眠り姫 我が愛しき姫君のおわすは、白亜の宮殿の東の塔。 …毎回思うが、嫌がらせのようにクソ高ェトコロにある。 夜警の目をかいくぐって、あそこまで辿り着くのは結構大変だ。 正面玄関から堂々と行きゃあイイんだが、大騒ぎになるのがうっとおしいし 門番と押し問答するよりも、こっちのが早い。 特に、今回のように時間が惜しい場合には。 …というワケで、俺は海賊と言うより怪盗ヨロシク、城壁を自慢の脚と砲撃長兼 船大工兼発明家の“鉤爪付きロ−プ自動巻き上げ機”を駆使して登っていった。 ようやく目当ての塔の屋根に登りつく。 一服しがてら夜空を見上げると、お月様もお星様もキレイだ。 俺のお姫様(プリンセス)にゃ、負けるけどなvv いつも通り、天窓の鍵は掛っちゃいねェ。 脚から入って、思い切り肩を竦めて、やっと通れる大きさだ。 …中年太りナンカしたら、もう来んなってコトですかね…? 今のところ、その心配はマッタクありませんが。 窓枠を掴んでいた手を離すと、数瞬の滞空時間を経て、ほとんど音もたてずに 分厚い絨毯の上に着地する。 …さてと。 スタスタと居間を通り抜け、奥へと続くドアに手をかけた。 * * * 超キングサイズの天蓋付きベッドの中に、プリンセスは眠っている。 夜の闇にも浮かび上がる、ほの白い肌 ベッドカバ−の絹よりも深い光沢を放つ蒼い髪 柔らかな寝息を立てる唇 眠れる森の美女(スリ−ピング・ビュ−ティ−) 白雪姫(スノ−・ホワイト) 髪長姫(ラプンツェル) まるで、御伽噺のように。 ソレは彼女に相応しく、似つかわしい寝床のハズなのに 俺はいつも違和感を感じる。 タバコと調味料のニオイの染みついたキッチン 黴臭い倉庫 安っぽいそこらの“連れ込み宿” 船に居た頃は、ソンナ場所でばかり彼女を抱いていた所為だろう。 枕元に近づいて、跪く。 そっと白い額に口付けた。 「……ん……」 僅かに息を漏らし、こちら側にカオを倒す。 瞼に、鼻先に、唇で触れる。 よほど夢の中の居心地がイイのか、まだ目を覚ます気配がナイ。 …やっぱ、アレかね? 寝息を立てる唇を、塞いだ。 啄ばむようなキスを幾度か繰り返した後、深く合わせる。 角度を変えて唇を重ねながら舌先でなぞると、閉じていた歯列が開いて 俺を迎え入れた。 いつの間にか彼女の両腕が、背中に回されている。 「…お目覚め?」 カオを上げると、頬を上気させたプリンセスが少し怒ったような、困ったような顔で 俺を見つめている。 「…いつも、突然なんだから…」 だってウチの船長の気まぐれは、今に始まったことじゃねェし。 それに前もって連絡なんか入れた日にゃ、おっさん達が大騒ぎしてタイヘンだろ? 「みんなは元気?こないだは七本目…ッツ」 質問責めにされそうなんで、また唇を塞いだ。 絹の上に落ちる長い髪からは、昔は微かに感じられただけの香木が強く薫った。 「ナミさんは、変わりなくお美しくて、グランドラインの海図がほぼ描き上がったんで、 元気いっぱい、幸せいっぱい。 ロビンちゃんも、やっぱりお美しくて、こないだでっけェ遺跡で見つけた古文書の 解読に夢中で、こちらも幸せいっぱい。 他のヤロ−共もイヤになるほど元気いっぱいで日々、馬鹿騒ぎばっか。 …以上、報告オワリ」 「…もう…っ!」 顔を赤らめるプリンセスに笑って言った。 「次は、雪好き船長の希望でノ−スブル−だってさ。 だから一旦、リヴァ−ス・マウンテンへ…。 でも、どうも海軍に尾けられてるみてェなんで、ゆっくりしていられない。 夜明けには、ココを出ないと。 だから、他の連中は遠慮するって。…手紙だけ、預かってきた。 テ−ブルに置いといたから、後で読んで」 「…夜明け…、ノ−スブル−…ンッ!?」 「…だからもう、黙って…」 そのまま俺達は、短い夜を過ごした。 11ヶ月と、5日ぶりに。 * * * 「おっきくなったねェ〜〜vv今は、七つ…だっけ?」 「ええ」 明け方近く。 子供部屋で眠る、小さな小さなプリンセスのカオをじっと見つめていた。 金髪と、閉じられた瞼の下の眸の色を除けば、俺と似たトコロは全く無い。 …彼女に言わせると、中身はそうでもないらしいが。 「起こしましょうか?」 「いや、イイよ」 父親…つっても、ホントに種撒いたダケで、何も親らしいコトなんかしてねェし。 …したくても、出来ねェし。 何しろ、超高額賞金首のレッキとした“海賊”だからな…。 それで、『パパ』と呼んでもらおうなんて、幾らなんでもムシが良すぎるだろう。 そういうイミでは、俺は彼女にも何もしてやれねェ。 “夫”でもなけりゃ、“配偶者”でもねェ。 それに伴う義務も責任も、放棄している。 …けれど。 「じゃ、行くよ。 またね、プリンセスvv」 今は夜着の上に、しっかりとガウンを羽織った彼女の唇にキスをする。 まるで、毎朝仕事に出掛ける亭主が、奥方にするように、軽く。 「ええ。