One1/2 − 第一土曜日 − レストラン・バラティエ。 頑固なオ−ナ−シェフがTVや雑誌の取材を一切受けつけないにも関わらず 週末の夜は半年先まで予約で埋まっているという、“知る人ぞ知る”有名店。 私の父は、このレストランを開店当初から贔屓にしている客の一人で 私自身、子供の頃から年に一度はこの店に連れてきてもらっている。 その土曜日は、大学の入学祝いで父と二人だけの夕食だった。 通学に時間がかかるからという理由で、初めての一人暮しを許されたものの 母を早くに亡くして以来、一人娘の私に甘い父は食事の間中あれこれと 心配事やら注意事項やらを口にし続けている。 …けれど。 実のところ、親不孝にも私の耳は父の言葉を右から左に素通りさせていて。 フルコ−スの一品一品に丁寧な説明をつけてくれる彼の声に 跳ねあがる心臓を抑えつけるので精一杯。 すらりとした長身に、黒いス−ツ。 優雅な動作。 顔を上げると、ブル−のワイシャツに負けないくらい鮮やかな色の眸が微笑みかける。 「仔牛背肉のロ−ストと春野菜のグラッセ、マルサラ酒ソ−スでございます」 …その営業用の笑顔が、少し淋しかったけれど。 メインの肉料理が終って、父が携帯の呼出に席を立った時。 「こちらは本日のスペシャル・デザ−ト、“フレッシュ・ベリ−の花かごタルト、アニスの アイスクリ−ム添え”でございます」 コ−ヒ−と一緒にテ−ブルに置かれたのは、食べるのが勿体無いほどキレイなデザ−ト。 「わあ…!」 思わず感嘆の声を上げてしまった私に、彼はふわりと微笑んだ。 胸がきゅうんと鳴るような、優しい眸。 口元を押さえて赤面する私の目の前で、指の長い手がひらりとかざされる。 「…そして、これは私から美しいお嬢様へ」 まるで手品のように彼の手の中に現れた、一輪の薔薇の蕾。 悪戯に成功した男のコのような、とびっきりの笑顔を添えて。 “一目ボレ”なんて、信じられないと思ってた。 そんなの映画やドラマのお話で、私にはカンケイナイって。 ……だけど、私はいともアッサリと生まれて初めての恋にオチた。 * * * 月曜日に、勇気を振り絞ってランチに“バラティエ”へ行った。 高校の先輩で、今度は同じ大学に通うナミさんを誘って。 「お友達との御来店、ありがとうございますv 本日のオススメは“鰆(サワラ)のムニエル、春エンドウのグリ−ンソ−ス”ですvv」 その声に顔を上げると、彼が立っていた。 コックさんの白い服。 彼の職業がギャルソン(給仕)では無かったコトを、その時初めて知った。 そして……。 「お久しぶり、サンジ君」 「あれ?ナミさん??」 何という、偶然。 彼はナミさんの彼氏の高校時代からの友人だったのだ。 私より、三つ年上。 なのに、このレストランの副料理長をしているという、凄い人。 ……ナミさんの紹介で彼とのお付き合いが始まったのは、 それから更に九日後の水曜日のコトだった。 |
− 第ニ月曜日 − 実を言うと、俺はずっと以前から彼女のコトを知っていたんだ。 でも彼女は、あの日まで俺の存在に気づきもしなかった筈だから これから先もけっして言うつもりは無いけれど。 今でこそ、“知る人ぞ知る名店”なんぞと言われちゃいるが、開店から暫く 店は閑古鳥の巣窟だった。 そんな時、どっかの社長令嬢の誕生パ−ティ−を貸し切りで開くという クソありがてェ予約が入った。 招待客のリストに名を連ねるのは、金持ちばかり。 これはチャンスと張り切った……ところで当時、まだ十三の下働きでしかなかった 俺に、出来ることは大してなかった。 それでも客の反応が気になって堪らず、コッソリと厨房を抜け出して、店の窓から中の 様子を伺った。 俺の目に映ったのは、歓談の輪の中心にいる、まるでお人形のような女の子。 ミルクみたいな白い肌に、ピンクの頬。 ウェ−ブのかかった空色の髪をリボンでポニ−テ−ルに結って。 パッチリとした大きな眸。 ……うわぁ、カワイイv ホントに生きてんのかな? などとボ〜ッと見ている俺の目の前で、信じられないコトが起った。 デカイ図体のブサイクなオヤジが、そのコを突き飛ばしやがったんだ。 誰の目から見てもワザとなのは明らかで、チクワを重ねたような髪形のおっさんが オヤジに抗議しようとした。 …だが、転んだ女の子は立ちあがると、ニッコリ笑って言った。 『こちらこそ、ぶつかってごめんなさい』 ……何でだよ!?キミは全然悪くないじゃないか!?!? ガキなりに騎士道精神を刺激された俺は、ぐるりと店の外側を回って、裏口から 店に飛び込もうとした……トコロで、見たんだ。 チクワのおっさんに縋り付いて、泣きじゃくる女の子。 少し離れたところで、その様子を見守る二人の男の声が聞こえた。 『ワポルめ…。 コブラ様に選挙の支援を断られたことを根に持っておるのだろう』 『それで、まだお小さいビビ様に嫌がらせか! 一国の政治に携わる身でありながら、なんと器の小さい男だ』 『だが、人目のある席で、客に失礼があってはならない…。 ビビ様はそれをよくわかっておられるのだ』 『ご自分の祝いの席だというのに、立派なことだ』 女の子の名前を、その時初めて知った。 『ビビちゃん』がパ−ティ−に戻った後、俺は植込みの陰にしゃがみ込んだまま あのワポルとか言うブサイクにどうやって思い知らせてやろうかと考えていた。 料理にタバスコでも仕込んで……ダメだ。 店の評判を落とすコトは出来ねェ。 ふと気がつくと、俺の背後には二人の男が居て、何やら密談が始まった。 ブサイクのすぐ傍にいたアフロマンと、格子柄のス−ツを来た道化男だ。 ニュ−サツがどうとかこうとか……。 茶色い封筒をアフロマンに渡すと、道化男は車に乗って何処かに行っちまった。 そして俺は、足音を殺してアフロマンの背後に近づき、その脳天に踵落としを決めた。 何食わぬカオで戻った俺に、 『チビナス!この忙しい時に何処で油売ってやがった!? さっさと皿を洗いやがれ!!!』 クソジジイの蹴りを食らい、切れた唇をぬぐって立ちあがる。 血相を変えたブサイク共が、あたふたと店を出ていくのが厨房の窓から見えた。 ザマ〜ミロ。 翌朝、俺は学校へ行く途中で、アフロマンの懐から抜き取った封筒を一回り大きな封筒に 入れて、ポストに投函した。 一週間後、ブサイク共の顔が賑やかに新聞雑誌の一面を飾った。 『ドラム島に“ワポルハウス”!?現職衆議院議員、秘書と共に収賄容疑で逮捕!! 検察庁への密告状の謎に迫る!!!ドルトン検察官独占インタビュ−』 * * * ようやく俺が下働きを脱し、客に出す料理を任されるようになったのは、 十六になってからのことだ。 俺の料理は、まあまあ好評のようだった。 味が落ちたという声も聞こえず、俺が考えて採用された季節のメニュ−にも それなりにオ−ダ−が入る。 …ただ、ソレだけだ。 何かが足りねェ。 だが、ソレが“何”なのか自分でもよくわからねェまま、時間だけが過ぎていく。 そうして、一年程たったある日。 『わあ、おいしい!それに、すっごくキレイね!!』 上がったオ−ダ−を渡す瞬間に、耳に飛び込んできた声。 『あれ、おまえの“季節のフルコ−ス”だよ。前菜からえらい好評でなぁ〜。 ホント、嬉しそうに食べてくれるんで、サ−ビスのし甲斐があるぜ♪』 テ−ブル担当のギャルソンが、笑って言った。 まだ中学生くらいの少女の、飾り気のない、素直で素朴な褒め言葉。 ……胸が、熱くなった。 そうなんだ。 俺は、誰もが『美味い!』と笑顔になるような、そんな料理が作りてェんだ。 お上品に食べてもらって、薀蓄を語られて、金を払ってもらうだけじゃ 全然モノ足りねェ。 『挨拶しに行ったらどうだチビナス。シェフとして』 クソジジイの言葉に、だが生意気盛りの俺が素直になれる筈も無く。 『俺様の料理への賞賛にイチイチ挨拶しに行ってちゃ、厨房がガラ空きになっちまうぜ』 そう強がりつつ、後でコッソリと厨房を抜け出してテ−ブルを伺った。 