白い花 アラバスタを出て、半月余り。 GM号は秋島に到着した。 「秋だ〜ッ!秋も好きだ〜〜ッツ!!」 錨を下ろすや、叫びながら飛び出していく船長の背中に航海士が怒鳴る。 「待て待て待て−ッ!ルフィ〜ッツ!! あんた、1億ベリ−の賞金首になったって自覚があんのか〜〜っ!!!」 「あるわきゃねぇだろ」 ツッコむ剣士に鬼の形相で振り向く。 ビビがもたらした賞金額の情報は、数日後には新聞と共にカモメが運んできた手配書で 確認されていた。 この額ならば、名うての賞金稼ぎや出世狙いの海軍将校が涎を垂らすことだろう。 「うっさい!あんたも来るのよ6千万!! 余計なトラブルになる前に、あの馬鹿を連れ戻さなくちゃ」 航海士と剣士が船長の後を追ったので、必然的に残りのメンバ−が船番となった。 「秋島かぁ〜、良いフル−ツやワインが手に入りそうだな♪ ビビちゃん、クソゴムが戻ったら一緒に市場に行こうね〜v モチロン市場以外のトコロも、ゆっくりとvv」 いつもにも増して上機嫌なサンジが、ビビに向かってハ−トとハ−ト形のタバコの煙を 盛大に投げかけた。 その満面の笑顔に、返すビビの笑顔が微妙に引き攣る。 自分に賞金が掛けられなかったことをコドモのように拗ねるサンジを慰めようとして、 『だってサンジさんが賞金首になっちゃったら、せっかく陸に上がっても ゆっくりデ−トも出来ないわ』 …と言ったのは彼女だが、メロメロに舞い上がっていたサンジを思うに、 互いの“ゆっくりデ−ト”のイメ−ジの間にはサンドラ河が流れる程の開きがありそうだ。 「船の修理の材料が先だろ〜!! たく、黒ヤリにやられた跡も応急処置だぜ?」 この二人を出掛けさせたが最後、当分帰って来る筈がない。 想像がつくだけにボヤくウソップのズボンを、チョッパ−が引っ張る。 「オレも薬の材料を買いに行きたいぞ」 アラバスタでは物資不足で、ロクな補給が出来なかった筈だ。 誰もが待ち望んでいた上陸なのだろう。 ビビも、アラバスタから身に着けて来た僅かながらの貴金属をお金に換えて 自分の着替えを買いたいと思っている。 何時までもナミの服ばかり借りているのも申し訳ない。 しかし、道に迷ったかトラブルに巻き込まれたか。 午後になっても三人が戻ってくる様子は無い。 あの組み合わせだから心配はいらないと、皆が笑って言う。 そんな信頼が羨ましいと、ビビは思う。 そう思ってしまう自分を少し淋しく感じながら、前部甲板の階段に腰掛けた。 サンジはキッチンで夕食の支度の最中だ。 ス−プの良い匂い。 もう少ししたら、手伝いに行こう。 考えるだけで唇がほころぶ。 トンテンカンと、ウソップとチョッパ−が船の修理をしている音。 カル−も二人の傍で板切れやロ−プをせっせと運んでいる。 こっちの手伝いは、ビビがケガでもしたら、おれ達が飯抜きになるからと固辞された。 目の前には、緩やかな丘陵一面に拡がる豊かな緑。 収穫期なのか、芳醇な果実の香りが此処まで届く。 何もかもが穏やかで、満ち足りている。 目に見えるもの、感じるもの、全てが。 ……いつか、アラバスタもこんな風に…。 目を閉じて、想う。 荒れたままに残して来た故郷を忘れた日などなかった。 けれど、留まるよりも他にするべきことがある。 そう思ったからこそ、国を離れた。 『死なない覚悟は、おありですか?』 かつて問われ、頷いた。 同じことを今問われても、彼女は頷くだろう。 帰るために、旅立ったのだ。 「必ず生きて、アラバスタへ……。」 数週間前、この船で口にした誓いを再び唱える。 誰も聞く者はいない。 …その筈だった。 「もう、ホ−ムシックかしら?プリンセス」 呼びかけられて、ビビはハッと我に返った。 「侵入者にも気づかないなんて、見張りとしては失格ね」 中央甲板の真ん中に立つ、黒いスラックスとジャケットの女。 テンガロンハットの下の黒髪と鳶色の眸。 小麦色の肌。 口元だけを吊り上げた、アルカイック・スマイル。 トンテンカン 金槌の音が、ずっと遠くから聞こえていた。 「…ミス・オ−ルサンデ−…」 乾いて、ひび割れた響き。 