そらのあお




破天候なグランドラインを航海する、破天荒な海賊団。
それでも、ごくごく稀に静かな午後が訪れる。
ちょうど、この日がそうだった。

昼食の肉料理に満足した船長は、船首で鼻歌を歌い
昨夜の見張りを務めた剣士は、みかんの木陰で高鼾
超カルガモは釣りの餌にされることもなく、甲板の隅で船医とお喋り

風も波も穏やかで、空には真っ白な雲が幾つかふわふわ浮かんでいるばかり。

今日のおやつは甲板にテ−ブルを出して、オ−プンカフェ風に
木の実のタルトとフィンガ−サンドも添えて
ダ−ジリンのファ−ストフラッシュ(一番茶)は、ホットかアイスかお好みのまま

…などと考えながら、一服しようとキッチンのドアを開けた料理人は
中央甲板に鮮やかな空色を見出した。

階段下の収納庫から折り畳み椅子を引っ張り出し、トコトコ運んでいる王女様。
目で追えば、彼女が進む先には既にテ−ブルが置かれているではないか。


……ビビちゅわあぁ〜〜ん!!
   僕と君とは以心伝心♪
   何も言わなくても、気持ちの全てが伝わるんだね〜vv


料理人の心に翼が生える。
感激の余り失われた言葉の代りに、愛しのプリンセスの華奢な背中に熱い視線を送った。
チェック柄のキャミソ−ルから白い項を覗かせて、束ねた髪が右に左にと揺れている。

空を切り取ったかのような彼女の髪は、ほどけば腰までを覆うだろう。
どんなに豪華なドレスより、たおやかな美しさを引き立てるに違いない。

運んだ椅子をテ−ブルの横に置くと、次に彼女は白い布を手に取った。
心の翼は、彼を重力から解放した。


……君って人は、何て気の利くレディ−なんだ〜!!
   二人だけの“愛のティ−タイム”には、やっぱ純白のテ−ブルクロスだよね〜〜vv


羽根付き頭が生み出すイメ−ジ映像からは、その他のクル−の姿が消えているようだ。

バッサ バッサ と、白い布をはためかせる彼女。
鮮やかな青と、まばゆい白のコントラスト。
まるで白鳥が天空に羽ばたくかのようだ。


……ああ、君は遠い国からやって来た渡り鳥
   辛い旅を経ても、その翼は力強く美しく
   汚れを知らぬ純白は、君そのもの
   愛で満たされた僕の胸という湖を目指し
   一直線に舞い降りる…vv


恋は人を詩人にする。
詩の出来栄えについては、棚の最上段に放り上げておくとしても。

布をはたいたプリンセスは、それを優雅にテ−ブルに敷く……のではなく
肩からぐるりと身に纏った。


………れ?


そのまま椅子に座った彼女の視線が、手摺に凭れてポカンと口を開けている料理人と
ぶつかった。

「サンジさん、そんなところで何してるんですか−?」

不思議そうに声を掛けられ、サンジはハタと現実に返る。

「何って…。え〜と、ちょっと一服に」

当初の目的を思い出し、ポケットからタバコを取り出した。
マッチで火を点け最初の煙を吐き出すと、ようやくフィルタ−無しにモノが見える。
彼女を覆うのが、白いレ−スのテ−ブルクロスではないことも。

