Going Merry



 − 5 −

 サンジの声もナミの姿も、もう判らなくなった頃。
 ようやくビビは足を止めて俺の腕を離した。
 そのまま、頭を垂れる。
 足元のタイルの模様を見ている…ワケでもなさそうだ。

 「大丈夫か?」

 声をかけると、ピクリと肩が震えた。
 そのまま大きく上下し始める。
 俯いた顔には長い髪が掛ってカオは見えねぇが、ヤバそうな雰囲気だ。

 「その…、悪かったな。巻き込んじまって」

 自分の男が他のオンナと行っちまったんだ。そりゃ、ショックだろう。
 しかも自分は勢いで、他の男と一日過ごすハメになっちまった。
 怒るか泣くかしても無理はねぇ。
 …ただ、俺としては困る。

 「怒るなっつっても無理かもしれねぇが…。サンジの奴は昔からオンナには
  誰にでもあんな風だから、あんま、気にすんな」

 いきなり、ビビがその場にしゃがみ込んだ。
 俺は何かマズイコトを言ったのか?言ったかもしれねぇ!!イヤ、言った!!?

 「確かに、昔はあんなだったけどな!!ここ最近はスッカリ行いが改まってだな、
  ナンパもしね−し、たまに会ってもおまえのことしか話さね−し。
  今日のアレはだな、ナミが悪ぃ!!だから………」

 ピタリと、俺は言葉を途切らせた。
 チョット待て。
 この身の震わせ方は…、洩れてくる押し殺した声は…。

 「ふ…っ、くくぅ……、く……ふ」

 「おまえ、もしかして…………………笑ってねぇ?」

 とたん、ビビはもうコレ以上耐えられないという勢いで、爆笑した。

 「だっ、だって…!さっきのサンジさん、すっごく慌てちゃってて……!!
  ミ、Mr.ブシド−も……、何でもイイから謝っちゃえばいいのに。
  ナミさんも意地になっちゃって、もうカワイイったら…ッ!
  さっきの…さっきの……!!『100万回オロス』って…可笑しい〜〜!!!」

 俺は、この女のことをよくは知らねぇ。
 何度かカオを合わせ、挨拶程度は交わしているが、ロクに話をしたこともない。
 ただ、ナミとサンジの口からはコレでもかってほどに聞かされている。
 あいつらの話すこの女のイメ−ジといえば

 “おっとりしたお嬢様” “可愛くて素直” “天使”(←オイ!)

 こいつのコトを話す時の、ナミの嬉しそうで心配そうな
 サンジのニヤけきって自慢そうなカオを思い出しながら、俺は思った。

 ……てめぇら、騙されてねぇか…?


    * * *


 発作のような笑いが収まった後、立ち上がったビビは紅く染まった頬で頭を下げた。

 「ご、ごめんなさい…。笑ったりして」

 「いや。別に気にしてねぇよ」

 「でも…」

 申し訳なさそうに小さくなるビビに、俺は肩を竦めた。

 「泣かれるより、ずっとマシだからな」

 「“泣く”って…、どうしてですか?」

 きょとんと小首を傾げて、不思議そうに見上げてくる。
 エロコックが“ウサギちゃん”と呼んだのが良く判る、そのまんまの動作だ。

 「他のオンナに自分の男を取られちゃ、普通泣くんじゃねぇのか?」

 「だって、ナミさんですよ?」

 ますます不思議そうに尋ねられ、俺はそれ以上何も言えなくなった。

 「おまえが気にしねぇんなら、別にイイがな」

 ……やっぱり、こいつ“天然”だ。

 「それより折角ですから、ちゃんと見て回りましょう!
  あ、あっち!!何かやってるみたいですね。ブシド−、カメラ持ってます?」

 「いや…」

 「じゃあ、私買ってきますからソコを動かないで下さいね!
  Mr.ブシド−が方向音痴だってコトは、ナミさんからもサンジさんからも
  よお〜っく伺ってますから!!」

