Reception



「本人の喜ぶモノを贈るのが、一番のプレゼントよね」

陽も傾きかけたGM号の中央甲板。
航海士の言葉に、彼女を囲んだクル−等が大きく頷く。

「けど、問題は何を喜ぶかってコトだろ?」

狙撃手の問いかけにカルガモが喉を鳴らし、船医も声を揃える。

「サンジが好きなモノって、料理と雌しかないんじゃないか?」

「良く判ってんじゃねぇか、チョッパ−」

感心したように言う剣士に、腰から下をくねらせ踊りだす。

「バカヤロ−、褒められたって嬉しくねぇぞ−!!」

「よしっ!サンジへのプレゼントはでっけぇ肉のカタマリだ!!
 そんでソレを焼いて皆で喰うんだ!!!ぜって−喜ぶぞ〜〜♪♪」

「「「オマエがなッツ!!!」」」

揃って船長にツッコミを入れる男共を見回し、航海士は呆れたように肩を竦めた。

「バッカねぇ、あんた達。そんなコトも判んないの?
 サンジ君が一番喜ぶモノっていったら……」

その時、キッチンのドアが開き、甲板に明るい声が響いた。

「ナミさん、ルフィさん、Mr.ブシド−、ウソップさん、トニ−君、カル−!
 晩ゴハンよ〜〜!!」

「うおおぉ〜、メシメシ〜〜!!」

駆け出す船長を尻目に、彼女は台詞の残りを続けた。

「……アレに決まってんでしょ?」

ニタリと笑う航海士に、剣士がボソリと呟いた。

「…魔女め…」


   * * *


その夜。
浴室に向かおうとするビビは、二つ年上の同室者に呼び止められた。

「あんた、最近髪の毛痛んでるんじゃない?」

「そうですか?けっこう潮風に曝されちゃってるし。
 そろそろ毛先を揃えた方がイイかもしれませんね」

振り返って答えた彼女の空色の髪が、航海士の手にむんずと掴まれる。

「ンな暢気なコト言ってる場合じゃないでしょう!!
 あんた、明日がどういう日か判ってんの!?」

その剣幕に、暫し視線を明後日に彷徨わせたビビは、目の前に迫るヘイゼルの眸を
見つめ返した。

「サンジさんのお誕生日………ですけど?」

「そのと−り!だからこそ、普段の十倍は気を遣って手入れしとかないと!!
 あんたはカラダ払いするっきゃないんだから、せいぜい磨いとくのがプレゼントの努めって
 モンでしょ−が!!?」

「カラダ払いって…。(////)」

露骨な言い草に赤く染まった鼻先に、美しくマニキュアされた指先がびしっと突き付けられる。

「あんたに、他にサンジ君を悦ばせるよ−なコトが出来るっての!?」

「ナミさん、酷い〜〜!!」

人は、本当のコトを言われると傷つく生き物だ。
王女様とて、ご多分に漏れず。

「つべこべ言わず、きっちりトリ−トメントしてシャンプ−してリンスして!!
 それからパックとマッサ−ジ!!あと、爪の手入れもするわよ!!
 っつたく、幾らイイ素材してたって、ほったらかしてちゃ台無しじゃないの!!!」

有無を言わさず、ナミはビビの腕を引っ張って浴室に入った。
そして、そのまま3時間。浴室の扉は開くことは無かった。


   * * *


にわかエステシャンとなった航海士に、全身の隅々までをケアされたビビは
疲れ果ててベッドに倒れこむと同時に、深い眠りに落ちた。

いつもなら入浴を終えた後、キッチンに顔を出して明日の仕込みを終えたサンジと
お茶を飲みながら談笑したり、まぁその他にもイロイロあったりするのだが…。

夢さえ見ずに睡眠を貪ったビビは、翌朝早くに叩き起こされた。

「ど−したんですか、ナミさん?何時もより一時間も早い…」

寝ぼけ眼(まなこ)の前に着替えとバスタオルを突き出して、とっくに身支度を終えた航海士は
女部屋の出入り口を指差した。

「ホラ、さっさとお風呂に入って!!」

「え?でも昨日の晩に入ったばかり…」

「あんたね〜、今日がどういう日だか」

「ハイ、行って来ます!」

差し出された着替えを受け取ると、ビビは逃げるように浴室へ向かった。
こういう時のナミに逆らうのは、バナナワニの水槽に飛び込むのに等しいと
短い間に学んでいる。

……ナミさんったら、張り切っちゃって…。
   そりゃ、気持ちは嬉しいけど。(////)