「ビビちゃんこそ古シ−ツなんかに包まって、何してんの?」

頭と首だけを覗かせ、裾を甲板に拡げて腰掛ける。
“てるてる坊主”もどきのビビは、ニッコリ笑って答えた。

「髪を切ろうと思って」

サンジの口からタバコがポロリと落ちた。
コンマ一秒、彼もタバコの後を追って後部甲板から飛び降りる。

「ダメダメダメ〜ッ!!そんな勿体無い〜〜!!!」

コンマ二秒、甲板に小さな焼け焦げを作る吸殻を踏み消して、料理人は絶叫した。

「え、でも…」

言いかけたビビの声を遮り、サンジは尚も熱弁する。

「ビビちゃんは、髪長い方が絶対イイって!!
 やっぱ、お姫様はロングヘア−でねェと!!!」

ピクリ と、蒼い眉尻が跳ね上がった。
しまった と、サンジは思ったが、もう遅い。
彼女は“お姫様”扱いされるのが嫌いなお姫様である。

「こどもの絵本じゃあるまいし、そんなのイマドキ流行らないわ。
 ショ−トカットの王女が居たって、別にイイじゃないですか!!」

勢い込んで駆けつけたものの、大きな眸で睨まれたサンジは
酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。

自らをラブコックと吹聴する男が、レディ−を前に言葉に窮するなどと前代未聞。
この珍事を目撃したのは、ハサミを手に男部屋の蓋を開けようとした狙撃手ウソップ。
出て行くワケにもいかず梯子に足を掛けたまま、甲板と蓋の隙間から傍観を決め込んだ。

「髪が長いと、お風呂では余計に水を使っちゃうし。不経済だわ。
 海の上で水は大事でしょう?私の国だって、水はとても貴重だもの。
 そうね、いっそMr.ブシド−みたいにベリ−ショ−トにしてみようかしら。
 あれなら随分水の節約になるもの」

「………。」

コンマ三秒、サンジはブルブルと頭を振る。
コックという職業柄、彼は想像力がとても豊かだった。

「クソマリモとお揃いなんて、ンな恐ろしいコト言わないで〜ッ!!!」

蒼ざめた頬には滂沱の滝が流れている。

「風呂や洗濯に使う水は、くみあげマッスィ〜ンで海水ろ過してンだからゼンゼン
 勿体無くねェって!!
 体力余ってるゴムやマリモに自転車こぎさせりゃイイんだし。
 ビビちゃんは気にしないで、毎日しっかりシャンプ−&リンスしてくれていいんだよ〜」

「でもね、コレだけ長いと結構手入れが面倒なんですよ?
 髪を洗うのにも、乾かすのにも時間が掛かるし。ブラッシングだって絡まって大変だし…」

高貴な生まれにも関わらず、とっても現実的なビビ王女はポニ−テ−ルの先っぽを摘み
うんざりしたように溜息を吐いた。
とたんサンジの顔がぱあっと輝き、ハ−トが大量に撒き散らされる。

「だったら、俺が全部やったげるからさぁ〜〜vv」

その、いかにも
『得意です!慣れてます!!』
な料理人の発言を彼女は綺麗にスル−したが、眉間の皺は微妙に深くなったような。
口元だけで微笑んで、やたらに明るい口調で言った。

「私、子供の頃からずっと同じ髪型で。飽き飽きしちゃってるんですよね〜。
 いつか思いっきりイメ−ジチェンジしてみたいなって、思ってて。
 アフロヘア−なんかどうかしら?強そうだし」

「……………。」

コンマ五秒、またも盛大に金髪頭を振り乱す。

「ダメったら、ダメ〜ッ!!
 パ−マなんか、髪が痛んだらどうすんの〜〜!!?」

繰り返すが、サンジは想像力が豊かだ。
一瞬といえど、彼が

……イカスぜ!!

と思わなかったかどうかはブラザ−魂(ソウル)だけが知っている。


「ビビ、準備出来た?…って、サンジ君何してんの」

言いながら、ずかずか甲板にやって来たのは航海士ナミ。
彼女の手には、女部屋から持ってきたブラシと櫛とアイロン用の霧吹きがある。
だが、ビビの視線はナミの手元では無くオレンジ色の頭に向かった。

