Tease or tears?



「サンジさんのいじわる!!!冗談ばっかり!!!」

雲ひとつ無い午後の空に溶け込むような蒼い髪を翻し
砂の国の王女様は、女部屋に続く倉庫へと走り去った。

 バタン!!

乱暴に閉められたドアへ伸ばされた手が、力なく垂れる。

「全部ホンネなのに〜」

中央甲板に残された料理人が、メロリンショボ〜ンと肩を落とした。
流石にやりすぎたと思ったようだ。
とはいえ、一言一言に真剣に怒ったり困ったり照れたり。
挙句に水滴が零れ落ちる寸前まで潤んだ眸で自分を睨み付けていた
ビビを思い出すと、タバコの煙が自動的にハ〜トマ〜クになってしまう。

「…ああ、やっぱ泣いた顔も可愛いなぁ…vv」

怒った顔や困った顔や照れた顔に劣らずに。

近くで昼寝をしていた剣士が、ケッと喉の奥で笑う。
たまたま吹いた潮風がタイミング悪く、その音を料理人の耳にまで運んだ。

「あンだぁ?人様の恋のアプロ−チを盗み聞きしてんじゃねェよ。
 この寝腐れマリモが!!」

「な〜にが“恋のアプロ−チ”だ。アホじゃねぇのか?お前」

腕枕を崩そうともせず小馬鹿にした返事を返され、料理人の額に
ピキピキと青筋が浮かんだ。

「ドアホウにアホと言われる覚えはねェってんだよ!!!」

落とした踵が間一髪、剣の鞘で受け止められる。

「危ねぇな!!!」

「うるせェ!!マリモはマリモらしく暗い海の底で転がってろ!!!」


……いや、マリモは湖の底に転がってるモンなんだけどよ。(びしっつ)


釣竿を手に通りかかった狙撃手は、心でツッコミを入れたが
とても口に出す勇気は無かった。


   * * *


その頃、女部屋へと駆け込んだビビは例によって例のごとく
クッションに八つ当たりを始めていた。

「まぁ〜た、何かあったのね…」

航海日誌を書く手を止めて、頬杖を付くナミの視線の先で
ビビはクッションをバシバシげしげし。

その眸には悔しさのあまり、涙が滲んでいる。

……ビビってば、可愛いし。考えてること、全部カオに出ちゃうし。
   からかいたくなる気持ちは判るんだけどさぁ…。
   サンジ君、ちょっとやりすぎ?

ただでさえ、国のことでストレスを抱え込んでいる娘なのに。
そこのところを配慮してくれると思ったからこそ、ビビのことはサンジに
任せておくつもりだったが、とんだ買い被りだったのだろうか?

やがて、ナミより幾分小ぶりとはいえ、歳からすれば充分すぎるほど
大きな胸にクッションをむぎゅうぅっと抱きしめてソファ−に転がる。

もはやビビの八つ当たり専用となっている青いカバ−のクッションを
ナミは密かに“サンジ君2号”と呼んでいるが、これが本当に本人なら
さしずめ“地獄と天国”といったトコロだろう。

ナミは小さく溜息を付くと日誌を閉じ、階段を登った。

他人の色恋沙汰に口を挟むほど酔狂じゃないわよと思いつつ
日常茶飯事こんなでは、コッチの仕事にも差し障りがあるのだ。

閉めかけた出入り口の蓋の隙間から、ビビの声が漏れ聞こえた。


「サンジさんのいじわる〜っ!!
 コドモだと思って、からかってばっかり!!!」


……あ〜あぁ。


   * * *


倉庫のドアを開けて甲板に出ると、ソコにはもう一つの日常茶飯事的光景が
繰り広げられていた。

「こいつァ驚いた!女のベッドにさえ無事に辿り着けるかどうかアヤシイ
 迷子のおめェにレディ−への扱いをどうこう言われる日が来るとはな!!
 明日は世界の終わる日か!!?」

「ああ、てめぇ限定で終わらせてやるぜ!!
 明日と言わずに今日、ココでな!!!」

飛び交う会話を聞いていると、本日のテ−マは“女への迫り方について”。
何とな〜くきっかけの想像は付くものの、クダラナイと言えば
これほどクダラナイ喧嘩の理由も珍しいだろう。

