりに拡がる甘酸っぱいみかんの香り。

「美味しいわ」

最初の一口を飲んだロビンの賞賛に、ニッと笑う。

「でしょう?秘伝のみかん酒だもの」

この甘さと口当たりの良さがクセモノなのだ。
アルコ−ル度数は、かなり高い。
子供の頃、何度引っくり返ったことか。
その度に

『まだまだ、鍛え方が足りないわねぇ〜』

そう言いながら豪快に笑った、懐かしい人。
この味が、香りが、思い出を呼び覚ます。
痛みを伴う記憶を封じ込めるように、目を閉じた。

「どうしたの?航海士さん」

突然、肩を震わせ始めたナミに、ロビンが声を掛ける。

「いや、ちょっとね……!!」

ナミは目尻に涙を浮かべながら、思い出し笑いをしていた。


   * * *


アラバスタへと向う旅が、まだ半分にも達していなかった頃。
波も風も穏やかなある夜。GM号の甲板では、宴会が始められていた。

理由は何だったろう?
月が綺麗だとか、昼間の釣の成果が大漁だったとか、そんな些細なコトが
口実だったに違いない。
表情の曇りがちだったビビの気を引き立たせようと、あの頃は何かにつけ馬鹿騒ぎ
ばかりしていたように思う。
台所を預かるサンジも、船の財布を預かるナミも、敢えて文句は言わなかった。

その夜、ナミはイイ具合に漬かったみかん酒を飲んでいた。
ココヤシ村を出る時、ノジコが餞別に幾瓶か持たせてくれたものだ。
辛党のゾロは匂いを嗅いだだけで顔を顰め、強いだけの安酒を飲んでいる。

「…それでも尚、そいつは立ち上がった。まさに不死身だ。さすがのおれ様も少々
 驚いたぜ。息を殺し、勝機を伺いながらもパチンコを握り締める手が震えるのを
 感じた。…“武者震い”ってヤツだ」

隣では、ほとんどアルコ−ルを飲めないビビが、ほろ酔い加減でますます調子づく
ウソップの法螺話を聞いている。
いつも傍にいるカル−は、クル−達にビ−ルを飲まされて酔っ払い、丸い羽毛の
カタマリになって一足先に夢の世界に旅立っていた。

膨らんだり萎んだりする羽を優しく撫でながら、ビビはウソップの身振り手振りを
交えた熱弁に息を詰め、オトシどころではクスクス笑う。
その表情に、ナミはホッとした。
放って置くと眉間に皺を寄せて海ばかり見ている王女を、良く気のつく狙撃手も
心配していたのだろう。

ふとカオを上げると、器用に頭の上にまで皿を載せているサンジと目が合った。
一体、誰を見ていたのやら。
火を点けていないタバコを咥えた口元が、すかさず浮ついた笑みを浮かべる。

