fish 私達の新しい船、サウザンド・サニ−号。 そのラウンジには、クル−の目を楽しませてくれるものが2つある。 1つは船大工のフランキ−曰く、ス−パ−でスペシャルな大傑作。 生簀を兼ねたアクアリウムは、魚になって海の中に居る気分だと皆に大好評だ。 もう1つは、ラウンジの壁に取り付けられたコルクボ−ド。 航海士さんが切り抜いた新聞記事や、長鼻君の描いた水彩画が張り出された一角だ。 お酒やコ−ヒ−、熱いお茶を求めて出入りする度、皆はそれぞれの表情でボ−ドを眺めた。 ある者は満面の笑みを浮かべ、ある者は無表情に一瞥を向ける。 ある者はだらしなく目尻を下げ、ある者は涙を浮かべて鼻を啜った。 そして、ある者は…。 自分がどんな顔をしているのか、きっと自分ではわからない。 ガラスの向こうの魚達なら、知っているかもしれないけれど。 * * * 勢い良く開いたラウンジのドアに、本のペ−ジから顔を上げた。 サングラス越しに中を見回した後、年中海パンの大男が私に向かって問いかける。 「コックの兄ちゃんは、いねェのか!?」 そんな大声で怒鳴らなくても、聞こえるのに。 思いながら、私は穏やかに答えた。 「さっき、航海士さんに呼ばれてハ−トを撒き散らしながら飛んで行ったけど…?」 舌打ちと共に、海パン男…船大工のフランキ−は顔をしかめた。 彼が一味の仲間になって、早数日。 そろそろクル−の特徴も理解しつつあるのだろう。 コックさんが女性クル−と過ごす時間を邪魔すると、てきめんに食事情が悪くなることも。 サングラスを掛けているのに、その顔にありありと浮かぶ落胆に苦笑した。 この船のクル−は皆、それぞれに表情が豊かだけれど、彼のわかりやすさは格別だ。 読んでいた本に栞を挟んで、ソファ−から立ち上がった。 「コ−ラなら、私が取って来ましょうか?」 彼のエネルギ−源である飲み物は、鍵つき冷蔵庫の中だ。 そして女好きのコックさんに与えられた特権で、私は冷蔵庫の暗証番号を知っている。 「丁度、私もキッチンにコ−ヒ−のお代わりを取りに行くところだから」 微笑を浮かべて言ってみるが、フランキ−は何やら難しい顔だ。 こんなことで、私に借りを作りたくないのかもしれない。 けれどリ−ゼントの頭を掻いた彼は、大きな肩をすくめて言った。 「だったら悪ィが、オレは茶にしてくれ。ス−パ−に熱いヤツでな!!」 水槽の中で、小さな魚が一匹。 ふわりと長い尾を揺らした。 * * * どうやら私は、フランキ−に敬遠されているようだ。 キッチンで、お湯をぐらぐら煮立たせながら考える。 船に乗る乗らないでモメた際、急所を押さえたのが悪かったのだろう。 ……確かに、本人にとっては思い出したくない記憶に違いない。 でも、出来るなら“仲間”として、良い関係を築きたいと思う。 この船がどんなに素晴らしいか、使い心地がいいか。 お茶でも飲みながら話をすれば、きっと喜んでくれるだろう。 そんなことを思う自分が、何だか可笑しかった。 誰かと関わりを持つこと。 嘘や誤魔化しでなく、本音で話すこと。 多分、誰もが普通にしていることが、私にとっては新鮮でくすぐったい。 リクエストどおり熱々のお茶と、自分のためのコ−ヒ−を淹れてラウンジに戻った。 フランキーが座っているのは、水槽を縁取るように据えられたソファ−の端。 いつもは真ん中を陣取るのに、珍しい。 不思議に思いながら、声をかける。 「お待たせ」 「おう、ありがとよ!」 リ−チの長い大きな手は、手渡すまでもなく既に湯飲みを掴んでいる。 栞を挟んだ本と、カップを乗せたお盆の分の間隔をあけて、私は彼の隣に座った。 「ごめんなさい。無理につき合わせてしまって」 「いやまぁ…ナンだ。ちょうど休憩しようと思ってたところだからな。 って、う゛おッ!?ぶあち゛ち−ッツ!!!」 飲み物の好みは良く冷えたコ−ラか、熱々のお茶か。 そのくせ猫舌で、お茶を飲めば大騒ぎになるのは毎度のこと。 船長さんもコックさんも長鼻君も賑やかだけど、彼もとても賑やかだ。 おかげでゴ−イング・メリ−号の倍以上、大きくなった船でも静かすぎることはない。 