それが自分の唇から発せられた音だということが、ビビには判らなかった。 息が、凍るような気がした 目が、眩むような気がした 全身の血が沸騰するような 腸(はらわた)を捻じ切られるような 悲鳴 怒号 絶叫 血飛沫 肉片 骨 何もかもが、真っ赤に染まる 『興味がないの』 この女は、言ったという。 『国や人間が死のうが、生きようが』 崩れゆく地下の大聖殿で。 『私には、そんな事どうでもいい』 この女の目的は、“石” 古い文字が刻まれた、只の石の塊 そのために ……アラバスタに災厄を呼び寄せた…!!!! 「……ニコ・ロビン!!」 朗々と響いた声に、テンガロンハットを指先で持ち上げビビを見る。 彼女は階段の上に立ち上がり、ロビンを見下ろしていた。 「貴女がイガラムやルフィさんを救ってくれたことは、聞いています。 そのことには、お礼を言います。……けれど」 蒼い柳眉が跳ね上がり、ブ−ツの踵が階段を蹴った。 視界の端に、何事かと駆けつけるカル−やウソップ等の姿が映る。 それはただ“映っている”だけで、ビビの意識の外にあった。 「私は、お前を許さないッ!!!」 ジャッ!! 空を切って孔雀一連(クジャッキ−ストリング)がロビンの顔面に飛んだ。 狙いは正確だった。 だが標的は両の手首を軽く交差させ、一言。 「トレスフル−ル(三輪咲き)」 ロビンの肩から生え出た腕は次々と三つに繋がり、長く伸びる。 その先端の手がビビのストリングを絡め取った。 咲かせた手でも血は通っているらしく、刃先の食い込んだ腕と掌から 幾つもの赤い筋が伝う。 タン 軽い音を立てて中央甲板に着地したビビは、一瞬の躊躇いもなくストリングを捨て スラッシャ−でロビンの頚動脈を狙った。 唸る回転音。 まさに目にも留まらぬ早業だった。 しかし、それもロビンには通用しない。 「セイスフル−ル(六輪咲き)」 ざわざわと甲板から咲き乱れた手がビビの両足首を掴む。 勢い余って転倒した彼女の両手首を、残った手が拘束した。 「相変わらずのお転婆王女様ね」 甲板に這いつくばらされながら、それでも顔だけを上げ、ビビは自分を見下ろす女を睨んだ。 視線で人が殺せるものなら、とっくに殺している。 この女も、クロコダイルも。 「十万!!」 ビビは叫んだ。 「あの戦いで、十万人が死んだのよ!! 腕や、脚や、目や…、二度と元には戻らない傷を負った者は三十万人以上!!! それ以前の内乱で命を落とした者が、三年間の旱魃で飢え乾いた者が、 どれだけいると思うの!!?どれだけの村や町が滅んだと思うの!!? どれだけの人間が苦しんだと思っているの!!? お前が……お前がっつ!!!!」 ロビンは顔色一つ変えず、殺意に満ちたビビの視線を受け止める。 応える声音には侮蔑の響きさえあった。 「ソレは“王女”の考え方ね。 “海賊”は目的の為なら、どんな手段でも使うものよ」 「ビビ…!!」 金槌を手に持ったまま、ウソップはその場から動けなかった。 “ミス・オ−ルサンデ−”と面識の無いチョッパーが、背中の毛を逆立てて小さく呟く。 「あれは…誰で……、何なんだ?」 全身の羽毛を膨らませたカル−が、グルグルと唸るような鳴き声を上げた。 ビビの炎のような憎悪に対し、まるで氷の壁のように受け答える女。 だが、女の放つ冷気もまた、紛れも無く憎悪であるように思えた。 二人の放射する異様なエネルギ−は、部外者の侵入を阻んでいるかのようだ。 ポタポタと、ストリングを伝う血が、甲板に滴る。 「…さて、ソレはどうかな?」 場違いな程に落ち着き払った声が、緊迫した空気を破った。 「「サンジ!?」」 ウソップとチョッパ−が、キッチンのドアを開けて後部甲板からの階段を降りてくる 料理人の名を呼んだ。 急ぐ風でもなく、口にはタバコまで咥えている。 「少なくともウチの船長は、回りくどい手段なんぞは使わないでしょうね。 何せ、馬鹿だから」 「貴方…、“Mr.プリンス”だったかしら?」 ロビンの言葉に、口元のタバコが上を向く。 「ご記憶いただき、光栄です。