かぼちゃとコックとシンデレラ



 − 1 −

 土曜の夜、11時。
 棒のような脚を引き摺ってマンションのドアを開けると、エプロン姿のビビちゃんが
 スリッパの音も高らかに玄関まで俺をお出迎えしてくれる。

 「サンジさん、お帰りなさいv」

 その笑顔で、気取りかえったバカップル相手にフルコ−スを作り捲くった疲れも
 吹っ飛んじまう。

 「ビビちゃん、ただいま〜vv調子はどう?」

 「今焼いてるので最後なの。ごめんなさい、サンジさんのキッチンを借りちゃって」

 ハ−トを飛ばす俺に、すまなさそうな顔をするビビちゃん。
 合鍵を渡して随分になるが、彼女はこの部屋のキッチンを使うのを遠慮しがちだ。
 コックという俺の職業の所為かもしれねェけれど。

 「でも、サンジさんのオ−ブンなら一度に沢山焼けて助かるわ。
  私の家じゃ、徹夜になっちゃうところだったもの」

 「ビビちゃんの役に立てるなら、ウチのオ−ブンも無駄にデカイ甲斐があるってもんさv」

 何しろ“バラティエ”で使っているのと同じ型だからな。いわゆる業務用ってヤツだ。
 部屋の空気を満たす焼き菓子の甘い匂い。
 彼女の奮闘ぶりを物語るように、ピンクのエプロンは小麦粉で白っぽくなっているし
 ほっぺたには黄色いカタマリがくっついている。
 掠めるようなキスで舐め取ると、ほこほこしたかぼちゃの甘い味。

 「ビビちゃん、冷凍じゃなくて丸ごとのかぼちゃを蒸して裏ごししたろ?」

 素材の良し悪しが判らねェようじゃ、一流料理人とは言えない。
 慌てて擦ったビビちゃんの頬が、リンゴのように紅く染まる。
 その手には絆創膏が二つ、三つ、四つ。

 「だって、出来るだけ美味しいのを作って食べてもらいたいもの。
  せっかくサンジさんに作り方を教わったんだから」

 料理に関しては、余り手際がイイとは言えねェ彼女だけれど、一つ一つの作業を
 丁寧にこなしていく。
 だから、多少不恰好でも不味い物が出来る筈はねェ。

 「じゃあ、後でビビちゃんの力作を一つ味見させてもらおうかな?」

 ネクタイを緩めながら言うと、彼女は嬉しそうに笑った。

 「“Trick or treat!(お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ!)”ね。
  イタズラされないように、美味しいお菓子をあげなくちゃ」

 ハロウィンの決まり文句をなぞらえた返事に笑みを返す。
 けど、俺の希望は “Treat and trick!”
 バニラとシナモンの香りのする女の子には、イタズラしなきゃ失礼でしょ?



 − 2 −

 10月の最終日曜は、ビビちゃんの通う青海大学の学園祭だ。
 最近すっかり普及した“ハロウィン”の時期に近いせいで、別名“かぼちゃ祭り”と
 呼ばれているらしい。
 しかも今年はドンピシャの31日とくれば、盛り上がりも例年以上。

 彼女はゼミのクラスで、手作りのお菓子と飲み物を出す喫茶をやる。
 どうせならハロウィン風にかぼちゃを使ったお菓子でと、ビビちゃんに相談された俺が
 休日に手取り足取り教えたのがカップケ−キ。

 試作品はゼミの仲間にも好評で、メニュ−が決まったと喜んだ彼女が前日準備に
 家でケ−キを焼き始めたところ、三度目でオ−ブンがイカレちまった。
 動揺した声の携帯メッセ−ジに気づいたのが、怒濤の週末ランチタイムが引けた後。
 じゃあ、ウチのキッチンを使えばと言った俺に下心が無かった筈がない。
 学祭当日、彼女は俺の車でバスケット三つ分のケ−キと共に大学に向かっていた。