 売店へ走っていくビビの後ろ姿を見送りながら、俺は呟いた。

 「“Mr.武士道(ブシド−)”って……俺のことかよ?」


    * * *


 オンナってのは、切り替えが早い生きモンだ。
 ナミもそうだが、この女もそうだった。

 そこら中の金ピカ銀ピカの飾りに顔を輝かせ、サンタもどきの衣装をつけた
 着ぐるみに喜んで、せっせと写真を取りまくる。

 こいつの隣に居るのは“ダチの男”で“男のダチ”だってのに、
 何の疑問も不満もねぇらしく、終始ニコニコしている。

 あっちのパレ−ド、そっちの店、こっちの乗り物と引っ張り回されながら、
 俺も不思議と不快には感じねぇ。

 てか、こいつの選ぶ乗り物や店で見たがる品物は少なくとも、照れ臭さだの退屈だのを
 呼ばねぇモノばかりだ。
 女の割りに小せぇモンやチャラチャラピラピラしたモンより、
 でっけぇモンや変てこなモンの方が好きらしい。

 やたら良く出来た蜘蛛だのムカデだののゼリ−菓子を見つけ、家族への土産だと
 買い込んでいる。
 …ナミやサンジなら、見ただけで悲鳴上げてるぞ。

 昼メシも、洒落たレストランなんぞじゃなく、そこらのスタンドの味付きポップコ−ンと
 ホットドッグで済ませちまう。
 ナミより、よっぽど経済的だ。
 こっちの懐具合に気を遣っているのかと思ったが、そんな素振りは一切見せねぇ。

 まあ、普段の相手がサンジなら行き先は上品ぶった店ばかりになるだろうし、
 この女自身がイイトコのお嬢さんだから、単に物珍しいだけなのかもしれねぇが。

 可愛らしい外見に似合わず、こいつはスピ−ドや揺れの激しい乗り物を好んだ。
 “絶叫マシン”とか言うそうだ。
 うんとガキの頃以来、遊園地だのに行ったことのねぇ俺は生まれて始めて
 “ジェットコ−スタ−”って代物に乗った。
 …悪くねぇな。

 ビビが嫌がらねぇんで、同じモノに三度並ぶことにした。
 サンジはこの手の乗り物が苦手で、ナミも一度乗ったらもうコリゴリとか言うらしく、
 いつもは一度しか乗らないらしい。

 「三度も乗れるなんて初めてvv」

 順番を待つ間も心底嬉しそうなビビを見ていて、何でナミがこいつとばかり
 出掛けたがるのか判ったような気がした。

 頭が良すぎて気の強ぇナミには、女友達ってのがロクに居なかった。
 付き合いだした頃、言ってたな。

 『だってさァ、つまんないんだもん。
  連ドラとブランドと他のコの悪口ぐらいしか話題が無いのよ?
  そういう意味では、あんたと話してる方がまだマシね』

 …そういや、昔あいつも言っていた。

 『若い女のコってのはさ、話題も乏しいし。すぐ束縛したがるし。
  つまんね−し面倒なんだよなァ〜。
  モチロン、愛すべきレディ−達であることに変わりはね−んだけどよ』





 − 6 −

 「…また並んだわよ。あの二人」

 溜息混じりのナミさんの声に、俺も溜息を添えて相槌を打つ。

 「コレで三度目でしょ?よく飽きねェな」

 テ−ブルの上には既に三杯目のコ−ヒ−と、食べかけのフル−ツパフェ。
 吸殻で一杯になった灰皿。
 ナミさんに断わりを入れて喫煙席をキ−プしたが、そのまま止まらなくなっちまった。
 吸殻を押し付け、また新しい一本に火を点ける。

 「ゾロがあの手のアトラクションが好きだとは知らなかったわ。
  …ていうか、今まで来たことなかったし」

 「俺もビビちゃんが、あんなに“絶叫マシン”が好きだなんて思いませんでしたよ。
  以前に二人で来た時は、そんな素振りじゃなかったんだけどな…」

 洒落たカフェの一角には、陰鬱な空気が漂っている。
 スタイリッシュな美男美女のカップルは、互いを見つめ合って愛の言葉を囁き合う
 …ナンテコトはまるでなく、テ−マパ−ク・オリジナルデザインのカラフルな双眼鏡を
 窓ガラスの向こうの長蛇の列に向けてコソコソと語り合う。
 店員と客の不審な視線も、気にしちゃいられねェ。


    * * *


 愛しのマイ・プリンセスとのカナシイ別れを余儀なくされた、数分後。
 ナミさんの手は、俺の腕から離れていた。
 ビビちゃんとクソ剣士は気になるものの、ナミさん一人を放って置くワケにもいかず
 彼女の歩調に合わせてその隣を歩く。

