月の船 夜の海に浮かぶ銀の船が砂を降らせる 銀の砂はこどもたちの夢に降り注ぐ あたたかいて やさしいうた なつかしいひと 星の海に浮かぶ船がはこんでくれる 「…トニ−君?」 大っきな目が、不思議そうにオレを見てた。 とたんに両足の下に何もなくなって、見張り台に上がる梯子を踏み外したんだって 気づいた時には、カラダがふわっと宙に浮いた。 「うっ、うわぁああっつ!!?」 「危ない!!」 小さくて柔らかい手が、オレの蹄を掴んだ。 …危なかった。 メインマストから落っこちるトコロだった。 海賊になって、まだほんのチョットしか経ってねぇのに死ぬのは嫌だ。 「大丈夫?トニ−君」 なんとか見張り台によじ登ったオレに、心配そうに尋ねる声。 「お、おう…!かっ、海賊だから平気だ!!」 「良かった」 “ビビ”っていう奴は、ニコニコ笑いながら言った。 髪の毛が長くて、雪の降らない日の空みたいな色で。 でも、カオとか手とかは雪みたいに白い。 じっと見ていると、こいつもオレのこと、じっと見る。 そして、またニッコリ笑うんで、オレは隠れたらいいのか怒ったらいいのか ゼンゼンわからなくなって、マストの周りをぐるぐる回った。 「オ、オレ、おまえと交代だから!おまえ、もう降りていいぞ!!」 何度かぐるぐる回った後、オレは見張り当番の交代でココに来たことを思い出した。 マストの反対側から半分カオを覗かせて言ったら、ビビはやっぱり笑いながら答えた。 「うん。でも、トニ−君夜の見張り、初めてでしょう? 私もまだ眠くないし…。ここに居て、少しお話してもいい?」 「いっ、イイけど…。 みっ、見張りの邪魔するなよ!?」 「うん。邪魔しないようにするわ」 …こいつ、やっぱり変な奴だな。 この船の連中は、みんな変な奴ばっかりだけど。 船長のルフィはゴム人間だし、 剣士のゾロは酷い怪我してもロクな治療も受けないし 狙撃手のウソップは鼻が長くて、凄い物知りだし 料理人のサンジは眉毛が巻いてて、雌ばっかり追いかけてるし 航海士のナミは病み上がりの癖に、そんな雄連中を殴り飛ばしてるし けど、みんなオレがトナカイでも鼻が青くても、気にならないみたいだ。 ……“仲間”だって!! エッエッエッ。 ソコが一番変だな。 “海賊”って、変な奴しかなれねぇのかな…? 「トニ−君、楽しそうね」 ビビが言ったんで、ハッとした。 オレは首から双眼鏡をぶら下げたまま、見張りもしないで腰から下を揺らしていた。 カオも緩んでるみたいだ。 大変だ!オレは海賊になったのに!! ヘラヘラしてちゃ、いけないんだ。 「バッ、バカヤロ−!! オレはこの船の仲間になれて嬉しいなんて、ゼンゼン思ってねぇぞ〜〜!!!」 怒ったつもりで言ったのに、ビビはやっぱりニコニコしている。 「でも、トニ−君が仲間になってくれて、皆すごく喜んでるわ。 怪我をしても、病気になっても、トニ−君が居てくれたら安心だもの」 「オッ、オレは医者だ!! そんなの当たり前だろ〜〜♪♪」 ゆらゆら ふらふら ビビのカオが揺れる。 揺れてるのはホントはオレなんだけど、どっちだっていいや。 オレは、この船の“船医”になったんだ。 ナミの熱病はもう心配ないし、サンジの背骨だって手術は完璧だ。 ゾロの傷痕も診てやったし、ルフィの凍傷も治した。 ビビの腕の怪我も……あ、そうだ! 「今日はまだ包帯取り替えてないぞ。腕、診せてみろ」 こいつがオレの前の見張りだって聞いたから、オレはリュックをしょって梯子を登ったんだ。 ビビの左の腕には、銃弾が掠った傷。 骨や神経はどうもないけど、かなり深くまで肉が抉れてる。 