 早朝の正門前は準備に追われる学生で賑わっている。
 祭りってのは、概して準備の方が盛り上がるんだよな。
 オレンジと黄色と黒で飾り付けられた大看板も、まさにハロウィン仕様だ。

 ビビちゃんが車を降りると、知り合いらしい女の子達が寄って来た。
 皆、中々の美人揃いだが、彼女程の娘は居ねェな。
 遠巻きにこちらを伺う野郎もチラホラと。
 フクザツそうな顔からするに、ビビちゃん狙いってトコロか。

 「おはよう、ビビ!!この人が彼氏?」
 「良かったじゃない。今日、来てもらえるようになったのね」
 「やっぱ、王子様が居ないとね〜〜」

 「……?」

 女の子達の話に目で問うと、ビビちゃんは慌てて助手席側のドアを閉めた。
 バタン!! と大きな音は、彼女らしからぬ勢いだ。

 「サ、サンジさん!送ってくれてありがとう!!
  ほら皆、これを運ぶの手伝って!今日のお菓子だから!!」

 女の子達にバスケットを押し付ける彼女に、車の中から声を掛ける。

 「あ、俺運ぶよ。女の子に持たせちゃ悪ィし」

 「いいの!そんなに重くないし、人手もあるし。サンジさん、お仕事遅れちゃうし!!
  ……それじゃあ!!!」

 パタパタと手を振る彼女と、困惑した顔を見合わせる女の子達。

 「…じゃあ、頑張ってねビビちゃんvまた連絡するからvv」

 必死な様子に、それ以上問う事も無く車を出す。
 バックミラ−に映るバスケットを抱えた彼女の姿が、どんどん遠ざかっていった。



 − 3 −

 日曜のランチタイムは、土曜と同じく怒濤の内に過ぎていく。
 2時のオ−ダ−ストップから10分後、最後のメインディッシュを仕上げて
 俺はコックコ−トを脱ぎ捨てた。

 「ちょっと出る」

 「おいおい、サンジ。今夜も店は予約で満席だぜ!?」

 デカイ図体でデザ−トの盛り付けをしているパティが不満そうに顔を上げる。
 栗のアイスクリ−ムを添えたかぼちゃのプティングには、たっぷりのメイプルシロップ。
 10月に入ると一番人気のデザ−トだ。

 「わ〜ってるって。ちゃんと営業時間までには戻るからよ。
  オ−ナ−に言っといてくれ」

 「副料理長のクセしてフラフラしてっと、格下げされんぞ。
  いや〜、いよいよ俺様の時代が!!」

 フライパンを振り回しながら、カルネが極道な笑みを浮かべる。
 どうしてこう、ウチの店のシェフやパティシェは強面揃いなんだかね。
 …ま、料理は顔でするモンじゃねェけどよ。

 「そういうセリフは、もちっと腕を上げてから言うこったな。
  てめェの料理は後になるほど塩気が強くなってるからよ」

 慌ててソ−スに指を突っ込んだカルネが、盛大に悲鳴を上げた。


   * * *


 ロッカ−から上着と財布を取り出し、俺は店の裏口をくぐった。
 ディナ−の営業は午後6時から。
 だが、5時からミ−ティングが始まる。
 今日の予約客と、その希望や好み、配席その他の再確認。
 そしてテ−ブルセッティングと厨房の最終チェック。

 営業に間に合っても、これに遅れるとクソジジイが五月蝿ェからな。
 今は人手も足りねェしよ。

 店の前の通りでタクシ−を捕まえて行き先を告げると、運転手は大きく頷いた。

 「あそこの大学の祭りも、何か年々派手になってますねぇ。
  今日も何人か乗せましたがね、仮装っていうの?ヘンな格好した人がいてねぇ〜。
  時代劇の宮本武蔵みたいな?そう言ったら、剣道の稽古着だそうで。
  後はホラ、ポタ何とかって映画みたいな、黒いマント着た若い子とかね〜〜。
  祭りっていうと、わたし等には半被とか褌なんだけど。今の祭りって、違うね〜〜」