お茶に息を吹きかけるフランキ−の横で、私はコ−ヒ−に視線を落とす。 褒めるとしたら、まず、このラウンジからだろう。 人の出入りは激しいのに、何故だか落ち着けて。ここだと読書が捗(はかど)るのだ。 それから使いやすい図書館や、大浴場。キッチンとダイニング。広々とした部屋。 花を育てたいから、ガ−デニングの相談もしてみよう…。 話しかけようと顔を上げて。私は、そのまま口を噤んだ。 いつの間にかサングラスを外した男の視線は、壁の一角から動かない。 出航の翌日、航海士さんに頼まれて彼が作ったコルクボ−ド。 取り付けるや、待ちかねたように張り出された新聞の切り抜きと画用紙。 その中で笑っている、蒼い髪の少女と大きな鳥。 『誰だぁ〜?この娘っことダチョウもどきは!?』 そう言った男に、皆は声を揃えた。 『『『『『『ビビ(ちゃん)とカル−だ(よ)!!!』』』』』』 私は一歩離れて、そんな彼等を見つめていた。 黙ってはいたけれど、微笑むことは出来た……と、思う。 「あ−、別に言いたくなきゃ構わね−が」 頭上から降ってきた声で、我に返る。 フランキ−の目は、今は私に向けられていた。 間近で見ると、彼の髪の方があの娘より淡い色だ。 「……改まって、何かしら?」 私は、予想していたのかもしれない。 彼らしい単刀直入な問いを。 「おめェ、あそこに張り出された娘っこと、何か面倒な経緯(いきさつ)でもあったのか?」 コポコポと、海水が循環する音。 それは、砂粒が窓を叩く音とは違う。 纏わりつく潮の香り。 それは、焼けた砂の匂いとは違う。 今の私は、ちゃんと笑えているだろうか…? 「誰か、話さなかったかしら? 航海士さんか、コックさん。それとも長鼻君か、船医さんが」 カップとソ−サ−をお盆に戻して、私は逆に問いかけた。 絶好の話相手に、彼等が黙っているとは思えない。 話したくて話したくて、どの目もキラキラしていたもの。 言葉がシンプルな船長さんと言葉が少ない剣士さんだって、尋ねれば色々話すだろう。 けれど、フランキ−はウンザリした顔で肩をすくめた。 「その娘っこが、ダチョウもどきと一緒にゴ−イング・メリ−号に乗って降りるまでの話なら 今、名前の出た連中から嫌っつ−ホド聞かされたぜ。 どんなに可愛いか、とか。どんなにイイヤツでスゲ−ヤツか、とかな!! だが、オレが知りてェのは、おめェと娘っこの話だ。 娘っこはいねェし、おめェに尋ねるしかね−だろ−が!?」 皆が気を遣って、私とのことを話さなかったのか。 あの娘について話すのに夢中で、つい忘れたのか。 それは、わからないけれど。 確かに、私が話すべきなのだ。 何かを値踏みするような目で、ボ−ドを眺めていたこの男には。 「……その通りね」 そして、私は順を追って話し始めた。 クロコダイルの企みに誘われてから、一味の仲間になるまでの4年間。 秘密犯罪会社“B・W(バロックワ−クス)”の副社長ミス・オ−ルサンデ−と、 砂の国の王女ネフェルタリ・ビビの経緯(いきさつ)を。 * * * 「……私は言ったわ。 『行く当ても帰る場所もないの。だから、この船において』 船長さんは答えた。 『そら、しょうがねェな。いいぞ』 そして、私は彼等の“仲間”になったの。彼女が船を降りた後にね」 話を終えて、私は口をつぐんだ。 短くまとめたつもりだったのに、気がつけば30分近く経っている。 熱々だった筈のお茶も、とっくに冷め切っているだろう。 それを一息に飲み干して、フランキ−は言った。 「そりゃ−、おめェ。随分と酷ェことしたな」 「ええ、そうね」 間髪を入れず、頷いた。 話し始めてから全く減っていなかったコ−ヒ−に口をつける。 冷めた飲み物で咽喉を潤して、後を続けた。 「言い訳はできないし、するつもりもないわ。 彼女は確かに一味の“仲間”だけれど、彼女と私は“仲間”には成り得ない。 少なくとも彼女にとって、私は“生涯の仇敵”でしょうから。 ……これで、答えになったかしら?」 もしかしたら、私も誰かに話したかったのかもしれない。 話すことで自分の中で整理したかったのかもしれない。 