相当痛かった筈なのに、こいつ、丸一日近くほったらかしてたらしい。 この船に乗った最初の夜、女部屋でナミを診る時に気づいて、オレ、こいつに怒ったんだ。 『もっと早く診せろ!!』 …って。 でも、それは初めて出来た仲間が嬉しくて、楽しくて、こいつの腕に巻かれた布や血の臭いに 気づかなかった自分に腹が立ったからだ。 赤い顔してるのも、酔っ払ってるからだって思ってた。 こいつ、傷が化膿して熱が出てたのに…。 なのに皆には言うなって、何度も念を押した。 次の朝も平気な顔して起きてきた。 寝てろって、言おうとしたらナミにコワイカオで睨まれた。 …ナミだって、寝てなきゃいけなかったんだぞ…。 「もう大丈夫だな。傷も塞がりかけてるし」 「ありがとう、トニ−君」 新しい包帯の上に服の袖を下ろすビビに、オレは言った。 「おまえ、我慢強いのかもしれないけど、そういうのって医者にとっては迷惑だぞ」 「ごめんなさい…。」 ビビが俯く。なんだか胸がちくちくっとした。 さっきみたいに笑ったカオの方がいいな さっきみたいに呼んでくれた方がいいな あれ?そういえば… 「なんで、おまえ“トニ−君”なんだ?」 以前から不思議に思っていたことを尋ねてみた。 ビビがカオを上げる。 「だって、名前は“トニ−トニ−・チョッパ−”でしょう?」 「そうだけど…。他のみんなは、“チョッパ−”って呼ぶぞ」 ドクタ−も、ドクトリ−ヌも。 オレのことを“チョッパ−”って呼んでいた。 なのにこいつだけが、オレを“トニ−君”って呼ぶ。 「皆が、“チョッパ−”って呼んでるからよ。 トニ−君の全部の名前、忘れちゃわないようにね」 …忘れる? 「オレは自分の名前を忘れたりしないぞ!?ドクタ−が付けてくれた名前なんだから!! この船の他の奴らにだって、何度も言ってやるんだ。オレは……」 ビビが、じっとオレを見ていた。 とたんに、思い出した。 こいつ、もうじき船を降りるんだ。 “アラバスタ”って国に着いたら、カルガモのカル−も一緒に…。 「さっ、さっきの歌って、変だな!」 今度は目がちくちくしてきた。 ドクタ−やドクトリ−ヌを思い出す時みたいだ。 オレは慌てて話を変えた。 「さっきの?」 「船が砂を降らせるって歌だ!そんなの変じゃないか」 マストから危うく落っこちそうになったのは、こいつの歌う声に気を取られたからなんだ。 意味のわからない、不思議な歌。 「“星の海に浮かぶ船”…っていうのはね、あれのことよ」 少し照れたように笑って、ビビの白い指が夜空を指した。 星の中に浮かんでいるのは、細い三日月。 「私の国では、お月様がこどもの夢に眠りの砂を降らせるって言われているの。 だから、あれは子守唄なのよ。いい夢が見られますようにって…」 そして、ビビは歌ってくれた。 子守唄なんて、初めてだ。 トナカイにはトナカイの子守唄があったのかな? オレを産んだ母さんは、生まれたオレを一度見て、それきり二度と振り返らなかった。 「…トニ−君の国なら、夢に降るのは雪なのかもしれないわね…」 ビビが小さく呟くのを聞いたような気がする。 歌は、波の音といっしょになってオレをふんわり包んだ。 キラキラ キラキラ 空から星が降ってくる。 …砂かな? サラサラ サラサラ ドクタ−とドクトリ−ヌが手を振ってる。 二人とも笑ってたんで、オレはすごく嬉しかった。 オレの初めての夜の見張りは、ビビの隣で毛布にくるまって朝までぐっすり眠って終わった。 昼寝する筈だったのに、その時は寝付けなくて 医学書を読んでたのがいけなかったんだろうな。 