空色の髪と藍色の眸の、まるでお人形のような少女。 その瞬間に、脳裏にフラッシュバックする映像。 ……『ビビちゃん』だった。 不覚にも涙が出るほど感動しながら、俺は彼女に会ってコトバを交わしたいとは 露ほども思わなかった。 …既にオンナを知っていた俺の目に、まだ幼い彼女が“異性”として映らなかった 所為もあるが…。 彼女は俺を知らないのだし、知る必要もない。 俺の思い出の中に住まう、永遠のプリンセス。 それだけで、充分なのだ。 * * * それから何年もの間、俺が彼女の姿を見ることはなかった。 彼女は年に一〜ニ度の割で店で食事をしていたのだが、厨房に篭っていた俺が彼女に 気づかなかったのだ。 だが、気づいていたとしてもワザワザ会おうとはしなかっただろう。 現に彼女の父親の名前を予約リストに見つけても、何も思わなかった。 ……だが、時は流れ、運命は巡る。 その日は、たまたまギャルソンの一人が辞めたばかりで人手が足りず、仕方なく俺が 代役に入っていた。 土曜ともなるとランチタイムから途切れることなく満員御礼で、そのままディナ− タイムに突入。 ウチの店は、まあまあ客層の良い方で、めったにトラブルは起こらない。 …しかし、中には困った奴がいる。 自分が有名人だってコトを鼻にかけ、トクベツ扱いされるのが当然だとカンチガイした クソ野郎が。 この日のクソは、ライトヘビ−だか何だかのプロボクシングの世界チャンピオンだった。 まだ宵の口だってのに相当に酔ってやがって、連れの美女への見栄も手伝ってか、 まあゴネるゴネる。 たく、“両鉄拳”の名が泣くぜ。 「生憎本日、当店は満席状態でして、御予約無しでのお食事は難しいかと…」 「なんだと!この私を誰だと思っている!! チャンピオンに恥をかかす気か!? …ああ、金ならあるぞ。ナンなら、店ゴト買ってやろうか? んン?とりあえず、今日のところはあの窓際の席だ。 百万か?二百万か?? 予約はどいつだ?教えろ若造。俺が話をつけてやる。 なら、文句はないだろう」 一昔前なら、ここで札束が出て来るんだろうが、今はカ−ドか。 まあ、クソムカツクことには変わりねェな。 「お客様、お金の問題では……」 こめかみがヒクつくのを堪えながら、これも仕事と割り切って営業スマイルを 絶やさぬよう努力する俺を、クソチャンプは無視しやがった。 待合席には、キチンと予約を入れて席への案内を待っている1名様と1家族様。 クソは1家族様の中心にいた白髪の老婦人に向かって言った。 「おい、ババア」 ブチッツ 俺は、縦ストライプの悪趣味な上着の襟首を掴んだ。 そのお顔に美しく年輪を刻まれたマダムに向かって、何っつ−芸のない呼び方を しやがる!! 「そちらのマダムはな、本日米寿を迎えられ、その祝いにと御家族で当店にお越し 下さったんだよ! めでたくも楽しい歓談の席をぶち壊す権利が、てめェにあんのかよ。 ふざけんじゃねェぞ、クソ野郎!!」 「こ、この暴力ウェイタ−が!!」 「こういう店では“ギャルソン”っつ−んだよ、覚えとけ!!」 俺に引きずられたクソチャンプは、いきなりパンチを繰り出した。 オイオイ、プロが素人に手ェ出したらマズイんじゃねェの? まあ、素面の時ならマジに危ねェだろうが、頭に血とアルコ−ルの昇った“鉄拳”を 避けるのは簡単だった。 軽く足払いをかけると尻餅をつく。 フットワ−ク悪ィぜ、コイツ。 「客には、客のマナ−ってもんがあんだろが、オラ! 最低限のソレも守れない奴は、少なくともウチの店の客じゃねェ。 とっとと出て行きやがれ!!」 パチパチパチ 突然の小さな拍手に、思わず視線を向ける。 うら若いレディ−が真剣な面持ちで、俺を支持してくれた。 品の良い白いワンピ−スに、長い空色の髪。 スッピンでその美しさなら、チャンプの連れより+20点vv 今まで居心地悪そうに俺とクソとの応答を見ていた待ち合い席の客の何人かが 彼女の拍手に追随し、そしてチャンプに非難の目を向ける。 