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− 1 −

コトの発端は、カモメ新聞の記事だった。
“世界会議(レヴェリ−)”の開催と、そこに集うグランドラインのお偉いさん方。
そのリストの中には、かつて訪れた懐かしい国の名がいくつもある。
チョッパ−の故郷の冬島は新しい名前がついて、あの時世話になったドルトンとかいう
おっさんが、初代の大統領になったらしい。
そして、砂の国アラバスタ。
国王の代理として出席する王女の顔写真が、小さく写っている。

「“聖地・マリ−ジョア”ね…。
 ここから、そう遠くはないわよ?」

麗しの航海士が、デカイ声で独り言を言った。

「“世界政府”の本拠地だろ?
 きっと海軍がわんさと押しかけてるぜぇ?」

クソ剣士が、ニヤリと笑う。
きっと腕の立つ奴の一人や二人は居るだろうとか、思ってんだろう。

「関係ねェ!おれ達は海賊だからな!!
 行きたいところへ行くし、会いたい奴に会うんだ!!!」

船長の声で、進路は決まる。
誰も異議を唱える奴は居ない。
…居たら、俺が水平線の彼方に蹴り飛ばしてやるけどな。

「おおぉ〜〜しっ!!
 たとえ100万の海軍が居ようとも、キャプテ〜ン・ウソップ様の行く手を
 阻むなんぞ出来ねぇってことを思い知らせてやるぜ!!」

腰から下が震えてんぞ、ウソっ鼻。

「エッエッエッ、嬉しくなんか、嬉しくなんか……あるぞ〜〜!!!」

トナカイは腰から下が躍ってるし。

「料理人さん」

魅惑の考古学者が、いつものアルカイック・スマイルを唇にたたえて俺を見つめる。

「はぁ〜〜いvコ−ヒ−のオカワリですか、ロビンちゃんvv」

100%の笑顔で振り向く俺に、ただ一言。

「唇、ヤケドしそうよ?」

「…ぅあッチ!?」

短くなりすぎたタバコを、慌てて吐き出した。


その数日後、上陸した島でマリ−ジョアの“永遠指針(エタ−ナルポ−ス)”を
手に入れた俺達は、船の舳先をその指針に合わせた。


「ビビに会えるぞ〜〜!!!」

「カル−にも会えるかなぁ?」

「会えるさ!ビビとカル−はいつも一緒だからな!!」

無邪気に喜ぶガキ連中を羨ましく思う。


   『もう一度、仲間と呼んでくれますか!!!?』


あれから、一年。
彼女は俺達との再会を喜ぶだろうか?

…そりゃ、喜ぶに決まってるだろう。
別に、ソレを疑っているワケじゃねェ。

ただ…。

その島で買ったゴシップ誌は、丸めて荷物の一番底に突っ込んだ。



− 2 −

聖地・マリ−ジョア。
グランドライン最大の都市。
俺が朝メシの後片付けをしている間に、船は港の外れに錨を下ろした。
留守番を買って出てくれたロビンちゃんに後を任せて、船を降りる。

アラバスタ以後、名が売れちまったんで海域に近づく頃から海賊旗にも船首にも、
器用な狙撃手が作ったダミ−を被せ、小さな商船を装っている。
…まあ、高額賞金首がゴロゴロ乗ってるような海賊船がこんなにちっぽけだなんて
普通誰も思わねェけどな。

ナミさんが向こうとマメに連絡をとってくれていたおかげで、俺達は何の問題もなく
アラバスタ代表貸し切りの迎賓館の一室に通された。
それぞれが目深に被っていたマントやら帽子やらを脱ぐやいなや、奥のドアが
開け放たれる。
あれだけ切望していた彼女との再会は、拍子抜けするほど簡単に果されたのだ。

「みんなァ!!!」

「「「「ビビ〜〜ッ!!!」」」」

一年ぶりに会ったビビちゃんは、驚くほど大人びていた。
そういや、もうじき十八歳か。
“大人びた”じゃなくて、もう“大人”なんだよな…。
あんな話が出てきても、不思議じゃねェくらいに。

「みんな、全然変ってないのね…!!
 でも、変ったわ。
 ふふっ、あいかわらずなのね」

いちどきに話しかけてくるクル−に、笑いながら答える。

「どっちだよ!?(ビシッ)
 ところで、なぁ、カル−は一緒じゃねぇのか?」

きょろきょろと辺りを見回して、ウソップが尋ねる。

「カル−なら、庭に居るわ。動物を建物の中に入れる許可が、どうしても下りなくて…」

「えっ?オ、オレ、いいのかな…?」

半分トナカイのチョッパ−が、慌てたように言う。

「トニ−君は大丈夫よ。大事なお客様ですもの」

「そうなのか…エッエッエッ。じゃあ、オレ、カル−に会ってくる!!」

「にしししっ、カル−か〜〜!!よしっ、行くぞチョッパ−!!!」

「おいおい、おれ様も行くぜ!!置いてくな〜〜!!!」

チョッパ−とルフィとウソップが、ドタバタと部屋を出ていく。

「さァ、あたし達も行くわよ、ゾロ!」

「ああ?別に後でも…」

「……あんたねぇ……チョットは気を利かせなさいッ!!!」

ドカッとマリモ頭に鉄拳を落としたナミさんが、その襟首を引きずるように去っていった。
ドアの隙間から、キュ−トなウィンクを一つ飛ばして。

嵐が通りすぎた後のように、静かになった室内。
ただ、食い入るように彼女を見つめていた俺に、初めて声が掛けられた。

「…サンジさん」

最後に会った時のように、一国の王女らしくキレイに化粧して。
ドレスと宝石で着飾られていて。
でも、俺を見上げるその眸は変らない。

「ごきげんよう、プリンセスv
 一段と綺麗になったんで、驚いたよvv」

火を点けないままのタバコを咥えて、やっとの思いで口にする。

「サンジさんだって…少し、背が高くなった?
 ますますカッコ良くなって、素敵になって、ビックリしたわ」

一年前と同じ、くすぐったそうな笑顔で
一年前には言えなかっただろうセリフを、口にする。

互いに数歩づつ近づくと、ふわりと花の香りがした。

……だ〜〜っ、もう!!
気になるコトは後回しだ!!!

