Blueprint



“造船都市”の名を取り戻した水の都・ウォ−タ−セブン。
今や、7つの造船所(ドッグ)を所有する大企業“ガレ−ラカンパニ−”の社長であり、
ウォ−タ−セブンの市長となったアイスバ−グ氏は、いわば町の“表の顔”である。

そして、ウォ−タ−セブンの“裏の顔”として最近売り出し中なのが、食い詰め者を
集めて“解体屋兼賞金稼ぎ”を始めた一味の棟梁、フランキ−である。
もっとも、今のところは年中海パンで町を徘徊する変態として有名だ。

さて、その変態はしばしば1番ドッグに姿を見せる。
部外者は立入り禁止だが、いつの間にやらクレ−ンの上やら製造中の船のマストの
てっぺんやらに陣取っているのだ。
あらゆる意味での“上客”が回ってくるのが一番ドッグである。
解体して高く売れそうな船を物色しているのだろうと、船大工達は思っていた。

職人が心血を注いで設計し、情熱を込めて造り上げた“作品”を、あっという間に
木材に変えて売りさばく解体屋は、彼等から見ればハイエナだ。
当然、フランキ−を見る目は冷たいが、そんなものを気にする神経で“裏の顔”は
勤まらない。
どちらかと言えば、ヒマ潰しにケンカの一つも売って欲しいクチである。
だが、ウォ−タ−セブンの“表の顔”は、社員に厳しく申し渡していた。


   『“フランキ−一家”には、絶対に関わるな』


おかげでフランキ−は、誰に邪魔をされることもなく、思う存分船を眺めることが出来る。
もっとも、そのことで社長兼市長に感謝する気は、尻の毛ほども無い。

“表の顔”と“裏の顔”は、木材の取引というビジネス以外の一切の接点を持たず、
ウォ−タ−セブンでの共存のバランスを取っていた。


   * * *


今日もフランキ−は、ぶらりと一番ドッグへと足を向ける。
いつもなら妹分のキウイとモズを連れて行くところだが、海岸に建てたばかりのアジトに
置いてきた。

「今週の俺様は、シブ〜く孤独を噛みしめてェ気分なのよ」
「アニキ−!!」
「ますます渋いわいな−!!」

フランキ−を声援と共に送り出した姉妹の血色は良く、アルコ−ル依存症からも
立ち直ったようだ。
裏町で恐喝や盗みをしていたクズを寄せ集めた子分達も、この数ヶ月ですっかり
“解体屋兼賞金稼ぎ”が板についてきた。

裸足で海岸を歩きながら、フランキ−は海パンからくしゃくしゃになった紙切れを
取り出す。
昨日、ガレ−ラに持ち込んだ木材の代金と一緒に受け取ったものだ。
表には代金の明細と、気取った書体で記された社長兼市長のサイン。
そして裏面の隅には米粒ほどの大きさで、見覚えのある角ばった文字。


   『明日の午後、1番ドッグに来てみろ』


さては、職人共の手に負えない賞金首でもやって来たかと思いきや、ドッグには
ほとんど人の姿が無い。
盆も正月も無く、年中無休状態なのが“ガレ−ラ”の花形1番ドッグだというのに。
一体、どうしたことか。

「バカバ−グにコキ使われるのにアイソが尽きて、ストライキでもおっぱじめやがった
 かぁ〜?」

だが、よくよく見れば見習いや見習いの見習いが、道具を磨いたり釘をそろえたりと
地味な作業をしている。
もっとも、所詮は見習いまたはそれ以下だ。
フランキ−の姿を見るや、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。

そんなわけでまったく事情がわからぬまま、フランキ−は普段は職長共がうるさくて
入り込めないドッグの奥までやってきた。

そして、かつての兄弟子からの伝言の意味を理解した。

「……こいつは……!?」

バランスの取れた三本のマスト。
しなやかで強靭な竜骨と、優美なフォルム。
1mmのムダも無い、機能的で洗練されたパ−ツの配置。

見間違う筈など、けっしてない。

「トムさんの……、船だ」

妹分や子分達を連れて来なくて正解だったと、つくづく思う。
吐き出した声は小さく、震えていた。

海賊王ゴ−ルド・ロジャ−を導いた“オ−ロ・ジャクソン号”の設計者。
ウォ−タ−セブンを絶望から救った“海列車パッフィング・トム”の生みの親。
今や伝説の船大工。
そして彼と兄弟子の、ただ一人の師。

まるで引き寄せられるように、フランキ−は船に近づいた。
港から運河で引きこまれた帆船は、円形の修理用プ−ルに浮かべられている。
剥げ掛けた塗料で、見覚えのある筆跡の製造年月が読み取れた。