王女の姉貴分を自負する航海士は、彼女なりに妹分の恋を応援しているつもりのようだ。
溜息を吐きながら浴室のドアを開けると、湯気で白く染まった中にピンク色が見えた。

「トニ−君!?ご、ごめんなさい!!」

閉めようとしたドアの隙間から、船医の声が聞こえた。

「薬草入りの風呂を入れたんだ!血行も良くなるし、肌にもイイぞ!!」

もう一度ドアを開けて見れば、チョッパ−はズボンを履いたままだ。
ニコニコと右手の蹄が指し示す先には、乳白色に染まった湯が一杯に張られたバスタブ。
ハ−ブを調合した香りには薬臭さは無く、むしろ心が落ち着く。

「私の為に?ありがとう、トニ−君」

「バ、バカヤロ−!!嬉しくなんか、嬉しくなんか、ねぇぞ〜〜!!!」

トナカイは硬い蹄で喜びのタップを踏みながら、浴室を出て行った。
踊る後姿を微笑みながら見送ったビビは、ドアに鍵をかけて朝風呂を楽しむことにする。
昨夜のパックやマッサ−ジのおかげで、白い肌が薬湯を見事に弾く。

「凄い効果…。ナミさんが何時も素敵で綺麗な理由が判ったわ」

やはり自分も、もう少し美容には気を遣うべきなのだろう。
そう、ビビは思った。
特に、料理人はこういうことに良く気の付くタイプだ。

「サンジさん、何て言ってくれるかな…?(////)」

やがて湯から上がり、ナミに手渡された着替えを拡げたビビは首を傾げた。

「……え−っと、コレって?」


   * * *


一方の女部屋。
ビビが出て行くや、航海士はおもむろに男部屋との連絡通路の鍵を外した。

「行ったか?」

ひょっこりと、鼻の長い狙撃手がカオを覗かせる。

「ええ。でも三十分程度で戻ってくるだろうから、手早くね」

「うっしゃ!…ああ、ところで頼まれてたヤツ、こんなモンでどうだ?」

彼が掌に載せたモノを見せると、航海士はウキウキと上機嫌になった。

「あら、素敵じゃない。さっすがウソップ。器用ね〜♪
 じゃあ、さっさと準備しましょう。さあ、ゾロ!ベッドを部屋の中央に運ぶのよ!!」

「…俺ぁ、どうなっても知らねぇからな…」

のっそりと狭い通路を潜って女部屋に入ってきた剣士は、低い声で呟いた。
だが、聞こえないのか聞こえないフリをしているのか。
ナミは鼻歌混じりに階段を登る。

「さぁ〜て。そろそろ主賓に今日の趣向を伝えに行くとしましょうか♪」


   * * *


「おっはよ−ごさいますナミさん!!
 今日のキャミソ−ルも貴女のセクスィ−さを更に引き立ててお似合いだ〜〜vvv
 ……ところで、ビビちゃんは?」

キッチンに入ってきた航海士を見て、ハ−トを3つほど飛ばした料理人は直ぐに真顔になった。
毎朝必ず朝食の準備を手伝いにキッチンに現れるビビなのに、今朝はまだ一度も
カオを見せていない。

「ただ今、お支度中よ♪」

あからさまにニヤついている魔女を横目で眺め、サンジはほとんど仕上がっている朝食の
盛り付けの手を止めずに言った。

「昨日の夜から、野郎共がミョ〜にそわそわしてんだよなァ。
 なんか企んでんだろ−な−とは思ったけどさ…」

「んっふっふっふ〜〜vv」

「ビビちゃん、下手に巻き込んだら後が怖ェの判ってんでしょ?
 俺、知らねェよ〜〜?」

この手のコトの料理人の勘の良さに、ナミは内心舌打ちをした。
だがまあ、バレてしまっているなら仕方が無い。

「な〜に言ってんのよ。クル−全員があんたとビビのシアワセの為に一役買おうってのに」

そして、航海士は計画について話した。
たった今から、明日の朝まで。24時間、女部屋での二人っきりの時間を。

「あたし達がどんなに頑張ったって、大した料理も作れないし。
 かえってサンジ君に気を遣わせるだけかなぁって思ってね。
 サンジ君、いつも一日中お料理してお茶淹れて、忙しそうにしてるじゃない?
 ビビだって、サンジ君やあたしの手伝いしたり、船の雑用を買って出たり。
 どっちも普段は周りのコトばっかりで。
 だから、今日一日くらいあたし達のコトなんか忘れちゃって二人で過ごして欲しいのよ。
 こんな狭い船の中で、悪いとは思うんだけどね。でも、まだ当分陸に着けそうにないし。
 それに……」