 話し好きな運転手に適当に相槌を打ちながら、今朝の彼女の様子を思い出す。
 …ホント、隠し事が出来ねェんだから…。
 絶対、今日は何かあるよな。
 とりあえずビビちゃんの顔を見て、お茶するぐらいの時間は取れるだろう。



 − 4 −

 青海大学の正門前は、大勢の人だかりだ。
 二十前後の学生ばかりでなく、お子様から年配まで。あらゆる層の年代が揃っている。
 午後3時少し前。
 そろそろ祭りも終盤らしく、入るより出て行く人数の方が多いようだ。

 「お兄さん、仮装の衣装はいかが〜?
  どれでも一つ、千円だよ。出る時に返してくれたら五百円払い戻しになるよ〜〜」

 門を入ったところでの、呼び込みの声。

 ずらっと並んだお面にカツラにゴムマスク。
 スタンドハンガ−に掛った衣装類。
 そこらの夜店で売られているようなチャチなものもあれば、舞台衣装じゃねェかと思える
 本格的なものもある。
 声を掛けてくる学生達も、蜘蛛男だったり蝙蝠男だったり13日の金曜日男だったり。

 なるほど、学祭全体が仮装パ−ティ−ってワケか。
 コッソリ近づいてビックリさせるってのもイイな。
 ハロウィンなら、こんなTrick(イタズラ)も有りだろう。

 「うし!」

 黒いマントにシルクハット。ついでに片眼鏡を借りる。
 これなら、チョットとやそっとじゃバレねェだろう。
 ビビちゃん、俺が来るとは思ってねェし。こういうことには鈍いからな。

 配られていた案内図で彼女の居場所を確認する。
 ええと……、あったあった。
 そういえば、大学まで送ったり迎えに来たりはあるけれど、校内に入ったのは初めてだ。
 毎日ノ−トや教科書をあの柔らかな胸に抱いて、教室へ向かっているのか。
 そう思うと感慨深い。
 例え、すれ違うのが “誠” と染め抜きが入った浅葱色の羽織の一団であるとしても…。

 中庭を通り過ぎ喫茶室に辿り着くと、そこは行列が出来るほどの大盛況だった。
 頑張ってるんだね、ビビちゃん。
 俺も嬉しいよ。
 ……けど、けどさぁ…。
 
 白とピンクのティッシュの華で飾られた看板にデカデカと書かれた文字。
 そして行列の9割方を占める野郎の群れ。
 
 “メイド喫茶 薔薇と牡丹”

 聞いてね−ぞ!!
 ビビちゃんが、そんな…。そんなオイシイ格好をするなんて−ッ!!!

 思わず彼女の姿を捜そうとするが、居並ぶ野郎共に睨まれた。
 …判ったよ、並びゃイイんだろ!

 ちょうど出てきたのは高校生ぐらいの男三人組。
 まだそこまで寒くね−のに、揃ってダッフルコ−トとマフラ−。茶髪のウイッグに縁眼鏡。
 呆れるよりも先に、ニキビ面の冬ソナ男達の会話が耳に入る。

 「あの蒼い髪の、今年の“ミス・青海”だろ?」
 「めちゃめちゃ美人で可愛いよな〜。今時珍しいお嬢様タイプでさァ」
 「俺、やっぱ来年ここの大学受けようかな〜〜vv」

 何ィ!?“ミス・青海”って、この大学の美人コンテストじゃね−か!!?
 ビビちゃん、選ばれたのか!?
 それ自体には驚かねェが、そんな話聞いてね−ぞッ!!?