 歩きながら、タバコを咥えた。
 火は点けられねェが、とりあえず落ち着く。

 ……ビビちゃんには、後でゆっくり謝るけどさ。
    こちらの“女王様”の御機嫌は俺じゃあなぁ…。

 ナミさんは真っ直ぐに前だけを見ている。
 後ろを振り返らないし、余所見もしねェ。

 柊にトナカイに星に雪の結晶にベルにキャンドル。
 様々なクリスマス・アイテムのデコレ−ションに足を止めることも無く
 ツカツカとロングブ−ツのヒ−ルの音も高らかに、一直線に向った先は
 キャラクタ−ショップだった。

 限定グッズには目もくれず、双眼鏡を二つ買うと(俺の分はレシ−トを別にして、シッカリ
 請求された)それを手に観覧車に並んだ。
 まだ早い時間だったから20分程で乗れたが、カップルや家族連ればっかの周囲を尻目に
 俺達は背中合わせで双眼鏡を下界に向け、ウサギちゃんとマリモを捜していた。

 真っ白な空色に、ゴツイ緑。
 目立つ特徴のおかげで、観覧車がてっぺんにつく頃には二人を発見できた俺達は
 以降つかず離れず二人を追跡しているというワケだ。

 ……探偵ごっこじゃあるまいし…。
    まあ、ナミさんの気が済むならどうでもイイけどさ。

 そう思って渋々付き合っていた俺だったが、今はナミさんに勝るとも劣らぬ熱心さだ。

 俺は軽いショックを受けていた。
 ビビちゃんの、あの笑顔!!
 まるで童心にかえったかのような天真爛漫なカオで。
 いつものくすぐったそうな、はにかんだ微笑みとはまた色合いが異なっていて。
 …酷く、眩しい。

 「ビビは、いつもああなのよね」

 ふと、ナミさんが言った。

 「あんたと付き合い始める前、あたし、あのコに男を紹介してデ−トさせてたのよ。
  …ざっと、10人ばかり」

 そういえば、そんな話を聞いたことがあるような。

 「そしたら、あのコ、あんな風に凄く楽しそうにするワケよ。
  だから、男の方もスッカリその気になるじゃない?こっちも今度こそ上手くいったって
  思うじゃない?
  でも、最後には言うのよ。“ごめんなさい”…って」

 ナミさんは、俺にどういう反応を期待してるんだろう?
 それとなく彼女の表情を伺うが、カンペキなポ−カ−フェイス。

 「罪作りよねぇ…。本人は相手に気を遣いつつ、自分も楽しく過ごそうって心掛けている
  だけなんだけどね。
  10人が10人共、ビビのあの笑顔にヤラれちゃって。
  酷い奴なんか、スト−カ−まがいになっちゃって、ボディ−ガ−ドのお兄さん達に
  ボコボコにされて、やっと諦めたくらいだったし」

 …もしかしなくても俺、苛められてんのかなぁ…?
 女心ってのはフクザツだ。

 「あんた、気づいて無いかもしれないけど…。
  あのコって、ちょっと変り種の“魔性の女”だから。気をつけなさいね」

 ニッコリと、典型的な“魔性の微笑み”を浮かべるナミさんに、俺は力無く答えた。

 「そんな意地悪なナミさんも素敵だ…v」

 ……ホントにね、稀に見る魅力的なレディ−ですよ。
    ビビちゃんに劣らず、貴女もね。

 魔女の魅惑と 天使の無防備
 
 昔の俺なら絶対に選べねェし
 選ぶ必要すらねェと信じてた。

 人生ってのは判んないモンだ。

 ナミさんの隣に居るのが、よりにもよってクソ剣士だなんてと
 不条理を嘆いたコトが無いワケじゃねェけれど。
 そのナミさんの傍に彼女が居たのは、偶然かもしれねェし必然かもしれねェ。

 俺の“親友のカノジョ”で俺の“カノジョの親友”。

 この距離感が、ちょうどイイと思っている。
 …今ではね。


   * * *


 長蛇の列が半分ほど進んだ頃。
 ゾロがビビちゃんを残して、列を離れた。
 双眼鏡を覗きながら、俺は心の中で文句を言った。

 ……あいつ、ビビちゃんを一人にしやがって!
    ナンパでもされたら……って、オイ!!言ってる端から!!!

 いかにも軽薄そうな二人連れが、ビビちゃんにしつこく話し掛けてくる。
 イブに男同士なんて見え見えなんだよッ!!
 双眼鏡を覗いたまま、俺は思わず立ち上がった。

 だが、戻って来たゾロに睨まれ、すごすごと引き下がる。
 ビビちゃんが笑顔でペコリと頭を下げた。

 ……ああっ、そんなクソマリモに天使の笑顔を見せて…。
    勿体無い!!