「まったく、あっちもこっちも世話の焼ける…」

腰に手を当て、止め時を計りつつ拳を固めるナミの耳に
ゾロの怒鳴り声が飛び込んできた。

「だいたい、てめぇのやってることなんざハナ垂らしたクソガキが
 近所の可愛い女の子の髪引っ張ったり、スカ−トめくったりすんのと
 変わんねぇじゃね−かよっ!!」


 ビキッツ


「…へぇえ〜〜。そういう思い出があるんだ。
 隅に置けないわねぇ、大剣豪さん?」

絶対零度の冷ややかさを帯びた声に、蹴りと拳を交わす二人の男は
そのままのポ−ズで固まった。

「…いや、今のはものの例えってヤツで…」

剣士の額に玉のような汗が浮かぶ。

「そおぉ〜?の割には、ミョ〜に実感籠もってたようだけどぉ〜〜」

……あ〜あぁ。

凍った眸で魔女の微笑みを浮かべるナミに、サンジは喧嘩相手の行く末を思い
男として同情の念を禁じえなかった。

「ま、その話は後回しとして。…サンジ君、ちょっとカオ貸して」

“氷の微笑”がコチラを向く。
剣士の眸に同情の色が浮かぶのが目の端に映ったが、耳を引っ張られ
引き摺られる料理人には、ムカツク暇さえ与えられ無かった。


   * * *


キッチンに場所を移して、サンジはナミの前にティ−カップを置いた。
普段なら
『ナミさんからのお誘いなんて、光栄だぁ〜vv』
とかハ−トを飛ばすトコロだか、強制連行された理由に心当たりがありすぎて
喜んではいられない。
神妙にかしこまるサンジに、ナミはおもむろに言った。

「…まぁ、ゾロもたまには的を得た例えを使うモンね」

「?」

首を傾げるサンジに、ナミは紅茶を一口啜る。

「“近所の可愛い女の子の髪引っ張ったり、スカ−トめくったりすんのと
 変わんねぇ”…っていうの?そのまんまじゃない」

「ナミさんまで、酷ェなァ〜。
 俺、女の子にそんなことした覚えねェってば」

心外だ、と言わんばかりにサンジは眉根を寄せた。
その顔に今度はナミが首を傾げ、ズイッとサンジの方へ身を乗り出す。

「あのさ、サンジ君ってこの船に乗るまで、ずっと年上の大人の中に居て
 同じ年頃の連中と付き合ったことが無いって言ってたわよね?」

彼が仲間になったばかりの頃、酒が回った勢いで漏らしていた言葉だった。

「あぁ、まぁ…。ガキの頃から客船でコック見習いの下働きしてたからね」

「それって、うんと小さい頃から?子供同士で遊んだ思い出とかってないの?」

「ずっとガキの頃はあったかもしんねェけど…、あんま覚えてねェし」

さり気無く言葉を濁したので、ナミはそれ以上追求しなかった。

「ふ−ん、成る程ねぇ…。じゃ、やっぱりそうなんだ」

「ナミさん、何一人で納得してんの?」

ニヤニヤと笑うナミに、サンジが不思議そうに言う。
この男は他人のコトには良く気が付くが、自分のことには案外鈍いらしい。
ナミはニ〜ッコリと魔女笑いを浮かべた。

「だ−からァ。ゾロの言ったコト、大当たりよ。
 好きなコの気を引きたくて、わざといじめたりからかったり。で、泣かしちゃったり。
 あんたがビビにやってるのは、そ−いうレベルってこと」

「………はァ!?」

サンジはナミのカップに注ごうとしていた紅茶のお代りを
派手にテ−ブルにぶちまけた。
慌てて布巾でテ−ブルを拭こうとして、今度はティ−ポットを引っ繰り返す。
およそ彼らしくもない動揺振りに、ナミの方が驚かされた。

「何、ショック受けてんのよ?…自覚なかったの!?」

「いや、自分でも何かいつもと勝手が違うなァとは思ってたけど。
 …でも、ソレはあんまり…。…って、ぁ……」

冷静さを装って、ポットに淹れ直そうとした紅茶の葉が床にばら撒かれる。
ナミは深く溜息を吐いた。

「…重症ね、あんた…」


   * * *


キッチンを出たナミは、昼寝をやり直しているゾロを殴り起こすと
その襟首を掴んで格納庫へと引き摺っていった。
これから“近所の可愛い女の子”についての尋問を始めるのだろう。

