Sweet Very Sweet




 去年、お付き合いを始めて最初のバレンタインには、お菓子作りの本と首っぴきで
 チョコレ−ト・トリュフを作ってみた。
 形はちょっとイビツだったけど、私にしてはまあまあな出来で。
 コックさんの彼に手作りなんて、我ながらイイ度胸だとは思ったし
 お店で買ったほうが美味しいってわかってるけど、こういうのって“気持ち”だから。

 そしたら、1ヶ月後の彼からのお返しは薔薇の花束だった。
 只の薔薇じゃなくって、花びらの一枚一枚が飴細工。
 まるで本職のパティシエのような見事さで。
 枯れたりしない花だから、ずっと取って置きたかったけれど
 夏になったら溶けちゃうよって言われて、それも勿体無いから写真に撮って
 毎日少しづつ食べていた。

 ディスプレイ用の濃い染料とは違う、上品な薄紅色の薔薇は
 一輪はストロベリ−、一輪はさくらんぼ、一輪は赤ワインと味まで違っていて
 とっても美味しくて嬉しかったけれど。

 …もう絶対に、サンジさんに手作りのお菓子をプレゼントするのはやめようと心に誓った。

 時が経つのは早いもので、あっという間に一年。
 気が付いたら私の誕生日も過ぎている。
 さて、今年はどうしよう?

 バレンタインだからチョコレ−トは渡したいって思うんだけど
 お店で買って済ませるのには、やっぱり抵抗がある。
 悩んだ挙句、例によって先輩のナミさんに相談をもちかけた。

 「きわどい下着で、サ−ビスしてやれば?」

 ナミさんの返答は、例のごとく。

 「ソレはもう、イイですってば…。(////)」

 自分から相談しておいて言うのも何だけど、昼日中の喫茶店に相応しい会話じゃない。

 「そお?チョコレ−トの香りのするコロンでも付ければ、めちゃくちゃ喜ぶのに。
  でもまあ、ホワイトデ−に“三倍返し”されたら、あんたは足腰立たなくなるだろうしね」

 「三倍…?」

 ニヤニヤするナミさんに、遅れてイミを理解した私は自分が真っ赤になるのがわかった。
 ナミさんはテ−ブルに突っ伏して笑い転げるし。

 「…まあ、“バレンタインにチョコレ−ト”なんて、お菓子メ−カ−の陰謀なんだし。
  こだわんなくてイイんじゃないの?
  二人で使えるお揃いのものとか、もっと実用品で考えてみたら?」

 笑われて、むくれる私にナミさんは喫茶店のおしぼりで涙を拭きながら
 真っ当なアドバイスをしてくれた。

 そうよね。別にチョコレ−トとか、手作りとか、こだわる必要はないのよね。
 人それぞれなんだから。

 けれど、帰り道にふと思った。
 ナミさんは今の彼とお付き合いして、もう六年の筈。
 その彼というのが、サンジさんのお友達でもあるのだけれど。

 ……ナミさんって、毎年Mr.ブシド−から“三倍返し”してもらってるのかしら…?


    * * *


 月に1度くらいの割で、サンジさんの仕事がお休みになる前の日の夜から
 彼の部屋に泊まって過ごすようになった。

 大学の講義が終わった後、自分の部屋にもどって準備して、それから彼のマンションへ。
 準備といっても、持って行くものはほとんど無い。
 パジャマとか、バスタオルとか、歯ブラシとか。
 こないだの誕生日にサンジさんが一とおりプレゼントしてくれた。

 どれも淡いピンクで、サンジさんが使っているブル−のものとお揃いだ。
 お泊りで使う用に、サンジさんの部屋に置いたままになっている。

 ……そうだった。

 “お揃いの実用品”っていったって、もう大抵のものはあるんだった。
 溜息をつきながら、ピンクのシンプルなエプロンを着ける。
 これも彼とお揃い。
 目立たないところに小さくロゴの入った、人気ブランドのシリ−ズだ。

 男の人の一人暮らしには思えない程いつもキチンとしているけれど
 一応、お掃除とかしておく。
 散らかってはいなくても、あちこちに薄く埃はたまってるし。

 サンジさんの部屋には、本当にモノが少ない。
 以前、彼がこの部屋に引っ越した時、ナミさんやMr.ブシド−と手伝いに来て驚いた。
 ベッドと、お料理関係の本やスクラップが並んだ本棚と、TVとDVDと、クッションが幾つか。
 …そのくらい。
 服は作り付けのクロ−ゼットの中だし。

