Love princess − 1 − 「そんで、その催眠術師ってのがハ−ト型のサングラスなんかしてて。 これまたミョ〜なヤツでよぉ」 キッチンでは、長っ鼻の狙撃手が“東の海(イ−ストブル−)”での冒険譚の真っ最中。 コイツの生まれ故郷の村での一件は、連中が“バラティエ”にやって来る少し前のことらしい。 聞き手は砂の国のプリンセス。 朝食の後片付けを手伝ってくれた姫君と二人っきりのティ−タイム♪と思ったところへ 乱入した狙撃手に居つかれて、不機嫌モ−ドな俺も聞くとも無しに聞いていた。 「そいつがお屋敷のカヤに催眠術をかけて、都合のいい遺言書を書かせようって魂胆だ。 そんな陰謀、このキャプテ〜ン・ウソップ様が許しちゃおかねぇ!! おれ様の指揮の下、たった四人のおれ達は二千人の手下を持った大海賊一味に 立ち向かったのだ−!!!」 空色のお姫様と冬島で仲間になったトナカイ船医は、ウソップの法螺話を良く聞いている。 もっとも、話をすっかり鵜呑みにしちまうトナカイと違って彼女はクスクス笑いながら 大袈裟な話っぷりを楽しんでいるようでもある。 彼女が笑うから、コイツの法螺もますます調子づくんだろう。 だがしかし!その眩しい笑顔を嘘っ鼻に独り占めさせて良いワケがねェ!! 我ながら大人気ないとは思いつつ、時折会話に割り込むように口を挟む。 「ビビちゅわあぁ〜ん、紅茶のおかわりは?」 「お願いします、サンジさん。……それから?ウソップさん」 一瞬だけ俺に視線を向けて、また彼女の注目は長い鼻に戻される。 メロリンショボ〜ン 肩を落としつつ、ティ−カップを暖めた。 「おう!それでだな〜、ルフィの奴は肝心なところでそいつの催眠術にやられて 寝たまんまになっちまってよ〜〜。もう、全然起きね−んだよな」 「そういえば、“リトルガ−デン”でもルフィさん、ミス・ゴ−ルデンウイ−クの色の暗示に かけられちゃってましたね−。」 その時のことを思い出したらしく、ビビちゃんが苦笑いをする。 これもまた、俺が一人で別行動を取っていた時の話だ。 まったく、野郎が揃っていながらナミさんビビちゃんを危ない目に合わせるなんて。 「クソゴムは単純だからな。そういうのにかかりやすいんだろ?」 彼女の前に淹れたての紅茶のカップを置く。 レディ−専用の洒落たティ−セットだ。 嘘っ鼻の前には、いつもの頑丈なマグカップ。中味は同じだけどな。 どうも、と俺に軽く会釈をしてくれた後で、プリンセスは小首を傾げた。 「催眠術や暗示って、かかりやすいとかかかりにくいとかあるのかしら?」 ウソップが笑いながら言った。 「ビビもかかりやすい性質(たち)なんじゃねぇか?けっこう単純だしよ。 “ミス・ウェンズデ−”なんか、なりきってたし。その気になりやすいだろ〜?」 「あれは…!だってバレたら命が無いし、敵の正体を突き止めなきゃならないし。 必死だったから…!!」 ビビちゃんの顔が紅く染まる。 高飛車な態度の割りに、妙に口調が丁寧で何気ない仕草に気品が香る“謎めいた女” 今の彼女を思えば、大分無理のあるキャラクタ−だったんだろうな。 まあ、だからこその“変装”だけどさ。 「ビビちゃんは素直で一途で信じやすい、純真なお心の持ち主なんだよッ!!」 声を大にして訂正すると、小心者の狙撃手はマグカップを片手に首を竦める。 ビビちゃんは咎めるように俺を見た。 「…それって結局、同じ意味じゃないですか?」 「そんなぁ、全然違いますよ〜vv」 二年もスパイをするだけあって、なかなか鋭いお姫様だ。 複雑そうな顔でカップを口元へ運び、優雅にソ−サ−へ戻す。 