「18年…前」

突然司法船がやってきて、最初の裁判があった年だ。
あの後は、ずっと“海列車”の製作にかかりきりだったから、その直前に納品された
ものだろう。

ドッグと同様に船にも人の気配はほとんど無い。
ご丁寧に、船に渡る橋桁もかかったままになっていた。
ふらふらと一歩を踏み出すフランキ−の背中に、声がかけられる。

「おじさん、船大工さんなの?」

振り向いた先には、まだ11か12ぐらいの少女が立っていた。


   * * *


「おじさん、寝坊して遅れてきた船大工さん?
 社長さんは会社でパパとお部屋に入ったきりなの。
 たいくつだから、もどってきちゃった」

とっさに否定の言葉が出なかったフランキ−を、すっかりガレ−ラの船大工だと
思い込んだらしい少女は、満面の笑顔で言った。

橋桁をトコトコ歩いて、船の甲板に降りる。
その後を、少女の背丈と同じくらいの大きさのトリが、トコトコと付き従っている。

そして甲板に並んだ一人と一羽は、そろってまん丸な眸でフランキ−を見つめた。

「おじさん、乗らないの?」
「クエ?」

はた、と我に返ったフランキ−は、やたらに“おじさん”を連発する失礼な少女を
睨みつける。
ウォ−タ−セブンの裏の顔は、そこらのチンピラも逃げ出す凶悪な面構えだ。
だが少女はひるむ気配もなく、にっこりと笑う。

「素敵でしょう、この船!!他の船大工のおじさん達も、すごくほめてくれたの。
 ちょっと古いけど、この船で何度も“マリ−ジョア”まで旅したのよ。
 わたしも一昨年、いっしょに連れて行ってもらったけど、どんな嵐でもビクとも
 しなかったんだから!!!」

フランキ−のリ−ゼントより少し濃い色をした髪はポニ−テ−ルに結われ、得意そうな
少女の肩で揺れている。
フランキ−は深く息を吸い、そして吐き出した。

「これだけの船なら、そりゃ当然だ」

若造ばかりのガレ−ラの職長共ですら“おじさん”なのだから、仕方がない。
忘れていたが、今年で30になったことを今更思い出してみたりもする。

少女はトリと一緒にフランキ−を連れ回し、船を案内した。
船内には、これまた見習いや見習いの見習いの船員が僅かに残っているだけだ。
二人と一羽の奇妙な取り合わせを見ては声も出ないほど硬直し、慌てて敬礼する。

どうやら、この少女の親父とやらは、よほどの大金持ちらしい。
船内の装飾は派手では無いが品が良く、少女が身につけているものも仕立てが良い。
何より船大工トムの船は、けっして安い買い物ではないのだ。
裁判になる以前から造船業界でつまはじきにされていても、世界最高の船大工を
評価する声は高かった。
そして、どんなに経営に行き詰っても、己の腕を安売りすることは一度もなかったのだ。
その回想を裏付けるように、少女の自慢話は続いていた。

「この船、わたしが生まれるずっと前に、世界で一番凄い船大工さんが作ったの。
 パパがわたしのママと結婚する時の、贈物だったのよ。
 ……ママは、一度もこの船で航海できなかったけど…。
 でも、だからパパの一番のお気に入りの船なの。わたしも大好き!!」

そういえば船首は“孔雀”だったし、船体には女の名前らしきものが水色の塗料で
書かれていたような気がする。
少女の甲高い声を聞きながら、フランキ−は思った。

「……だけど、最近は水漏れとかするようになっちゃったの。
 わたしの国の船大工さんじゃ、ちゃんと直せないかもしれないって。
 それで、ウォ−タ−セブンまで修理してもらいに来たの。
 この船を造ってくれた船大工さんは、もう居なかったけど。
 今は、ここの社長さんが、世界で一番の船大工さんなのね」

「世間では、そういうことになってるらしいな」

“ガ−レラカンパニ−”の社長が伝説の船大工の弟子であったことは、一部の者には
周知の事実だが、他所者に語られることはない。
ガレ−ラの職長達ですら、知らない者が大半だろう。
少女の親父が知る筈もない。大方、“世界政府御用達”の名に飛びついたのだろう。
そういう“ブランド”に目の無い馬鹿には腹が立つが、それを利用するバカバ−グには
腸(はらわた)が煮えくり返る。
そんな奴に木材を売りさばかねば子分共を養えないのだから、尚更だ。

