剣と盾



  昔、楚(そ)の国に盾と矛(ほこ)を売る男がいた。
  『この盾の堅いこと、どんな武器でも貫くことはできないよ!』
  盾を持って男は言った。そして次に、矛を持って言った。
  『この矛の鋭いこと、貫けないものなど無いよ!!』
  その口上を聞いて客の1人が言った。
  『じゃあ、その矛でその盾を突いたら、どうなるんだ?』
  男は答えられずに黙り込んだという。(『韓非子』難編(一)より)




砂の国アラバスタを目指し、航海を続けるゴ−イング・メリ−号。
満天の星の下、恩師から聞きかじった“東の海(イ−ストブル−)”の故事に、
大きな眸が輝いた。

「もし、本当に“何にも貫けない盾”と“何でも貫く矛”があったとして…。
 その矛でその盾を突いたら、どうなるのかしら?」
「……さあな。矛は折れて、盾は砕けるんじゃねぇのか?
 要は、どっちも“最強”なんて、あり得ねぇって話だろ」

深夜の筋トレに励む剣士ゾロは、進んで夜の見張りを勤める王女ビビと
時折、こうして話をする。
僅かな休憩の間だけだが、好奇心の強い彼女に尋ねられるまま、
“東の海(イ−ストブル−)”の習慣や、剣術について答えていた。
それが一体、どんな話の流れでこうなったのか…。
思い出そうとして、不満気な声に邪魔される。

「そんなの、もったいないわ!!」
「もったいないって、お前な…」

ゾロは呆れたように溜息を吐いた。
あの魔女に、妙な影響受けてんじゃね−のか?
…と、思ったが口には出さない。

「だって、そうじゃない!?
 “最強の矛”と“最強の盾”なら、一緒に使わなきゃ。
 どっちが強いか試すなんて、無意味よ!!」

大剣豪をめざす男と、祖国を救おうと奮闘する王女。
2人の会話は、色気に欠けること甚だしい。
女好きのコックが居合わせれば、お前は阿呆かとゾロに向かって怒り狂うだろう。

「私だったら2つを比べるなんて、もったいないこと絶対しない。
 “最強の矛”と“最強の盾”が本当にあるなら、私が両方欲しいもの!!」
「……変わった女だな、お前」

女という生き物は、服や宝石を欲しがるものだと思っていた。
少なくとも、この船に居るもう一人の女はそうだ。
もし、その女が矛と盾を欲しがるとしたら、高値で売り飛ばすために違いない。

「だって、その2つがそろったら、“最強の戦士”になれるでしょう?
 そしたら大切な人も、国も、何だって守れる。
 悪い奴等の好き勝手になんか、させなくて済むもの」

仮定の話に真剣な顔をするのは、切実な問題が目の前に迫っているからだろう。
そして、ビビの“大切な人”の中には、この船の連中も含まれている。
むろん彼もだ。
片手でへし折れそうに細いお姫様に、勝手に“守る”対象にされても
ゾロは不思議と腹が立たない。

彼が“剣士”として生まれついたように。ゴム船長が“海賊”として生まれついたように。
航海士が、ウソツキが、コックが、医者が、そう生まれついたように。
彼女は“王女”として生まれついたのだから。

「……いくら武器を持ったからって、使いこなせなきゃ意味ねぇぞ」
「だからMr.ブシド−も、トレ−ニングするのよね」

思い詰めた顔にボソリと言うと、大真面目に頷かれた。
ゾロは肩をすくめ、腰に下げた3本の刀の鞘を撫でる。

「どうだかな。少なくとも俺は、剣がありゃ他は要らねぇ」

幼馴染だった親友も、その親友と同じ顔をした女も、同じことを言うだろう。
剣士が敵の攻撃を受けるのは、剣か我が身をもってのみ。
攻撃こそが最大の防御なのだ。
しかし、ビビは笑いながら言った。

「ふふっ、両手と口まで塞がってるんじゃ、矛も盾も持ちようがないものね」
「……………。」

そういう意味じゃね−んだが…。
ゾロは思ったが、硬かった表情がほぐれているので良しとする。
元々、トレ−ニングの合間に話し相手を始めた理由が、それだった。
我ながら、柄にも無いことをしていると思う。
だが、気になるのだから仕方が無い。

隣に座るビビが、顔を上げて夜空を仰ぐ。
倣って見上げれば月は無く、星だけが無数に瞬いていた。
意識したことはないが、故郷で見ていた星空と違う気がする。
彼女は逆に、故郷の星空に近づいたと思っているのかもしれない。