レディ−」 フェミニストの端くれとして、女性に笑顔を向けないワケにはいかないらしい。 それでも普段の妙齢の美女を前にした時の、フザケタ態度とは違う。 「中でお茶でも…と言いたいところですが、用件を済ませて早々にお引取り願えませんか? 別にウチのクル−にちょっかい出しに来たってワケじゃないでしょう?」 「そうだ、と言ったら?」 サンジの歩調は緩まない。 階段を降り切って、真っ直ぐに一歩を踏み出す。 「…駄目!!サンジさん、この女には…!!!」 “ハナハナの実”の能力を持つロビンに、サンジの蹴りは通用しない。 アラバスタ最強の戦士であったペルが倒されるのを目の当たりにしているビビは 甲板に貼り付けられたまま、激しく首を振った。 その様子にロビンは軽く目を見張り、優雅に首を傾げる。 「面白いお姫様ね…。 せっかく王子様が登場したのに、言うことはそれだけ?」 サンジは両手をポケットに突っ込んだまま、軽く肩を竦めた。 恐れている様子は無い。 ビビはともかく、彼女に殺気が無いのを感じているからだろう。 ロビンは唇だけで微笑むと、ビビの拘束を解いた。 次々に甲板に呑み込まれていく六本の手。 同時に肩から生えていた三本の腕も、逆回しの映像を見るかのように消えていく。 ガシャリと音を立てて、紅く染まったストリングが甲板に落ちた。 「確かに、私が用があったのは麦わらの船長さんなのだけれど…。 どうやら不在のようね。また、出直すことにするわ」 「オ、オ、オ、オマエが、ルフィにナンの用があるってんだよ〜ッ!! クロコダイルの仇討ちか〜〜ァア!!?」 サンジが現われたとたん、マストの陰に避難したウソップが声を裏返らせる。 その傍でチョッパ-が頭半分だけをマストに隠し、カル−は威嚇するように羽を拡げていた。 「まさか」 ロビンは事も無げに答えた。 そして、甲板に肘をついて上半身を起こすビビに向き直る。 「プリンセス、恨むなら船長さんにしてちょうだい。 私はあの地下聖殿で死んでいる筈だったんだから」 ギッと、燃えるような眸がロビンを睨み付けた。 「殺してやる!!私のこの手で殺してやる!!! 誰があんたを許しても、私だけは絶対に許さない!!許さないわ!!!!」 その声を背に、ロビンは接岸したのと反対側の手摺をひらりと乗り越えた。 ウソップとチョッパ−が慌てて下を覗き込むと、彼女を乗せた大きな亀が泳ぎ去っていく。 以前、“ミス・オ−ルサンデ−”が現われた時に見たのと同じもののようだった。 ロビンが姿を消すやいなや、サンジは瞬き一つでビビの元に駆け寄っていた。 「ビビちゃん!!」 「許さない許さない許さない!! 殺してやる!!殺してやる……ッ!!!」 甲板に膝をつけたまま、ビビの爪がガリガリと木目に白茶けた筋を刻んだ。 額にびっしりと汗が浮かび、肩が激しく上下する。 呪詛の叫びに混じる、喘ぐような呼吸。 カル−が鋭い声で鳴いた。 「ビビちゃん、ビビちゃん!!?おい、チョッパ−!!」 サンジの声も、その耳には届いていない。 血の気を失い紫色になった唇は、ただ繰り返す。 “殺してやる”と。 飛んで来たチョッパ−は、一目ビビを見るなり医者の顔になった。 「駄目だ、興奮しすぎてる!ベッドに運んで!!オレもすぐ行く!!!」 華奢なカラダに収まりきらない程の怒りと憎しみ。 爆発した激しい感情が出口を求めて暴れ回り、ビビを内側から苛んでいる。 「落ち着いて、ビビちゃん!!もう大丈夫だ、大丈夫だから…!!」 ガクガクと、小刻みに震えるビビを抱き上げながらサンジは言った。 「もう、戦いは終わったんだ!!」 けっしてそうではないことを、知っていながらも。 血に濡れたストリングが、午後の日差しを弾いて鋭い光を放っていた。 * * * チョッパ−に射たれた鎮静剤が効いたのか、ビビは少し落ち着いたようだった。 蒼白だった顔色にも、血の気が戻っている。 それでも眠りに落ちることは出来ず、見開かれた眸に女部屋の天井を映していた。 出入り口の蓋が、小さく二つ叩かれる。 返事もせずに、ビビは頭から毛布を被って出入り口に背を向けてしまう。 