剣 と 剣



どこにでもあるような港町の、さびれた裏通り。
ログが溜るまでの丸一日。
暇を持て余し、昼日中に酒を求めて歩いていたら
自他共に認める方向音痴の彼は、こんな場所へ迷い込んでしまった。

…こんな場所だというのに。

「ロロノア!!」

遭遇は、いつも突然。
呼び止める女の声から始まる。
ピクリと上がった肩が、ガクリと落ちた。
そして彼…ロロノア・ゾロは、そのままスタスタと足を速めた。

「ま、待ちなさい、ロロノア!ロロノア!!」

次第にボリュ−ムの上がる声。
なにやらドタリと倒れる音に続いて、ガラガラ崩れる音。
それでも、しつこく。

「ロロノア〜〜ッツ!!!」

「だ−ッ!人を犬ころみてぇに呼ぶんじゃねぇ!!」

立ち止まったゾロは、嫌々振り返った。

「耳は聞こえているようですね」

どうやったらそうなるのか、散乱する木箱の真ん中に座った女は
ほっとした顔で言った。

短く切り揃えた黒髪。
縁のある眼鏡。
海軍の黒い革ジャケット。
ズボンに着いた土を払いながら立ち上がる。

一目見ただけで、判った。
腕を上げた。

それでも。
一目見ただけで、判る。

「俺には勝てねぇぞ」

「判っています」

女は静かに答えた。
眼鏡を外し、上着のポケットに入れる。
少しづつ、張り詰めていく空気。

「けれど“海賊”を見逃すことは出来ません」

「死にてぇのか?」

女は答えなかった。
無言のまま、腰の刀に手を掛ける。

「……居合いか」

ゾロもまた、腰の刀の一本に手を掛けた。
彼が自分から喧嘩を売るのは、売るだけの値打ちのある相手に限る。
だが、売られた喧嘩は二束三文であろうと買う主義だった。
そして、この女海兵にはもう少しばかりの価値はある。

微かに届く表通りの賑わいが、潮が引くように遠のいた。
“時間”が引き伸ばされ、凝縮し、研ぎ澄まされていく。


   キィ キィ


乾いた風に、頭上で古びた看板が軋んだ音を立てる。
ナワバリにやって来た野良猫が、ただならぬ気配に毛を逆立てて逃げていく。
後足で蹴られたプラスチックのゴミ箱が一つ、道向こうに転がった。


   キィ ギイッ

   …ガタッ


風に煽られた板が、看板としての寿命を終えた。
測ったかのように向き合う二人の間に落下する。

ペンキの剥げた木の板が互いの姿を隠し、地面に到達するまで。
ほんの瞬き、一つ。

髪の一筋ほどの間隙を縫って、空気が裂けた。


   キィン  ガカッツ!!


木の板は三つに斬られ、裏通りのゴミとなった。
疾(はし)った剣は上段から下へ、下段から上へ。

ゾロの左手には一閃を描いた雪走。
そして右手には、女の刀が描く一閃を弾き返した和道一文字。

「…二刀流…」

剣圧に押され尻餅をついた女は、腕の痺れに耐えながら呟いた。
手から弾き飛ばされた刀は木の壁に突き刺ささり、鈍い音を立てて震えている。

「二本抜かせたぐれぇで、満足してんのかよ?」

吐き捨てるように言うと、刀を鞘に収めた。
そのまま興味が失せたとばかりに背を向ける。

腕を上げた。
思った以上に。
それでも、まだ。
三本抜くには足らなさ過ぎる。

「ロロノア!!!」

「相手はしたぜ?もう用はねぇだろ」

背を向けたまま、ゾロは答えた。
振り返る気はなかった。

「私に止めを刺さないのは、私の力が貴方の“敵”にすら値しないからですか!?」

“女だから”とは言わなかった。
気づいて歩みが止まる。

「それとも、私の顔が貴方の“親友”に似ているから、殺せないと言うんですか…!?」

ゾロは振り返った。
唇を噛み締め、 屈辱と怒りに染まり震える頬。
彼だけを食い入るように映した黒い眸。

……こいつは“くいな”じゃねぇ。

それは、最初から判っている。
幼くして死んだ親友。
世界一を競うと誓い合ったライバルは、彼にこんな顔を見せたことはなかった。
なのに、知っている。
この“顔”を。