 ゾロは少し背中を屈めるようにして、ビビちゃんに紙コップに入った飲物を手渡した。
 どうやらソレを買うために列を離れたようだ。

 ……ココアか。ビビちゃん、ココア好きだもんな…って、コラ!!!
    どさくさに紛れて手ェ触ってんじゃねェ!!!!

 「…サンジ君」

 声をかけられて我に返り、慌てて座り直す。
 目の前で、ナミさんがニッコリと微笑んだ。

 「思ってるコト、全部口に出てたわよ」


 ………へ?

 灰皿を取り替えてくれた可愛いウェイトレスさんが、顔を引き攣らせ逃げるように
 去っていった。




 − 7 −

 「なんっつ〜か、目ぇ離せねぇな。おまえ」

 「…すみません…」

 ナミさんにもサンジさんにも以前に言われたことを、ブシド−にも言われてしまった。

 「あんなナンパ野郎共、無視するか適当にあしらって追い払えばイイものを。
  律儀に受け答えなんかしてんじゃねぇよ」

 「はい…。」

 キツク言われてしゅんとすると、ふいに咳払いの音。

 「おまえに何かあったら俺がナミにどつかれるし、サンジの奴はメシ食わせて
  くれなくなっちまうからな」

 この人は、言葉が少なくて表情も乏しいけれど、意外なほど私を気遣ってくれている。
 サンジさんともナミさんとも、全然違うけれど。
 何だか、どっしりしてて傍に居ると安心出来るっていうのかしら?
 ナミさんがこの人を好きな理由が、判るような気がする。

 …だからって別に、サンジさんが安心出来ないってコトじゃなくて…。
 って、何で私言い訳してるのかしら?


    * * *


 テ−マパ−クの人気アトラクションともなれば、待ち時間の40分50分は当たり前。
 その間に私たちが何を話しているかというと、ココには居ない二人のコトばかり。
 もっとも、話しているのは主に私で、ブシド−は適当に相槌を打っているだけ。
 これは、相手がナミさんでもサンジさんでも同じみたいなので、気にしないで話をする。

 「どっちも策士っていうか、駆け引き好きっていうか。
  チョットした悪戯みたいなことを仕掛けて、喜んでるじゃないですか?
  でも、ナミさんの方がずっと上手かも。サンジさん、全然勝てないし。
  Mr.ブシド−、大変だわ」

 サンジさんもナミさんも、話が上手だから。
 二人と一緒にいる時は、私は聞き役に回る。
 もちろん、本当に話の上手な人は相手にもちゃんと話をさせる事が出来て、二人はまさに
 そういう話術の持ち主だった。

 「サンジさんと話していて、時々
  『あ、ナミさんと同じようなコトを言うな』
  って思うんです。
  多分、考え方とか感じ方とか、好みとかが似ているからなんでしょうね」

 でも、私は自分から話をするのも嫌いじゃない。
 サンジさん達のように上手な話し手ではないけれど。
 言葉にしている内に、自分でも意識していなかったことが形になって現われてくるから。
 そして、気付くことが出来るから。

 「なんだかね…。
  ナミさんとサンジさんって、“双子”みたいって思うんです。
  ナミさんがお姉さんで…。
  ふふっ、サンジさんの方が年上なのに、こんなこと言ったら怒られちゃいますね−」

 「違ぇだろ?」

 ふいに言われて、私は彼を見上げた。

 「あいつらは姉弟(きょうだい)なんかじゃねぇ…。
  おまえとナミだって、いくら仲が良くたって姉妹じゃねぇ。
  俺とおまえが他人だってのと同じくらい、他人だよ」

 ブシド−の言った言葉の意味を考えてみた。
 そして、私なりの答を返す。それは、彼の望む答えではないかもしれないけれど。

 「似てるから理解しやすいっていうコトはあると思うけれど、それと凄く好きになるコトとは、
  違いますよね?
  似てるから苦手だったり、好きになれないってコトもあるし」

 彼が私を見る。
 見下ろしてくる鋭い視線を、真っ直ぐに見上げるように受け止める。
 自然に背筋がピンと伸びる。

 「ナミさん、ブシド−が居ない間、凄く心配してるんですよ?
  心配しすぎて、やっとホッと出来たから怒っちゃうんです。
  心配した分だけ、帰ってくる言葉とか笑顔とかが無いから、もっと怒っちゃうんです。
  ナミさん、人一倍淋しがりやなのに、意地っ張りなところもあって、それで…。
  こんなの、私が言うことじゃないかもしれませんけれど、判ってあげて欲しいんです」