20年前のことと同じように、数ヶ月前のことも。 もしかしたら、彼はそれをわかっていて…? 「ああ、だいたい了解した。 ついでにホッとしたぜ。世間知らずの甘ったれた小娘が、今はここに居なくてよ!!」 カシャン、と。 ソ−サ−に戻したコ−ヒ−カップが思いの外、大きな音を立てる。 フランキ−は肩を怒らせ、苦々し気に吐き捨てた。 「新しい妹分や弟分共から、毎日のようにイロイロ聞かされてよ。 うぜェ小娘だな−とは、薄々思ってたんだがな。 今日、おめェの話を聞かせてもらって、しまいにゃ腹立ってきたぜ!! 王女様だか何様だか知らね−が、世の中ナメるにも程があるってモンだろ−が!!?」 あからさまな嫌悪と拒絶に、私は戸惑った。 自分はともかく、あの娘が悪く思われるようなことを口にした覚えは無い。 他のクル−達なら、尚更だろう。 なのに、フランキ−のこの反応は…。 「……私の話し方が、悪かったのかしら…?」 平静を保とうとして、失敗しているのが自分でもわかる。 フランキ−は目を眇め、コルクボ−ドに向かって顎をしゃくった。 「おめェだって、ムカつくと思わね−のかよッ!? 王女ってだけで、当たり前みてェに周りからチヤホヤされてよ!! 飢えたことも凍えたこともねェ癖に、国を守るだの国民を守るだの、偉そ−に。 自分の身一つ守れねェ役立たずの分際で、身の程を知れってんだ!!!」 バンッと、ソファ−の背凭れを叩いてフランキ−は立ち上がった。 両腕を振り回しながら、唾を飛ばす。 「クロコダイルを倒したのは麦わらで、能力者共を倒したのも一味の連中だろうが!! 結局、小娘は一味に散々迷惑かけて、死ぬ思いをさせた挙句、用が済んだら ロクな謝礼も払わずに『ハイ、サヨウナラ』だったんじゃね−か!! 無料(タダ)で御奉仕されて当然と思ってる人種なワケだ。 イイトコ取りしやがって、“救国の姫”だの“国民に愛される王女”だの、タチ悪ィぜ。 そんなヤツが“元”でも何でも、男の中の最高の男、フランキ−様の“仲間”だとォ!? 笑わせンじゃねェ!!!」 ドカドカと乱暴な足音を立てて、フランキ−は壁に近づいた。 そして、自らが取り付けたコルクボ−ドに右手を伸ばす。 「今週のオレ様のス−パ−な気分が台無しだぜ!! こんなモン、船から放り出して…」 一番大きな記事は、立志式。 本人がアルバ−ナに戻った後、やり直されたスピ−チで撮影された王女の正装。 アラバスタの復興を報じる小さな記事では、国民に加わって汗を流す泥だらけの姿。 長鼻君が描いた水彩画は、超カルガモに乗って“こちら”に向かって手を振る少女。 大きく口を開けて笑う顔。 風に踊る長い髪。 「やめなさいッ!!」 声が、ラウンジに響く。 胸の前で手を交差させ、壁から生やした6本の手で男の右腕を押さえ込んだ。 「貴方がどう思おうと、彼女は皆の“仲間”なのよ!? それに手を掛けることは許さない…!!」 片腕を拘束されたフランキ−は、身体をひねって私を睨む。 目を吊り上げ、口元を歪めて声を荒げる。 「あぁ!?おめェは腹立たね−のかよ!? 世の中、不公平だって思わなかったのかよッ!! 海賊の子だったオレは、親に船から投げ捨てられた!! おめェだって悪魔だの化け物だの!!今までロクな扱い受けてこなかっただろうが!? 王女様がそんな目に合うか!!?クソッタレ!!!」 振り上げられた左腕を、もう6本の手で受け止める。 それでもサイボ−グであるこの男には足りなくて、更に10本、20本と手を増やす。 「私は…、私だって…!!!」 両脚を押さえて仰け反らせ、暴れる巨体をボ−ドから引き離した。 私に向けられた顔は、拘束を振り切ろうと汗だくだ。 まだ喚こうとする口を肩から生やした手で塞ぐ。 「親も、家も、愛してくれる人も…。 命懸けで守ってくれる“仲間”すら、全部があの娘のものだった。 私が、どんなにか…!!!」 お母さん、クロ−バ−博士、オハラの考古学者達、サウロ…!! 全知の樹に護られた私の故郷。 失った痛みは、思い出す度に胸を押し潰す。 だから長い間、心を凍らせて生きてきたのに。 