朝になって慌てるオレに、ビビは首からぶらさげた双眼鏡を下ろして 人差し指を唇に当てて、ニッコリ笑った。 「みんなには、内緒ね」 * * * オレ、ずっとわからないことがあったんだ。 あんなに楽しかったのに あんなに優しかったのに ドクタ−は、どうして急にオレを追い出そうとしたのか。 やっと、わかった。 さよならするって知ってる奴の傍に居ると、すごくすごく悲しくなる。 ビビは、とってもオレに優しくしてくれたけど。 『トニ−君』って呼ばれると、くすぐったかったけど。 目の奥がちくちくして お腹の中がつめたくなって、おもたくなって どうしようもなかったから。 オレは、なるべくビビとカル−の傍には行かないようにした。 それから暫くして、ビビの国に着いて オレも頑張って戦った。 “オレにできること”を一生懸命やった。 ビビはいっぱい泣いて、いっぱい笑って。 そして、東の港の外れでカル−と一緒にオレ達に手を振った。 オレはみんなと“仲間の印”をつけた左腕を真っ直ぐ空に伸ばしたけれど 『さよなら』って、言えなかった。 * * * ビビとカル−が居なくなって、ロビンっていう黒い髪の女が仲間になって。 すぐにオレの誕生日になった。 ご馳走がいっぱい並んで、でっかいケ−キがあって。 オレが海賊になった日の夜みたいで、楽しかった。 楽しかったけど、淋しかった。 あの時、一緒だったビビとカル−は、もう居ない。 オレに笑ってくれないんだ。 オレは、ものすごく後悔した。 もっと一緒に居れば良かった。 思い出すことが一杯で、思い出してる内に泣きたい気持ちも忘れて いつの間にか眠っちまうくらいに。 ドクタ−も、ドクトリ−ヌも。 思い出すことがありすぎて、オレはいつも悲しいけれど嬉しくて 淋しいけれど楽しくて、カラダ中があったかくなるんだ。 …けど、ビビとカル−は…。 「どうしたの?主役がそんな顔をして」 ロビンが手に料理を盛った皿二枚と、ビ−ルの入ったジョッキを二つ持って立っている。 こいつの手は、全部で四本あった。 皿に飛びつこうとしたルフィを止めるのに、床から五本目と六本目の手が生えてくる。 「クソゴム!!てめェ、ロビンちゃんのお手を煩わせるんじゃねェ!!!」 サンジが後を引き受けたんで、ロビンはオレの隣に腰を下ろし 皿とジョッキを一つづつオレの前に置いてくれた。 手も、二本だけに戻る。 「おまえ、イイ奴なのか?」 綺麗に取り分けられた料理の皿を見て、それからロビンを見た。 「船長さんに言わせると、“悪い奴じゃない”そうだけど?」 ロビンは、唇の端っこをほんの少し上げて笑う。 …笑ってるのかな? 「それって、同じ意味じゃないのか?」 「砂の国の王女様から見たら、許し難い極悪人でしょうね」 ビビの国は、こいつが副社長をしていた会社に酷い目に遭わされたんだ。 いっぱい人が死んだり、大怪我したりした。 それに、オレは見てなかったけど、こいつはビビのことを何度もいじめたり 意地悪したりしたらしい。 「……そうだな」 頷いてから慌てたけれど、ロビンは楽しそうに笑っている。 今度は、口も目も笑ってる。 …ヤッパリ、こいつも変な奴だな。 もしかしたら、顔色に出てないだけで酔っ払ってるのかも。 周りを見回すと、みんなすっかり酔っ払ってる。 ウソップは大声でいつもの歌を歌ってるし、サンジとゾロは喧嘩を始めてるし ルフィは皿ごと料理を食ってナミに殴られてるし。 ロビンは手摺に凭れて、皆を眺めている。 オレはこっそりと男部屋への蓋を開けて、梯子を降りた。 ドクトリ−ヌが持たせてくれたリュック。 