「ナミすわぁあ〜ん、ビビちゅわぁあ〜んv俺の新作料理を是非、御賞味あれvv」

甲板に新しい料理が並べられる。
ウソップが話を中断して、皿に飛びつこうとした……ところを、横からゴムの手に
攫われる。

「サンジ〜!!もう、肉がねェぞ〜〜!!!」

「うるせェ!!刺身にタタキにカルパッチョにマリネに煮付けにソテ−にグリルに
 蒲焼に……たまには、魚で満足しろ!!!」

「うめェぞ!!!でも、肉も食うんだ〜〜!!!!」

「一人で皿を二つも三つも取ってて言うんじゃねェよ!!!
 …おっと、こいつはナミさんとビビちゃん専用だ。手ェ出すとオロスぞ、ウソっ鼻」

「そんな殺生な〜。おれ様は、まだ一口も食ってねぇってのに」

泣き声になるウソップに、ビビはオロオロと口篭もる。

「あの、コレとっても美味しいですから…。ウソップさんにも、その…」

「美味しいモノは、みんなで味わった方がイイでしょ?
 でも、1/3だけだからね?ウソップ」

後が続かないらしいビビに、ナミは助け舟を出した。

「ありがてぇ〜〜」

感涙するウソップを横目で眺めながら、サンジは甲板に跪いて両腕を広げる。

「この船のレディ−方は皆、なんて心優しいんだぁあ〜vv」

いつものオ−バ−アクションをキレイに無視するナミと、困惑した笑顔を浮かべるビビ。
いい加減、慣れればイイのにと思う。

「おお!じゃ、おれも!!」

「…なんで、てめェまで手を伸ばすんだよクソゴム!!!」

サンジが料理を死守する間にキッチリ1/3皿を平らげたウソップが、ジョッキの残りを
飲み干して向き直った。
もう限界量を超えている証拠に、長い鼻が先から根元まで真っ赤になっている。

「よお〜し、ビビ!話の続きだ!!」

「だってよぉ〜!!みんなで食った方がうめぇんだろ、ナミ!?」

……まったく、この船ときたら!
   落ち着いてお酒の味を楽しむコトも出来やしない。

グラスを甲板に置いて立ち上がり、喚くルフィを一発どついて戻って来る間に、
その中身からはアルコ−ルが飛んで只のみかんジュ−スになっていた。

…な、ワケはない!!

自分のみかんジュ−スのグラスとナミのみかん酒のグラスとを間違えたビビが
飲み干した後のソレを手に、赤い顔をしていた。
辛うじて座ってはいるが、甲板にペッタリついた腰から下を軸に、頭でぐるぐると
円を描き始める。

「その時、おれ様は言ったあァ〜〜!!
 『地獄で会おうぜ、ベイビ−』」

 バコッツ!!!

気のつかない法螺吹き一人を地獄へ送ってから、ナミはビビの肩に手を伸ばした。

「あんた、大丈夫…?」

大丈夫なハズがなかろう。
軽く触れただけのナミの手に、ビビは仰向けに引っくり返った。
幸いカル−がクッションになったため、後頭部を甲板にぶつけずに済んだのだが。

「ビビ!!」

「ビビちゃん!!?」

しつこいルフィを蹴り飛ばしていたサンジが、ナミの声に振り向いて血相を変える。
その頃は、まだチョッパ−が仲間に加わっておらず、ナミがビビの診断をした。
グラスに残っていた量が少なかったおかげで、アルコ−ル中毒の症状は出ていない。
うにゃむにゃと意味不明なコトバを呟きながら、カル−を枕にぼおっと夜空を見上げる
ビビには、気分を尋ねるナミの声も聞こえていないようだった。

…ところが。
水やらタオルやら洗面器やら、酔っ払い介護セットを携えてキッチンから飛んで来た
サンジを視界に入れるや、今まで虚ろな眸をしていたビビは、むっくりと上体を起こした。

「ビビちゃん、起きて大丈夫…?」

心配そうな顔をするサンジをじ−っと見つめ、手を伸ばすと、いきなりネクタイを掴む。
そして、眉間に皺を寄せて言った。

「サンジひゃんは、ずるい!!」

「……はい?」

ビビをほったらかして飲み食いしていた連中も、全員が手を止めて注目した。
但しルフィの手が止まったのは一瞬だけで、口はずっと動き続けていたのだが。

「いっつも、い〜っつも、そおゆうよくわかんらい態度をとって
 わらしを困らせるのら!!!」

思いっきり呂律が回っていないが、どうやら怒っているらしい。
ネクタイから手を離したと思ったら、今度はびしっと人差し指を鼻先に突き付けられ、
サンジは引きつった笑いを浮かべた。

「そこへ、すわんなひゃい!!」

突き付けられていたビビの指先が斜め横へスライドし、甲板に向けられる。

「はあ…。」

酔っ払いに逆らってはいけない。
ましてや、女のコの酔っ払いには。
大人しく甲板に胡座をかいたサンジは、いきなり耳を引っ張られた。

「正座れすっ!!」

ビビの酒グセは、どうやら絡み上戸に加え説教上戸ならしい。
頭を掻きながら座り直すサンジ。
他のクル−はと言えば、こりゃ楽しい余興だとゲラゲラ笑いながら見ている。
ナミもまた、興味深げに成り行きを見守っていた。

