タダより高いものはない



 − 7月1日 −

 「ナミさん、最近元気がないんです」

 会う度に、ビビちゃんは眉間にシワを寄せて不安そうな顔をする。
 発端は、ノジコお姉さまのご結婚だ。
 付き合っていた相手が遠くへ転勤になるとかで、その前にと急遽式を挙げることになっ
 たそうだ。

 一ヶ月足らずの準備での挙式だったが、感動的な式だったと、ビビちゃんは乙女らしい
 憧れを眸に湛えて写真を見せてくれた。
 ブライズメイト(花嫁の介添え人)を務めたビビちゃんは、淡いクリ−ムイエロ−のシンプ
 ルなドレスにスズランの花冠。
 その姿は、さながら天上を舞う天使か妖精の国の姫君か。
 言葉にも言い尽くせないほどに美しく………って、ソコは置いといて。

 そんなワケで、ナミさんは亡くなったお母様が遺した一軒家に一人暮らしをすることに
 なった。
 気が強そうに見えて、実は情が深くて淋しがり屋なところのあるナミさんは、家族との
 思い出のある家の中で、余計に“独り”を感じてしまうのだろう。
 俺も侘しい独り暮らしが長ェから、ナミさんの気持ちは理解できる。
 けど、その俺を差し置いて、ナミさんはビビちゃんに言うらしいのだ。

 『ねぇ、あんたウチに越して来ない?』

 最初は冗談めかしていたのが、繰り返す度に熱心に、かつ具体的になっていく。

 『若い女の一人暮らしって、無用心じゃない。
  それに、光熱水費や電話の基本料金とか、不経済だし。
  あんた、来年大学卒業したら、お父さんの会社に就職する予定なんでしょう。
  雇い主と同居なんて、気詰まりよ?』

 繰り返されるお誘いに、ナミさんが心配なビビちゃんは真剣に考えてしまうようだ。
 そんな時だってのに、あのアホは今頃どこをほっつき歩いているんだか…。

 クソマリモは、GWあたりから音信不通だ。
 例によって例のごとく、日本のどこかで大迷子になってやがるんだろう。
 ノジコさんの結婚も、ナミさんの淋しさも知らずに。

 そうこう言ってるウチに、ナミさんのお誕生日が近づいてきた。
 お姉様も、マリモも居ない誕生日。

 そんなある夜、携帯が鳴った。

 〔誕生日に独りきりの夜なんて、耐えられない…。
  サンジ君、あたし淋しいの。だから……、お願い〕

 切な気な声に、俺は友人としてどう答えるべきなのか?
 マリモを間に挟んでではあるけれど、ナミさんとの付き合いはビビちゃんよりも長い。
 彼女への想いはビビちゃんに対するそれとは違うけれど、やっぱり大切なモノだったから。
 壊したくも、傷つけたくもなかった。
 躊躇う俺に、ナミさんは言った。

 〔じゃ、そ−いうことで。誕生日には、一晩ビビを借りるわね♪〕

 ……俺も、貴女との付き合いは長いから。
 ど−せ、そういうオチだろうとは思いましたけどねッ!!
 けれど、続いたセリフは俺にとっちゃゼンゼン冗談にならなかった。

 〔そのまま、ウチに居つかせちゃおうかしら〜?
  ビビって可愛いし。つい襲っちゃっても、許してねvv〕

 後半はともかく、前半は恐ろしいほど在り得る話だ。
 今でさえ、ビビちゃんはナミさんとのル−ムシェアに相当に揺らいでいる。
 
 「ナミすわぁあ〜ん、俺からビビちゃんを奪わないでぇ〜!!」

 フザケた調子で情けない声を出しながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。
 断言してもいい。
 親父さんの居る実家に戻るより、ナミさんと同居した方が、俺とビビちゃんのデ−トの数は
 減るに違いねェ。
 そんな俺の心を知ってか知らずか、ナミさんはカラカラと笑った。