 好きな人に会えないのは、とても辛い。
 たった一週間でさえ待ち遠しくて堪らないのに、何ヶ月もだったら淋しさも何倍に
 ううん、何乗にもなってしまうだろう。
 
 夢とか、お仕事とか、目標とか。
 誰にでもあるのだから仕方ないのだけれど、“仕方ない”では淋しさは埋められない。
 だから言葉とか、笑顔とか、ぎゅっと抱きしめたりとかして欲しい。
 女のコなら、たいていそうだと思うのだけれど、男の人は違うのかしら…?

 「淋しがりや、ねぇ…」

 ブシド−が、ちらりと背後を気にする素振りを見せた。
 あんまり意識しすぎると、気づいてるコトに気づかれちゃいますよ?

 「…判るような気がすんな…」

 ボソッと呟く声。
 何が判ったんだろう?
 首を傾げていると、ニヤリと口の端を上げながらMr.ブシド−が言った。

 「もっとボ−ッとしてんのかと思ったが、お前、案外と鋭いな」

 「…時々、似たようなコト言われますけれど…。
  ソレって、褒められてるんでしょうか?」

 「多分な」

 「じゃあ、ありがとうございます」

 ニッコリ笑ってお礼を言った。
 ブシド−は一瞬、驚いたようなカオをして、そして照れくさそうに笑い返した。

 「い−や、どういたしまして」

 普段は怖そうだけど、笑った顔は悪戯な男のコみたいで。
 やっぱり彼とサンジさんは親友なのだなぁと思った。





 − 8 −

 サンジ君が天を仰ぐ。

 「嘘だろ、オイ…。」

 そう呟くのが聞こえた。
 無理もない。
 ゾロの、あのカオ!
 あんな満面の笑みを見せるのは、極上のお酒の最初の一杯を呑んだ時か、
 強敵相手に会心の一本が入った時くらいだ。

 「……ナミさん…?」

 恐る恐る、といった口調でサンジ君が言う。

 「何?」

 あたしは平静だ。
 ただ、手にしていたヤワなティ−スプ−ンは、キレイに二つ折りになっていたけれど。


    * * *


 「…ごめんね、サンジ君」

 ティ−スプ−ンをコ−トのポケットに忍ばせて、あたしは目の前の彼に謝った。

 「どうしてナミさんが謝るんです?どうせ悪ィのはクソ剣士でしょ。
  また何か無神経なコトでも言いました?」

 サンジ君は何時でもあたしの味方。
 …のフリをして、あたしの不平不満の矛先をゾロから逸らせる。
 麗しい男同士の友情ってヤツ?

 「でも、今日の休み取るの、大変だったんじゃないの?
  サンジ君、さっきから眠そうよ」

 幾度目かの生あくびを噛み殺した彼が、肩を竦めた。

 「まあ、今日の休みを取る分、仕入れも仕込みもキッチリやって来ましたからね」

 喫煙席なのを良いことに、取り替えてもらった灰皿がまた吸殻の山だ。
 普段以上のタバコ量は、眠気覚ましを兼ねている所為だろう。
 そういえば、あたしも昨日は徹夜したんだっけ。
 まるで眠気を感じないってコトは、自分で思ってる以上に気が昂ってるのかもしれない。

 「いいなぁ、ビビは」

 溜息混じりに、しみじみと本音が口をついた。
 彼女の為に仕事の都合をつけてくれる彼氏なんて。
 ゾロは、あたしのこと放ったらかしなのに。

 「あたしもサンジ君にしとけば良かった。今更だけどね−」

 冗談めかして言うと、冗談めかした返事が帰って来る。

 「そのおコトバは、二年前に聞きたかったなぁ〜〜vv」

 「そうね。ホント、惜しいことしたかも」

 ゾロと付き合い始めてから、サンジ君とビビが出会うまで。
 乗り換えるチャンスは幾らでもあったのにね。
 
 …なぁ〜んて、有り得もしないコトを考えて頬杖をつく。
 ああ、ホンットにこんなのあたしらしくないったら!!