言いかけて、ナミは口を噤んだ。

『それに、こんな機会。来年には無いかもしれないから』

ナミの言葉が途切れる頃には、サンジは朝食の準備を終えていた。

「…なるほど。んじゃ、コッチもそれなりの準備をしとかねェとな」

そして料理人は、朝食の支度を終えたばかりのキッチンに再び向かった。


間もなく、ビビを除くクル−全員が朝食の席に着いた。
クル−等は『いただきます』の代りに

「おめでと−!!」
「がんばってこい−!!」
「クエ−ッ!クエエ−!!」

惜しみない祝福と声援を、バスケットを手に食堂を出て行く料理人の後姿に贈ったのだった。


   * * *


普段は壁際に寄せられているソファ−ベッドが、今日は部屋の中央に据えられている。
淡いピンクのシ−ツとブランケット、ピロ−カバ−。
香水でも振り撒いたのか、甘い香りが室内に漂う。
そして、部屋のあちこちに花瓶や籠で飾られた色鮮やかな花。
こんな海の上で?と、よくよく見れば布で作られた造花のようだ。

即席とはいえ、それなりに雰囲気の有る模様替えになっている。
しかし、そこには肝心の待ち人の姿は無い。

「あちゃ〜。逃げられちまったかな〜〜?」

呟きながらバ−カウンタ−にバスケットを置いたサンジは、人の気配に視線を巡らせた。
カウンタ−下の床に流れる、蒼い色。

「そんなトコで、かくれんぼ?」

ひょいと覗き込むと案の定、丸く縮こまったビビが居た。
子供っぽい隠れ様を見つけられた彼女は頬を染め、しどろもどろで言い訳を始める。

「ナミさんが…!皆が、勝手に!!」

押し付けられた着替えと、女部屋の様子を見れば鈍いビビにも事情は察せられた。
…察したところで時既に遅く、魔女の計略に抵抗する手段もなく現在に至っている。

細い肩紐でようやく支えられた膝丈の薄物は、ワンピ−スと呼ぶべきかネグリジェと呼ぶべきか
極めてビミョ〜だ。
降ろした髪を飾る小さな花は、テ−ブルの上の造花と同じく、手先の器用な狙撃手の作品らしい。

可愛らしいといえば、とても可愛らしく。
色っぽいといえば、とてつもなく色っぽい。
魔女会心のコ−ディネ−トといったトコロだろう。

「ん−、俺もついさっき聞いてビックリした」

ナミがこの場に居たらば、『嘘付けッ!!』とツッコミを入れるだろう台詞をサラリと吐く。
しかしビビは両腕で自分の胸を隠すように抱きしめて、サンジと目を合わそうともしない。

「こんなっ、朝っぱらから…!!(////)」

「ん−、だからさ。とりあえず、朝メシにしねェ?」

朝食を詰めた小ぶりのバスケットを開いて中を見せる。
とたんに朝から風呂に入れられ、いつもの朝食時間をとっくに過ぎているプリンセスのお腹は
 くう!
と鳴った。


   * * *


二人してバ−カウンタ−に並んで座り、お酒のグラスを傾ける代りに特製の朝食弁当を食べる。
ポットの紅茶を飲み終えて、サンジの黒いジャケットを羽織ったビビは満足気に微笑んだ。

「とっても美味しかったです」

「アリガトウv…でも、今朝はもっと他に聞きたい言葉があったんだけどな?」

「………。」

とたんに、ビビが黙り込む。
気恥ずかしさもモチロンだが、自分が“プレゼント(モノ)”扱いされていることが
どうにも許し難い。
本当なら、誰よりも先に言いたかったのに。

俯くビビを横目で伺いながら、サンジはタバコを咥えた。
女部屋は禁煙だとキツク言われているので、火は点けず口元で玩ぶように上下させる。

「今朝、キッチンにナミさんが来て。俺、すっげェガッカリした。
 ナミさんが来てくれて嬉しくないなんてコト、今まで無かったのになぁ〜〜。
 今朝、一番に会いたいヒトじゃなかったからさ」

