宴会芸



アラバスタの王女ネフェルタリ・ビビがGM号の一員だった間
一度だけクル−の誕生日があった。

“誕生日には、皆で宴会”

それがGM号の破るべからざる“掟”である。


   * * *


11月の半ばといえば冷え込むものだが、デタラメ気候のグランドラインでは
風は穏やかで暖かく、過ごしやすい夜だった。

今夜の主役は剣士なので、彼の好む米の酒に合いそうな肴が甲板に並べられた。
刺身に煮付け、天ぷら、かき揚げ、酢の物、蒸し物、一夜漬け…。
“東の海(イ−ストブル−)”一のレストラン船で副料理長を務めたコックに
作れない料理は無い。

普段は女達の好みが最優先されるため、中々口に出来ない好物の数々に
ゾロは上機嫌だった。
これなら誕生日も悪くねぇと酒盃を傾ける。

ナミからは、プレゼントとして借金の一割引が申し渡された。
…どうも腑に落ちない気がするのだが、彼は金勘定が苦手だったので
とりあえず礼を言っておく。

サンジには、後で特大のバ〜スデ〜ケ〜キを運んで来るから残さずに食え!!
と凄まれた。
…彼が辛党なのは百も承知の筈だから、嫌がらせに違いないが
これだけ好物を食わせてもらったのだから仕方がねぇと、義理堅い彼は
おう、わかったと応えた。

ルフィとウソップとチョッパ−は、例によって割り箸を鼻に突っ込んで踊る
宴会芸を披露してくれた。
…それなりに笑えた。

三人の芸が終わると、ビビが申し訳なさそうに言った。

「お誕生日おめでとう、Mr.ブシド−。
 でも私、何にも用意出来なくて…。
 ルフィさん達みたいに、お酒の席でウケるような芸もないし」

「だから、おれ達といっしょに踊りゃよかったのによ〜〜」

席に戻ったとたん、料理をがっついていたルフィが口を尖らせる。
ビビは乾いた笑みを浮かべた。

「気にすることないわよ、ビビ。
 コイツ、あんたの超カルガモをさっきからクッション代りに使ってるんだし」

彼は、純羽毛100%の枕兼クッションが大変気に入っていた。
カル−も、けっこう重い剣士の体重が掛っても気にはならないらしい。
…彼は、不思議と動物に好かれる体質だった。

「でも、“一日クッション”はトニ−君が通訳してくれたとおり
 カル−からブシド−へのプレゼントだもの」

ゾロは酒を口に運びながら、空色の髪の王女をちらりと眺めた。
最初はいかにも怪しげな、ついでにマヌケな女エ−ジェントだったが
幾つかの冒険を経るうちに“仲間”になった。

度胸が据わっていて、何事にもキッパリとした少女を、彼は買っている。
特に、『女だから』どうとかこうとか口にしないところが。
それでも本人は未だに自分を“厄介者”だと思っているらしく
周囲に気を遣いながら小さくなっていることがある。

あの高飛車でケバイ姉ちゃんと同一人物とは、とても信じられない。
ホントに女ってわかんね−なと思う。
コック辺りが聞けば、
『レディ−は男にとって永遠のミステリ〜vv』
とか、アホ丸出しでほざくのだろうが。

そんな風に以前のビビを思い出していた剣士の脳裏に、ふとあるモノが浮かんだ。
過去を振り返らないタイプの彼には珍しいが、それ以上に物事を深く考えるタイプではない
彼は、思い出したコトをそのまま口にした。

「あるじゃねぇかよ。とっときの宴会芸が」

「…?」

本当に思い当たる節が無いらしく、きょとんと小首を傾げる。
…つくづく天然らしい。
ゾロはニヤリと笑った。

「あれ、もう一度やって見せろよ。
 何っつ−たっけ?確か…メマ……」

「だめぇええぇ〜〜っつ!!!」

超カルガモを凌ぐ俊敏さで、ビビはゾロの口を塞いだ。
片手に酒瓶、片手に杯を持った彼に思いっきり圧し掛かる勢いだ。
その図に他のクル−の視線が集中する。

「だめですっ!!
 アレは……、忘れて下さいッツ!!!」

辛うじてゾロの発言を阻止することに成功したビビは、彼の愛用するオヤジシャツの
胸倉を掴んだ。

「何でだよ、い−じゃねぇか。
 なかなか色っぽかったぜぇ?」

「………!!!!(/////)」

青ざめていたビビの顔が、一転、みるみる真っ赤に染まる。

…何というか。
見ようによっては、非常に意味ありげな場面に見える。

「なぁ〜に、二人でワケ判んない会話してんの?
 てか、ゾロ!あんたまさか、ビビに手ぇ出したんじゃないでしょうね!!
 恩賞金パァにする気!!?」

ゾロに付き合い、米の酒を嗜んでいたナミが立ち上がって拳を握り締め、
緑茶のム−スとスポンジのケ−キをキッチンから運んできたサンジが
飛びつくルフィを蹴り倒しつつ、ハンカチを噛み締めて号泣する。