ついに、お連れの美女が言った。 「私、失礼するわッ!」 …ああ、お名残惜しい。 美しい方。貴女には何時か是非、当店の美味を味わって頂きたい。 ソレが決定打だったのか、チャンプは 「三流店め!!」 と捨て台詞を残し、美女の背中を追いかけ去っていった。 数日後の防衛戦で“両鉄拳のフルボディ”はアッサリと2回KO。 チャンピオンの座から転落した……というのは後日談。 クソチャンプと入れ違いに、見覚えのある髭の男が入って来た。 「ン?何かあったのかね、ビビ」 「パパ!…いいえ、何でもないわ」 開店当初からの大切な顧客のカオを忘れるワケにはいかない。 …たとえ、驚くばかりに美しく成長した彼女を見違えたとしても。 「ネフェルタリ・コブラ様、お待ちしておりました。 本日は2名様の御予約と伺っております。…では、窓際のお席へ」 彼女は藍色の眸を丸くし、そしてクスリと笑った。 料理を運びながら、俺はずっとチャンスを伺っていた。 やっぱ、父親の目の前でってのはマズイだろ? じりじりしながら待っていると、最後のコ−ヒ−とデザ−トを運ぶ頃になって ようやくコブラ氏が席を立ってくれた。 「…これは、私から美しいお嬢様へ」 ス−ツの袖口から取り出した薔薇の蕾を受け取ってくれた時の、はにかんだ笑顔。 ……その瞬間、俺は自分史上最大級のハリケ−ンに突入した。 付き合っていたレディ−とは、その日に別れた。 サヨウナラ、美しい人。 スクリ−ンでの今後の君の活躍を、楽しみにしているよ。 * * * その二日後。 ランチに訪れた彼女を見つけたのは、偶然じゃねェ。 あれ以来、また会えるような気がして始終客席に気を配っていたのだ。 「…おい、これ頼む!」 入って来たオ−ダ−を古株のパティとカルネに押しつけ、新入りを押しのけて注文を 取りに行く。 こちらに背中を向けているオレンジの髪のレディ−に見覚えがあるような気がしつつ 意識の大半は空色の髪の彼女に向いていた。 「お友達との御来店、ありがとうございますv 本日のオススメは“鰆(サワラ)のムニエル、春エンドウのグリ−ンソ−ス”ですvv」 コックの姿をした俺を見て、一瞬不思議そうな顔をし、そしてニッコリと微笑んだ。 ああ、薄化粧をした君も初々しいvv フレッシュ・グリ−ンのブラウスが髪に映えて、まるで春の妖精の様だvvv 瑞々しいピンク色の唇が動いて、愛らしい声を俺にかけてくれる……前に。 「お久しぶり、サンジ君」 「あれ?ナミさん??」 何という、偶然。 彼女はナミさんの高校時代の後輩で、春から同じ大学に通うのだという。 ……彼女を紹介してもらう約束を取り付けたのは、それから更に2日後の水曜日。 この俺が他人に女を紹介してもらうなんざ、後にも先にもこれっきりのコトだった。 |
− 第ニ日曜日 − 何かあるな、とは思ったのよね。 まだ大学の講義が始まる前の、月曜日。 一人暮しを始めたあのコとショッピングに出て、ランチに誘われた時。 『とってもステキなお店なの。きっとナミさんも気に入るわ』 ピンクに染まった頬と、必死な眸。 慣れないなりに、気合の入りまくった化粧。 お気に入りのブラウス。 これはオトコだな、とピンと来た。 イイトコのお嬢様らしく素直で、ちょっと天然ボケしてて。 そのくせ妙に負けん気が強くて頑固なこのコに、今まで何人か男を紹介した。 けれど、最初のお見合いデ−トの後が続かない。 相手の男は例外無く、あのコを気に入るんだけれどね。 合コンに連れてったこともあったけど、これもバツ。 それなりのレベルの男を用意したつもりが、あのコ的にはハズレらしい。 じゃあ一体、どんなオトコが好みなのよと尋ねても、う〜んと首を捻るばかり。 とうとう浮いた話ヒトツないままに高校生活を終えてしまった。 このままでは、ボ−ッと男っ気のない大学生活になりかねないと、密かに心配していた 矢先だ。 ではさて、この堅物を射止めたのはどんなオトコかと興味津々で着いて行った先が、 “バラティエ”。 