 〔心配なら店が引けた後、あんたも来れば?但し、とびっきりのケ−キ持参でねvv〕

 もちろん、ナミさんの為には心を込めて“いまだかつてないバ−スデ−ケ−キ”を作らせて
 いただきますとも。
 お好きなオレンジム−スにふんわり軽いスポンジを重ねて、最後の仕上げはピスタチオの 
 クリ−ム。
 淡いグリ−ンで初夏の爽やかさを表現してみました♪
 …って、試作品を前にふと気が付けば取り合わせはオレンジと緑だったりする。

 ビビちゃんは明日の昼ごろから、ナミさんのお宅へ行くそうだ。
 俺も“バラティエ”の休憩時間にケ−キを作って、カウントダウンに間に合うよう仕事帰りに
 愛の宅急便。
 待っててね、ビビちゃんvvナミさんvv

 あれこれ思いながらマンションに戻ると、ドアの前には薄汚れたマリモが転がっていた。




 − 7月2日 T −

 〔…ところで昨日の夜、例によって小汚ねェマリモがウチのドアの前に転がっててさ〕

 冗談のような愛の言葉を1ダ−スは並べた後、やっと本題に入るのがサンジさんの癖だ。 
 お付き合いを始めて三年にもなると私も慣れたもので、朝ゴハンのト−ストを齧りながら
 聞き流していたら、電話の声はようやく本題に入った。
 慌てて紅茶でパンを呑み込み、私はサンジさんに確認する。

 「Mr.ブシド−、帰って来たんですね!?
  ナミさんの誕生日、ちゃんと覚えてたんだわ!!」

 ほっとする私に、電話の向こうのサンジさんは苦笑する。

 〔ナミさんの誕生日前に帰って来たってのは、“たまたま”だけどね。
  昨日が何月何日かっつ−認識もなかったし。
  例のごとくの一文ナシで、俺んトコでタダメシ食うのが目的だったくれェだから。
  と−ぜん、プレゼントなんて気の利いたモンも用意してね−し〕

 ブシド−がナミさんの誕生日を覚えてないなんて、そんなことは無いと思う。
 だって、ひとのことを言えた義理じゃないけれど、とっても覚えやすい誕生日なんだもの。
 ブシド−のことだから、うっかり忘れてたとか根本的に気にするつもりがないとかは、十分
 に考えられるんだけど。

 「でも、プレゼントなんか無くたって、ブシド−が帰って来ただけでもナミさん喜びますよ」

 私が言うと、ものすごく冷静な声が帰って来た。

 〔ビビちゃん。それって、本気で信じてる?〕

 「………………。」

 たっぷり30秒ぐらい考えた後、私は答えた。

 「……やっぱり、怒る……でしょうね…。」

 ナミさんの名誉のために言うならば、プレゼントがあるとか無いとかいうことにじゃなくて。
 よりにもよってこの時期に、ず−っとナミさんを独りにしてたことに。
 
 去年も一昨年も、ナミさんの誕生日にブシド−は修行の旅に出て居なかった。
 誕生日がずっと過ぎて、やっと帰って来たブシド−に、ナミさんはものすごく怒って。
 でも、ブシド−は“それぐらいのこと”でナミさんが怒る理由がわからなくて。
 ますます怒ったナミさんは、しばらくブシド−と口も利かなくて。
 思い出すだけで溜息が出るほどこじれて大変だったのに、それでもまだナミさんの誕生日
 を気にしないブシド−も、いっそお見事なのだけれど。

 今年は誕生日にこそ間に合ったけれど、ノジコさんの結婚という大事な時にはやっぱり
 傍に居なかったのだから。
 去年や一昨年以上に話がこじれてしまう予感が、ひしひしと。

 「…ど、どうしましょう〜〜」

 うろたえる私に、サンジさんはむしろ楽しげな口調で言った。

 〔そこで、ビビちゃんに相談。今、手元に持ってるかな?〕

 サンジさんが口にしたモノの名前に、私は首を傾げた。

 「実家にはありますけど、ここには…。
  ええと、それって何に使うんですか?」

 私は、つい尋ねてしまう。
 サンジさんを信用して無いワケじゃないけれど、モノがモノだけに。
 そんな気配を察したのだろう。サンジさんは、謎めかした言い回しをした。