 けど、さすがにコックさんだけあって、キッチン用品は凄い。
 お鍋も包丁も調理器具も、普通の家の何倍もの種類がある。
 調味料に至っては、そこだけで専門店の棚みたい。
 引っ越した時の手伝いも、ほとんどが台所関係だったような気がする。

 何時来ても、キッチンだけはお掃除の仕様が無いくらいにピカピカだ。
 お湯を沸かして紅茶を淹れるのにも気を遣う。
 私一人だと、特に。

 彼の帰りを待っている時間は少し退屈で、凄くドキドキ。
 TVをつけて、雑誌を広げて、でも時計ばかりを気にしてる。
 提出期限の迫ったレポ−トを持って来たりもするけれど、ちっとも集中出来ない。

 10時を回って11時になるまでの間に、ドアの鍵を開ける音。

 「お帰りなさい」

 玄関まで出て言うと、靴を脱いだばかりのサンジさんが笑いながらカオを上げる。

 「なんか、新婚さんの予行練習みてェvv」

 照れてしまうけれど、喜んでくれるのが嬉しい。

 「新婚さんなら、御飯作って待ってるんでしょうけれどね」

 お店で“まかない”を食べるサンジさんは、帰ってからの食事はしない。
 だから私も夕食を済ませてここに来る。
 たまに私がサンジさんに御飯を作ることもあるけれど、そういう時は彼が私の部屋に来るか
 お弁当にするかだし。

 「まあ、普段はね。
  けど“お食事”をスッ飛ばしても、あのセリフは成り立つから大丈夫v」

 「あのセリフ…?」

 「とりあえず、俺は“お風呂”が先だからvv」

 「???」

 サンジさんの言うことって、時々よく判らない。
 考え込む私に、コ−トをハンガ−に掛けながらニッコリと。

 「一緒に入る?」

 お誘いは、キッパリハッキリお断りした。


    * * *


 お泊りすると、眠らせてもらえるのは随分遅い時間になって、翌朝は寝坊してしまう。
 いつも私が起き出す頃には、サンジさんが朝昼兼用のブランチを作り終えているのだ。

 「サンジさん、折角お休みなのに」

 そう言う私に、とっても爽やかな笑顔を向けて。

 「俺、料理すんの半分以上趣味だからvv」

 そりゃ、私が作るより手早いし美味しいに違いないけれど。
 お手伝いぐらいしたかったのに。

 「いいのいいのv実践でも俺が作るからvv」

 「実践?」

 「…コッチの話vvv」

 …何だか最近のサンジさんって、引っかかる物の言い方をしてるような…。
 私の考えすぎかしら?

 食事の後のお皿洗いは手伝わせてもらった。
 真っ白な陶器の食器類。
 色々な大きさと形のものが五組づつ。
 サンジさんが働いているレストラン“バラティエ”で使われているものと同じだ。
 多分、お店で出すメニュ−の試作をしたりしているからだろう。
 お料理を引き立てる真っ白でシンプルなデザイン。

 ココではピンクのエプロンとスリッパの自分が、すご−く浮いてる気がする。
 隣のサンジさんはブル−のエプロンとスリッパでも、全然そんなカンジじゃないのに。
 キッチンに立っていると、何だかいつもと雰囲気が違う。
 ココは彼だけのお城で、私には立ち入る隙がないみたい。
 どうして、そんな気分になるんだろう?

 「……あ!」

 「なに?」

 思わず出した声に、覗き込む青い眸。
 私は慌てて首を横に振った。

 「ううん、何でもないの」

 思いついた。
 バレンタインのプレゼント。


    * * *


 お皿を洗い終わると、レンタルしてきたDVDを観たり、お茶を飲んだりして過ごして。
 夕食はサンジさんが予約を入れたレストランに出掛けた。
 新しく出来たばかりの洒落た雰囲気のお店。
 シェフはフランスの三ツ星レストランで修行した人なんだそうだ。

 美しく盛り付けられたお料理の最初の一口を食べている間
 サンジさんはキッチンに立っている時と同じ顔になる。
 その一口が喉を通ると、すぐにニコニコと私に話しかけてくれるのだけれど。

 夕食が済んで、夜遅くに私のマンションまで送ってもらって。
 別れ際にお願いしてみた。

 「今度の土曜の夜も、サンジさんのお部屋で待ってていいですか?」

 「もちろんvv」

 今度の土曜は、2月14日だった。


    * * *


 バレンタイン前日の金曜日。
 午後からナミさんに買い物に付き合ってもらった。
 ナミさんは安くてセンスのイイお店に詳しい。

 案内された店内には、雑貨に混じってずらっと並んだ食器の数々。
 色も形もデザインも、風変わりなモノばかり。

 「ねぇねぇ、コレなんかどう?」

 ナミさんが指差したのは、真っ赤なハ−トを丸ごと模したデザイン。
 …えぇっと…。(汗)