剣士の健闘を祈りつつ、苦笑を浮かべてタバコを咥えながら
後部甲板の手摺に凭れ海を見る。

今も羊頭の船首の上で、行く手を見つめている船長とは逆に
彼は波間に残る白い航跡を眺め、自分を押していく風の力を
身体に感じるのが好きだった。

死の淵を覗いた“八十五日間”が強烈なトラウマとして脳裏に刻まれたからか
“北の海(ノ−スブル−)”での記憶を留める人も、品も、全てを失ったからか
サンジのごく幼い頃の思い出は断片的で曖昧だ。
“近所の可愛い女の子”など、覚えている筈がない。
…例え、居たとしても。

「サンジさん」

ふいに声を掛けられ、振り向くと蒼い髪の女の子が立っている。
うっすらと頬を染めつつも、意を決したような強い眸で。
可愛らしい顔が、そんな表情をすると惚れ惚れするほど凛々しい。
つい見とれてしまった所為で、彼が口を開くよりも先に彼女が言葉を続けた。

「ごめんなさい、サンジさん。さっきは急に取り乱しちゃったりして」

「ビビちゃんが謝るコトねェよ。悪ィのは俺の方だし。
 ……ゴメン」

謝るサンジに、ビビは慌てて両手を振った。

「ううん、違うの。
 サンジさんはただ、自分が思ったことを言ってくれているだけだもの。
 それを私が勝手に怒ったり照れたり悔しがったりして。
 …そんなの、おかしいって気が付いたんです…」

……え、それって…?

サンジは思わず唾を飲み込んだ。
高まる期待に、心臓の鼓動が胸を強く打つ。
彼女の傍に居ると、自分が今、ココで生きていることを強く実感できるのだ。
“オ−ルブル−”のことを夢見るのに負けないくらいに。

ビビはサンジの目を真っ直ぐに見つめ、ニッコリと笑う。
“天使の微笑み”とは、まさにこの顔のためにある言葉だとサンジは思った。

「考えてみれば、王女だった頃は見え透いたお世辞やおべっかを使うような
 連中なんて、いっぱい居ましたし。
 サンジさんは“一応本気”なだけ、まだマシですよね!
 例え“女性になら誰にでも同じ”だとしても!!」

………へ?

固まるサンジの前で、ビビは明るくガッツポ−ズまでして見せた。

「だから、私もこれは“修行”だと思うことにしたんです。
 一国の王女として、誰に何を言われようと平常心を失わないための“修行”
 なんだって。
 だからサンジさん、日々の鍛錬、これからもヨロシクお願いしますね!!」

ペコリと頭を下げ、すっかり自己完結した王女様は階段を降りていく。
後部甲板に立ち尽くすサンジ一人を残して。

ややあって。


「違ぁああ〜〜〜う!!!!」


船縁から釣り糸を垂らす狙撃手は、潮風に攫われる料理人の
涙の叫びを耳に止め、溜息を吐いた。


「あ〜あぁ。
 まだ当分騒がしそうだな、こりゃ」



※ tease :いじめる、からかう。
        他人をいじめたり、からかうのが好きな人
   tear  :涙
        (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)
   
    「Tease or tears?」で『いじめる?それとも泣いちゃう?』ぐらいの
   意味だと思って下さい。
   もちろんこんな言い回しはありません。
   語呂がヨサゲなのとハロウィンの「Trick or treat?」のもじりとで。



                                   − 終 −


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ビスマルク麗華さんから頂戴しました素敵サンビビ4コマ
「からかいたくなる俺」から、つい書いてしまいました。
4コマ目からの続きというか、何というか…。(汗)
サンジ君、何だかコドモっぽいのですが、それはビビちゃん限定vv
彼は姫専属の王子様で騎士で、尚且ついじめっこなのでした。
でも、本当に“いじめられてる”のは、誰なんだか。
…当サイトでの彼の扱いは、大概こんなんです…。
麗華さん、もしよろしければささやかな御礼に。
受け取り拒否も可ですので。