「それで、この船の修理をお願いするのに、パパは社長さんと“ケ−ヤク”って
 いうのをしているの。ご本みたいに分厚い紙を持って、ず−っとお話してる」

なるほど、と。ようやくフランキ−は納得した。
1番ドッグに勤める船大工なら、“この船”がどれ程の傑作か一目でわかるだろう。
それを直にいじり回せる大仕事が決まるのだ。本社の前で契約成立を待ち構えて
いるに違いない。
船大工とは、そうしたものだ。

水漏れがするという船底にも降りたが、グランドラインを何度も航海していれば
このぐらいは当然だろう。
むしろ、18年でこの程度の痛みで済んでいるのなら、余程大事に扱われていた
証拠だ。船に口が利けるなら、礼の一つも言いたいだろう。

「ねぇ、ちゃんと直る?また航海できるようになる?」

心配そうな顔で尋ねる少女に答えてやった。

「この位、ウォ−タ−セブンの腕のイイ職人なら完璧に修理できるぜ」

……別に、ガレ−ラの1番ドッグでなくともな。

その一言は、フランキ−の鋼鉄製の手の中で握りつぶされた。
少女はただ、トリと目を合わせて嬉しそうに笑っていた。

「よかったぁ−!!やっぱり、船大工さんってすごい。船のお医者さまね」
「クエエェ〜」


   * * *


しばらくぶりに空の下に出て、フランキ−は大きく伸びをした。
鼻クソほどなら、かつての兄弟子に感謝してもいい気分だ。

「あのね、船大工のおじさん」
「クワッ」

少女とトリに呼ばれて見下ろすと、やっぱり並んだ丸い眸がフランキ−を見上げている。
初対面からそうなのだが、まったく物怖じする気配がない。
よく見れば顔立ちのハッキリした、中々の美少女だ。
あと5〜6年もすりゃあ、ウチの妹分にも引けを取らねェイイ女に育つだろうな、と
オヤジ臭いことを考える。
少女は愛らしさを強調するかのように小首を傾げ、小鳥のような声で言った。

「甲板に、芝生って植えられないかしら?」

「……あ?」

キラキラと輝く瞳が、フランキ−を見つめる。

「それでね、樹をいっぱい植えて、ハンモックをつるして。
 木陰でお昼寝できるようにしたいの!!
 あと、ブランコもあったらいいなぁ…。
 それから、階段の手摺を滑り台にして。
 それからそれから、船の底に窓をつくって、海の中を見れるようにならない?
 それからね、それから……」

しゃべり続ける少女の話は、どうやら彼女なりの船のリフォ−ム案らしい。
年齢に相応しい発想は、グランドラインの長旅に耐える船というより遊園地のそれだ。

「おいおい、お嬢ちゃん。ちょっと落ち着きなって」

興奮気味な少女に、フランキ−は苦笑しながらストップをかける。

「……やっぱり、無理?」

口をつぐんだ少女は、しゅんと項垂れた。

「ホントは、社長さんに会った時にお願いしてみようって思ってたの。
 でも、パパもみんなも笑うんだもん。
 『相手は、このウォ−タ−セブンの市長でもあるのですから。
  そんな子どもっぽいことを言っては、いけません』って。
 パパが恥をかくからって…。やっぱり、ダメなのかなぁ」

心底がっかりした顔で、少女は言う。
余りの落ち込みぶりに、トリが不安そうにその顔を覗きこんでいた。

「だって、ず−っと海の上だと、草や樹が見たくてたまらなくなるんだもの。
 ほんの何週間かでもそうなんだから、何ヶ月も旅する船乗りさんなら、きっと
 もっとそう思うでしょう?
 お天気のイイ日に芝生の上に座って、緑を眺めながらピクニックができたら
 とっても素敵だなって思ったのに」

「それにはまず、グランドラインの環境にも耐えられる、強い芝と樹の苗が必要だな。
 それだって、ただ植えりゃあイイってモンじゃねェだろう。
 甲板を低くして土を敷き詰め、常に適当な温度と湿度を保つシステムが要る。
 あと、船の底にガラス窓ってのは、残念だが今の技術じゃまず無理だな。
 だが、海水を上手く循環させられりゃあ、船の中に水槽を造ることは出来なくはねェ」