そして、興味津々といった風に身を乗り出した。 「それで、催眠術ってどんな風にするんです?」 人と話をする時、相手から視線を逸らさないのが彼女の癖らしい。 大きな眸は、いっぱいの好奇心でキラキラしている。 こんな眸で見つめられたら、大概の男はクラクラするだろう。 「あ、ああ、こう…。ぶらぶらっとなる振り子みたいなモンでだな〜〜」 言うことは大きいが初心な狙撃手も多分に漏れない。 いっちょまえに鼻を赤くして、どもっている。 「あ、これなんか?」 ビビちゃんはポケットからスラッシャ−を取り出した。 細い鋼の鎖の先には丸みを帯びた小さな刃物が付いている。 「そうそう、こんなカンジだな。それでコイツをこう…、目の前で揺らして」 スラッシャ−を受け取ったウソップは、鎖の端のリングを抓むとビビちゃんの目の前に ア−モンド型の刃をぶら下げる。 女の子の顔の前に刃物を出すな!!と怒鳴りそうになったが、興味深げな彼女に 文句を飲み込んだ。 これ以上話の腰を折ると、いい加減怒られそうだしな。 ゆ〜ら ゆ〜ら 「ほぉ〜ら、よく見て〜〜」 ビビちゃんは揺れるスラッシャ−をじっと見つめる。 俺はそんなビビちゃんの整った横顔をじっと見つめる。 長い睫毛と小さな顎、形の良い広めのオデコが何ともチャ−ミングvv 「ビビちゃんは〜、俺とラブラブの恋人にな〜る〜〜」 そっと彼女の隣に腰を降ろし、ウソップの口調を真似て唱える。 「たく、ラブコックが!!ほぉ〜ら、ワン・ツ−……何とかでお前は眠くな〜る〜」 俺に文句を言いながら、ウソップは妙な呪文を続けた。 「“何とか”ってなんだよ。“スリ−”だろ?フツ−」 俺達の会話に小さく肩を震わせながら、付き合いの良いビビちゃんは瞼を閉じる。 ふんわりした頬もツヤツヤの唇も、とっても柔らかそうvv 「“スリ−”じゃ無かったような気がすんだけどな〜。 ま、いいか。ワ−ン、ツ−……」 “スリ−!!”……と、ウソップが言いかけた瞬間、キッチンのドアが開いた。 「サ〜ンジ君!!」 ぎっくう!! 絶妙のタイミングに、俺とウソップは椅子の上で飛び上がった。 「ねぇ、コ−ヒ−もらえる……って、ビビ。あんた、何やってんの?」 「へ?」 ナミさんの声に、俺は自分の隣に顔を向ける。 ビビちゃんは確かにそこに座っていた。 ただし、身体の半分以上をべったりと俺に密着させた格好で。 「いや、これはその…。ビッ、ビビちゃん?気分でも悪ィの??」 ドアの前に仁王立つナミさんを見、しな垂れかかるビビちゃんを見、せわしなく動く俺の顔を ふいに白い手が固定する。 「他の女なんか見ちゃイヤぁ〜〜v私だけのコックさんvv」 甘えた声で言われたとたん、ほとんど条件反射で顔が崩れた。 「あ〜〜いvvv」 「……サンジ君、まさか…。 今朝の食事に妙なクスリでも盛ったんじゃないでしょうねッ!?」 顔色を変えたナミさんの言葉に、俺は多大なショックを受けた。 ビビちゃんに引っ付かれたままで、涙を流して抗議する。 「酷ェよ、ナミすわぁ〜〜ん!! ンなこと、一流料理人のプライドにかけて出来るワケが無ェでしょ−!! 例え、どんなに考えたとしても!!!」 「考えてんじゃね−かよッ!!(びしっ)」 すかさずウソップがツッコミを入れた。 だが、ナミさんの美しいお顔は険しくなるばかり。 ミニスカ−トの下から取り出したタクトを瞬時に繋ぎ合わせ、結論づける。 「クスリじゃないとしたら、お酒!?そうねそうなのねッ!! この子がアルコ−ルに弱いトコロにつけ込んで、どうこうしようって魂胆ね!!?」 「朝っぱらから酔わせたって、どうこうしようもねェでしょ〜〜!!!」 