砂の国でも、ずっとオレと一緒だった。 宮殿から船に戻って最初の夜に開けてみて、気づいたんだ。 入れた覚えのない小さな包み。 サクラ色のリボンに挟まった、四つに折られた紙。 もう、何度も何度も読み返した。 『トニ−君へ 24日になったら開けてください。 ビビより』 もう一度読み返して、床に置く。そしてリボンを外した。 茶色い包み紙を剥がすと、中には小さな銀色の箱が入っていた。 何だろう?薬箱かな?? そ−っと蓋を開けると、聞き覚えのある音楽が流れてきた。 えっと…。何処で聞いたんだっけ? すべすべした布が張られた中に、また小さく折りたたまれた紙が入ってる。 取り出して、紙の下に隠れていたものに気づいて 「あ…。」 と小さく声を上げた。 拡げた紙には、さっきの小さな紙と同じ文字で、ずっと長い文章が書いてあった。 『トニ−君、お誕生日おめでとう。 きっと今夜は宴会ですね。皆とお祝いできなくて、ごめんなさい。 ほんの少ししか一緒に居られなかったから、トニ−君の好きなものが判らなくて。 こういうのって、男の子は喜ばないかもしれないけれど トニ−君、この歌を気に入ってくれたみたいだったから。 下に歌詞を書いておきますね。 それから、今、カル−が横でしきりに私をつつくので、くちばしに咥えてるコレも 一緒に入れます。 きっとカル−も、トニ−君に自分のことを忘れて欲しくないのね。 ハッピ−バ−スデ−!トニ−トニ−・チョッパ−!! ありがとう、ずっと忘れません。 ネフェルタリ・ビビ』 緋(あか)いの内張り布の上には、薄茶色のカルガモの羽根が乗っていた。 * * * 「いねぇと思ったら、こ−んなところで寝てやがるぜ」 「幸せそうなツラしやがってよ…。クソトナカイめ、非常食の分際でェ〜〜!!!」 「ず−っと気にしてたみたいだったからなァ。ビビからのプレゼント」 「今夜までガマンしてたのか。チョッパ−、えれ〜な〜〜!!」 「あんたは何事にもガマンが足りなさすぎんのッツ!!」 「………。」 無言のまま、ロビンの手が床からするりと伸びて、小箱の裏のネジを巻き直す。 その指先が離れた瞬間に、オルゴ−ルは静かな旋律を奏で始めた。 夜の海に浮かぶ金の船が砂を降らせる 金の砂はこどもたちの夢に降り注ぐ とおいあした ふしぎのくに いつかあえるひと 星の海に浮かぶ船がはこんでくれる − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 誕生日おめでとう、チョッパ−!…二ヶ月遅れですが。(滝汗〜) こちらはビビ姫乗船中〜下船後間もなくのチョッパ−視点のお話です。 チョッパ−にとってビビとカル−は“最初から居た”存在でした。 やっと得た仲間が自分から離れてしまうのは、彼には凄く辛いことだったろうなと思います。 自分に優しくしてくれる相手なら、尚のこと。 空島編を経て、すっかり逞しくなったかと思いきや、やっぱり泣きべそかいてる船医さん。 がんばれ!ビビちゃんとカル−も、きっと応援しているぞ!! 船医誕生日話にかこつけた『ビビちゃんを忘れないでね話』 (類似品に航海士誕生日話、剣士誕生日話有り:汗) 実は、昨年末に落としたネタでした。 今年の12月に再チャレンジ!!……とも思ったのですが、鬼が笑い死にするような計画 をしてもと思い、今回の企画に便乗という形で。 姫誕から遠ざかる当企画。平にご容赦を…。(汗〜) 2004.2.24 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20040202 |