「……もし、どちらか1つしか持てないのなら。
 私は“盾”が欲しいわ」

星を眺めたまま、ビビは呟いた。
コイツらしいと思いながら、ゾロは口を挟む。

「防ぐだけじゃ勝てねぇぞ」
「“勝つ”って…、敵を倒すってこと?」
「普通、そうだろ」

そこで、ゾロは気がついた。
今日の昼間、“B・W(バロックワ−クス)”の組織について話していた時も、それ以外でも。
ビビは“倒す”という言葉を使わないのだ。

「そういや、お前。クロコダイルをアラバスタから“追い出す”とか言ってたよな。
 倒そうとは思わねぇのか?」

びくりと、華奢な肩が震えた。
襟足が逆立つ感覚は、ゾロには馴染んだものだ。
だからこそ、気になる。

「……クロコダイル、は」

そこで、ビビは言葉を切った。
噛み締められる唇。
三代鬼徹の鍔(つば)が、小さく鳴る。

「クロコダイルは、世界政府が認めた“王下七武海”の1人よ…。
 アラバスタに、あいつを裁く権限は無いわ。
 だから、真実を暴いて海軍か世界政府に引き渡す。それしか、出来ない」

ビビの拳は固く握られたままだった。
確かに感じた、血生臭い殺気。
仲間内での他愛のない喧嘩や勝負事にさえ、『引き分けじゃダメなの?』と言い出す
お人好しの王女は、本来の性格に見合わない憎悪と殺意を抱えている。
ゾロは、何も気づかなかったように応えた。

「……そうか。だが、俺達には“国”も“世界政府”も関係ねぇ。
 ルフィはブッ飛ばす気満々だし、俺はブッた斬る気満々だ。
 アホコックも蹴り飛ばす気満々らしいしな。
 ナミも、ウソップも、チョッパ−も。それなりにヤる気はあるぜ」

単に、強い敵と戦り合いたいだけだったり。
10億だ恩賞だと喚きつつ、かつての自分に重ねて入れ込んでいたり。
美人で度胸があって、しかもお姫様というシチュエ−ションに盛り上がっていたり。
今度は自分が“仲間”の役に立ちたいと、張り切っていたり。
戦う理由は、それぞれだ。
約1名、逃げ腰の奴もいるが、ヤるときはヤるのはわかっている。

「……でも、私…、皆に」

そしてビビはまた、言葉を切った。
今は礼の言葉も詫びの言葉も、意味を為さない。
それが、わかっているのだろう。
きゅっと顔を引き締め、力強く言う。

「私、皆の足手まといにならないように、頑張るから!!」
「ああ、期待してる」

即座に応えて立ち上がるゾロに、ビビは驚いたように顔を上げた。
勇気と覚悟と、その意志の力で一味を、国を導く王女。
それ以上頑張るなと言ったところで、突き進むのだろう。
折れそうに細い身体で、皆の先頭を切って。

…思い出した。
“矛盾”の話を始めたのは、ビビが尋ねたからだ。


  『“最強”って、何なのかしら…?
   それって、たった1つなのかしら?
   世界中に沢山の、いろんな“最強”があって。
   それが一緒に在り続けることって、できないのかしら…?』



「お前は、“最強の盾”になるんだろ?」


敵をなぎ倒すのではなく、後に続く者を守るために。
だが、やがて盾では防ぎ切れない“強敵”が立ち塞がるだろう。
その時こそ、海賊の。
剣の、拳の、足の、棒(タクト)の、パチンコの、蹄の、出番なのだ。

百万の命を守ろうとする王女は、その強さで何を為すのか、何が為せるのか。
まだ、考える事もしない剣士に微笑んだ。


「任せて、“最強の剣”さん」



                                     − 終 −


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以前に、「剣と剣」というゾロとたしぎさんの話を書いたのですが、その時セットで
メモしていたネタの1つです。日の目を見るまで苦節3年と数ヶ月…。
ゾロとたしぎさんが共に“剣”ならば、姫はやっぱり“盾”かなぁと。
剣士と王女で“剣と盾”ってピッタリです。でも、ゾロビビというより、ゾロとビビ…。(汗)
満天の星空の下で、2人きり。
なのに私が書くと、色気のない組み合わせになってしまいます。(涙)

大切なものを守る力と、立ち塞がる敵を倒す力。
2つは“矛盾”するものではなく、同じ方向を向くことで意味を持つのではと思ったり。
ちなみに“矛盾”の由来を初めて読んだ時の私がビビちゃんの『もったいない』発言に
反映しています。それが元ネタと言えないこともない…。

なお、“矛(ほこ・鉾・戈・鋒)”は剣と槍を合体させたような武器らしいですが、
“武器そのもの”を差す意味もあるようです。

2008.2.11 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20080202