「夜ならイイのかよっ!!(びしばしっ)」 誤解の炎に油を注ぐツッコミに、俺はテ−ブル越しに嘘っ鼻を蹴り倒した。 「阿呆なコト言ってねェで、ナミさんにちゃんと説明しろッ!! 元はと言えば、おめェの所為だろうが!!?」 仰向けにひっくり返ったウソップに影をおとすのは、屈みこんだナミさんの微笑み。 「ビビに一体何をしてくれたのかしらぁ〜〜。 お姉さんに教えてくれるわよねぇ〜〜、ウソップ?」 − 2 − しどろもどろのウソップがナミさんに事情を説明している間、俺はビビちゃんを 困惑気味に眺めていた。 「うふふvうふふふふ〜〜vv」 ナミさんが勘違いするのも無理はねェ。 まるで酒にでも酔っぱらったように、ビビちゃんはずっとニマニマしている。 この船に乗って以来、こんなに笑いどおしの彼女は見たことがなかった。 全ての悩みを忘れ、安心しきったように俺に身を預けている。 「……ねぇ、サンジさんv」 「あ〜い、なんでしょう?プリンセスvv」 レディ−からのハ−トには、倍のハ−トで返すのが礼儀だ。 例え、どんな状況であろうとも!! 「覚えてる?私たちの初めての夜のことvv」 覚えてるも何も……、今の彼女の頭の中で俺達二人はどういうことになっているのか? 知りてェような知るのが怖ェようなトコロで、いきなり初夜のお話ですかッ!? 身に覚えも無ェのに−!! 「もちろんさ、ハニ−vv二人にとって大事な夜だからね〜vvv」 それでも、ついつい適当に話を合わしちまう。 いい加減な俺を、眸の中にお星様を三つばかり浮かべたビビちゃんがウットリと見つめる。 「私が一人で見張りをしていたら、サンジさんが差し入れを持って来てくれて。 少し寒い夜だったから、あったかい紅茶と焼き立てのマフィンと。 そのまま、二人で色んな話をして…。 サンジさんって、あんまり自分のことを話さないから。凄く嬉しかったvv」 「そう……、だったね」 相槌を打ちながら、何だか妙な気分に襲われた。 罪悪感とでもいうのか。何かこう、居心地の良く無ェ気分だ。 「そしたら、急にサンジさんが私をぎゅって抱きしめて…、好きだって言ってくれて。 でも私、最初はからかわれてるんだって思って。ぜんぜん信じられなくて。 サンジさんって、女の人には誰にでも同じなんじゃないかなぁって思ってたし」 「あははは…、」 笑って誤魔化しながらも、心臓がチクチクと針で刺されるような感じだ。 ビビちゃんの脳内設定って、なんつ−かリアリティにこだわりが? 「でも、サンジさんは私をぎゅってしたまま離してくれなくて。 何度も何度も好きだって言ってくれて。それで、私もやっと信じたの。 ……嬉しかったvv」 幸福そうに微笑むビビちゃん。 星空の下での、愛の告白。いかにも乙女が好みそうなム−ド満点の状況設定。 そう、いかにも俺がやらかしそうな…。 「…………。」 「……サンジさん?」 見た目以上にボリュ−ムのある胸を俺の肘に押し付けて、上目遣いに見上げるビビちゃん。 状況的には“どうぞ召し上がれv”だというのに、俺ときたら手も足も出ねェ。 今のビビちゃんは泥酔状態も同じだ。今の話も酔っ払って見ている夢の中での出来事だ。 そんな彼女にどうこうするなんて、俺の騎士道が許さねェ。 なのに、俺を見つめる眸は熱っぽくトロンとして、この手のコトには耐久性の低い理性が キレそうになる。 神よ俺の忍耐に力を!! てか、俺が何したっていうんだ−!?神の野郎、フザケんなッ!!! 無法者の癖に迷信深い海の男達の中で育つと、神というのは自分の都合で祈ったり罵ったり リバ−シブルな存在となる。 