 〔ああ、大丈夫。金が絡むことじゃないからさ。
  ただ、ゾロからナミさんへ“究極に金の掛らないプレゼント”をするには、俺だけじゃなく
  ビビちゃんの協力も要るってこと〕

 「お金の掛らないプレゼント…?」

 〔そう。だけど今のナミさんが一番欲しがってて、必要なもの。
  ……まあ、今すぐかどうかはわかんね−けどね〕

 ますます首を傾げる私に、サンジさんはようやく説明を始めた。


 サンジさんとの電話を切ると、がぜん忙しくなった。
 固くなったト−ストと、ぬるくなった紅茶で朝ゴハンを済ませ、私は実家へ電話を入れた。
 借りたいモノのことを話すと、電話に出たテラコッタさんはやっぱり驚いた声を出したけど
 ナミさんとブシド−の為に説得した。
 取り次いでもらったパパは、二つ返事でOK。
 ナミさんのお家に行く前に、実家に寄って借りて行けば大丈夫。

 出かける身支度をしながら、足元のボストンバックはどうしようかと思った。
 お泊り用の荷物を持って行く必要は、多分もう無いと思うけれど。

 そういえば、ナミさんのお家に泊まるのは久しぶりで、それなりに楽しみだったのだ。
 高校生の頃や、大学に入ったばかりの頃は、看護婦だったノジコさんが夜勤の時に
 よく遊びに行っていた。
 それが、いつの間にか。
 ……サンジさんのところへばかり、泊まるようになったから。

 支度を終えて、一応ボストンバッグを手に持った。
 ナミさん、カンが良いから。荷物が無かったら、きっと変に思うだろうし。
 主役の登場までは、知らんふりをしておこう。

 これって、一種の“サプライズ・パ−ティ−”だものね。




 − 7月2日 U −

 「いらっしゃい、ビビ」

 午後遅く、ボストンバックを持ったビビを玄関で出迎えた。
 六分丈の白のパンツにタ−コイズのキャミソ−ル。肩に羽織っただけのカ−ディガン。
 長い髪もポニ−テ−ルにして、すっかり夏のスタイルだ。

 「こんにちわ、ナミさん。
  ちょっと気が早いけど、お誕生日おめでとうございます」

 流行の青い石で飾られたサンダルが、スパンコ−ルとビ−ズのミュ−ルの隣に並ぶ。
 出しておいた夏物のスリッパに履き替えながら、ビビは言った。

 「約束の時間より、遅くなってごめんなさい」

 遅れるという連絡は、午前中にあった。実家に寄る用が出来たとかで。
 待ってる間に、つまんないTVをつけっぱなしにして。おつまみも二品増やして。
 味見ついでに、缶ビ−ルも空けちゃったけど。

 「いいわよ。別に、誰かを待たせてるってワケじゃないし。
  気楽な独り暮らしだもん。気にしないで」

 大きめのカ−ゴパンツにTシャツ、おまけに素顔というル−ズなあたしは、朝から何本目だ
 かの缶を片手にビビの前を歩いた。
 気楽さも、ここに極まれりってカンジだ。
 リビングに入ると、部屋の中央にでんと置かれたダンボ−ル箱。
 口が開いた中から、取り出しかけた荷物が覗いている。

 …ああ、忘れてた。
 これが届いてから、またビ−ルを開けたんだっけ。
 あたしは訊かれてもいないのに、ビビに向かって言った。

 「それ、昼に届いたのよ。ノジコと義兄さんからね。
  誕生日のプレゼントかと思ったら、魚の干物にスルメ。それと、蜜柑のジュ−スとお酒。
  まったく、お年頃の妹に失礼しちゃうわね〜」