「ビビちゃあ〜ん!!独り寝が淋しいなら、遠慮なく言ってくれれば何時でも
 俺が添い寝してあげたのにィ〜!!!
 何の気の迷いでマリモなんかと−!!?」

「違ぇよ!!!!」
「違います!!!!」

息の合った否定をして見せる二人に、航海士とコックの目がキラリと光る。

「へぇ〜〜、じゃ何なの?
 ゾロしか知らないビビの宴会芸って」

「そうだクソマリモ!!
 おめェが知ってて俺が知らねェビビちゃんの秘密があるってのかよッツ!!?」

「だからウイスキ−ピ−クでだな、こいつが…」

あっさりと誘導尋問に引っかかるゾロに、全身真っ赤っ赤っ赤のユデダコになった
ビビが必死に喚く。

「だめだめだめ−っ!お願い、Mr.ブシド−!!
 絶対に言わないで!!!“約束”よ!!!!」

ゾロ最大の弱点“約束”を突くとは、砂の国の王女も天然ボケなようでけっこう鋭い。
この最終兵器を使われては、“世界最強”を目指す彼も手も足も出せないのだ。

「………。」

ゾロは口をへの字に結ぶ。
…ていうか、いつの間に約束を交わしたことになってるんだ、ゾロよ。
この場合、王女の有無を言わせぬ勢いを褒めるべきか、彼の単純さを笑うべきか。

ビビの後ろでは、心底疑わしげにゾロを睨みつけているナミとサンジ。
一方は、恩賞だ何だと言いながら妹のように、もう一方はレディ−だから無条件に
王女の味方だ。
このままでは、船の居心地が悪くなるのは火を見るより明らかだろう。

“船内最強の航海士に逆らうな”
“海でコックに逆らうと餓え死にする”

この二つは、GM号の不文律であった。
船の財布を握る女と、酒と食料を握る男。
まさに魔女と悪魔の組み合わせだ。

ゾロは考えた。
仲間からは散々阿呆だ馬鹿だと言われている彼だが、それは考えるより剣か拳にモノを
言わせた方が手っ取り早い生き方をしてきたからで、けっして頭が悪いワケではない。
…多分。

「わかった。“約束”は守る。
 だがな、ビビ。俺の誕生日を祝う気があるなら、これを飲め」

ゾロは米の酒をなみなみと注いだ杯をビビの前に差し出した。

「私、お酒はあんまり…」

最初の乾杯のビ−ルだけで、既にビビは少し赤くなっている。

「…あ?俺の注いだ酒が飲めねぇってのか?」

ジロリ、と三白眼がビビを睨む。
…彼は、大変に目つきが悪かった。
それに怖気るような王女ではなかったが、先程のゾロの頼み(?)を断わっているという
引け目がある。
自分の所為で、せっかくの楽しい宴が台無しになっては一大事。
ためらいつつも、ビビは杯の中の透明な液体を一口含んだ。

「あ、美味しいv」

こわごわと飲み下したビビの顔が、ぱあっと輝く。

「だろ?」

ゾロもニカッと笑った。

「そ−そ−、ビビ!ゾロの祝いよ!!く−っと一気に!!!」

「この日の為に俺が厳選した大吟醸だから、口当たりはイイって。
 ワインみたいなものさ−vv」

ナミとサンジも、ニコニコと薦める。
やっと、皆の関心が“あのこと”から離れたのにホッとして、ビビは杯を干した。
そしてゾロに注がれるまま、一杯が二杯、二杯が三杯、三杯が……


