Orange cake あの船には海の一流料理人が乗っているから 今日は凄いご馳走がテ−ブルに並んでいるんだろうね。 あんたのことだから、あれも食べたいこれもイイとリクエストのし放題。 それとも知らん顔して、どんな趣向で楽しませてくれるのかと 仲間の様子を抜け目無く伺っているのかも。 けれど、あの船なら。 今日は朝からお祭り騒ぎで、あんたは笑っているだろう。 腹の底から、一日中。 * * * 小麦粉を篩(ふる)いにかけながら、卵を泡立てながら、想う。 毎年、毎年。 あたしが、あんたの為に用意してやれるのはコレくらいしかなかったよね。 毎月10万ベリ−を払ったら、あとは食べていくのがやっとで テ−ブルを埋め尽くすようなご馳走や、リボンを掛けたプレゼントなんて夢のまた夢。 だから、コレだけだったけれど。 『ノジコの作るケ−キは、世界一よ』 毎年、そう言って笑ってくれたね。 ただ笑うだけのことが、ひどく辛い立場に居るあんただったのに。 嬉しかった。 慰められていたのは、ずっとあたしの方だった。 蜜柑ジャムの瓶の底にたまった濃いシロップを一匙 種に落としてさっとかき混ぜ、焼き型に入れた。 オ−ブンの前でスポンジが焼けるのを待ちながら、今度は生クリ−ムを泡立てる。 自分で言うのも何だけど、あたしの腕も随分上がったんだよ。 ケ−キを焼く機会が増えたからね。 それでも、型から抜き出す時は緊張するよ。 今は卵も小麦粉も砂糖も充分あって 幾らでも作り直せるのにね。 ほ−ら、ふわふわに膨らんで。 我ながら見事な出来栄えだ。 細かく刻んで生地に混ぜた蜜柑の砂糖漬けが、まるで金の粒みたい。 「い−におい−♪」 「ケ−キ、ケ−キ−?」 甘い香りに誘われたのか、庭で遊んでいたちびっこギャング達がやってくる。 「ベルはね、みかんよりイチゴのケ−キがすき−」 「ナッちゃんは、サクランボがすき−」 はいはい。 あんたたちの誕生日には、苺とサクランボでケ−キを飾ってあげるけれど 今日は蜜柑でなきゃならないの。 3つにスライスしたスポンジの間に、丁寧にほぐした蜜柑の果肉と生クリ−ムをたっぷり挟む。 重ね直したてっぺんからもクリ−ムを落として、左官屋みたいにヘラで塗りたくって。 ケ−キが真っ白に染まっても、ボウルにはまだ甘いクリ−ムが残っていた。 昔は塗るどころか、横に添えられるかどうかだったのにね。 モノ欲しそうな雛鳥たちに、スプ−ンで一掬いづつ。 あとは食後のコ−ヒ−にでも浮かべよう。 仕上げに飾り切りしたみかんを円を描くように置いていく。 今までで最高の出来栄えだ。 まったく、あんたに見せられないのが残念だよ、ナミ。 * * * あんたが居ない間に、あたしが結婚したって言ったら驚くかい? おまけに、もう子供まで生まれてるって。 驚くだろうね、楽しみだ。 怒るかもしれないけど、しょうがないじゃないか。 こっちからは手紙も出せないし、相談も報告も出来ないし。 あたしだってね、真剣に悩んだよ。 女の子が生まれたら、“ナミ”ってつけようか“ベルメ−ル”ってつけようか。 旦那が、生まれてくる子供の顔をみたら決められるだろうって言うから もっともだって思ったんだけどね。 世の中って、なかなか上手く出来ているもんだ。 生まれてきたら双子の女の子だった。 姉さんが“ベルメ−ル”。妹は“ナナミ”ってことになった。 何でって? ややこしいと困るからさ。 あたしが、あんたと娘を呼ぶ時に。 でも近所の人は、“ナッちゃん”って呼んでいるよ。 村中の人が、みんな。 あの子を笑ってそう呼んで、抱き上げて頭を撫でる。 もちろん、ベルメ−ルのこともね。 あんたが島に帰ってきても、誰もあんたに会いにはこない 言葉も掛けない 笑顔も見せない そんな時期が長かった。 けれどあんたが島に居る間、この家の裏戸口の横には ひっきりなしに何かが置かれていた。 カボチャがひとつ 卵がふたつ トマトがみっつ ジャガイモがよっつ 焼きたてのパンが一斤 砂糖が半カップ 小麦粉が2カップ バタ−が一塊 あんたが家に居る間、二人分の食事が出せたのは この差し入れのおかげだったんだ。 …ま、今となっては皆冷たいモンで。 買い物したって、まけてもらうのに一苦労だ。 食べ盛りが二人も居るっていうのにさ。 さて、そろそろ夕食時。 オ−ブンからは鴨肉の焼けるイイ匂い。 特製の蜜柑ソ−スも、サラダにかける蜜柑風味のドレッシングも味付けはバッチリ。 子供達にはオムライス。 こりゃ、家計に大打撃だ。 旦那には頑張ってもらわなくちゃ。 お客として招いたドクタ−が、酒瓶とキャンディ−を手にやって来た。 ベルメ−ルさんのお墓で長いこと話し込んでいたらしい旦那を伴って。 今日は久しぶりに産気付きそうな妊婦が居ないと、ドクタ−がサングラスの奥の目を細める。 あんたが船出して一年経たない内に島中が出産ラッシュになった。 子供一人に付き毎月5万ベリ−なんて、もう払わなくて良いんだからね。 それが、ここ数年ずっと続いていてドクタ−は商売大繁盛さ。 「お前達、三人目の予定は?」 子供の前でする話じゃないだろうと、カオを真っ赤にする旦那。 子供って言ったって、やっと人間らしく喋り始めたばかりなんだけどね。 さあさあ、みんな。 料理が冷めないウチに席に着いて。 二人の娘にはみかんジュ−ス。 あたしと旦那とドクタ−と。 そして、今は誰も居ない二つの椅子の前にも蜜柑酒のグラスを。 「おばあちゃんと、おばちゃんのイスね」 「ナッちゃんのおとなりが、ナミおばちゃんのイス」 あんたはきっと、娘達の頭を一発づつこづいて“おねえちゃん”と呼ばせるだろうね。 ここに居ても 居なくても この日には、あんたを想う ナミ、元気かい? あいつらと楽しくやってるかい? 「おいし−!また、つくってね!!」 口の周りをクリ−ムで真っ白にする娘達に笑って言った。 「また、来年ね」 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** ナミさんが旅立ってから3〜4年後のココヤシ村。ノジコさんの旦那は不明です。 (想定している相手は居ますし想像もつくだろうと思うのですが、嫌な方は嫌だろうと明記省略) ノジコ姉さんとココヤシ村の皆が、元気で幸せなこと。 それがお金と蜜柑が大好きな優しい航海士さんへの一番のプレゼントかと思いまして。 当サイトでは稀に見る、姫が一切登場しない話です。 それどころか、メリ−号のクル−もナミさんも登場しないという話です。 いやぁ〜、稀だわ。(汗) そんなワケで今年もひっそりお祝いいたします。 ナミさん、お誕生日おめでとう! |