 けれど、ビビの眸はテ−ブルの上に置かれた白い花束をじっと見つめている。
 花瓶にじゃなく、大きめのフォトフレ−ムに収められたブ−ケの押し花に。

 「このブ−ケ、ノジコさんの結婚式の時のですよね?」

 あたしと一緒にノジコの“ブライズメイト”をしてくれたビビは、ユリにジャスミンと蔦をあしら
 ったシンプルなキャスケ−ドブ−ケを覚えている。

 「式場のサ−ビスで、ブ−ケを押し花にしてくれたんだって。
  思い出なんだから、自分で持ってりゃいいのに。一緒に送ってきちゃってさ」

 “6月の花嫁(ジュ−ンブライド)”が手にしていたまま、見事に再現された花束。
 今まで見た中で、一番キレイだったノジコを思い出すと、今でもちょっと胸が痛い。

 そういえば、花嫁の投げたブ−ケを受け取った女性は、次の花嫁になるとか言うんじゃ
 なかったっけ?
 ……次に、幸せになりなさいよって?
 気持ちは嬉しいんだけど、相手がね。
 
 ビビの眸が、心配そうにあたしを見る。
 大丈夫。別に、無理なんかしてないから。

 「いいワインも冷やしてあるし、簡単なおつまみも作ったし。女二人で楽しく過ごしましょ。
  サンジ君がバ−スデ−ケ−キのデリバリ−に来るまではね」

 ビビが嬉しそうに頷いた。

 「サンジさん、今朝の電話でも今年のケ−キは自信作だって言ってましたから」

 朝に晩にと、マメなラブコ−ルを欠かさないサンジ君。
 もちろん、誕生日だのクリスマス・イブだののイベントも欠かさない。
 
 ……比較しちゃダメだって、わかってはいるんだけどね。

 時代劇じゃあるまいし、竹の棒っ切れを振り回すことに取り憑かれたあたしのカレシは
 肝心な時に傍に居ない。

 姉さんが、結婚した時だって。

 まあね、アイツはどうせ居たってそういうイベントには限りなく無関心だから。
 居ても居なくても、大して変わりゃしない。
 あたしの誕生日なんか、三年連続でスッポカシてくれていることだしさ。

 一つ歳を取る前の最後の一日を祝う乾杯の後、お酒に弱いビビは酔っ払って渡すのを
 忘れたら大変だからと、ラッピングした小箱をあたしに差し出した。
 日付が変わるには大分早いけど、もらったものをどうしようとあたしの勝手だし。
 第一、ビビが酔っ払ったら『ありがとう』を聞いてもらえないかもしれないからリボンを解く。
 中には緑の石を繋げたブレスレット。重ねづけが出来るように、細めのが二本。
 見た目に似合わず細かいことが苦手なクセに、わざわざパ−ツを買って手作りだなんて。

 「ただ、繋げただけだけど…。キレイな石を選んで作ったんですよ。
  流行の青い石より、ナミさんには緑の方が似合うし。それに、ナミさんも好きでしょう?」

 ニコニコと言われて、まあね嫌いじゃないわと答えておいた。


 レンタルしてきたコメディ−やB級アクションのビデオを観たり、お互いにペディキュアを
 し合ったり。二人であれこれおしゃべりしているうちに夜が更けた。
 テ−ブルには空になったワインのボトルが一本、二本…。
 ほとんど、あたしが飲んでるんだけどね。
 ビデオの途中でビビのバックの中の携帯が鳴って、ビビはあたしに断わって席を外した。
 多分、サンジ君からだろう。

 ビビを待つ間、あたしは荷解きを途中でほったらかしたままのダンボ−ル箱を見た。
 ノジコは美味しい魚と蜜柑が採れる海辺の街で、のんびり暮らしているらしい。
 大好きなひとと一緒に。
 
 とても嬉しくて、ホッとしている。
 本当に、本当だってば。

 ずっと姉妹二人っきりで、ノジコはあたしのために随分頑張ってくれたから。
 だから、踏ん切りのつかないノジコの背中を押したんだもの。
 ノジコと付き合っていた相手が、遠くへ転勤になって。
 一緒に来て欲しいってプロポ−ズされて。
 なのに、まだ学生のあたしを置いていけないなんて馬鹿なこと言うからさ。
 学生ったって、大学院生よ。言いたかないけど日付が変われば、もう24なんだから。
 子ども扱いすんのも大概にしてよ。

 …けど、この家は独りで暮らすには広すぎる。
 だからって、母さんが遺してくれた大事な家だもん。
 売るのも他人に貸すのも、絶対にイヤ!!