その細い肩に手を伸ばし、抱き寄せようとした……時。

唐突なノックの音に、動きが止まった。

「何事ですか?来客中ですよ」

ビビちゃんが、ドアの方へ顔を向けて言った。
毅然として厳しい…王女のカオで。
申し訳なさそうに入って来たのは、ちくわ頭のおっさんだった。

「ビビ王女、そろそろ…」

「…もう?」

そろそろって、ナンだよ?
会ってまだ20分も経ってねェって!!
俺の心の叫びが届くハズも無く、ちくわ頭は淡々とアラバスタ王女の本日の
スケジュ−ルを述べ始めた。

「はい、10時半から××国代表と今後の貿易について。
 午後1時からは△△同盟加盟諸国での昼食会。午後3時には記者会見。
 その後、レヴェリ−のレセプションの予定です」

ビビちゃんは深々と溜息をついた。
そして俺の顔を見て…自惚れでなければ、非常に残念そうに…言った。

「みんなの部屋は用意してあるから、ゆっくりくつろいでいて。
 予定が済んだら、すぐに戻ってくるわ」

「国の代表ってのも、大変だね」

俺の声に、肩を竦めるように笑う。

「仕方ないわ。これが私のお仕事だもの」



− 3 −

カル−隊長との“感動の再会”から戻って来た一同は、ビビちゃんの不在に
落胆の色を浮かべた。
不満たらたらのクソゴムは、

「ん〜じゃあ、冒険に行くぞ!!」

と言った次の瞬間、ナミさんに三発ほど殴られた。

「あんた、馬鹿!?
 海軍がわんさとやって来てる中に、賞金首がノコノコ出ていく気!!?」

「だなぁ。雑魚じゃ話にならねぇし、どうやって腕の立つ奴と…」

そう言ったクソ剣士は、五発殴られた。

「もうイヤ、こんな馬鹿ばっかり〜〜ッツ!!!」

おいたわしい航海士の嘆きは、間もなく運ばれてきた山のようなアラバスタ料理と
樽ごとの酒で解消された。
さすが、気が利いているというか。良く判っていらっしゃる。

主不在のまま昼前から始まった宴会は、日が暮れる頃には俺以外の全員が爆睡する
という結果に終った。
…無理ねェか。
ビビちゃんに会うために、この一週間、夜も通して航海を続けていたんだ。
疲れてんだよな。
でなきゃナミさんとクソマリモが、あれっきしで酔いつぶれるワケがねェ。
何とか自力でベッドに向った酒豪コンビ以外の、世話の焼けるガキどもを
布団に突っ込んでから、あてがわれた個室でタバコを咥えた。

さすがに各国の要人のための客間だけあって、すこぶる豪華だ。
絨毯は足を取られそうに分厚いし、灰皿は翡翠をくりぬいてある。

…何もするコトがねェと、航海の間は忙しさで考えずにいられたコトが
頭から離れなかった。


ビビちゃんに、縁談があるらしい。
いわゆる“政略結婚”ってヤツで。
ナントカ言うけっこう豊かな国の第三王子。
…そんな記事が、ゴシップ誌に載っていた。

歴史ある大国の、若く美しい世継王女。
世界政府さえ出し抜きかけたクロコダイルの陰謀を阻んだ、“救国のプリンセス”。
地位と名誉、名声に惹かれての降るような縁談を、国が復興中の今はそれどころでは
ないと片っ端から断っていたが、今回ばかりは双方大乗り気で。
“世界会議(レヴェリ−)”に合わせて、マリ−ジョアで見合いだと。

縁談の条件は、三年間の大旱魃と内乱で、経済的にはまだまだ苦しいアラバスタへの
莫大な援助。

……ああ、こんなコトならあんなクソ王国、滅んじまえば良かったんだ。

心の奥で呻く、どす黒い感情。

……ドコまで彼女一人に頼って、すがって、犠牲を強いるんだよ。

こんな結果のために、離れるコトに納得したんじゃねェ。
クソ剣士の言い草じゃねェが、力づくでも攫っちまえば良かったのか?
考える端から、俺の騎士道精神とフェミニズムが揃ってブ−イングを上げる。

最初ッから、判っちゃいるさ。
彼女がそれを望むなら。

『私のお仕事だもの』

そう、笑って言うならば。
止める権利は、俺にはねェ。

一番最初に決めたコトが、現実になろうとしている。
ただ、それだけじゃねェか…。
まさしくこれぞ、“恋の試練”ってヤツですか。


短くなったタバコを灰皿に押しつけ、新しい一本を咥える。
ふと、表が騒がしくなったのに気づく。
やっとビビちゃんが戻って来たようだ。

ちょうど、この部屋の窓から表門が見える。
重い絹とレ−スのカ−テンを引いて覗いてみた俺は、息を呑んだ。
輿から降りる彼女の手を取ったのは、ゴシップ誌に載っていた問題の
第三王子だったのだ。


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(初出03.2 「サンビビ天国」様主催「SANVIVI Celebration 03.2.1-3.31」
 「サンビビ天国」様は、既に閉鎖しておられます。)