スツ−ルの上のビビは、床に届かない足を落ち着き無く揺らしながら呟いた。

「だって…。昨日も今朝も、ナミさんにお風呂に放り込まれちゃって。
 本当は昨日の晩、日付が替わったら一番に言おうって思ってたのに……」

「何て?」

顔を上げると、鮮やかに青い右の眸が彼女を見つめている。
暫し視線を彷徨わせた後、ビビは観念したように言った。

「……お誕生日、おめでとうございます……」

「アリガトウvv」

満面の笑顔を向けられて、ビビの強張りが緩む。
タバコを指に挟み、カウンタ−に頬杖を着いた姿勢で料理人は言葉を続けた。

「ナミさん達のコト、あんまり怒らねェでね?
 あれでもさァ、一応俺達を二人っきりにしてやろうって気ィ遣ってんだから。
 確かに方法は露骨過ぎて、ビビちゃんみたいな女のコにはキツイだろうけどさ。
 …まあ、どいつもこいつもスッカリ海賊稼業が板についてきちまったみてェで。
 デリカシ−に欠け過ぎなんだよねェ〜〜」

苦笑いを浮かべながら肩を竦めるサンジに、ビビは慌てて言った。

「そんなこと…。
 私…、サンジさんと一緒に居られるの、嫌じゃないですよ?
 ただ、こんな朝からなんて考えてなくて。それに、みんな上に居るし…。
 そんなの、恥ずかしくって。…ただ、それだけなんです…」

そっとサンジの腕が肩に伸びた。
思わずカラダを引いてしまうビビに微かに笑って、背中に流れる髪に触れる。

「何時だって綺麗だけど、俺のお姫様は今日は一段と綺麗だv」

頬を染めて、俯きながらビビは小声で言った。

「ナミさんが…。ちゃんとお手入れしなさいって。
 それに、トニ−君が薬草の入ったお風呂を入れてくれて…」

「そっか。ホント、髪も肌も何時もより一層スベスベだvv」

まったく自然に髪を梳かれ、頬に触れられる。
嬉しいのと恥ずかしいのとで視線を床に落としたビビは、朝食のバスケットよりも二回りほど
大きなバスケットがサンジの足元に置かれているのに気が付いた。

「あのバスケットは?」

「ああ、コレ?」

サンジはニコニコと答えた。

「昼メシと晩メシ。冷めても美味しい特製の愛情&スタミナ弁当だからv
 ビビちゃん、楽しみにしててねvv」

「…………はい?」

元海賊を師匠兼養い親に持ち、海の上で荒くれコックに囲まれて育った料理人は
実は、最も海賊らしい男なのだった。


   * * *


お天道様も真上に差し掛かった甲板の上では、とっても適当に焼肉パ−ティ−が
行われていた。

「サンジとビビ、うまくやってるかな〜」
「エロコックだからな。うまくやってんだろ?」
「まあ、イロイロとヤッてンだろうな」
「…………。(げしっ!!)」
「肉肉肉〜〜♪♪♪」
「クエックエックエ〜〜♪♪♪(タマネギ、ニンジン、カボチャ〜〜あ、ピ−マンは要りません)」



翌日から丸三日、王女様はクル−等に真っ赤なふくれっ面を向け、誰とも口を利かなかった。
一方の料理人は、メチャクチャな上機嫌で丸三日、クル−等の好物を片っ端から振舞うことで
プレゼントの礼をしたのだそうな。



                                   − 終 −


※ reception :料理人の蹴り技では「受付(レセプション)」となっていますが
           他に受領・接待・もてなし等の意味も有り。
            (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)


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アラバスタ編以降も姫が乗船しているという捏造設定ですが、話としてはありがちですので
単独でも読める内容かと。…こういうの多いですね…。(汗〜)
サン誕(3月2日)には間に合わず、サンビビデ−(3月22日)にUpしてみました。
ちなみに、クル−の皆は冗談かましてるというよりも多分本気の善意です。(笑)
クル−が懲りるのが先か、王女が海賊に染まるのが先か。
この設定枠では、シリアスも有ればこういうのも有りで、とっても適当に話が交錯していく
状況になりそうです。なので、今回はロビン姐さんのお姿はありません。
行き当たりばったりな管理人で、すみません…。