他人を傷つけることも、苦しめることも、命を奪うことも。 何も感じない。私には関係ない。 そうしなければ、生きていけなかったのに。 蒼い長い髪をした少女は、私の心の底に漣を立てた。 「望んでも望んでも、私がけっして手に入れられなかったものを…。 あの娘は“国”や“国民”の為に、いとも簡単に犠牲にしようとする。 王女だから!!“失う”ことの意味も知らない、愚かな小娘だから!!! 心のどこかで嘲っていたわ。だけど……!!」 ギシギシと、壁と床が軋みを上げる。 宝樹で作られた船でなければ、とうに壊れているだろう。 私の顎からも汗の雫が滴り落ちた。 もう何本目かもわからない手を生やしながら、目の前の男に訴える。 「何もわかっていないのは、私だった!!! 自分が背負うものに、大切な“仲間”を巻き込むことが、どれだけ重く辛いか…。 エニエス・ロビ−で皆が助けに来てくれるまで、私にはわかっていなかった!!」 “ためらいの橋”の上で、文字通り石に齧りついて抗った。 殴られて、蹴られて、罵られて。 逃れようとしては、何度も引き摺り戻されて。 それでも信じていたのは。 奇跡でも、夢でも、神様でも。自分自身ですら、なかった。 信じていたのは。 もっと確かなもの。 もっとも、不確かなもの。 『みんなが必ず!!!助けに来てくれるから…!!!』 そして、私の元に最初に駆けつけてくれたのは、この男だった。 仲間にも、生きることにも向き合おうとしない私に苛立ち、怒っていたのは 誰よりも、この男だったのに。 「貴方だって、それは……!!」 言いかけた言葉が、途切れる。 エニエス・ロビ−で。 解体屋の弟分や妹分達が自分を救いに来たことに。 そして、彼等が無事だったことに。 目が溶けそうなほど泣いていたのは、この男だったのだ…。 脳裏をよぎった閃きが、一瞬で確信に変わる。 「わかって…言って、いるの……?」 口を塞いだ手が、するりと力を無くす。 百に近い手に埋もれながら、フランキ−はニヤリと笑った。 「ソレが、おめェの本音ってこった。ニコ・ロビン」 ぐしゃぐしゃに乱れたリ−ゼント。 その下は、悪戯に成功した子供の得意満面な顔。 「おめェは、ほかの連中と同じにその娘っこを好いてる癖に、色々あった手前、 自分でソレを認めることができねェんだろ?」 この船のクル−は皆、それぞれに率直だけど、彼の率直さは格別だ。 リンゴを丸ごと口に押し込まれたようで、呑み込むことができない。 「……それは…、嫌いじゃないわ。 けど、彼女は」 「あ゛−ッ、まどろっこし−なッ!!! おめェ、頭良さそうに見えて実はアホだろッ!!!」 ……自慢するつもりはないけれど、私は8歳で考古学者になった。 妖怪、化け物、悪魔、etc。 色々言われ慣れてはいるけれど、“アホ”呼ばわりされたことだけはない。 軽くショックを覚える私に、フランキ−は心底呆れた顔をする。 「おめェが娘っこをどう思うかと、娘っこがおめェを許せるかどうかは ゼンゼン関係のねェことだろうが!!だいたいなァ…」 戦う意志を失った手が、はらはらと消えていく。 両手の自由を取り戻した男は、シャツのポケットから櫛を取り出し 髪を撫で付けながら後を続けた。 「酷ェ事したと思ってんなら、この先、ちっとでもマシなことをすりゃ−いい。 難しく考えたところで、それしかしょ−がねェだろが!? 死ぬの殺すの、クソの役にも立たね−こと思ったりすんじゃねェよ。このバカ!!」 今度は“バカ”呼ばわりだ。 最後の手が壁に消えると同時に、私は小さく溜息を吐いた。 櫛を収めたフランキ−は、右手の親指でコルクボ−ドを示す。 「あいつらの“仲間”ってんなら、この娘っこも同じように言うんじゃねェのか?」 「………………。」 そんな筈はない。 そうかもしれない。 私の中で、相反する声が重なった。 あれ程、私を憎んでいたお姫様ならば。 あれ程、お人好しで理想家のお姫様ならば。 ……私に、生きろと言うだろう。 生きている間中、悔やんで苦しんで。ほんの僅かでも償いをして。 死んで楽になるのは、その後だと言うのだろう。 