またね、サンジさん」 初めて出会った頃と少しも変わらない笑顔で、俺を送り出す彼女。 十年前も今も、真っ直ぐに俺を見つめて。 …彼女のコトを“プリンセス”と呼ぶのは、今はもう、俺だけだろう。 彼女は既に、アラバスタの“女王”なのだから。 * * * 来た道を逆に辿り、塔の屋根の上に立った。 …ちょうど、日が昇るトコロだ。 地平線まで続く、砂の海。 何百万もの人間が生きる、このクソでけェ王国が彼女の一番。 そして、俺はニ番目。 どれだけ国が平和になり、豊かになっても もう二度と、彼女が俺と海へ出るコトはない。 最初から、解っていた。 二番目でも、良かったんだ。 俺だって、オ−ルブル−が見つかった後も、彼女の傍に留まるコトは出来ない。 『サンジさんの一番は“海”で、二番目が私ね』 ……切ないコトに、君にはどうしても嘘はつけないんです。 俺の、永遠のプリンセス。 『キモチを縛ることは出来ないから。 いつか他のひとに心が移ってしまったら、もう来ないで』 交わした約束。 『私も、独りで居ることに耐えられなくなったら、貴方を待たなくなる。 その時は、ちゃんと言うわ』 けれど、彼女は今も独りだ。 共同統治者としての“配偶者”も得ず 出産の形式を整える為の“夫”も持たず あの細い肩で、たった一人、国と子供を支えている。 『だから、貴方が私を想っていて、私が貴方を想っていて。 お互いのキモチが続いている間だけ、私達はまた会える。 何度でも、また会えるわ』 ……また来るよ。何度でも。 例え君が、俺を待たなくなっても。 “会う”コトは出来なくなっても。 ずっと見守っているよ。 ソレ以外には、何も出来ねェとしても…。 * * * その気配に、少女は目を覚ました。 どちらかと言えば、そういうコトには鈍い母親に比べ、少女は周囲の雰囲気や 傍に居る人間の感情に敏感だった。 起き出した少女は、トテトテと絨毯の上を裸足で歩き、ドアをニつ開け閉めした。 そして、居間の長椅子に座る母親を見つけた。 「…ママ?」 彼女はカオを上げて少女を見つめ、微笑んだ。 だが、少女にはどうしてか、母親が泣いているように思われてならなかった。 テ−ブルの上に置かれた、いくつもの封筒に首を傾げながら尋ねる。 「カナシイおてがみなの?」 「いいえ」 トテトテと近づいて来た娘を、彼女はぎゅっと抱きしめた。 「いいえ…。とっても楽しくて嬉しいお手紙よ」 長い空色の髪からは、タバコと、そして微かな海のニオイがした。 ……“パパ”がきたんだ。 そう、思った。 ぼんやりと記憶に残る、背の高い男のヒト。 自分と同じ髪の色と眸の色。 カオは良く覚えていないのに、抱き上げられた時のそのニオイだけは、ハッキリと 思い出せる。 ……きたのに、アタシにあわないでいっちゃった。 おまけにママを、なかしてる。 子供特有の直感と思い込みは、半分以上当っていたが、半分未満はハズレている。 この時から、娘の父親に対する根強い確執が始まったことを 小さなプリンセスを“三番目”に想う二人は、ずっと後まで 気づかなかった。 * * * 若干十四歳で護衛隊長イガラムと共に祖国を離れ、十六歳にして命を賭してアラバスタを 救ったネフェルタリ・ビビは、まさしく“救国の王女”と呼ばれるに相応しい。 その一方、私生活においては謎が多く、今日でも様々な仮説や憶測が絶えることはない。 しかし、国民の敬愛と支持は少しも揺らぐことは無く、動乱の時代にあって、王女としては 父王(前章参照)を良く補佐し、即位の後も堅実に国を統治し名君と呼ばれた。 …(中略)… 第十三代女王ネフェルタリ・ビビの崩御から約半世紀の後、彼女の娘である第十四代女王 (次章参照)に長く王家にとってタブ−であった質問を試みたインタビュア−がいた。 『先代女王の墓碑の最後に刻まれた“X(エックス)”の文字は、陛下のお父上に関わる モノなのでしょうか?』 既に七十歳を越えていながら充分に美しい女王は、ニッコリと微笑んだ。 微笑んだまま、何も答えなかった。 だが、不躾なインタビュア−の背中には、くっきりと靴底のアトが刻み付けられたという。 (「ネフェルタリ王家/第十三章“救国の王女”」より抜粋) − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** 「海賊王女」から約十年後です。 サンジ君二十九歳、ビビ女王二十六歳。 こういう関係が持続するということも、ドリ−夢なのではと思ったりします。 物語がココに至る過程については、…………。(汗) 予定は未定ということで。 (初出02.12 「Sol&Luna」様へはTopの〜Union〜より) ※掲載はURL請求制の別部屋です。 「Sol&Luna」管理人様へご請求の際はメ−ルマナ−を守ってくださいますよう、よろしくお願いします。 なお、当サイトでの掲載に当たり、投稿時より修正をしています。 |