 ……だから。

 「ねぇ〜、やっぱりウチに越しておいでよ。家賃は格安。光熱水費と食費は折半で。
  サンジ君との邪魔なんか、しないからさぁ〜」

 電話を終えて、戻ってきたビビに抱きついた。
 このコって、すべすべしてて柔らかくて抱きごこちがイイ。
 サンジ君が来たら、反応が面白そうだからまた抱きついてやろう。
 けれど、ビビはまるで母親みたいにあたしの頭を撫でながら、心配そうに言った。

 「ナミさん、大丈夫ですか?お水持って来ましょうか??」

 あたしのことを、悪酔いしてると思ってるみたい。
 バッカね〜、たかがワイン2本と缶ビ−ルで酔っ払う筈がないでしょうが。
 …え〜と、缶ビ−ルって何本飲んだっけ?

 「で〜?サンジ君、もうじき来るってぇ〜?」

 「ええ…と。捜しモノがあるとかで、もう少し遅くなるみたいです」

 ビビは困ったような顔で言った。
 別に、気にしなくていいのに。

 あたしはノジコが送って来た荷物の中から、蜜柑酒とやらの瓶を取り出して封を切った。
 氷のかけらを幾つか浮かべて中身を注ぐ。甘くて、香りが強くて。ほんの少し苦い。
 ビビには強すぎるみたいで、ジュ−スの方を喜んで飲んでいた。

 2本目のビデオもエンド・クレジットになり、気が付けばもうじき日付が変わる頃だ。
 そろそろサンジ君も来るだろう。ちょうどいい、何か作ってもらおうっと。
 届いた干物やするめを焼いてもいいんだけどね。
 …でもなんか、いかにも“どこかの誰かさん”が喜びそう…。

 あ〜、思い出すだけで腹立ってきた。やめやめッ!!
 三年連続でカノジョの誕生日をスル−する奴なんか、こっちから願い下げ!!!

 ダボダボとグラスに濃い蜜柑色のお酒を注いだところで、玄関のチャイムが鳴った。

 「あ!私、見てきますね」

 ビビがパタパタと玄関に走っていった。
 …ん?アンタ、なんで玄関にボストンバッグを持って行くのよ。
 そういえば、さっきから時計ばかり見てソワソワと落ち着きが無いし。
 な〜んか、企んでる?

 そのまま何やら玄関でゴソゴソヒソヒソ。入ってくる気配がない。
 グラスの残りを飲み干すと、あたしは立ち上がった。

 「ちょっと、あんたたち。人ンちの玄関先で何やってんのよ?」

 言ったとたん、サンジ君とビビが半分閉めかけた戸の向こうから声を揃えた。

 「「ナミさん、お誕生日おめでとう!!」」

 ピシャリと戸が閉まって、独り残されたあたしは呆然と突っ立っていた。

 なんで?どうして帰っちゃうの!?
 それも、二人仲良くなんてどういうことよ。
 酷いじゃないの、酷い…。

 とたん、ガラリと勢い良く戸が開いた。

 「「プレゼントです。どうぞ受け取ってください−!!」」

 背中を押されたのか、蹴られたのか。
 両手で何かを抱えたゾロが転がり込んできた。




 − 7月3日 T −

 「師匠の家に修行から戻った報告を入れて。それから、ここへ来ようとしたんだが…」

 残り少なくなった今日一日を振り返る俺に、左右から声が飛んだ。

 「おめェな、いくらスタ−ト地点がいつもと違うからってカノジョの家にも辿り着けねェなんざ、
  迷子にも程があんぞ!!」

 「サンジさんからブシド−と連絡が取れないって聞いて、心配したのに…。
  ナミさんの家に来るのに迷子になってたなんて!!」

 マユゲはいつものこととして、抱えていたカバンを足元に置いたビビも珍しく怒っていた。
 ナミはこの女のことにはやたらとムキになるが、この女もナミのこととなると同じらしい。
 だが、二人で声を揃えて“迷子”を連発されると、すげ−ムカつく。