まさか、と思った予想は的中した。 ……いや、悪いヤツじゃないわよ? でも彼はちょっと……オススメ出来ない。 レストランにやって来る美女を片っ端から口説きまくる。 女優にモデルに女実業家に人妻に…。 年上好きで、手が届きそうに無い相手ほど熱中する悪癖。 唯一の救いは、絶対に二股はかけないってコトぐらい? あたしも顔を合わせるたびに、美辞麗句を並べ立てられる。 まあ、悪い気はしないけど。 でも何時だったか、真顔で言われたコトがある。 『ナミさんが、クソ剣士のカノジョじゃなかったらなぁ…』 バイトでお金を貯めては、ふらりと武者修業の旅(笑っちゃうけど、マジよ!)に 出て、何ヶ月も音信不通になるゾロに疲れてた時じゃなく、ゾロと三人で飲んでる 時に言った彼を、ちょっとだけ見直したけれどね。 …まあ、その後もタイヘンだったけど。 『ソレを俺の目の前で言うってのァ、ケンカ売ってるってコトか!?エロコック!!』 『おお!売って悪ィか時代錯誤の剣術馬鹿が!! 何度言ったら覚えやがる!電話しろ手紙書けメ−ル入れろ!!!』 『ンな面倒臭ぇこと、できるか!!第一、何でてめぇに…』 『ボケッツ!!誰が俺にと言った!?!?ナミさんにだッつってんだろ−が!!!!』 ……そう、悪いヤツじゃないのよ。 それは、良く知ってるんだけれどね……。 何か言いたげなビビの視線をキレイに無視して、その日のショッピングは終った。 当分、ビビとは顔を合わさないようにしようと思った。 …ゴメンね。 あんたの恋の邪魔はしたくないけれど、応援も出来ないのよ。 ……ところが。 次の日曜日、ゾロの小汚い下宿に行って見たらば、アッサリと。 「おう、ナミ。エロコックにおまえの妹分、紹介してやってくれ」 日本酒一升瓶ニ本で買収されたオトコに、あたしは頭を抱えた。 …しかも、蔵元からでないと手に入らない幻の名酒を、こんな“質より量”の奴に! 何てもったいないコトを!! ……じゃなくって!!!! 「いいじゃねぇか、別に紹介してやるくれぇ。 ビビの方で『うん』と言わねぇ限り、あいつは手だって握りゃしねぇよ。 何もモンダイはねぇだろ?」 呑気なセリフに、あたしはキレた。 「あるわよ!ビビはサンジ君にホレちゃってんのよ!? 百戦錬磨のあの男がソノ気になったが最後、一回目のデ−トであのコは 処女喪失よッ!!!」 「ビビもソノ気なら、構わねぇだろが」 「あんたはまた、そ−いう無責任なコトを……」 殴ったろか、コイツ!と、拳を震わせるあたしに、ゾロは妙に真面目な声で言った。 「あのお嬢ちゃんがエロコックの見た目や歯の浮くようなセリフに誤魔化されるような そこらの尻軽な馬鹿娘じゃねぇってコトは、おまえの方が良くわかってんだろ? あのアホにしたって、今まで他人にオンナの紹介を頼んだなんて、聞いたコトねぇ。 ましてや、この俺とおまえにだ。 それに、年上好きで一回りも二回りも歳の離れたオンナを相手にしてきたあの野郎が、 三つも年下の素人の女子大生になんてな、前代未聞だ。 案外と、上手くいくんじゃねぇ?」 あたしはゾロの言葉に考え込んだ。 …そうだ。 今まで、どんなにルックスのイイ男を揃えてもまるで不感症だったあのコは、サンジ君の ドコが良かったんだろう? まあ、サンジ君は分かるわよ? ビビはカワイイし美人だし素直だし……。 「それにだな、第一」 次は何を言い出すのかと見つめるあたしの前で、ゾロはニヤリと笑った。 「もう、酒は全部呑んじまったしな」 ブチッツ 「アンタってオトコは―ッ!!!!」 仕方がない。 借りはそのままにしないのが、あたしの流儀。 だって、貸したら利子が取れるけど、借りたら取られるじゃないの!! だから、ここはゾロの借りを返して、あたしが貸し一つ。 サンジ君にも、携帯で釘は刺しといた。 〔泣かせたら、コロス!!〕 〔ハイ、了解vv〕 ……ついでに言っとくケド、この利子は高いわよ? |