「サ〜ンジ君? 言っとくけど、この状況に便乗してビビに手ぇ出したら……、わかってるわね?」 事情を聞き終えたナミさんが、氷結した笑顔で警告する。 俺は首を縦に振るしかなかった。 − 3 − 「……と、いうことなのよチョッパ−。何とかならない?」 「そんなこと言ったって。こんな症例、オレ見たことねぇよ〜〜」 とりあえずは医者に診せようと、キッチンに船医が連れてこられた。 しかし“万能薬”を目指すトナカイ医師も『催眠術に失敗したらどうすればいいか?』なんて 聞いたことがねェらしい。 そもそもコイツは外科や内科が専門で、頭の中味の方面には精通してねェようだ。 「え〜と。原因が催眠術なら、『元に戻るように』ってかけてみたらどうだ?」 「おう、そうだな!」 チョッパ−の意見にウソップが頷き、俺にへばりついたままのビビちゃんの目の前に 再びスラッシャ−がぶら下げられた。 「ほぉ〜ら、よく見て〜〜」 熱っぽく潤んでいたビビちゃんの眸に、ゆらゆら揺れるスラッシャ−が映る。 やがて、ビビちゃんの身体は俺から離れ、スラッシャ−と同じに振り子のように揺れ出した。 本当にかかりやすい性質(たち)らしい。 「目が覚めたら、あんたは元のビビに戻って〜る〜〜」 残念なようなホッとしたような…、いや心底残念なような。 それが顔に出たらしく、ナミさんがコワイ目で俺を睨む。 「ワ−ン、ツ−……」 “スリ−!!”……と、ウソップが言いかけた瞬間、ドアが開いた。 「サ〜ンジ〜〜ィイ!!!」 ずしゃああっつ!! またもやのタイミングに、俺を含めたその場の皆がテ−ブルに頭ごと突っ伏した。 いや、ビビちゃんだけは石になったかのようにピタリと硬直する。 乱入してきたのは、クソゴム船長のルフィだ。 「腹減ったぞ−!!昼メシまだかぁあ〜〜!!? ……ん、ビビ、ど−した??」 昼メシコ−ルを終えると、ルフィは首を傾げた。 ゴムの前には、ふらふらと立ち上がったビビちゃんの顔。 眸を潤ませた彼女は、薔薇色に染まった頬で言った。 「ルフィさんっv貴方の大らかさはまるで眩しく輝く夏の太陽のようvv 私の目には古ぼけた麦わら帽子さえ、黄金の王冠のように映るわvvv」 「おう!!海賊王におれはなる!!!(ど−ん)」 胸を張ってふんぞり返るクソゴムに、惜しみなくハ−トを贈るプリンセス。 「素敵だわ、ルフィさんvなんて男らしいのvv 私は貴方の傍らで共にグランドラインに君臨する“海賊女王”になりたいわvvv」 「そうか!!よしっ、その時は勝負だなッ!!!」 会話はちぐはぐだが、一応盛り上がってはいるようだ。 目の前の光景を唖然と見ているばかりの俺の後ろで、額を寄せ合うナミさん達の声。 「……ちょっと、これって…?」 「おいおい、今度はルフィに惚れちまったのか!?」 「サンジ、フラレたのか〜。人間って複雑だなぁ」 「そんなァ、ビビちゅわあぁ〜〜ん!!」 捨てられた男となった俺は、ハンカチを噛み締めて涙する。 だが、その時。ハンカチを握る俺の手に、たおやかな白い手が添えられた。 顔を上げれば、そこには天使の微笑が。 「貴方に涙は似合わないわ、愛しいコックさんv 私に向けられる貴方の顔は、いつも最高の笑顔であって欲しいのvv」 「あ〜〜いvvvv」 笑顔には笑顔を、ハ−トにはハ−トを。倍にしてレディ−にお返ししてこそ海のラブコック。 残る三人は、またも額を寄せ合っていた。 「ビビ、だいぶキャラ変わってない?」 「…だな。けど、このキャラってどっかで見たような気がしねぇか?」 「そういえば……、何かすっごく良く知ってる気がするぞ」 言われて見れば確かに。