暫く間を置いて蓋が軋む音と、階段が軋む音。 船医の硬い蹄のコトコトいう音はしない。 また暫くして、テ−ブルの方で陶器が触れ合う音がした。 きっと暖かい飲み物を持って来てくれたのだろう。 そう思っても、顔を上げる気にはなれなかった。 「ビビちゃん?」 ビビは毛布の中で口を噤む。 こんなに張り詰めた気配を発していては寝たフリにもならないが、 黙って出て行ってくれることを期待していた。 だが、願いに反しサンジは再び呼びかけてきた。 「ビビちゃん?」 ビビは耳を塞ぎ、ぎゅっと目を閉じた。 今は誰とも話したくないし、顔を見られたくも無かった。 特に、彼には。 ギシリ ソファ−ベッドが鳴って、足元が僅かに沈む。 サンジが腰を降ろしたのだろう。 いつもは何も言わなくても、独りで居たい気分の時は放っておいてくれるのに 今に限ってどうしてなのか判らなかった。 毛布越しに頭に手を置かれ、ビビは逃げるように枕に顔を押し付けた。 拒む素振りを見せたにも関わらず、頭だか背中だかを撫でるような動作を繰り返される。 厚い布に覆われた闇の中で苦しくて堪らず、くぐもった声で訴えた。 「傍に居ないで…。私を放っておいて…!!」 「ビビちゃん」 サンジの柔らかく呼びかける声が、余計に苦しい。 息を吐いたとたん、口から言葉が迸った。 「…止まらないの…!!彼女のカオを見たとたん、怒りが!憎しみが!! 自分の中から噴き出して……!!!」 止まらないのは感情だけでなく、言葉も同じだった。 堰を切ったように後から後から溢れ出す。 「アルバ−ナでのことが!!殺し合う国王軍と反乱軍の人達が!!! 私の目の前で血を流して倒れる姿が!!!!枯れた村が!!町が!!!」 ビビにとっては、何一つ終わってなどいなかった。 滅亡は免れても、失われたものは戻らない。 命も、生活も、幸福も。 その痛みが、災厄の原因となった女への憎悪と殺意に容易く転換する。 我を失うほどの激しさで。 「ビビちゃん」 「判っているのに!復讐なんかしたって、誰も生き返らない!! 何にもならない!!! けれど…!!クロコダイルは捕らえられて裁かれるのに、バロックワ−クスは壊滅したのに、 どうしてあの女は、のうのうと生きているの!!?」 ルフィに抱えられ地下聖殿から脱出した後、傷の手当をしなければと言うコブラを振り切って ニコ・ロビンは何処かへ立ち去ったと聞いていた。 クロコダイルに刺し貫かれた傷と出血では、生きているかどうか判らないとの父の言葉に ビビは思ったのだ。 ……死んだからって許せない。 生きているのなら、尚更だ。 イガラムもペルもコブラも仲間達も。 ビビにとって大切な人間は、誰一人彼女の手に掛ってはいない。 むしろ、彼女はミス・ウェンズデ−とMr.8の正体を知りながらわざと見逃し、 ギリギリで反乱が止まるように仕向けていたのではないかとも思える。 …理性がそう訴えても、どうにもならない。 「もう、戦いは終わった筈なのに!! 誰かを憎んだり殺したいと思ったりなんか、しなくていい筈なのに!!! どうして私の前に現われるの…!!?」 ……あの女が“プルトン”のことをクロコダイルに教えなければ…!!! そんな兵器の秘密を隠し持っていたことが、国と王家の罪悪であるとしても。 …死んでいった人々に、何の関係があったのだろう? 憎悪と殺意に歪んだ自分の顔。 それと向き合うことに耐えられるだろうか? まして、彼が自分を見つめる眸の中に。 「こんなのは嫌!見ないで!!こんな顔、見ないで!!!」 固く縮こまるビビを、サンジは毛布ごと抱き取って膝の上に乗せた。 「…!!?」 サンジの手が、半ば強引に毛布を引き降ろす。 ビビの顔は涙でぐしゃぐしゃで、髪もぼさぼさで。それは酷い有様だった。 背けようとする顎を捕らえ、濡れた頬に舌を這わせる。 サンジは、ずっと無言だった。 「ヤ、だ…っ、見ちゃ……!!!」 必死で押し返そうと暴れるが、男の身体はビクともしない。 何も言わずに、ただ、溢れる涙を拭い取っていく。 いつもは人の何倍も饒舌なクセに、こういう時だけ無口なのだ。 