 行列の遥か果てを過ぎる蒼い髪。
 彼女を含め女の子達は皆、黒いパフスリ-ブのワンピ−ス。
 ふくらはぎの半ばまであるスカ−トに白い襟元。フリルのエプロンと頭飾り。
 一見、クラシックなカフェのウェイトレスさんなのだが、飛び交うセリフといえば。

 「お帰りなさいませ、御主人様」
 「行ってらっしゃいませ、御主人様」

 …ビビちゃん、君には俺の知らない秘密が沢山あったんだね…。

 溜息と共に落ちた肩が、後ろからポンと叩かれた。

 「ね〜ぇ、お兄さんvそっちは混んでるし、お茶ならウチでいかが〜?」

 …ええっと…。
 聞き覚えがあるんですけれど、この声。
 振り向きながら、片眼鏡を外す。

 「やだ、サンジ君じゃない!!」

 「やっぱりナミすわぁあ〜〜んv
  ああ、着物姿も艶っぽくてお似合いだ〜〜vv」

 修士課程に進んだナミさんは、今もビビちゃんと同じ大学に通っていた。



 − 5 −

 ナミさんの専門は、海洋気象学とかいう学問だ。
 海流や気流から地球上の気候の変化を推測するとかなんとか。
 言ってみれば、世界規模でのお天気お姉さんといったところか。
 その分野では既に天才と囁かれているらしい彼女だが、今日は茶屋の看板娘。
 もっとも、ここがここで看板にはデカデカと。

 “和風茶屋 大奥”

 女の子達は振袖だったり浴衣だったり貸衣装らしい白無垢や色内掛けだったり。
 和装なら何でもアリらしい。
 …大学って、良くわかんねェ…。

 「は〜い、お一つどうぞ。つきたてのホヤホヤよ♪」

 江戸小紋を粋に着こなすナミさんが運んで下さったのは、熱い番茶と安倍川餅に磯辺巻。
 ありがたく頂戴する。
 やっぱ、餅はつきたてが一番だと、安倍川を食いながら思った。
 …が、しかし。

 「……で、何でお前が餅ついてるワケ?」

 「素振りの最中だったんだが。
  こいつにもっと良いトレ−ニングがあるから来いって言われた」

 上半身裸のマリモ頭が、ナミさんを顎で示しながらベッタンベッタン。
 コイツ稽古着じゃねェか。道場から真っ直ぐ来たのかよ?
 さっきのタクシ−の運ちゃんの話を思い出す。
 宮本武蔵もどきってのは、こいつのことに違いねェ。

 「男手足りなくて困ってたのよね〜。
  サンジ君、それ食べたら一臼ついてくれる?」

 …どうせ、そんなこったろうと思った。
 朱い布を敷いたベンチに腰掛けたナミさんは、隣で苦笑いを浮かべる俺の肩を小突く。

 「どうしたのよ。自分の彼女が大学一の美人に選ばれたってのに、シケた顔して。
  妬いてんの?ビビ、人気あるもんねぇ〜♪」

 選ばれたからシケた顔してるんじゃねェよ。
 選ばれたことを教えてもらえなかったからショックなんですって。
 …とは彼氏のプライドが邪魔して言えず、ナミさんを伺い見る。

 「ナミさんは、また随分と喜んでるね」

 「そりゃあ、あの子を今年の“シンデレラ”に推薦したの、あたしだもんv
  何?聞いてなかったの??」

 ええ、聞いてませんでした!
 …とは、やっぱり言えずに番茶を啜る。

 「ビビがミス何とかになって、推薦したお前は何もらったんだ?」

 次のもち米が蒸し上がるまでの休憩に入ったらしく、どっかりとマリモが俺とナミさんの
 間に座り込んだ。
 おい!結い上げた髪の色っぽい襟足が見えね−じゃね−か!!

 「学食の食券綴りと購買部の割引券が……って、失礼ね!
  別にそれが目当てじゃないわよ!!」

 なるほど。それが目当てだったんだね、ナミさん。
 …とは、思ったけれど言わなかった。
 話題の転換を兼ねて、疑問に思ったことを尋ねてみる。

 「そういや、“ミス・青海”って何で“シンデレラ”なの?」

 「ウチの学祭、かぼちゃがテ−マになってるからじゃない?
  “シンデレラ”に“かぼちゃの馬車”は付き物だもの。
  今年はあの娘、メイドだし。シンデレラに変身なんて、演出もバッチリv」

 世間では歴史ある名門大学とか言われてる割に、発想が短絡的だなァ。

 「あんな格好、お前の入れ知恵じゃねぇのかよ?」

 マリモが餅を頬張りながら、今度はビビちゃんの居る方を顎で示す。
 おめェの顎は指の代わりかよ?
 ってか、その磯辺巻は俺ンだろ−!?