歳が近い所為もあり、ビビは気の良いウソップや大らかなルフィとは、すぐに
打ち解けたようだった。
唯一人の同性で同じ部屋に寝泊りするナミとも。
けれど年長の二人には、いつまでも引き気味だった。

寝てばかりでアイソのないゾロは仕方ないとはいえ、女のコには常に優しく丁重で
ビビに対しても親しげに話し掛けてきたり、お菓子や飲み物を振舞ったりと
気を遣っているサンジを敬遠し続けるのは、考えてみれば不思議だった。
ただ単に、軽くて調子のイイ男はあのコのタイプではないのだろう、ぐらいに
思っていたのだが。

……そういうコトだったのか。

酔っ払ってからのビビはサンジしか目に入らないし、サンジにしか話し掛けない。
とんでもなく、判りやすい。

ちびちびとみかん酒を飲みながら見ていると、ビビの絡み方は酷くなる一方だった。
いつも子供扱いするとか、いつまでたってもお客様扱いだとか。
お手伝いをしたいと申し出ても、水仕事なんてさせられないと断られたとか。

…要するに、ちゃんと一人前の“女”として扱えと。
もっと自分を傍に置けと。
もはや絡むと言うより、迫っていると言った方がイイのではないだろうか?

「そうだそうだ!!」

「もっと言ってやれ、ビビ〜〜!!」

判っているのかいないのか、妙な合いの手を入れる船長と狙撃手は、どちらも既に
出来上がっている。
剣士はと言えば、自分と同様にニヤニヤと酒のジョッキを傾けていた。

「れもぉ、サンジひゃんは、ほんろ〜はナミひゃんのほ−がすきにゃのら」

突然自分の名前が出てきて、ナミは思わずむせそうになった。

「らって、い〜っつもナミひゃんを先に呼ぶひ〜、おかひもおひゃもナミひゃんに
 先に渡すひ〜。い〜〜っつもわらひは後回しなのりゃ」

そっとゾロを伺うと、まともに目が合った。
面白くなさそうなカオで、向こうが先に目を反らす。

……あのオトコが、気にしていたなんて!!

思わぬ発見に、ナミはほくそ笑んだ。

ビビは再びサンジのネクタイを両手で掴み、正座させた膝の上に乗りかかっていた。
そんな状態でうろたえも慌てもせず、ただ困ったように笑いながらビビの為すがまま
になっているサンジの胸中もまた、掴み所がないようでいて判りやすい。

ビビに絡まれ始めてから、彼はナミには一瞥もくれていないのだから。

「いいぞ、ビビ!」

「そのまま押し倒せ〜!!」

無責任な野次を飛ばした船長と狙撃手は、後で料理人から踵落としを振舞われた。

…そして、ありがちな話だがビビは突然電池が切れたようにクタリと倒れた。

「…ビビちゃん?」

膝に乗ったまま、肩に頭を凭せかけてスヤスヤと寝息を立てるビビに、サンジは
深々と溜息を吐いた。
そして、片腕でビビの背中から肩を支え、もう一方の腕を膝の下に通し…いわゆる
“お姫様だっこ”で抱き上げる。

ふわりと潮風に靡く淡蒼色の髪と、金の髪。
明るい月の光に照らされたソレは、まるで映画のワンシ−ンのようだった。


ビビを女部屋に寝かせに行ったサンジは、何故か20分ほど戻って来なかった。

「俺は、酔ってるレディ−にゃ手は出さねェよ!!!」

本人は主張したが、クル−全員が疑いの眼差しを向けたのは言うまでもない。

「20分でナニが出来るってンだよッ!?」

「あ?20分ありゃ、十分だろ??」

年長二人はそのまま“20分”を巡って口論を始めた。
ビビが居なかったので、放送禁止用語が飛び交ってもナミは男共を放っておいた。
…ウソップにはソノ半分が、ルフィには大半が、理解出来ないようだったが。