フランキ−は、少女が出したアイディアに対して彼なりの回答を示した。
難しくはあるが、不可能ではないと。

「ホントに!?船の中で泳いでるお魚が見れたら、きっと自分も人魚になったみたいな
 気分になれるわ」

「だが、お嬢ちゃんの言う設備を付けるには、設計からそのつもりで線を引かなきゃ
 ならねェな。
 悪ィが、今のこの船に追加するってのは、無理な相談だ」

それが“元・船大工”としての彼の答えだ。
少女は二、三度瞬きをして、こくりと大きく頷いた。

「そっか…。うん、わかった!!
 じゃあ、いつかわたしが大人になって自分の船を持てるようになったら、
 おじさんに造ってもらおうっと!!」

子どもの言うことなのだから、適当にうなづいてやればいい。
フランキ−は思った。
今の自分は“船大工”ではないと、わざわざ説明する必要はないのだから。
…なのに。

「いつまでも、ずっと乗っていたくなるくらい楽しくて。
 でも、海賊王みたいに“海の果て”まで行ける、カッコイイ船を造ってね!!」

満面の笑顔に、正面から殴られたような気がした。
屈託も無く夢を語る12のガキが、そこに居る。


   『その船は、設計図だけじゃ完成しねェんだ!!!
    出航して、いくつもの海を越えて……いつか“海の果て”へ到達した時。
    ボロボロだけど偉大な光を放ってる……。
    それを…“夢の船”と呼ぶんだ!!』


ずっと昔に失った、夢物語。
誰でもない、自分自身の自惚れが何もかもをぶち壊したのだ。


   『バカンキ−、お前なんかにトムさんを越えられるか!!』


16だった兄弟子は、いつも腸(はらわた)が煮えくり返るほど正しかった。


がやがやと近づいてくる人の声に、救われたようにドッグの入口を見る。
案の定、1番ドッグの職長共とメガネの秘書と、その他大勢の職人を引き連れた
社長兼市長様だ。
どうやら、無事に契約が成立したらしい。

「……うるせェ奴等が戻ってきたようだし。俺ァ退散するぜ。
 じゃあな、お嬢ちゃん」

入口とは反対側からフランキ−は飛び降りた。
少女はトリと一緒に船縁に寄って、手を振りながら言う。

「またね、おじさん!!それから、さっきの船。
 いつか絶対造ってね!!約束−!!!」

少女の声に、フランキ−は答えなかった。
もう一度、船を造る日が来るのかどうか、彼自身にもわからなかったからだ。

だが、その夜。
子分共が寝静まったアジトの一室で、フランキ−は数年ぶりに製図用紙を拡げた。


   * * *


それから、四年。

社長兼市長と、三人の1番ドッグの職長の手を借りて造り上げた“夢の船”。
中央甲板には芝生が敷き詰められ、樹が植えられ、ブランコも滑り台もある。
そして、生簀を兼ねた水槽は、水族館のように船の中から鑑賞できるのだ。
その他にも、ス−パ−でスペシャルな仕掛けが山ほど隠されている。

これこそが、『いつまでも、ずっと乗っていたくなるくらい楽しくて。
“世界の果て”まで行ける、カッコイイ船』だと、自信を持って言える。

さて、彼の船の中心部。
人魚になった気分で食事の出来るラウンジの壁には、新聞・雑誌の切り抜きや
狙撃手の手による水彩画などがベタベタと貼られた一角がある。

そこに居る、彼の自慢のリ−ゼントより少し濃い色をした長い髪の娘の顔を見ると、
どうも“誰か”を思い出すのだが、確信はない。

……そんな出来すぎた話なんぞ、あるワケがねェって…。

それなりに人生の辛酸を舐めて来た、今年34歳の男は思う。
だから彼は、“彼だけが知らない”16歳の王女の顔を眺めながら呟くのだ。


「縁がありゃ、俺が約束を守る男かどうかわかるだろうさ。
 ……お嬢ちゃん」



                                     − 終 −


※ Blueprint :設計図の青写真。または詳細な原案、設計など
           (三省堂「グロ−バル英和辞典」より)

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ビビちゃんを知らない新しい仲間、船大工のフランキ−。
そして新しい船であるサニ−号。
無理矢理ビビちゃんとの接点を捏造してみました。
いやいや、実はビビちゃんじゃなくて、ダチョウをペットにした何処かの大金持ちの
ご令嬢かもしれません。あえて明言を避けましたので。
…って、それじゃあ姫誕企画にならんがな。(大汗)

この話は当然のことながら、一年前には頭の中に存在すらしなかったものです。
そして恐らく、今年で無ければ書けなかった話だと思います。
ビビちゃんが船を降りて幾年月。
今でも尚、新しい発想を与えてくれる「ONEPIECE」という作品に感謝と敬意と、
そしてこれからへの期待を込めて。物語の行く末を応援します。

これにて2007年姫誕企画の〆となります。
最終日ギリギリとなりましたが、約2ヶ月間、本当にありがとうございました!!

2007.3.31 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20070202