 「チョット、使いにくそうですね」

 控え目に難色を示してみる。

 「ど−せバレンタインなんだから、インパクトある方がイイんじゃないの?
  あんた、遊び心が足りないわね〜」

 …ナミさんは遊び心がありすぎるのでは…?
 と思ったけれど、口に出すのは止めておいた。

 「でも、どうせなら使いやすいものの方が。
  あんまり派手だと、中のものが美味しく見えないし」

 「サンジ君みたいなコト言って〜。
  そういえば、あの男も見た目や言うコトが軽い割りに持ち物とかは実用主義だもんね。
  あんた達、すっかり似た者夫婦じゃない」

 「…夫婦って…。(////)」

 何だか最近、そういう言葉がよく耳につくんだけれど…。
 気のせいかしら?

 「普通がイイんなら、こっちね。
  確か、頼めばイニシャルとか入れてくれる筈よ?」

 奥の一角には、白やクリ−ム色のシンプルな食器類が並んでいる。
 いろんな色のラインが入っていて、同じ色や違う色で揃えることが出来るようだ。
 私は綺麗なブル−のラインのものと、淡いピンクのラインのものを一つづつ選んだ。

 雑貨屋さんの後は、手作り系の専門店。
 お菓子作りのコ−ナで調理用のチョコレ−トや生クリ−ム、風味付けのリキュ−ルを買う。

 「そういえば、ナミさんは毎年Mr.ブシド−に何かあげてるんですか?」

 バレンタイン一色で女の子がひしめく中、ナミさんは何も買おうとしないのが気になって
 尋ねてみた。

 「ん〜?あいつ、甘いの嫌いだからチョコは食べないしね〜〜。
  だから去年は焼きおにぎりにしたわ」

 「焼きおにぎり…?」

 結びつかない食べ物の名前に首を傾げていると、ナミさんはからからと笑った。

 「そ、ハ−ト形にしてねvv嫌そうな顔しながら、残さず食べるわよ?
  さて、今年はお好み焼きでも作ろうかしらね〜。紅生姜をタップリ使って♪」

 ……ほんとに、バレンタインも人それぞれなんだなぁ…。


    * * *


 土曜日。
 サンジさんがココに引っ越した時、もらった合鍵でドアを開ける。
 黒っぽいス−ツと青系統のワイシャツが並んだクロ−ゼットに、コ−トを掛けさせてもらった。

 モノの少ないサンジさんの部屋には、色も少ない。
 白い壁紙に青いカ−テンと絨毯。黒っぽい家具や電化製品。
 そんな中に、点々と淡いピンク色。
 テ−ブルにはピンクのランチョンマット。椅子にはピンクのクッション。
 洗面所にはピンクのタオルと歯ブラシとコップ。

 色んなものをサンジさんは私にくれた。
 でも、その色が全く入り込めない場所がココだった。

 ピカピカに磨かれたキッチンのカウンタ−に、荷物の入った紙袋を置く。
 お店の人がギフト用に包装してくれようとしたのを断わって、テ−プで止めただけの
 包み紙を剥がした。

 中身はお揃いのマグカップ。
 五組づつ揃った真っ白ばかりの中に、一つづつの一組。
 これだけが色の付いた食器。

 流しでサッと洗って水切り籠に並べた。ブル−には“S”、ピンクには“V”
 裏底に入れてもらったイニシャル。

 ……こういうのって、ヤキモチっていうのかしら…?

 牛乳や生クリ−ムを並べながら、ふと思った。


    * * *


 夜、10時40分。
 玄関の鍵を回す音に、私はキッチンに飛び込んだ。
 準備はOK。
 牛乳を入れた小鍋を火に掛ける。
 温まったら、細かく刻んだチョコレ−トを湯煎にしたものを混ぜ合わせた。
 シナモンと、香りの良いリキュ−ルも入れて…。
 沸騰させないように火から下ろし、暖めたマグカップに注ぐ。
 仕上げに、ふんわりホイップした生クリ−ムを。

 「へぇ、ホットチョコレ−トか」

 サンジさんがコ−トを着たままでキッチンの入口に立っている。
 そういえば、彼の部屋で待っていて玄関に出なかったのは初めてだ。
 お茶を淹れたりお皿を洗ったり以外で、勝手にキッチンを使わせてもらったのも。

 何となく後ろめたい思いで、チョコレ−トの入ったカップを差し出した。
 ブル−のラインはサンジさんで、ピンクのラインが私。
 ここにある食器には、“誰の”と区別出来るものが一つも無かったから。