− 第二水曜日 − ありゃ、見物だったんだぜ。 今、思い出しても笑えてくる。 ナミの奴に殴られた分の釣りは、充分もらえるくれぇにな。 〔よう、まだ生きてるか?クソ剣士〕 あの野郎は何の前触れもなく電話を寄越して、フラリと俺の下宿にやって来る。 高校時代から、年にニ〜三度の割で。 ああ、そういやコイツの店、水曜が休みだったなと思い出し、女にフラれたかと問うと、 〔おめェじゃあるまいし、円満にお別れ申し上げたンだよ!!〕 と返してきた。 オンナじゃないにしろ、何かはあったんだろうと思いながら、ナンもねぇぞと言うと 分かってるよと電話を切った。 やがてやって来たあの野郎は、極上の地酒ニ本と、酒に合いそうなつまみをちゃぶ台の 上に並べた。 モツの煮込みに、マグロの頬肉の揚げたのに、カブの浅漬けに…。 昨日の食材の余りモンだそうだ。 ただ、コイツの作るつまみは妙に洋風臭く味付けされていて、食い慣れねぇ。 ソレを言うと怒りやがる。 …別に、食えねぇとは言ってねぇぞ。 真っ昼間から男二人で酒盛りってのもナンだが、タダで美味いモンは食えるし、 イイ酒は呑めるし、俺に文句はねぇ。 コイツは酔いが回り出すと、一方的に愚痴だか惚気だかを口にするが 俺に意見を求めるワケでもねぇんで、放って置く。 それで、料理や酒の味が変るモンでもねぇしな。 …ところが、今回のコイツは暫く黙って酒を呑んでたかと思うと、唐突に切り出した。 「一昨日の月曜、ナミさんがランチに店に来てた。 蒼い長い髪のレディ−と一緒にな」 「ああ、ビビか」 「……知ってンのか?」 「ン?まあな。高校で、ナミが三年の時の一年だったらしいが、ナミは気に入ってるし、 あのオンナもナミに懐いてるし。 卒業してからも休みの日にゃ、映画だ買い物だテ−マパ−クだと一緒に遊びまわって たみてぇだな」 何度かカオを合わせたコトのある、ナミより一回り小柄なオンナを思い浮かべながら 答えた。 「おめェが武者修業だの道場破りだのと日本中を迷子になりまくって、ナミさんを 構って差し上げねェからだろうが!」 「“迷子”はヤメロつってんだろうが!! にしても、何だ?そんくれぇ、店に来てる間に根掘り葉掘り聞き出してんじゃねぇの かよ?エロコック」 「…どうも、ナミさんは俺をビビちゃんとお近づきにさせたくないようで、な」 苦笑いを浮かべながら、また一杯。 …コイツにしては、えらくペ−スが早い。 「ああ、ビビはあいつにとっちゃ妹みてぇなモンだからな。 てめぇの毒牙から守ってやろうと……って、オイ。 あのオンナはナミより二つ下で……俺達より三つも年下じゃねぇか!」 ハナシの流れが読めてきた俺は、思わずエロコックに言った。 「あ?それがどうした??」 「同い年のオンナでさえ、『ガキ臭くて恋愛の対象外だ』つってたろうが」 「高校の頃のハナシを持ち出すんじゃね−よ!! 十八歳なら、立派なレディ−じゃねェか!しっかり守備範囲だ」 「それにしたって、この前自慢たれてた女優は三十過ぎてたし、その前のバツイチの 女弁護士は……」 前回と前々回の酒盛りでのコイツの惚気話を思い出した俺に、エロコックはイキナリ シャツの胸倉を掴みやがった。 「だから、スッパリ別れたっての!! …いいか、そ−いう遥か昔のエピソ−ドをビビちゃんの前で口にしてみろ、100回 オロスぞ!!」 かなりマジな様子に、俺はコイツがやって来た目的を悟らざるを得なくなった。 「…本気かよ」 「悪ィか」 シャツから手を離すと、拗ねたように横を向いて、また酒をあおる。 ガキか、おまえは。 そこで俺もワザとらしく言ってやった。 「ほ―」 「……。」 「へ〜〜」 「………。」 「ふ〜〜〜ん」 「…………てめェ〜〜」 青筋を立てて腰を浮かせかけたエロコックに、ズバリと言った。 「で、おまえは俺に、あのオンナを紹介してやるようナミを口説いてホシイってワケだ」 「……………。」 あ、また目ぇ反らしやがった。 