それも、ごく身近に居るような気が…。 そこへ最後の一人と一羽がキッチンを訪れた。 「おい、クソコック!酒くれ!!」 「クエ〜〜ッ」 「ああっ、ブシド〜〜vv」 とたん、ビビちゃんは筋トレ上がりの汗臭い剣士に黄色い声を上げた。 いつもなら真っ先に声を掛ける忠実な愛カルガモのカル−は完全無視だ。 「Mr.ブシド−!!何時見ても、なんて逞しいのvv その腕に包まれることを夢に見ない夜はないわ〜vvv」 ちょっと待ってビビちゃん!!クソゴムの次はマリモかぁ〜〜!!? ブロ−クンしたハ−トを抱え、床に崩れる俺。 マリモはハ−トを撒き散らすビビちゃんを胡散臭げに眺め、眉間に皺を寄せた。 そして、開口一番。 「お前、エロコックに悪ィモンでも食わされたな?」 「喧嘩売ってンのか、クソマリモ!! ってか、ビビちゃんに寄るな触るな近づくな〜〜ッ!!!」 キレるが早いか蹴りが速いか。 “首肉シュ−ト”を鞘で受け止め、マリモは怒鳴った。 「あぁ!?こいつが勝手に寄ってくんだろうが!!? 別に嬉しくねぇよ!!!」 「ビビちゃんがお近づきあそばされて嬉しくねェだと〜〜!!? この罰当たり!!脳味噌まで筋肉男!!!」 「おお、ケンカだケンカ!!どっちもがんばれ〜!!!」 「クエッ、クエッ?」 楽しそうなルフィと、不思議そうに首を傾げるカルガモ。 ビビちゃんはといえば、芝居がかった身振りで床に身を投げ出して呟いた。 「ああ、二人の男性が私の為に争うなんて。この溢れる魅力が憎いわ……。」 「いや〜、ちょっと違うだろ?(びしっつ)」 「え、違うのか?」 「何よコレ。“サンジ君の恋人”から“サンジ君とルフィとゾロの恋人”になってるの?」 またもや額を付き合わせる三人。 …と、ウソップがポンと手を打った。 「そうか、わかった!!ビビは“サンジ”になったんだ!!」 「…はァ!?」 「えっ、そうなのかッ!?」 「クェ〜?」 「なんだ、そりゃ?」 「ビビがサンジになって、サンジがビビになったのか?おっもしれ−!!」 「ンなワケあるか、クソゴム!!嘘っ鼻!いい加減なこと言ってんじゃねェ!!」 凄む俺に、ウソップは慌てて言った。 「だってよ〜、『軽くて調子が良くて、誰にでもハ−トを撒き散らす』 その対象の“男”と“女”を入れ替えりゃ、サンジにそっくりじゃね−か。 サンジが“ラブコック”なら、ビビはさしずめ“ラブプリンセス”ってトコか?」 ウソップの説明に、ナミさんが頷いた。 「つまりビビの理解している“サンジ君像”ってのを自分に置き換えて、こうなったワケね?」 ガアァ−ン!!! あまりのショックに、俺は再び床に膝をついた。 「なるほど。今のビビが“エロコックもどき”だっつ−のは、よくわかった」 「そうか、“不思議ビビ”だな!!」 納得するマリモとクソゴムを睨みつつ、今は反論する気力もない。 「ウソップさんは、いつも楽しくて優しくて良く気が付いてv トニ−君は、ふわふわもこもこな癒し系でvv 本当に素敵な殿方ばかりの船vvvああ海よ、今日という日をありがとう!!」 「……ホント、見事なまでの節操の無さね…。」 ナミさんの溜息混じりの呟きが、グッサリと胸に突き刺さった。 − 4 − ニコニコと四方八方に愛想とハ−トを振り撒くビビちゃんと、どんより落ち込んだ俺。 異様な雰囲気のまま、昼メシの時間となった。 「どうしたの、コックさん? 貴方のいつもの笑顔が無いと、楽しい食卓も灯りが消えたようだわv」 「あはは…、ありがとねビビちゃん」 力なく笑って見せては、影で涙する。 その図に笑いを噛み殺す者と、まったく気にしない者。 