 「私の今年のバレンタインです」

 受け取ったサンジさんは私を見て、カップを見て、もう一度私を見て。
 それからホットチョコレ−トに口を付けた。

 私も自分の分を飲んでみる。
 ビタ−チョコを使って砂糖は足さなかったから、甘さは控えめ。
 リキュ−ルはちょっと多め。

 「…どうですか…?」

 自分では美味しく出来たと思うけど、サンジさんはコックさんだし。
 たまに私が作ったりする家庭料理とは、違うだろうし。

 「うん、最高vv」

 笑って答えてくれたので、ホッとする。
 サンジさんの、こういうトコロが凄く好き。

 「ビビちゃん、チョコレ−トの香りがするね」

 カウンタ−に飲み終えたカップを置いたサンジさんは、ニコニコしている。
 よく考えればテ−ブルに座ってもらえば良かったのに、二人ともキッチンに立ったままだ。

 「そうですか?換気扇は回してたんだけど…。
  あっ、ごめんなさい!キッチンをチョコレ−ト臭くしちゃって…!!」

 慌てて匂いの元である小鍋やボウルを片付けようとする私に、サンジさんは笑い出した。
 怒られこそすれ笑われる覚えの無い私は、困惑するばかり。

 …サンジさん、何考えてるのかゼンゼンわかんない…。

 泣きたい気分になってくる。
 ソレが顔に出たのか、サンジさんは笑うのを止め、困ったように頭を掻いた。
 そしてまた、ニコニコと満面の笑顔を見せる。

 「あ〜、そうじゃねェの。別に文句言ってるワケじゃなくってね…。
  ビビちゃんも、とっても甘そうで美味しそうだって言いたかったのvv」

 唐突に、ナミさんのセリフを思い出した。


 『チョコレ−トの香りのするコロンでも付ければ、めちゃくちゃ喜ぶのに』


 確かに、すご−く嬉しそう……じゃなくって!!

 「あの…。私、後片付けしたら帰りますから」

 「なんで?もう遅いし、泊まってけばイイのに。明日は日曜だし」

  ニコニコニコ

 「え゛っ!?でも、サンジさん明日もお仕事で朝早いでしょう?」

 「大丈夫v有給取って来たからvv」

 …一緒に居たくないワケじゃないけれど…。
 そんなつもりじゃなかったから、何にも用意してないのに〜。(汗)

 「何なら二泊していけば?
  月曜も仕入れの当番じゃねェし、店に出るついでにビビちゃんのマンション経由で
  大学まで送ってあげるしvvv」

 「でっ、でも……。」

 反論しようと開いた口を、ふいに塞がれた。
 視界の端っこにカウンタ−に並んで置かれたマグカップが映る。
 それも、すぐに金色の前髪と私の瞼で遮られた。
 ぼうっとなった頭に、耳元から注がれる甘い声。

 「やっぱ、チョコレ−ト味v」


    * * *


 結局、私は自分がプレゼントしたマグカップで、翌日はおろか翌々日のモ−ニングコ−ヒ−
 まで飲むハメになった。
 そして今更ながら、サンジさんが私の誕生日に“いろいろな実用品”をプレゼントしてくれた
 意味を悟ったのだ。

 …大学に送ってもらうのだけは、正門の2ブロック手前で降ろしてもらったけれど…。

 「あんた、マジで来月は気をつけた方がイイんじゃない?」

 構内で顔を合わせたナミさんは、私を見るなり言った。
 まだ、何も話していないのに…。(////)

 「そんなコワイこと、言わないでください〜!!」

 真っ赤になって訴える私に、ナミさんは深々と溜息を吐いた。


 「ま、バレンタインが人それぞれなら、お返しも人それぞれよ」



                                    − 終 −


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 タイトルの「Sweet Very Sweet」は注意書どおり『激甘ッ!』みたいなカンジかと。
 ついでに頭を取って「S(an) V(ivi) S(an)」
 …他での反動がこれ一つに集中したかのような甘っぷりです…。(汗)

 姫誕期間中のバレンタイン。お約束の季節ネタは現代パラレルで。
 ありがち設定なので単品でも読めるとは思いますが、本館「虹脚埋宝」の「Text2」に
 幾つか同設定でのお話があります。
 この世界でも、すれ違っているといえばすれ違っているサンビビ。
 とことんバカップルですが、書いていて楽しいです。
 ところで、この時期の大学って既にお休みか試験期間中では?と思ったのですが…。
 深く考えないことにしました。(汗)


 2004.2.14 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20040202