答えが無いのを肯定と取ったのか、女は更に声を高めた。

「“親友”の顔を斬れないというのなら、それが貴方の弱みなら。
 私はこの顔を利用してでも貴方を倒しますよ!!今、“私”を殺さないのなら!!!」

「お前は、そういう手は使えねぇよ。出来もしねぇことは、口にすんな」

この女、名は何といったか。
聞いたかもしれないし、聞かなかったかもしれない。
それすら覚えていない。
覚える必要もない。

今は、まだ。

「何故、そんなことが言えるんですか!?私を知りもしないで…!!」

知らない。
だが、“判る”。
この女の剣は、真っ直ぐだ。
迷いと躊躇いに、切っ先を僅かに震わせながらも。

だから、イラつく。

女とか男とか、正義とか悪とか、誰かに似ているとか似ていないとか。
下らないことに足をとられて、もたもた地べたを這いずって。

「答えなさい!ロロノア!!」

だが、目の前の“こいつ”は生きている。
生きている限り向かってくる。
くいなが生きていれば、彼がくいなにそうしたように。
次に、その次に、そのまた次に。
二千一回が、一万回になろうとも。
“今”を越えて強くなり続けるならば、何時かは。


   『約束しろよ!!!
    いつか必ず俺かおまえが世界一の剣豪になるんだ!!』


目の前に居て、遠く届かない。
“強さ”への羨望を抱え、挑み続ける剣。

「……悔しいか?悔しいよな。
 俺も悔しかったぜ。“あいつ”に二千一敗した時も、“鷹の目”にボロ負けしちまった時もな」

女を見下ろしながら、吐き出す。
今も身の内で己を焦がし駆り立て続ける
力及ばぬ己への怒りと苛立ち。
だが、必ず。

「悔しけりゃ、もっと強くなって俺の前に現れろ!!
 俺に殺される為に、来い!!!」

流す血で記した、誓い。

「…私は…!私は、必ず!!
 今日、ここで私を殺さなかったことを後悔させてみせる!!!
 ロロノア・ゾロ!!!!」

その声を、背中で聞いた。
出番の無かった三代鬼徹がカタカタと鍔を鳴らす。
宥めるように柄に手を掛ける男の口角が僅かに上がる。


……登って来い、ここまで。
   俺が野望を果たすに相応しい試練とやらになってみろ。
   お前も、鷹の目も、どんな奴も。
   立ち塞がる全てを斬り伏せて、俺は俺の“剣”を手に入れる。
   “最強の剣”を。


   * * *


海軍本部曹長、たしぎは未だ痺れの残る手を握り締める。
三本の刀を腰に差した後姿は、とうに見えない。
革の手袋の間から零れ落ちる乾いた土。
鍛えても鍛えても、まだ足りない。遠く及ばない。
それが、判っていても。

……必ず、追いつく。追いつめる。
   ロロノアが私に何を見ようと、…何も見なくとも、関係ない。
   あの男は“海賊”なのだから。

立ち上がった彼女は、ズボンに着いた土を払うこともせず
木の壁に突き刺さった時雨に手を掛ける。
深く食い込んだそれは、両手で引っ張ってもビクともしない。

片足を板に踏ん張り渾身の力を込めて、やっと抜けた。
そのまま、ドタリと仰向けに転がる。
ポケットの中で、眼鏡のレンズがパキリと割れる音。

今の自分は無様だと、誰に言われるまでもなく知っている。
だが、それがどうした?
格好良く生きたいなんて思わない。
もがいて、足掻いて、這いずって。
それでも自分は、自分のままに。…それだけしか。


……私の“正義”を見出すために。
   私の“夢”を果たすために。
   お前を倒して、私は私の“剣”を手に入れる。
   海軍でも世界政府でもない。私が信じる、私だけの
   “正義の剣”を。



     生きている限り、剣を抜く 剣を振るう
     今日に 明日に その先に

     何時か 何処かで

     剣と共に斃れるまでは



                                   − 終 −


TextTop≫       ≪Top

***************************************

“ゾロたし” ではなく、“ゾロ VS たしぎ”
理由や目的はどうあれ、人を斬り続ける道を歩む二人は同じ業を持つ存在に思えます。
たしぎ曹長、強くなってください。貴女は貴女のままに貴女らしくvv
剣士君誕生月ながら、曹長にラブコ−ル。
“剣士話”ですので、はい。(汗)