てめぇでも、よっぽどこの状況が気に食わねぇらしい。 …てなワケで、ダメ押し。 「それが、人にモノを頼む時の態度かねぇ?」 この野郎の短気な性格を知っている俺は、ここらでキレて、 『もう頼まねェよ!!』 と、蹴りを飛ばしてくるだろうと思った。 コイツの女遍歴を知っているナミが渋るのは当然だとも思ったし、正直俺も同感だった。 ありゃイイトコのお嬢さんで、ナミの話を思い出す限り、まだオトコと付き合った コトも無い筈だ。 ハッキリ言って、てめぇの相手にゃ向かねぇよ。 …けれど。 「……頼む」 酒を飲む手が、止まった。 ああ、そうか。コイツのことだ。 この俺が、こんくれぇのコト言い出すのは判った上でココに来たってワケか。 …マジに、本気かよ? 「そうとなりゃあ」 俺はコップの酒を呑み干すと、次の一杯を溢れるほどに注いだ。 「こいつは先に呑んじまうか!」 そうして酔いの回ったエロコックは、ビビとの“運命的な出会い”の話を延々と 続けやがったんで、あんなに呑ますんじゃなかったと後悔するハメになった。 …あの野郎が自分より年下の相手に惚れたのは、ビビで二人目だ。 十も二十も年上のオンナですら、平気で呼び捨てるエロコックが『ナミさん』と呼ぶ。 ……わかんねぇのか?わかんねぇフリをしてやがるのか?? あの野郎にとって、おまえはずっと“トクベツ”で おまえはずっと、当たり前みてぇにソレを受け入れていた。 だから、俺は…。 ああ、こんなこたァ口が裂けたって言わねぇけどよ!! ……俺は、あの野郎がビビと上手くいきゃ、やっと安心できると思ってるんだよ!!! |
− 第三火曜日 − 「サンジ君、あんたと付き合いたいって」 そろそろ大学の講義も始まった、火曜日の昼休み。 向かい合った学食で渋々と切り出したナミに、ビビはきょとんと目を丸くする。 そして、ぱああっと喜びに顔を輝かせた。 ……ああ、まったくもう! ナミは内心、歯噛みをした。 ……そ〜んなカワイイ顔を見せちゃったら、一口でペロリよ!? そう思いつつ、ナミはクドクドとビビに言い聞かせる。 その姿は、まるでいつぞやのネフェルタリ・コブラ氏にソックリだったりしたのだ けれど。 「イイ?あっちから申し込んで来たんだから、足元見られちゃダメよ! 向こうは客商売な上に百戦錬磨なんだから、雰囲気にのまれないようにして…… ちょっと、聞いてんの!?」 やっぱり、右から左へ素通りのようだ。 もはやビビの頭にあるのは、明日の水曜日のコトばかり。 それが証拠に、ひとしきり注意事項を並べ立てたナミにビビは真剣な顔をして、こう のたまったのだ。 「ナミさん!午後の講義、何時まで!? 終ってから、買い物に付き合って!! お化粧品、買いたいの!私まだ、マスカラとかアイラインとか持ってないし…」 ……そのパッチリお目々とバッサバサの睫毛のドコに、そんなモノが 必要だっていうのッ!? 心の叫びとは裏腹に、結局は、この前買ったシャ−ベットオレンジのツインニットに 似合うル−ジュとチ−クを選んでやったナミだった。 こうしたいきさつを経て、毎水曜日のデ−トは始まった。 ……そして。 ビビは前期で水曜日に入れた幾つかの講義の単位を危うく落としそうになり 以後、彼女の大学生活は時間割との闘いに終始することになるのである。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ |
*************************************** あまりにもありがちな、現代パラレル設定。 たま〜に書きたくなりますので、お気に召されましたらお付き合いのほどを。 なお、タイトルの「One1/2(ワンハ−フ)」は、ミッキ−・ロ−ク主演の映画 「ナインハ−フ(Nine1/2Weeks)」と「ONE PIECE(ワンピ−ス)」との引っ 掛けで、“一週間半”という意味です。 (初出02.12 「しあわせぱんち!」様へはLinkより) |