しかし、その内容に自分の名が出た瞬間、彼女の両鉄拳により宴会は強制的に
お開きとなったのである。

ようやく目を開けたカルガモは、皿と男共の屍が散乱する甲板をきょときょと
と見回して、一声鳴いた。

「クェエエ〜〜?(いったい、何があったんでしょうか?)」


更にありがちなことに翌日丸一日、酷い二日酔いに苦しんだビビは、昨夜の記憶など
全く無かった。
未成年の王女を酔い潰したことや、その貞操がアヤシイこと
(「だから俺は、“まだ”ナンにもしてねェって!!」料理人談)
がバレたら、恩賞が値切られる!!
危機感を抱いたナミは、クル−全員に緘口令を敷いた。

だが、あの夜以来、サンジは極力ナミとビビを別々に扱うようになった。
…彼なりに、思うところがあったのだろう。
そして、二人が可能な限りの時を寄り添って過ごすようになるまでに、さして時間は
かからなかったのだ。


   * * *


「アハハハハ……」

珍しく、ロビンが声を出して笑っている。

「ほんと、可愛いわねェ」

「でしょ、でしょ??」

予想以上の反応に、ナミも気を良くした。
どうせ思い出すなら、楽しいコトに限る。

「…料理人さんも、今夜はそういうコトを思い出しているのでしょうね」

氷が溶けて薄まったオレンジの液体を眺めながら、少し押さえた声で言う女に
ナミが魔女めいた笑みを浮かべた。

「慰めてやれば?」

「そういう気分になる前に、料理人さんの方から寄ってくるわね」

「へえ〜〜〜、で?」

ヘイゼルの眸が上目遣いにロビンを伺う。
料理人の口説き文句は挨拶代わりのようなモノだが、それで相手がソノ気になれば
チャンスを逃すような男でもない。
と、唇の両端を上げた女の背後で、ソファ−の上のクッションが生えてきた三本の
“手”で捻り上げられる。

「まったく、懲りないヤツね〜〜」

苦笑を浮かべながら、グラスにみかん酒を注ぎ足してやる。

「ソコがあのコの良いところでしょう?」

ロビンから見れば、九つも年下の男共など、お子様に過ぎないのかもしれない。
そう、納得する。

「“オ−ルブル−”が見つかったら、料理人さんは船を降りるのかしら?」

唐突に、ロビンが言った。
質問の意図を計りかねながら、言葉を返す。

「さあねぇ…。“オ−ルブル−”自体、あるんだかないんだか雲を掴むハナシだし」

考えてみれば、この船に乗っている連中の夢は“雲を掴む”ようなモノばかりだ。
眉唾モノの“ワンピ−ス(ひとつなぎの大秘宝)”
漠然とした“勇敢なる海の戦士”
もっと漠然とした“万能薬”
この女もそうだ。
二十年間探し続けても見つからない、“リオ・ポ−ネグリフ(真の歴史の本文)”

…だからといって、自分達の夢が現実的だとも思えない。
どれだけの時間がかかるのか判らない“世界地図”
どれだけの血を流すのか判らない“世界一の大剣豪”…。

「なんとなく、思うのだけれど」

笑っていない笑顔を浮かべて、ロビンが言う。

「何よ?」

どうも、オカシイ。
会話が自分の望むモノとは違う方向に流れている。
なのに、戻せない。舵を取れない。

「船長さんは、陸に冒険があれば。
 剣士さんは、陸に強い敵がいれば。
 何の迷いも躊躇いも無く、海を離れることが出来るでしょうね」

「…そうかもね」

恐らく、そうだろう。

「航海士さんと、狙撃手さんと、船医さん…。それに、私も。
 自分の夢が叶えば、いつか船を降りることは出来ると思うわ」

「………。」

夢が叶えば、船を降りる。
それはそうだ。海賊なんて一生続けるモノじゃない。
世界地図を書き終えたら、その印税で悠々自適の生活を送るのだ。
“それは、何時?”
そう思うよりも早くに浮かんだ自問。
“誰と…?”