それでもメシが終わると、ナミさんはキッパリと言った。 「……とにかく、早く元に戻さなきゃ。 あんな色ボケした状態じゃ、アラバスタに着いたって陰謀の阻止どころじゃないわ。 第一、恩賞の請求も出来ないじゃない」 「「「結局ソレかよっ!?」」」 ツッコミを入れる狙撃手・剣士・船医を尻目に、俺はハイハイと手を上げる。 「そりゃ−、お姫様の目を覚まさせるには王子様のキッス…」 「却下!」 言い終わらねェうちにナミさんの一蹴。 「“三度目の正直”って言うしよ、もう一度…」 「却下!!これ以上おかしくなったら、ど−すんの!?」 「一発、ぶっとばしゃイイんじゃねぇか?」 嘘っ鼻に続いたマリモの意見には、ナミさんの声より先に俺がキレた。 「てめェ、ビビちゃんに怪我させる気かよッ!!?」 「大丈夫だろ?ウイスキ−ピ−クでぶっとばした時も、骨の一本も折れねぇで ピンピンしてたしよ。こいつ、見かけによらず頑丈だぜ」 ブチブチブチッ!! こめかみあたりの血管が二、三本は断絶した。 「てめェ〜〜!俺の知らん間に何てことしやがる!!」 「そん時ァ、ミスなんとかって敵だったじゃねぇかよ!?」 「うるせェ!!例え敵でも美しいレディ−に手を上げるたァ許せねェ!!! ケダモノ!オニ!!マリモ!!!」 自分の話がされていても、その内容に無関心なビビちゃんは唐突に床に身を投げ出した。 「ああ、また二人の男性が私を巡って争いを…vv(///うっとり///)」 催眠状態ってのは、やっぱ普通じゃねェよ。 「「「「だから、違うっつ−の!!(びしっつ)」」」」 皆のツッコミを聞きながら、俺は涙と共にテ−ブルに突っ伏す。 ビビちゃあ〜ん、早くいつもの君に戻っておくれ〜〜!! 「なぁなぁ、サンジィ〜〜!!」 キッチンのドアを開けて、船長が場違いに弾んだ声で言った。 答える元気のねェ俺に代わって、ナミさんが返事をしてくれる。 「うっさいわね、ルフィ!!あんたの意見なんて誰も期待してないわよ。 第一、あんたは見張りでしょ?島影でも見えたの?」 「いんや、島は見えね−けどよ。すげぇモンが見えた!!」 常にマイペ−スの船長は満面の笑顔。 切羽詰った室内の空気が読めねェ奴だ。 「ちょっと!あんたまさか、敵船でも見えたって言うんじゃないでしょうねッ!?」 黙っていてもトラブルを呼び寄せるクソゴムだ。有り得ない話じゃね−ぞ!! 血相を変える俺達の前で、にぱっと笑う。 「いんや、船じゃねぇ。イカだ!!」 「筏(イカダ)…?」 怪訝な顔で聞き返すナミさんに、ルフィは涎を垂らしながら言った。 「おう!でっけ−イカがな、メリ−に乗っかってきてよ〜。 すっげ−うまそ−なんだ!!なぁ、アレって食えるよなサンジ!!?」 開け放されたドアの向こうには、うねうね甲板を這い回る白くて太くてイボイボの 巨大なイカの足が一本、二本、三本…。 「「「「早く言え〜〜〜ッ!!!!」」」」 俺とマリモは揃ってドアから飛び出した。 文句を垂れながらルフィも続く。 「だから、言おうとしたじゃね〜か〜!!なぁ、イカフライにしてくれなッ!!!」 手摺を飛び越え甲板に降りた俺達の前には、キッチンの丸窓大のイカの目玉。 そいつがギョロリとこちらに動いた……と思った次の瞬間。 ぶしゃあっ!! 二人揃ってイカスミの一撃をくらった。 「ぐわっつ!!?」 「クソッ、目が見えねェ…!!」 「ゴムゴムのぉ〜〜」 「ゾロ、サンジ、だいじょうぶか〜〜!?」 ばしゃばしゃばしゃあっ!! 続くルフィとチョッパ−が海水をくらった。“悪魔の実”の能力者は水に弱い。 