 「そうなのよね−。あんな大入り満員になるとは思わなくて。
  おかげでコッチは商売上がったりだわ。後でアイディア料ぐらい請求しなくちゃ」

 「…魔女…」

 その呟きを聞き逃さず、ナミさんは持っていた盆で緑頭を叩いた。

 …けど、ナミさん。
 クソ剣士が貴女をそう呼ぶ気持ちが、俺にも判る気がするよ。
 シンデレラに魔女が付き物だとしてもね…。

 そういえば、ナミさんも二年前の“ミス・青海”だったっけ。
 付き合って最初の秋、ビビちゃんが我が事のように誇らし気に話してたのを思い出す。
 自薦ってのがナミさんらしいよな。
 …あれ?そういえば……。

 「あ−、思い出した!
  てめェ!!ナミさんのエスコ−トすんのに剣道の稽古着に竹刀を持って壇上に
  上がったんだってな!!!」

 「そんなこともあったかな」

 手拭いで汗を拭きながら、剣術馬鹿がほざいた。
 同じく当時の記憶を蘇らせたらしい二年前の“シンデレラ”嬢が、今度は盆の縁で
 かつてのエスコ−ト役を殴る。

 「あったかな、じゃないわよ!つい一昨年のことでしょうが!?
  っつたく、彼女の晴れ舞台だってのに何て格好して現れてくれんのよ」

 「一応、おろしたての稽古着を着ていったんだが」

 出来たコブを擦りながら低く呟くマリモに、ナミさんは溜息を吐く。

 「……まあ、あんたらしかったけどね。それなりにウケてたし。
  来てくれただけでも、めっけもんだと思ってるわよ。
  じゃなきゃ、サンジ君に頼んでいいかビビにお伺い立てるトコだったわ」

 「……………。」

 あ〜ぁ。苦虫噛み潰したような面しやがって。
 何だかんだ言って、この二人も良く続いてるよなァ。
 多分にナミさんの麗しき忍耐によって。
 …とか、他所のそれなりバカップルを気にしてる場合じゃねェだろ!?

 「チョット待った!!
  今年はビビちゃんってことは、エスコ−ト役は誰がやるんだ!?
  まさか、おめェじゃね−だろうなサボテン!!」

 ナミさんは二、三度瞬きをした後で、素っ頓狂な声を上げた。

 「え?あんた、そのために来てるんじゃなかったの−!?」

 シンデレラといえば、もう一つの付き物は王子様。
 “ミス・青海”のお披露目には、エスコ−ト役がガラスの靴ならぬ白いパンプスを
 履かせる。
 確か、そういうことになっていた筈だ。

 「ビビに尋ねたら、ちゃんと考えてるって言ってたし。
  誰か知り合いにでも頼むのかと思ってたんだけど、サンジ君が来てるし。
  てっきり昼から休みを取ったんだと」

 「お前等、さっきから何を大騒ぎしてんだ?
  ガキじゃあるまいし、ビビだって靴ぐらい自分で履けんだろ」

 「「そ−いう問題じゃないッツ!!」」

 茶を飲む(だから俺の茶だっつ−の!)剣豪もどきに、俺とナミさんはツッコミを入れた。

 「…って、こうしちゃいられないわ!!」

 「え!?ちょっと、ナミさん!!?」

 お波様…もといナミさんに引き摺られた俺は、野郎共の非難の目の中を突っ切って
 喫茶室に踏み込むも、時既に遅くビビちゃんの姿は無い。
 “シンデレラ”に変身するための着替えに向かったようだ。
 それを確認するや、ナミさんはぐるりと身体の向きを変えた。
 更衣室にまで乗り込もうとする彼女を、俺は押し止めた。