ずずっ、とビビは鼻を啜り上げた。 涙が止まるのを待って、唇が塞がれる。 ビビはもう、抵抗することも出来ずに、絡まる感触を受け入れた。 * * * まだニコ・ロビンを警戒しているのか、落ち着き無く甲板を歩き回るカル−を横目に ウソップは船の修理を続けていた。 チョッパ−がトコトコと蹄の音を立ててこちらへやって来るのに気づいて、声を掛ける。 「ビビの様子は?」 「うん、もう大丈夫みたいだ」 明るい声で言われて、ウソップは胸を撫で下ろした。 「そうか…良かったな。あ、そこの釘取ってくれ」 元気良く、チョッパ−は釘を差し出した。 カル−もヒョコヒョコと近寄ってきて、大きなくちばしで板を咥える。 お手伝い再開である。 「ヘイ!」 「よし、次は板だ」 カル−がチョッパ-に渡した板を、チョッパ−がウソップに渡す。 「ヘイ!…けど、ビビ凄かったな。凄く、怖かった…」 「ああ…。チョッパ−は見たコトなかったな。ビビは…時々、ああいうカオするぜ。 “王女のカオ”なんだろうな」 釘で板を打ちつけながら、ウソップは答えた。 アラバスタのレインベ−スで。クロコダイルに対峙した時のビビを思い出しながら。 同時にサンジもまた、あの場には居なかったのだと気が付いた。 「オレもドクタ−が死んだ時は、誰も彼も許せないって思ったけど、でも…。 “王女”って、大変なんだな」 考え込みながら言うチョッパ−に、ウソップは金槌を振り下ろす手を止めなかった。 「ああ、顔も名前も知らない連中に“責任”負わされっからな…。 そんな女に惚れちまった男も大変だぜ?…よし、釘!」 ビビが背負うモノのことは、最初ッから判っていた筈だ。 何の覚悟もなく手を出して、今更尻込みなんぞしようものならタダではすまさない。 船内最強の航海士はもちろん、キャプテ〜ン・ウソップもだ。 我知らず表情が引き締まる。 「ヘイ!でも本当に良かった。 ビビ、すっかり元気になって、今、サンジと交尾してるしな!!」 ガンッツ!!! 「イタ〜〜ッツ!!!」 「ヘイ!……?」 「クエ?」 板を手に、並んで首を傾げるチョッパ−とカル−。 ウソップは赤く腫れあがった人差し指に息を吹きかけながら、心で叫んでいた。 ……あんのエロコック〜〜ッ!!!! * * * 夢と現の狭間で、ビビは幾つもの声を聞いた。 『たとえ周りのどんな犠牲を払おうとも…人を裏切ろうとも生き延びる。 つらいことです…。 ビビ王女、“死なない覚悟”はおありですか?』 『目的の為なら、どんな手段でも使うものよ』 ずっと昔に、聞いた言葉のような気がした。 『あなた達が、うちの社員達にしたことと、どう違うのかしら?』 『おれ達の命くらい、一緒に賭けてみろ!!!“仲間”だろうが!!!!』 ほんのついさっき、聞いた言葉のような気がした。 『そう力む事ァねェよ、ビビちゃん。俺がいる!!!』 ……教えて。 これからどんな犠牲を払えばいいの?どれだけ人を裏切ればいいの? 誰かを責める資格が、私にあるの…!? 頬を伝い落ちる涙を、誰かがそっと拭ってくれる。 タバコの匂いを感じながら、ビビは深い眠りに落ちていった。 目覚めた時には、笑顔になれる強さを自分に願いながら。 * * * すっかり日も暮れて、三人がようやく帰ってきた。 ルフィが山ほどタダ食いした売り物の果実の弁償のために、一日中果樹園で収穫の手伝いを させられていたのだそうだ。 手土産に余った果物と、この近辺の情報を仕入れて来る辺り、転んでもタダでは起きないが。 普段より遅めの夕食をとりながら、ウソップとチョッパ−とカル−が身振り手振りと実演付きで 昼間の事情を説明した。 一通りの給仕を終えたサンジは、キッチンのシンクに凭れてタバコを吸っている。 ビビはまだ女部屋で眠っていた。 「何の用があるってのよ、あの女!!」 怒り心頭のナミに、ゾロがルフィを顎で示しながら言う。 「コイツに助けられた礼を言いに来た…ってワケじゃなさそうだしな」 「当たり前よ!!!」 