   * * *


「…ヒック。長らくお待たせいたしました!!
 二番、ネフェルタリ・ビビ!!いっきま〜〜す!!!
 “魅惑の”メマ〜イダンス♪♪」

「うおっ、目が回る〜!!すっげ−ぞ、ビビ!!!」

「アレは人間の視覚構造の特性を利用した技だな。ビビって凄いな〜〜」

「すげぇのは、すげぇけどよ…。
 鼻に割り箸突っ込むのはイヤで、な〜んでアレならイイってのかが謎だよな」

ウソップがナミのピタTシャツに渦巻き模様を描いた即席の衣装を着て
鼻歌交じりに身体をくねらせるビビは、見事に出来上がっていた。

「……と、いうワケだ……」

踊るビビを顎で示しつつ、ゾロはサンジ特製の“スペシャルマリモケ−キ”を食べていた。
甘さは控えめ緑茶の風味が良く効いて、彼の口にも合う。

「ゾロの言いたかったこと、よぉお〜〜っく判ったわ」

同じく、ゾロの隣でケ−キを頬張るナミは
…ここに写真機があれば、恩賞の値を吊り上げるイイネタに出来るのに…と、
腹黒いコトを考えていたとかいないとか。

「ビビちゅわぁあ〜〜ん。
 そ−いう色っぽい腰の動きは俺だけの前でヤッて欲しいのにィ〜。
 ガキ共にはもったいね−!!」

ケ−キに合わせて熱い緑茶を淹れた湯飲みを配りながら、サンジはひたすら
悔し涙を流している。

そして、ゾロに寄りかかられたままの超カルガモは、御主人様の“見慣れた姿”なんぞ
気にすることもなく、ストロ−で緑茶ドリンクを啜っているのであった。


   * * *


…翌朝、ナミがそれとなく確認してみると、ビビは酒を勧められてから後の記憶が
キレイサッパリ残っていなかった。
彼女が披露した“宴会芸”については、死ぬほど恥ずかしがるのが目に見えていたので
クル−全員で黙っていようと申し合わせられた。

「え−!!ビビのへんな“不思議踊り”、また見てぇのに〜〜!!!」

不服そうなルフィには、ナミの拳骨とサンジの肉料理おあずけの刑がちらつかせられた。
前者はともかく後者が効いたらしく、船長も大人しく沈黙を守った。


それから暫くして、GM号はアラバスタに到着した。


数日の闘いと、数日の休息の後
ビビとカル−はアラバスタに残り、彼等は新たな冒険へと旅立ったのだ。


   * * *


「メマ〜〜イダンス〜〜♪♪」

星空の下、GM号の甲板にルフィの陽気な声が響き渡る。
チョッパ−が嬉しそうに言った。

「オレもやるぞ〜〜」

「なら衣装がいるだろうが、ちょっと待て!!
 ウソップ特製“メマ〜イダンス専用コスチュ−ム”を…」

ウソップが男部屋に降りていく。
その様子を眺めていたロビンが、グラスを手に尋ねる。

「船長さん達の踊り、あれって“ミス・ウェンズデ−”…砂の国のプリンセスの
 技じゃなかったかしら?」

「ん−?そうなんだけど、あいつら気に入っちゃったみたいで。
 酒が入るとよく踊ってんのよ」

ナミが、ロビンのそれよりアルコ−ルの強いカクテルを飲みながら答えた。

「ガキ共じゃ、色っぽくもなんともね−ってのに〜〜。
 どうせならナミさんかロビンちゃんに、是非……」

バ−テンよろしく、盆を捧げ持ったサンジが鼻の下を伸ばす。

「何か聞こえた気がしない?ロビン」

「さあ、風の音じゃなくて?」

「あ〜〜、では“レディ−限定いまだかつてないカクテル”のお代りを…」

すごすごとキッチンへ引っ込むコックの背中に視線を送り、
酒瓶に直に口を付けながらゾロは呟いた。

「…アホ」

凭れているマストは固くて冷たく、ふかふかのクッションが恋しくなる。
そして彼は、渦巻き柄のTシャツを着て笑いながら踊るルフィ等を眺め、
また小さく呟いた。
砂の国にも続いているだろう、星空に向かって。

あの夜、言い忘れた言葉を。


「……ありがとよ、ビビ」



                                   − 終 −


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「剣士誕生日話」にかこつけた、『ビビちゃんを忘れないでね話』
「航海士誕生日話」に引き続き、またも…。
しつこいようですが、ここは姫贔屓サイトですから。(汗)
ごめんなさい、剣士君。でも、君には来年があるじゃないか!!
…姫ネタは今のうちに書いておきたいのです…。

さて、ミス・ウェンズデ−の必殺(?)技、“メマ−イダンス”。
GM号のクル−で見ているのはゾロだけなんですよね。
きっとビビちゃん本人には、忘れたい思い出だろうな〜。
でも、楽しいことは皆で分かち合わないと。(笑)
ビビちゃんが酔っ払うと記憶が無くなるのは、枠を超えた共通設定ということで。