 「そういう憂いに満ちた微笑みも美しいけれど、ナミさんには似合いませんよ?
  …俺はね、ホントに貴女のコトも好きなんですから…。
  ビビちゃんの、ず〜〜〜っとかけ離れて次、くらいにはね」

 いかにもサンジ君らしい慰め方に、苦笑する。

 「っつたく、あんたもイイ加減、見境なく女に甘いトコロはどうにかしなさいね!
  あたしだからいいようなものの、そのうち痛い目見るわよ!?
  そ・れ・に!ヤニ臭いイブなんて、お断り!!」

 火を点ける前に、口に咥えたタバコを人差し指で弾いた。


    * * *


 三度、コ−スタ−に乗った二人は気がすんだらしく、並んで人ごみの中を歩いていく。
 まぁったく、元気よね。
 あんた達、立ちっぱなしでロクにベンチにさえ座ってないじゃない。

 コ−ヒ−四杯と紅茶とオレンジジュ−スとフル−ツパフェで三時間ねばった店から出て
 後を追う。
 人込みに見え隠れする二人を追うのは難しくて、かなり近づいてしまった。
 振り向かれたらヤバイかも。
 
 ニコニコとゾロに話しかけているビビ。
 普段より、ずっと柔らかい表情のゾロ。

 ……ああしてると、けっこうお似合いのカップルに見える。

 そう思っているあたし。
 まるで他人事みたいに。

 ……ビビは可愛いし、一見おっとりしてて守ってあげたくなるタイプだけれど
    芯は強いコだもの。
    恋人から何ヶ月も連絡が無くたって、フラリと戻って来たら
    『淋しかった』って素直に飛び込んで行けるんだろうな…。

 「…ところで、ナミさん。
  さっきから思ってるんですけれどね」

 火の点いていないタバコを咥えたサンジ君が、コトバを選ぶように言った。
 その煮え切らない様子が、今の自分自身を見るようで癪に障る。

 「何よ?」

 押さえ切れずに眉を吊り上げたあたしに、小さく溜息を吐く。

 「いい加減もう、やめません?
  コンナの、一番しんどいのはナミさんでしょ?
  それに……」

 余裕ぶった様子に、ますます神経を逆撫でされた。
 よく、思うのだ。
 この男と暇潰しに付き合うのは、きっと凄く楽しいだろう。
 …けれど自分自身が落ち込んでいる時は、一番顔を合わせたくないタイプだと。

 「他人事みたいに言ってんじゃないわよ。
  あんただって、あの二人を見て危機感の一つも覚えたんじゃないの?」

 …ほら、自分で自分の傷口に塩を塗ってしまう。
 彼と一緒に居ても、あたしはあたしのことしか考えられない。

 サンジ君は困ったように頭を掻いて、肩を竦めた。

 「う〜〜ん、まあ多少は。ってイヤ、そうじゃなくって……」

 「何よ?言いたいコトがあるなら、ハッキリ言えば!?」

 サンジ君はフィルタ−を噛み潰したタバコを律儀に携帯灰皿に入れると、
 また新しい一本を取り出しながら言った。

 「あの二人、ずっと前から気づいてますよ?俺とナミさんが尾けてるの」

 ピタッと、足が止まった。

 「なぁああんですってええぇえ〜〜!!!!!」

 思わず口から迸ったのは、自分でも信じられないくらいの絶叫。
 道行く人々が一斉に振り返った。
 当然、十数m先を歩く二人もだ。

 ニヤリと笑うゾロ。
 ひらひらと手を振るサンジ君に、ひらひらと手を振り返すビビ。

 …そして。

 「痛てぇな!何でそんなに怒るんだよっ!!てめぇが言い出したコトだろうがっ!!?」

 「五月蝿い、ウルサイ、うるさああぁ〜〜いっ!!!」

 振り回すハンドバッグで、ゾロを殴りつける。

 「ナミさん、落ち着いて!ブシド−だけじゃなくって、他の人にも当っちゃいます!!」

 「ビビちゃん、その心配の仕方ってチョットおかしくねェ?
  それに痴話喧嘩は、当人同士に任せとくのが一番だって。
  …というワケで、頑張れよ〜♪」

 「コラ待て、エロコック!!何とかして行け!!!」

 ビビの手を引いて、この場を立ち去ろうとするサンジ君。
 呼び止めるゾロに素っ気無く。

 「ヤなこった。“俺のビビちゃん”を半日以上独占しやがった罪は重いんだよ。
  ナミさんにシッカリお仕置きされな!!じゃあな〜〜♪♪」


 二の句が告げないゾロの顔面に、バッグがモロにヒットした。



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