 「だから、ちょっと道を間違えただけだろうが」

 「うるせェ!!俺が国道沿いでその緑頭に気づかなかったら、今頃どうなってたか。
  いい加減自覚して、その猪首に迷い犬用の首輪でもつけとけ!!」

 「てめぇこそ、そのやかましい鶏みてぇにわめきたてる咽喉に栓でもしとけ!!
  何なら、俺が両手でシメてやるか?」

 「ああ?料理人相手に言ってくれるじゃね−か。
  そんなにスジ肉になってコトコト煮込まれてェのか?」

 「いいから、喧嘩は今度にしてください!!
  それで、ブシド−。ちゃんと持ってきてますよね?」

 ナミに劣らぬ勢いで俺達の間に割って入ったビビは、俺に向かって言った。
 俺は頷くと、ズボンの尻のポケットから封筒を引っ張り出す。

 「シワだらけじゃね−か。もっと、丁寧に扱えよ。
  お役所ってのは、その手の紙をあんまし余分にくれね−んだからよ」

 「うるせぇな。
  だいたい、こんなモンを置いてるなんざ、お前の家は区役所の出張所か?」

 いちいち文句を垂れるコックを睨むと、カバンからボ−ルペンと印鑑を取り出したビビが
 低く強張った声で言った。

 「……二人とも、いい加減にしないと本当に怒りますよ?」

 その全身から噴出す不穏な気配に、俺達は口をつぐんだ。
 なんつ−か、お袋や小学校のせんせ−を連想させられる雰囲気だ。
 クソコックも隣で引き攣ったツラしてやがるし。

 靴箱の上で記入と捺印を終えると、ビビはそれを丁寧に畳み直して封筒に戻す。
 その間に、サンジがビビのカバンを持って先に玄関を出た。
 サンダルを履いたビビが玄関の外に出た後に、俺も続く。
 一応は、世話になったし。見送りぐらいするのが礼儀だろう。

 玄関を出たところで、コックが橙色のリボンを巻いた紙の箱を俺に向かって突き出した。
 車の中に乗せていたんだろう。

 「これはナミさんへのバ−スデ−ケ−キだ。
  甘さ控え目にしといたから、責任持って“二人で”食えよ」

 俺がケ−キなんざ大ッ嫌ぇなのを知ってて、嫌がらせかよ。
 だが、モノを贈って世辞を言って、女からたった一言礼を言われることを嬉しがるコイツが
 ナミに渡すモノを俺に譲るってのは、まあそ−いう意味なんだろう。
 黙って箱を受け取ったちょうどその時、ナミの声がした。

 「ちょっと、あんたたち。人ンちの玄関先で何やってんのよ?」

 まだ玄関の外に居た俺は、お互いが見えない位置にいた。
 とたん、ビビとサンジが声を揃える。

 「「ナミさん、お誕生日おめでとう!!」」

 そして、ピシャリと戸を閉めた。
 二人は顔を見合わせ、次に突っ立ったままの俺を見る。
 次の瞬間、隠れたビビがガラリと戸を開け、クソコックが俺の背中を蹴飛ばした。

 「「プレゼントです。どうぞ受け取ってください−!!」」

 お前等、その息の合いっぷりは何だ−ッツ!!
 クソコックのケ−キを抱えてつんのめった俺の後ろで、またピシャリと戸が閉まった。

 ……あいつら〜ッ。

 仕方なく顔を上げ、ざっとニヶ月ぶりにナミを見て、ぎょっとした。
 捨てられた子猫が誰かに追いすがるような目をしていた。
 だぶっとした服や色を塗ってねぇ顔の所為かと思ったが、どう見ても少しばかり痩せていた。
 クソコックはともかく、ビビがやたらと俺に突っかかってきたワケが、ようやくわかった。