立て続けに海水を浴びれば、溺れはしなくても“能力(ちから)”が削がれる。 「うげっ、しょっぺ−!……力がでねぇぞぉ〜〜…」 「オレもだめだぁ〜〜」 「ウソ〜ップ洗面器!!」 とっさにカバンから取り出した洗面器でイカの攻撃を受け止めた嘘っ鼻。 死守出来たのは顔だけで、後はスミと海水まみれだ。 「しまったァ〜!!必殺火薬星がッ!!? こうなったら……、必殺卵星ッ!ケチャップ星−ッ!!」 「そんなのイカに効くワケないでしょうが!?まずいわ、このままじゃ船が!!」 メリ−号の3倍はあるクソ大イカだ。絡みつかれれば粉々になる。 畜生、ビビちゃんとナミさんの乗る船を沈められて堪るかよ…!! 「クエ〜ッ、クエッ!!」 その時、カルガモの雄叫びが甲板に響いた。 続いて頭上からビビちゃんの凛々しい声が。 「そこのイカ!私が相手よッ!!」 …いや、ちょっと待てッ!!? 「げっ…!?」 黒く霞む目を擦って見上げれば、見張り台の縁に立ったビビちゃんが巨大イカに向かって 啖呵を切る姿。 「軟体動物の分際で愛しの殿方達に害為そうなんて、ナメんじゃないわよ!! さあ、かかってらっしゃい!!!」 「ビビちゃん、危ねェ!!」 見張り台に伸びるイカの足。 立ち上がろうとして、滑るイカスミに足をとられた。 小指を立てたビビちゃんがウエストに付けていた飾りを外す。 「クジャッキ−ストリング(孔雀一連)……」 ブ−ツの踵が縁を蹴り、二本のストリングが華奢な身体を追って宙を舞う。 きらめく刃がイカ足の前で交差した。 「“スラッシャ−”!!!」 先端に近い部分が斬り落とされ、甲板にどさりと落ちる。 イカの足でトランポリンのように宙返りし、ビビちゃんは華麗に甲板に着地した。 「すげぇ!エロパワ−だ……!!」 「エロパワ−って、スゴイんだなッ!!」 「エロとか言うなっ!!」 感嘆の声を上げるウソップとチョッパ−を、ナミさんが両の拳でどつく。 凶暴化するかと思いきや、悲鳴のような奇声を上げてスミを二、三度吐き出すと 意外に小心者らしいイカはすごすごと海へと戻って行った。 後に残ったのは、真っ黒に汚れた甲板とクル−。 そしてニッコリと眩しい笑顔のプリンセス。 「愛しのハニ−達、お怪我は無かっ……」 スミだらけの俺達に近づこうと、ビビちゃんは真っ黒に濡れた甲板に踏み出した。 とたん、 ずるっつ ごいいぃ〜〜ん!! 見事に転倒したビビちゃんは、後頭部から甲板に着地した。 「ビビちゃんッ!?」 「ビビ〜ッ!?」 「クエッ、クエ〜!!」 「おい、白目剥いてんぞ」 「うわ〜、おッもしれ〜〜ッ」 「医者、医者ァ〜〜!!」 「だから、医者はお前だって−の!!(びしっつ)」 大騒ぎの中、女部屋に運んだビビちゃんをチョッパ−が診察した。 頭の後ろにでっかいコブが出来た以外には何ともないらしく、ホッとする。 「すぐ気がつくと思うぞ」 トナカイが言ったとたん、ビビちゃんの唇から小さく声が漏れた。 「ん……っ、ん…?」 身じろぎの後、閉じていた瞼がゆっくりと開く。 「ビビ、気がついたか?」 「トニ−君……、あれ?あれっ??」 長い睫毛が、ぱさぱさ音を立てそうな勢いで上下する。 「私、さっきまでキッチンに居た筈なのに…。いつの間にベッドに?」 不思議そうに首を傾げるビビちゃんは、すっかり何時もの“ビビちゃん”だった。 「ビビ!正気に戻ったのね!?」 「あ〜、さっき頭を打ったのが効いたみてぇだな」 「やっぱり、ぶん殴りゃ良かったんじゃねぇか」 「てめェ〜!そんなに三枚にオロされてェのかッ!!」 マリモの暴言にキレる俺に、ビビちゃんは慌てたように言った。 