 「ナミさん、待った!もうイイってば!!」

 「何いってんのよ!あんた、それでもビビの彼氏!?」

 ナミさんって、ビビちゃんのこととなると俺以上にムキになるんだよな。
 その分、逆に俺が冷静になれて助かる部分もあるけれど。

 「ビビちゃんが俺に何も話さなかったんなら、彼女に何か考えがあるんだろ?
  それに、判ったところで俺にビビちゃんのエスコ−トは出来ねェよ。
  今になって急に仕事に穴は開けられない」

 「そりゃ、そうだろうけれど…。」

 ビビちゃんが俺に言ってくれなかった理由は、だいたい想像がつく。
 先月、コックの一人が辞めた後の穴が中々埋まらねェ。
 かなり腕の立つ奴だったから、その分をカバ−するんで厨房の戦場度は二割増しだ。
 あまり仕事の愚痴を言いたい方じゃねェが、ビビちゃんに顔色が悪いと言われて
 そんな風に答えた覚えがある。

 「ビビちゃんにはビビちゃんの世界があって。
  それは大学での学生生活だったり、友達だったり、家族だったり。
  俺には俺の世界があって。店や料理のことだったり。
  それぞれ、踏み込んだり踏み込ませたりしちゃいけない領域があるんじゃねェかな。
  例え恋人同士でもね」

 俺の言葉に、ナミさんはふうと息を吐いた。

 「…今だから言うけど。
  あたし、あんた達って結局は長続きしないんじゃないかって思ってた。
  でも、読み間違ったみたいね。
  ゾロの方が正しかったわ。“案外と上手くいく”もんね」

 ベッタン ベッタン

 餅をつく音が聞こえ始めた。
 やたらに気合が入った音に聞こえるのは俺の気の所為じゃねェよな、大剣豪。

 「さて、じゃあ帰る前に一臼ついてってよ♪」

 「…そんなナミさんも素敵だv」

 最後の一臼をついたあと、後片付けに取り掛かり始めた茶屋を後にした。



 − 6 −

 ナミさんには偉そうに言ったものの、ビビちゃんがどうするつもりなのかは気になった。
 俺の“代わり”に王子様をやる奴って、誰だよ!?
 まさか親父さんじゃねェだろうな…。
 いや、ビビちゃんのことだから、判んねェぞ〜。

 学祭のフィナ−レを飾るのは、大講堂での仮装パ−ティ。
 その前座として今年の“ミス・青海”こと“シンデレラ”のお披露目が行われる。
 時刻は午後4時を少し過ぎたところ。
 出入り口の近くで時計を気にしながらステ−ジの進行を待った。

 〔それでは、今年の“シンデレラ”の登場です!!〕

 ケバケバしい衣装の司会の声で、ステ−ジ上にビビちゃんが現れる。
 真っ白なドレスにアップで纏めた髪。頭にはビ−ズ細工のティアラ。
 映画から抜け出したかのような“シンデレラ”の登場に、場内は割れんばかりの拍手だ。

 「「「ビッビちゃ〜〜ん!!」」」

 と、野郎の掛け声や口笛まで上がるのに、誇らしいんだかムカつくんだか
 我ながら複雑な気分になる。

 〔王子役は無しでと伺ってますが−。
  僕が代役というのはどうでしょう〜〜〕

 ビビちゃんに近づいた司会役が言う。
 その手には、白いパンプスの片方が乗ったビロ−ドのクッション。
 冗談じゃねェよ!!
 …と、俺が口に出すより早くそこらからブ−イングが上がる。