 「…………帰ったんだ」

 ナミは、ぽつりと言った。
 俺の顔を見て、自分が泣きそうな顔をしていたことに気づいたんだろう。
 普段の手に追えない気の強い女の顔を取り戻そうとして…、失敗していた。

 こういう時は、なんて言やいいんだ?
 お前が“生まれた日”だからって、特別だとも思わねぇ。
 クソコックみてぇに目くじら立てて、大騒ぎしなきゃならねぇワケがわからねぇ。
 それでも何かしてやって、それでお前が笑うんなら、多少の面倒は構わねぇ。
 そのぐらいには、思う。

 「……もう、日付が変わったな」

 廊下の突き当たりの壁にかかった時計を見て、言った。
 ナミがぎゅっと唇を噛む。

 あいつ等みたいに、“おめでとう”とか言やいいんだろうが。
 一昨日だろうと、明後日だろうと、何処かで道に迷ってようと。
 帰ってくれば、お前は俺の傍に居るのが当たり前だし。
 第一、あいつ等と同じこと言っても仕方ねぇし。

 俺は、手に持っていた封筒をナミの前に突き出した。


    『この紙切れには、金は一銭もかからねェ。
     ただ、洒落や冗談で扱っていいってワケでもねェ。
     覚悟とか、約束とか、責任とか、意志とか。
     ……要するに、おめェが好きそうなモンだな』


 「やる。お前の好きにしろ」

 訝しげな顔で、ナミは封筒をじっと見る。
 さっき、ビビに渡すまでポケットに押し込んでいたせいでシワだらけだが、問題はねぇ。

 「あとは、お前だけだ。何時でも出せる」

 ナミはますます、渋い顔になった。
 俺は封筒を持ったまま、靴を脱いで廊下に上がり、ナミの胸元に封筒を押し付ける。

 「一体、何なのよ?」

 ようやく封筒を受け取ると、不機嫌そうな顔で折り畳まれた白い紙を取り出した。
 拡げたナミは、そこに書かれた名前を読んだと思う。

 “夫になる人”の下には俺の。
 “証人”の下にはクソコックとビビの。
 “妻になる人”の下だけが、まだ何も書かれていなかった。




 − 7月3日 U −

 その日のうちに、サンジとビビの携帯にはナミからの画像付きメ−ルが届いた。
 ビビは自分の部屋で、サンジは“バラティエ”の休憩室で、それを見た。
 見るなり、二人は同じ一言を呟いた。

 「……早ッ!!」

 笑顔のナミと、微妙な表情のゾロ。
 二人はサンジのバ−スデ−ケ−キにナイフを入れているところだ。
 一本のナイフを握る左手の手首には、ビビが贈ったブレスレットが一つづつ。
 そして、ナミの右の手元には白いブ−ケの押し花。

 画像の下には、一行のメッセ−ジ。


    “わたしたち、結婚しました。”



                                         − 終 −


 ≪TextTop≫       ≪Top



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 ナミ誕を既出の現代パラレル設定・ゾロナミメインで書いてみました。
 サンビビもセットになっておトクです。(私がv)
 学生と修行中のカップルなんで、入籍のみの究極のジミ婚。
 ちなみに今年のナミ誕は日曜でしたが、休日・夜間でも宿直職員に届出することが
 出来るようです。(でも実行前には、お役所でご確認を)

 また、ブ−ケの押し花は製品到着まで約2〜3ヶ月はかかるようです。
 なので、挙式から1ヶ月足らずでノジコ姉さんからナミさんへ転送されるのは早すぎ
 ですが、ここらへんは話の都合ということで。

 サンジ君が自宅に白紙の婚姻届を持っていたり、ゾロをけしかけてみたりするのは
 まったくもって自分(達)の為ですが、ビビちゃんは何も気づかずスル−しています。
 むしろ、『サンジさんって、なんて友達想いなのかしら♪』とか思っていそう。(笑)

 …以上、蛇足的補足説明でございました。(汗〜)