カラダごと、ココロごと 「君は女性で、とても魅力的だし。 俺は男で、君をホシイと思っているから。 …だから、ソノ気が無いのなら、もっと警戒しなきゃダメだよ? 次に、こんな風に二人きりになるチャンスがあったら、逃がしてあげないからね」 彼女は青ざめた顔で、コクリと頷いた。 キッチンのドアが開いて、閉じる音。 夜の向こうに小さく響く、遠ざかる靴音。 シンクに向かって、使い終わったティ−カップとポットをクソ丁寧に洗っていた俺は 彼女が振り返ったかどうかも、見なかった。 ……その夜のタバコは、ヤケに不味かった。 * * * これは、もうヤバイと思ったんだ。 眠れないのか、夜の甲板で海を見ている彼女に気づいたのは この船が砂の国に進路を定めて数日たった頃。 一国の運命をその肩に負った、王女様。 一人で考えたいこともあるだろうと放っておけば、何時間でもそうしている。 まるで、闇の向こうに光を必死で探しているかのように。 そんな彼女を見兼ねて、夜のティータイムと洒落込んだのが、 何時の間にか半ば日課のようになっていた。 温かい飲物を淹れて、他愛の無いおしゃべりをして。 下らないことで、ほんの少し、笑って。 そして、お互いの寝床に戻るだけ。 それが俺にとって何よりも待ち遠しい、大切な時間になっていることに 自分でも気づいていた。 …だけど。 夜の闇と静けさの悪戯なのか、節電モードで薄暗くにしか点かない明りの下で、 彼女の肌はほの白くて。 ほどかれた淡蒼色の髪に縁どられた顔を、艶かしく見せて。 『女性には誰にでも優しいコックさん』 を保っているのが、随分と難しくなってきたんだ。 彼女には、思いも寄らないだろう。 バラティエの客達やコック共から仕入れた、雑多で豊富な話題を並べながら、 俺が頭の中では薄っぺらいブラウスやショートパンツの中身のことばかり 考えている、なんてな。 勇敢で聡明な。 けれども純真で、ちょっと天然ボケしている砂の国のプリンセス。 …ホントに、ヤバかったんだって。 何だって君はふいに黙って、俺をじっと見つめるんだ? 『もしかして、誘ってる?』 『俺に気があったりとか??』 …って、クラッとくるだろう。 そんなこと、ある筈がないのに。 だから、その細い手首を掴んで、引き寄せて ……白いオデコにキスしただけで、離れたんだ。 君との時間が終わることに、痛みを覚えながら。 * * * 「おはようございます。ナミさん、ビビちゃんv 今朝も、あの初夏の青空のように晴れやかにお美しいvv」 「おはよう、サンジ君」 「おはようございます、サンジさん」 翌朝。 ナミさんと連れ立ってキッチンに入って来た彼女が、 いつもどおりに挨拶を返してくれたことに、心底ホッとした。 …ほんの少し、眸が赤いのは気づかぬフリで 我ながら会心の出来の朝食を運ぶ。 「今朝はこんがり焼きたてワッフルです。 特製ブル−ベリ−ソ−スにクリ−ムチ−ズをたっぷりと付けて、召し上がれv」 盛りつけた皿をテ−ブルに置く、瞬間。 触れそうになった指先を、彼女はスッと引いた。 「わあ、美味しそう!私、ブル−ベリ−って、好きだわ」 俺を、ではなく。 皿の中を見つめて、言った。 知ってるよ。 この船の朝食の定番メニュ−の中では、ワッフルが一番好きだってコトも。 遠慮してるのか、好き嫌いを一切言わないで俺の作ったモノを美味しそうに 食べてくれるけど、君の好みは俺に全部バレている。 …わからないのは、俺のコトは好きか嫌いかってことだけ。 仲間としてじゃ、なく。 「げ、甘そうだな」 「野郎には、砂糖抜きワッフルにソ−セ−ジとスクランブルド・エッグ添えだ! 文句あっか!?」 「おれは両方食いてェぞ〜〜!!」 騒ぐクソ野郎共の相手をしながら、 背中に、彼女の視線を感じた。 * * * その日から、彼女はさり気なく俺と距離を置くようになった。 律義にも昼間であろうと、けっして一人ではキッチンを訪れない。 …やっぱ、嫌われちまったか。 仕方ねェ。 俺が、そう仕向けたんだ。 …なのに、どういうわけか少し離れたトコロから俺を見つめている。 そんな視線を、度々感じた。 