「今まで、誰もおめェにソレを言わなかったのは、“当たり前”すぎて気づかなかった だけのことだろうよ」 コポコポと海水の循環する音。 光が透けて、床に蒼い模様を描く。 ガラス越しに、こちらを見つめる魚達。 「このラウンジは、オレ様のス−パ−スペシャルな大傑作だ。 毎日毎日、壁を向いちゃあ辛気くせぇツラされてたんじゃ、たまんねェっての!! 明日からは、ちったァ景気のイイツラして魚でも眺めてろよッ!!」 ふいに大声で言って、フランキ−は私に背を向けた。 シャツの襟から覗く、改造されていない首の後ろが真っ赤になっている。 「……さぁて、そろそろ仕事の続きにかかるとするか!! お茶、ごっそさん」 そそくさとラウンジを出て行く彼に、ありがとうと言うべきかもしれない。 けれど、今は言えなかった。 もう、“能力”は使っていないのに。 顎から床へ滴り続ける雫に、自分でも驚いていたから。 * * * 「お、フランキ−じゃねェか。ロビンちゃんは、まだラウンジにいらっしゃるか? そろそろコ−ヒ−のお代りでも…。って、何すんだテメ−ッ!?」 ドアの向こうから、コックさんの怒鳴り声が響いてくる。 フランキ−の声は聞こえないけれど、何を言っているのかは想像がついた。 「ンだとぉ!!?何で、油臭いテメ−の仕事場なんぞに行かなきゃなんね−んだ!? フザケタ真似してっとオロスぞゴルァ!!……!……、…」 ラウンジから遠のく声と足音と、何かを引き摺っていく音。 もう暫く、独りで居られる時間を与えてくれた彼に感謝した。 コルクボ−ドに張り出された新聞記事の小さな写真。 あるいは長鼻君の描いた画の中で、彼女は満面の笑顔を“こちら”に向けている。 けれど、私の記憶の中のネフェルタリ・ビビは。 いつも砂埃と血に汚れ、怒りに頬を歪めて私を睨みつけていた。 『何で、あんたがこんな所にいるの!!? ミス・オ−ルサンデ−!!!』 彼女が、私に心からの笑顔を向けてくれることは、この先も無い。 私が、彼女に心からの笑顔を向けたことが一度も無かったように。 ……それでも。 今ならば、と思う気持ちがいつの間にか生まれていた。 “過去”が無ければ“現在”は無いと、わかった上で。 今の私が、砂の国を訪れていれば。 今の私と、貴女が出会えていれば。 呆れるほど真っ直ぐで、頑固で、勇敢なお姫様。 大きく口を開けて笑う少女。 風に踊る長い髪。 「私は貴女が、 ……好きだったわ……」 ガラスの中の魚が、ふわりと蒼い尾を揺らした。 − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ ************************************** ずっと長い間、姫のことを『嫌いじゃない』としか言わせられなかったロビンさんに、 一度でいい、『好き(だった)』と言わせてみたい!!…というお話です。(汗) そんな姫至上主義の私。 ビビちゃんが大好きで、彼女のことを良い様にしか言わない連中に囲まれていると 逆に気づけないこともあるかもしれない気がします。 そんなこんなでビビちゃんを直接知らない新メンバ−、船大工フランキ−の登場。 実は私、フラロビも大好きです。 酸いも甘いも知り尽くし、挫折を経験しながら少年少女の心を保ち続ける。 そんな大人同士。 …また、姫誕から外れたモノを書いてしまった…。(汗) 毎度毎度の決まり文句ながら、私はロビンさんも大好きです。 尚、コミックス第46巻では「アクアリウムバ−」と紹介されている部屋ですが、作中では 「ラウンジ(Lounge:休憩室、社交場)」と記載しています。 また、ロビンさんが皆を「航海士さん」「コックさん」等の役職で呼ぶのも好みで継続中。 ウソップは「長鼻君」、フランキ−のみが呼び捨てです。(笑) |
2008.2.6 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20080202 拙作は、フラロビのお手本とさせていただきました「Oceanic Climate」様に 捧げさせていただきます。(2008.2.17追記) |