「じゃあ、サンジさん的にはナミさんぐらいの長さならOKなんですよね?」

「だから、長さがどうとかじゃなくって…。
 ビビちゃんは今のままがイイんだってば」

「サンジさんの言ってることって、変!
 いつもナミさんナミさんってデレデレしてるクセに、私がナミさんみたいな髪型にするのは
 ダメだなんて」

「そりゃ−、ナミさんは俺の女神様だから〜♪
 …じゃなくてッ!!ソレとコレとは話が違うでしょ〜?」

「どこが違うんですか−!?」

名前は連呼されつつ存在を無視されるナミは、小さく溜息を吐いた。
そしてメインマストに近づくと、男部屋の蓋から目だけを覗かせるウソップの傍に屈み込む。
散髪用の小道具を甲板に置き、小声で問うた。

「たかが2〜3cm切り揃えるだけだってのに、何でこんな大騒ぎしてるワケ?」

「……さァ?」

首を傾げる二人の前で、黒いス−ツの料理人と白いシ−ツの王女様の攻防は続く。
とはいえ、見たところ黒は防戦一方で、かなり分が悪そうだ。

「俺はビビちゃんの長くて綺麗な空色の髪が大好きだから、切って欲しくねェんだよ〜」

「へぇ〜、サンジさんは私の髪“だけ”が好きなんですね。
 髪を短くしたら好きじゃなくなっちゃうんだわ。
 たまたま髪がこんな色だったから、目に止まっただけだったのね。
 ふぅうう〜〜〜ん」


今や聞いているのが恥ずかしくなるほど見事な痴話喧嘩に
航海士と狙撃手は乾いた笑みを浮かべる。


「毛先が痛んでるから、器用でヒマなウソップに少し切ってもらえばって言っただけなのに」

「ヒマだけ余計だっつ−の!!(びしっつ)
 …なあ。ところでビビの奴、嫌だ嫌だって言ってる割に何で髪伸ばしてんだ?」

「ああ、あたしも尋ねたのよ。そしたらね……」


   『この髪、亡くなった母譲りなんです。
    …母は、ずっと髪を長く伸ばしていたから…。
    子供の頃から短く切ろうとすると、父が泣いて嫌がって大騒ぎになっちゃうんですよ。
    子供心に、それが可哀想だったり可笑しかったりで。
    国に帰った時に短くしてたら、それこそ卒倒しちゃうかもしれないわ』


「……って」

「あ〜〜。それって…」


今、目の前で繰り広げられている光景と、何やら似かよってはいないだろうか?


「ビビのお父さんって、サンジ君と気が合いそうね」

「……かもな……」



   見上げれば、今日も空は青くて太陽は眩しく輝いて


   「だから、俺はビビちゃんの全てを愛しちゃってるんだってば〜」

   「また、そんなこと言って。信じませんよ〜〜だ」


   シ−ツに包まれた背中では、空色が楽しそうに踊っている



                                   − 終 −


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40000Hit Thanks!

空色ロングヘア−のポニ−テ−ルはビビ姫のトレ−ドマ−クですが、長い髪は戦闘にも
航海にも向いてません。
なのに何で長くしてるのかしら?と思う私は邪道な姫贔屓です。
前回の「Dreaming」と少し被りますが、もしもビビちゃんが髪を切ると言い出したら
サンジ君は力いっぱい反対しそうだな〜と。
彼はレディ−の全てを受け入れ褒め称えるだけで、自分の好みを押し付けることは
無いのかもと思うのですが、これもビビちゃん限定ということで。
GM号乗船時代の日常の一コマ。
両想いになっているのかいないのか。微妙な感じです。(笑)

恒例ながら、このテキストは“お持ち帰りフリ−”です。
お気に召されましたら、連れて帰ってやってくださいませ。
事後にでも、BBSまたはメールでお知らせいただけましたなら、喜んでお礼に伺います。
なお、フリ−期間は2004.7.15〜未定です。
(期限を設ける場合は、改めてBBS&テキストにてお知らせします。)

いつも同じ言葉の繰り返しですが、ご来訪に心より感謝します。
マイペ−スで続けていきますので、これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。


2004.7.15 管理人・上緒 愛