「あのあのっ、私なら大丈夫ですから!! サンジさんもMr.ブシド−も、喧嘩しないでください〜〜!!」 「やっぱり、ビビはこうでなくちゃね♪」 ナミさんの言葉に、ウソップとチョッパ−も大いに頷いた。 「そ−かァ?さっきのビビも面白かったけどなぁ〜〜」 「クエ〜〜〜ッ?」 クソゴムの意見には、カルガモも首を傾げている。 そう、ビビちゃんは何時もの“ビビちゃん”が一番なのだ。 − 5 − 晩メシは、船長以下クル−の希望で刺身にフライにソテ−にマリネに煮物に…etc 要するにイカ尽くしとなった。 大人一人分の大きさのあるイカゲソは、船長以下の食欲の前に一夜で姿を消した。 まあ、午後は総出で汚れた甲板の掃除だったからな。 さて、夜も更けた頃。 「……アレはビビちゃんの理想で願望な筈なんだから…。」 見張り台の下、俺は自分に気合を入れる。 今夜の見張り当番はビビちゃんだ。 昼間はあんなことがあったし誰かに交代してもらえばと言ったのだが、コブ以外には ケガも無いからと責任感の強いお姫様は自分の仕事を休もうとしない。 そういうところが、いかにも彼女らしい。 バスケットの中は、淹れ立ての紅茶と焼き立てのマフィン。 おあつらえ向きの肌寒さ。 何て言ってたっけ?そうそう、ぎゅっと抱きしめて…。 けど、一度じゃ信じてくれね−から、信じてくれるまで何度も繰り返す。 いや、その前に暫く話をするんだっけ。……うし!! そして俺は海と星空の狭間にある見張り台を目指し、梯子を登った。 * * * 翌朝早く。 眠い目を擦りながら見張り台を降りた俺は、甲板に上がってきたナミさんと顔を合わせた。 「あら、おはよう。サンジ君」 ニッコリ微笑む麗しの航海士。鮮やかなオレンジ色には、眠気も吹っ飛んじまう。 「おっはよ〜ございま〜〜すvv 今朝も貴女はなんて美しいんだ、ナミすわあぁ〜〜〜………」 ざっば〜〜ん!! 語尾は彼女の耳には届かずに、グランドラインの波間に消えた。 航海士がその脚線美から豪快な蹴りを繰り出した、ほぼ真上の見張り台では 毛布に包まったお姫様がスヤスヤと。 美味しい差し入れにお腹イッパイになったビビちゃんは、当人には記憶の無い 昼間の大活躍も手伝って、俺の話を子守唄に一人夢の世界へ旅立った。 無邪気な寝顔に溜息を吐き吐き、俺が代りに寝ずの見張りを勤めた“だけ”という 事実は間もなく明らかになるだろう。 ……この俺がだよ、まったくね。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 原作での正しい呪文(?)は「ワン・ツ−・ジャンゴ!!」です。 素人が遊びで暗示や催眠術を使うと危険なので、良い子と良い大人は真似しないでね♪ ……普通はしません。(びしっ) 折角のお祭り企画なので馬鹿話を一つと思い、アラバスタ前の設定でメリ−号船上コメディ。 書いている内にサンビビ一歩手前話になりました。…おや? ビビちゃんはミス・ウェンズデ−でのなりきり振りから見ても“その気になりやすい”タイプのよう。 催眠術とか、かかりやすそうだなァと私的見解。 “サンジ風ビビちゃん”ならば同性のナミさんにはサンジがゾロに言うような(マリモとかクソ腹巻 とかサボテンとか)悪口雑言言いそうですが、さり気にスル−。 考えてはみたものの、ビビちゃんがナミさんを悪く言うのはピンとこないので。 ラブコックの最大のライバルは、やはりナミさんかと…。(笑) |
2005.2.14 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20050202 |