 「引っ込め司会−!!」

 これはまあ、イイとして。

 「俺俺−!!」
 「俺なんかどう−!!?」

 冗談じゃねェっつ−の!!!
 ここで怪盗参上!とか言って、ビビちゃんを攫って行けたら、気分イイだろうな。
 世紀の大マジック!とか言って、彼女もろとも姿を消しちまうとか。
 …我ながら馬鹿らしいコトを考えながら、もう一度時計を確認する。

 〔ええっと、私がお付き合いしている人は、日曜日は仕事が凄く忙しいので。
  今日は来ていません〕

 マイクを手にした彼女が、講堂内にひしめく人・人・人に向かって言った。
 色とりどりの衣装にマスク。
 だが、答えるのは野郎の声ばかりだ。

 「カワイイ彼女を放っとくなんて酷ェ−!!」
 「そんな奴、別れちゃえ−!!」

 その声に、ビビちゃんはムッとした顔で言葉を続けた。

 〔私が頼んだら、何とかして来てくれたかもしれません。
  でも、その為に彼は凄く無理をするから、今日の事も何も話してないんです。
  放っとかれてるワケじゃありませんので!〕

 真面目な声に、もう野次は飛ばなかった。

 〔彼は自分の仕事が好きで、誇りを持っている人です。
  私は初めて会った時から、彼のそういうところを凄く好きになりました。
  だから、仕事を休んで来て欲しいとは言えませんでした。〕

 しっかりとマイクを握る白い手袋の中の指に、ウサギ柄やクマ柄のカワイイ絆創膏が
 張られているのを思い出して、可笑しいようなあったかいような気持ちになる。

 〔私も、もう三年生なので自分の将来を具体的に考えなければならないのだけれど。
  彼のように自分の仕事に誇りの持てる、そういう人生を選びたいと思います。
  …そういう風に思わせてくれる彼が、世界で一番大好きです〕

 あったかい気持ちを抱えたまま、俺は踵を返した。
 残念だけど、そろそろタイムアウト。
 コックさんは仕事に戻らなければなりません。

 〔私の王子様は、この世でたった一人の“働くコックさん”なので。
  だから“代わり”の王子様は選べません。
  ごめんなさい、この靴は私が自分で履きます〕

 残念そうなどよめきと拍手とを背に、出口に向かう。
 タクシ−を飛ばせば、ギリギリでミ-ティングにも間に合うだろう。
 最後に肩越しに振り返ると、ドレスの裾をつまんで屈み靴の片方を自分で履くシンデレラ。

 〔今年のシンデレラ、ネフェルタリ・ビビさんでした。
  残念ながら隣に王子様はいませんが、今頃くしゃみでもしてるんじゃないですかね−。
  仕事頑張れよ−!羨ましいぞ、ちくしょ−!!〕

 司会者の声に送られて外に出たとたん、冷えた空気に包まれる。
 …このマント、折角だから着て帰るか。どうせなら
シルクハットと片眼鏡も。
 
 ディスプレイされた張りボテの“ジャック・オ・ランタン”を軽く小突いたとたん
 すっかり陽の傾いた茜色の空の下で、俺は盛大にくしゃみをした。



                                         − 終 −


 ≪TextTop≫       ≪Top

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 現代パラレル秋物語です。
 せっかくのビビちゃん大学生設定なので、学園祭にハロウィンを混ぜこぜてみました。
 『大学の学祭は、こんなんと違うだろ〜?』
 と思いますが、とっても適当に書いているので気にしないでくださると嬉しいです。(汗)

 ちなみに作中現在でビビちゃんは大学三年生。誕生日前で二十歳。
 サンジ君は二十三歳。
 ナミさんは大学院生。誕生日後で二十三歳。
 ゾロは相変わらず偶に放浪する剣士。もうじき二十四歳。
 サンビビはもちろんですが、ゾロナミの方も関係を進展させたいなぁと目論見だけは。
 このシリーズ枠も、まだ続きそうです。(汗)

 (補足)
 後になって“ちょさくけん”的にヤバイかと気づき、お花の名前を入れ替えてみました。
 …ばらぼた?元ネタはこれでも判るかと。