息巻くナミとは対照的に、麦わら帽子を被った頭を右に左にと傾けていたルフィは 食卓の上の皿が全てカラになったのを残念そうに見ながら、ようやく口を開いた。 「あいつさ−、行くとこね−んじゃね−か? だったらよ、この船に来りゃイイのによ−」 「「「「ルフィ!!?」」」」 一同が目を剥いた。 カル−がとんでも無いと言いたげに羽をバタつかせる。 サンジはタバコを吸う手を止め、無言で船長の顔を見詰めている。 「バカッ!!何でそういう話になんのよ!!?」 口が早いか手が早いか。ナミの罵声と鉄拳が船長の頭に飛んだ。 「けどよ〜〜、あいつ悪い奴じゃねぇぜ?多分」 コブの出来た頭を抱えながら、ルフィがふて腐れる。 「一度や二度、助けられたからって甘いこと言ってんじゃないッ!! あの女が悪い奴じゃないなら、何でビビが苦しまなきゃなんないの!!?」 「ん−、それだ。それが不思議なんだよな〜〜。なんでだ?」 再び右に左にと首を傾げはじめたルフィに、ゾロが呆れたように言った。 「オマエなら、本当にあの女でも仲間にしちまいそうで怖ぇよ」 剣士の言葉が現実となるのは、そう遠い未来では無いだろう。 天井に向かって吐き出した煙が換気扇に吸い込まれていくのを眺めながら サンジは確信していた。 ログが溜まるまでの数日間。 結局、ニコ・ロビンが彼等の前に再び姿を現すことはなかった。 * * * 次の島に向かうのであろうGM号の船出を、ニコ・ロビンは高台から見送っていた。 ……馬鹿な海賊さん達。 判らないの…? 彼女は“王女”。所詮は“政府側”の人間。 気をつけなさい。いつか寝首をかかれるわよ…? そう呟く心の中に、少女の叫びが木霊する。 『十万!!あの戦いで、十万人が死んだのよ!!』 ……知っているわ、そんな事。 『どれだけの人間が苦しんだと思っているの!!?』 ……知らないわ、そんな事。 『私は、お前を許さないッ!!!』 ……どうでもいいのよ、そんな事は…。 『殺してやる…!!!』 ……貴女に、出来るものならね。 明るく高く、澄んだ秋島の空は、少女の髪の色を写したようだ。 眸を射るように鮮やかな、蒼。 女は目深に被ったテンガロンハットで、己の顔に影を落とす。 片方の二の腕から掌にかけて、 そして胸に巻かれた包帯が、黒い衣服から僅かに覗く。 ……生き延びてしまったのだから、私は私の“夢”を追う。 誰にも邪魔はさせない。 ソレで世界がどうなろうと、知った事じゃない。 こんな、世界など…。 また、立ち塞がってみる?彼等を巻き込んで。 そのつもりで貴女は、その船に乗っているのでしょう? 違うと言えるの…?王女様。 * * * ニコ・ロビン 通称“白い花” “白い花”とは、“ハナハナの実”の能力により変幻自在に咲かせることの出来る彼女の “手”を指しての通称。 八歳で海軍の軍艦六隻を沈め、第一級の危険因子として7千9百万ベリ−の賞金が掛け られ、二十年に及ぶ潜伏中に数々の犯罪組織に身を置いていた彼女の手を“白い”と呼 ぶのは、むろん皮肉である。 …(中略)… “麦藁海賊団”がグランドラインで台頭するきっかけとなった「アラバスタ事件」。 首謀者である“七武海”サ−・クロコダイル(捕縛後称号剥奪)が率いた秘密犯罪会社 バロックワ−クスで、副社長という地位にあったニコ・ロビンが“麦藁海賊団”のクル−と なった経緯についての詳細は、現在も不明である。…(以下略)… (「海賊王とその仲間達/第九章“白い花”」より抜粋) − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** “ビビ王女”と“ミス・オ−ルサンデ−”ことニコ・ロビン。 この二人が和解することは可能なのだろうか? “アラバスタ編以降捏造設定”で書きたいと思っていたことの一つがそれでした。 …前途多難というか……無理かもね。(汗) 誤解の無い様に改めて申し上げますが、私はロビンさんも好きなのです。 ちなみに第七章(七番目)はカル−で、第八章(八番目)がチョッパ−。 だからロビンさんは第九章(九番目)なのでした。 捏造設定ですから、深く考えてはいけません。 |