「けれど、料理人さんだけは海から離れる生き方は出来ないような気がするわ。
 …なんとなく、ね」

「“海の”料理人……か」

瓶の底に最後に残ったみかん酒をグラスに空けながら、ナミは言った。
一息に、捲くし立てるように。

「ま、仕方ないんじゃない?
 あのコにとって、一番大事なのは“国”で。だから、あのコはこの船に乗らなかった。
 だったらサンジ君の一番が他にあって、あのコの元に留まるコトが出来なく
 たって、文句を言える義理じゃないでしょ?
 どっちかがソレに我慢出来なくなったら、そこでオシマイ」

「ク−ルね、航海士さん」

「だって、他人事だも〜ん」

うそぶく彼女に、含みのある口調で。

「…そうかしら」

「何が?」

みかん酒ももう、終りだ。
さすがに強い。
懐かしい味に飲み過ぎて、酔ったのかもしれない。
…けれど、自分と同じだけの量を飲んだ筈のこの女は?

「相手の一番が他にあって、ソレに我慢出来なくなったら…」

彼女の言ったセリフを抜き出して、繰り返す。

「…何よ?」

一方の唇が固く引き結ばれ、もう一方がほころぶように開く。

「剣士さんの“一番”は、世界一の大剣豪になる夢かしら?それとも白い鞘の剣…?」

グラスの残りを飲み干して、カウンタ−に置いた。

「……あたし、やっぱりアンタ嫌いだわ」

「それは残念ね」

ロビンは、ニッコリと笑った。

「私は真剣な恋愛の出来る人は、嫌いじゃないのに」


   * * *


「あれぇ、ロビンちゃん。どうしたの?」

見張り台の上から、料理人が声をかけてくる。
無言でソファ−ベッドに横たわった航海士から“話しかけたらコロスわよッ!!”
という不機嫌なオ−ラが吹き出しまくっていたので、彼女が眠るまで女部屋を
離れた方がイイと思ったのだ。
…そこに至る事情を全部話すのも面倒なので、短くまとめた。

「月が綺麗だから」

「そ〜ですねェ。でも、今宵の貴女の美しさには敵いませんvv」

ほろ酔いなのか、咥えタバコの唇が並べる美辞麗句にも、彼独特のふざけた
ユニ−クさが無い。
淋しいのだろう。
だから、彼に付け込む隙はいくらでもあって、彼女はそういうコトは得意だった。

自分の居場所を確保するために。
自分の立場を有利にするために。
幾度も繰り返して来たコトだ。

「上がってきません?月も星も、空に近い方が綺麗ですよvv」

「そうね、でも遠慮するわ」

「じゃ、俺がそっちへ降りましょうか?
 何か温かいモノでも??」

「いいえ、ダメよ。
 今夜の貴方は、ソコに居るのが仕事でしょう?“Mr.プリンス”」

柔らかい拒絶に、料理人は見張り台の縁に肘をついたまま笑った。

「この船のレディ−方は皆、ツレないなぁ〜vでも、ソコが素敵だvv」

控えめに飛ばされるハ−トを背に、キッチンのドアを開けた。


ロビンは食器棚からワイングラスを取り出した。
割れないように固定されたそこからは、思ったとおり先に二つが無くなっている。
綺麗に磨かれたソレに、半分だけ水を注ぐ。

かなり酔ったようだ。
だから自分らしくもなく、余計なことまで口にしてしまった。
怒らせるつもりは無かったのだが、仕方がない。
だって、判りやすすぎるのだから。

「航海士さん。そんなに心配しなくても、私は誰も誘惑したりなんかしないわ。
 貴女の大事な王女様の彼も、そして貴女の彼もね」

呟くその唇に笑みが浮かぶ。


「可愛い恋人達に、乾杯」


                                   − 終 −


※ Log :航海日誌、航海日誌を記載する


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過去の思い出と今現在の日々の記録(Log)ということで。
ロビンさん絡みのサンビビ・ゾロナミ。日付が変って2月2日の夜です。

(初出03.2 「Sol&Luna」様へはTopの〜Union〜より
 ※「サンビビ祭'03」への投稿テキストですが、企画終了のため現在は掲載されておりません)