昼飯の下ごしらえの手を休め、一服するためにキッチンを出たところで、 また視線に気づいた。 思い切って、顔を向ける。 みかんの木の下に立っている彼女と、目が合う。 そのまま、タバコに火を点けるのも忘れて、彼女を見つめた。 ポニ−テ−ルに結われた髪が潮風に踊り、海の色に、空の色に、溶ける。 まるで、自分から目を逸らしたら負けだと思っているかのように 彼女は俺を見つめ返していた。 俺の、むさぼるように無遠慮な視線に、怯むことなく。 「サンジ!鍋が吹いてんぞ!!」 キッチンの窓から、長っ鼻の声が聞こえた。 我に返った拍子に、まだ火の点いていないタバコを取り落とす。 クソ、もったいねェ。 ……顔を上げた時には、彼女はナミさんと談笑しながらみかんの手入れをしていた。 * * * 「何か、俺に言いたいことがあるんじゃないですか?」 その日の午後。 やっと、彼女に話しかけることが出来た。 挨拶以外の言葉を交わすのは、あの夜以来、三日ぶりだ。 少し離れた甲板では、皆が『本日のリラックスおやつ』を楽しんでいる。 紅茶のシフォンにア−ルグレ−のアイスティ−。 階段に腰掛けてぼんやりしていた彼女は、盆に乗せたそれ等と俺の顔を見比べる。 明るい日の光の下。 賑やかな笑い声をBGMに。 …なのに、彼女は強張った面持ちで俯いた。 「……私……」 そのまま、口を噤む。 コトバを探して、そして未だ見つけられないのだろう。 俺を傷つけないような。 自分が傷つかないような。 そんなカオをしないで。 困らせたかったワケじゃない。 ましてや、国のことで大変な君を煩わせるつもりも、なかった。 「ビビちゃんはビビちゃんの気持ちに正直になってくれれば、イイんです。 …俺はただ、ビビちゃんの答えを受け止めるだけだから」 それが、拒絶であるならば どんなコトバで飾ろうと、きっと同じ。 だから、これも人生経験だと思って、さっさと俺をフッちゃって下さい。 ……あきらめるように、努力するから。 彼女は顔を上げて、俺を見た。 その真っ直ぐな強い視線が、実は苦手だった。 騎士を気取りながら、王女を汚そうとする俺の疚しさを、見透かされそうで。 だけど、同時に惹きつけられてならない。 その眸の深い藍色 夜の海 夜の空 只一人、明けない闇に挑むように立っていた 冷えきった小さなカラダを、この手で抱きしめて暖めてあげたいと。 叶わない夢を、見る。 * * * ドアの閉まる音が、妙に大きく感じられた。 何故なのか、理解出来ない。 どうして、君がココにいるんだろう? 真夜中のキッチンに、俺と二人きりで。 「…どうして、来たんです?」 咎める口調で、言ってみた。 明日の仕込みも、掃除もとうに終っているのに、 どうして俺がココに居るのかってコトは、棚に上げて。 「この前、俺が言ったことを覚えてますよね?」 椅子に斜めに腰掛けたまま、タバコを口から外す。 「はい」 思いも寄らず、キッパリとした答え。 タバコを灰皿に押しつけると、ワザと音をたてて立ちあがった。 「ソノ気になった…と、自惚れますよ?」 一歩、近づく。 ドアは彼女のすぐ後ろ。 逃げようとすれば、容易い距離。 拒絶の返事なら、こんな時間にこんな場所でしちゃイケナイ。 明日の朝、お日様の下で聞くから、どうかお引取りください。 「…確かめたくて」 彼女の言葉に、足を止める。 「子供の頃。初めてケンカした幼馴染みの男の子や、私を心配して本気で叱ってくれた 城の兵士や…。彼等が私の初恋なんだって、思ってました」 黙って聞きながら、俺は顔も知らないソイツ等に、嫉妬した。 無意識に、また一歩、彼女に近づく。 彼女は、逃げない。 「彼等に会うと、嬉しかった。 話をすると、ドキドキしてくすぐったかった。 毎日が楽しくて、会えたらその一日がとっても良い日に思えた。 …だけど」 彼女は、真っ直ぐに俺を見た。 手を伸ばせば、そのカラダに届くのに 唇を塞ぐのはカンタンなのに 吸い込まれるような夜の色の眸を見つめたまま 俺は、彼女の言葉を待った。 「貴方は、全然違う。 楽しい話をしていても、何故だか落ち着かなくて。 貴方が何を見ているのか、本当は何を考えているのか、気になって仕方ない。 …ちゃんと、私を見ていてくれるのか……。 私、わからない…。だから、確かめたいんです。 ……貴方に、恋しているのかどうか」 ようやく口を噤んだ彼女は、俺の応えを待つようにじっと見つめる。 あの夜と、同じ眸で。 ……ああ、そうか。 そうだったんだ。 ふっとカラダから何かが抜け落ちて、熱いモノが込み上げてくる。 …だったら最初っから、ナンにも遠慮する必要、なかったじゃねェか。 緊張して硬くなった肩を、そっと抱き寄せた。 ココに来るまでに夜風にあたっていたのか、少し冷たいけれど 大丈夫、じきに熱くなる。 逃げ道を塞ぐように、ドアに背を向けた。 彼女の、ではなく 俺の逃げ道を、塞ぐ。 「すぐに、わかりますよ」 恋はリクツでも、駆け引きでも無いという事を 落ちてしまえば、逆らっても無駄だという事を 君は、初めて 俺は、あらためて ……今夜、思い知るだろう。 * * * 「…わかった?」 まだ、ほんのりと熱を残したカラダを抱きかかえながら、耳元で尋ねた。 目の縁を紅く染めて、ぼうっとしていた眸がようやく焦点を合わせて俺を見、 そして恥ずかしそうに伏せられる。 「ええ…。」 「それで?」 少しイジワルな気持ちになって、問いを重ねてみる。 カラダは応えてくれたけれど、コトバの答えはまだもらえていないから。 「貴方のことが……好き、みたいです」 か細い、声。 『みたい』ってのは気に入らないが、耳まで赤くなったのがどうにも可愛らしくて、 ぎゅっと抱きしめる。 「それは良かったv」 すると、ついと上げられた眸が、不安気に俺を見つめた。 「サンジさんは…?」 「…へ?」 間の抜けた、沈黙。 『何を今更』と、互いの表情が語っていた。 ……全く、逆のイミで。 待て!まてマテ、ちょおっと待て!! ナゼ? どうして?? 俺のコノ気持ち、溢れんばかりの君への愛ッが ナンで届いてない!?!? …と、俺が口にするよりも、彼女の声の方が早かった。 「…だって!サンジさん、私のカラダがホシイって!! カラダだけだって!!!」 「はぁ!?」 イヤ、そんなコトは言ってません。 ……そんなつもりでは、言ってない……んだけれども。 「だからッ!…わ、私…私、すごく悩んで……ッ。 自分の気持ちだってハッキリしないのに、なのに、サンジさんは 私を誘うようなコト、言うし!!!」 「えぇ!!??」 昼間のアレ!? そういう風に思ってたの!!?? 「それでも、いいって!!自分の気持ちをちゃんと確かめようって!!! やっと決心して〜〜ッツ」 わなわなと、震える肩 固く握りしめられた、手 ……あ、ヤバイ。 「ビ、ビビちゃ…」 「バカッ!!馬鹿馬鹿ばかばかぁ〜〜!!!」 ポカポカと、小さな拳で胸やら肩やら頭やら、手当たり次第に叩き始める。 別に、そんなに痛くはないんだけれど マズイだろ、コレは。本気で怒ってるよ。 でもだって、『好きです』って『愛してます』って、いつも言ってるでしょ? ……確かに、ナミさんと並べてだけれども……。(うわ、逆効果) スミマセン、俺が悪かったです、まぎらわしい言い方をしました。 ゴメンナサイってば、許して下さい、ねえ。 あらためて、思い知る。 女性ってのは、男の『秘めた想い』にはトコトン鈍感で そのクセこっちのキモチに気づいたとたん、容赦無く『ホレた弱み』を 突いてくる生き物だってコト。 ……え?男も同じだって?? ハイ、ごもっとも。 真っ赤になって暴れる彼女を、腕の中に閉じ込める。 「そんなに可愛く怒らないでv」 耳元で囁くと、ピタリと大人しくなった。 …まだ、お怒りは冷めやらぬご様子だけれど、 夜明けまで、時間はタップリとあるからv ホシかったのは その素直なカラダごと、意地っ張りのココロごと。 この腕に抱きしめた、今は ……もっと、俺は君がホシくなる。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 「ONE PIECE」ではこれが初投稿テキストです。 色々な意味で、その後の方向性を決定付けているような…。 やたら裏風味なところなど、特に。 (初出02.7 「Sol&Luna」様へはTopの〜Union〜より) |