Whisky night



「飲みすぎじゃないのか?ミス・ウェンズデ−」

パ−トナ−の声に、キッと顔を上げた。
痛いくらいに引っつめた髪が、背中で揺れる。

「なぁ〜に言っちゃってンの!?
 まだ2杯目でしょおぉ〜!!」

ジョッキでテ−ブルを叩くと、ピ−ナッツが跳ねた。
王様もどきの相棒が、器からこぼれた殻を拾う。もちろん、ピンと小指を立てた手で。

「普段1杯しか飲まない奴が、2杯飲めば飲みすぎだ。
 第一、まだ日も暮れたばかりだろう。ベイビ−」

こんなロクでもない仕事をしているのに、首を傾げるほど紳士なMr.9。
だけど、私はケバケバしい外見に相応しく、彼の言葉を遮るのだ。

「うっさああぁ〜いッ!!
 今夜はあたしのおごりだっつってんの−。
 貯金の50万ベリ−、飲み尽くすぞ−ッ!!」

高々とジョッキを掲げると、酒場のそこかしこから口笛が響く。
蓮っ葉な女達の声と、品のない男達の声。

「荒れてンじゃん、ミス・ウェンズデ−」
「どうだ、俺ッちが一発、慰めてやろうかぁ〜?」

こんな所、パパに見られたら卒倒モノだ。
ペルからは大目玉をくらうだろうし、チャカはこの場の男共を一刀両断しかねない。
テラコッタさんに至っては、………考えるだけで恐ろしい。

幾つもの懐かしい顔を、私はアルコ−ルで飲み下す。
ちなみに中身はウイスキ−。ただし、ソ−ダ割。
空のジョッキをテ−ブルに置くと、Mr.9が眉を顰めるのにも構わず、3杯目を注文した。

ごめんなさい、Mr.9。
でも、今日だけは飲まずにいられないの。

酒場の壁に掛かったカレンダ−が示すのは、2月2日。
私の16回目の誕生日。

……だからって、祝いたい気分じゃない。
むしろ、その逆だ。
ジョッキの中に吐いた溜息が、炭酸の泡を弾く。

いつも以上に緊張して手に取った、今朝の新聞。
予想はしていたのに、アラバスタ王国の記事に息が止まるかと思った。
町で唯一の酒場兼食堂で、水っぽいコ−ヒ−を傍らに、呼吸を整える。
それでも、掴んだ端に皺が寄るのを止められなかったのだ。


 『揺れるアラバスタ王国
  王位継承者は いずこ?』


見出しに続く活字が、世界中に淡々と報じている。


 『大旱魃と内乱の渦中にあるアラバスタ王国では、今日、王位継承者である
  ネフェルタリ・ビビ王女の16歳の誕生日を迎える。
  本来であれば、王女は宮前広場に面したバルコニ−で国民からの祝福を受け、
  その後は内外からの賓客を招いての盛大なパ−ティ−が催される。
  しかし、王女は2年前に王国護衛隊長と共に失踪し、現在も行方不明である。
  王室報道官は祝賀行事の中止を発表するとともに、引き続き、王女の行方に
  関する情報を求めている。』


小さな丸い枠の中の“ビビ王女”。
13歳の誕生日に撮られた写真は、誰がどう見たって今の私、女エ−ジェントの
ミス・ウェンズデ−とは結びつかないだろう。
……それは、どうだっていい。

私の関心は、かつての自分の笑顔の下のアラバスタの近況だ。
今なお降らない雨。枯れていくオアシス。滅ぶ村。飢え渇く人々。
増え続ける反乱軍。疲弊する国王軍。失われる王家への信頼…。

何度読み返しても、明るい話題など一片もない。
国を離れて、2年。
未だに敵の正体を掴めない不甲斐無い王女への、これが贈り物なの…?


故郷の黒ビ−ルや赤ワインとは、似ても似つかぬアルコ−ルを、グッとあおる。
今日という日に荒れるのはマズイことぐらい、わかっていた。
でも、幸い…と言っていいのか悪いのか。荒れる理由は、他にも大アリだったのだ。

「ミス・ウェンズデ−。
 気が進まないのはわかるが、これも任務だ。ベイビ−」

中身の減らないグラスを傍らに、声を低めるMr.9。
私は黙ったまま、バリボリとピ−ナッツを噛み砕く。
不貞腐れた時の癖で、子どもっぽく頬を膨らませないように気をつけながら。

あの女…!!いけすかない気取り屋の、ミス・オ−ルサンデ−。
今日の午後、ウイスキ−ピ−クにやってきた、秘密犯罪会社“バロックワ−クス”の副社長。
思い出してもムカつく女から受けた、更にムカつく指令。
双子岬の大クジラを殺して肉を持ち帰れ、だぁ〜!?

“偉大なる航路(グランドライン)”の入口を塞ぐ、大クジラ。
毎年、その巨体にぶつかって、何百隻もの船が沈んでいると聞く。
けれど、正規の手続きを踏んだ船は、クジラがいないことを確認してから
リヴァ−ス・マウンテンを下るのだ。
いきなり突っ込んで、海の藻屑となるのは海賊船ばかり。
だからこそ、航海の邪魔になる筈の障害物を海軍も政府も黙認しているのに。

つまりは、組織の資金源である賞金首を招き入れるためなのだ。
町の食糧確保は、二の次なのだろう。

小悪党相手の賞金稼ぎなら、渋々自分を納得させることができた。
でも、こんな胸クソ悪い仕事の片棒を担がされるなんて、腹が立つったらない。
ただ大きいというだけで、悪いどころかむしろ世界の役に立っているクジラなのに!!

「捕鯨はんた−いッ!!」

半分に減ったジョッキと一緒に、右手を突き上げる。
とたん、背後から咳払いがした。

「まぢ…!!ゴホン、マ−マ−マ〜♪
 町の食糧調達の任務が不服かね、ミス・ウェンズデ−。
 なんなら、仕事は我々がいただいてもいいが?」

幼い頃から慣れ親しんだ声。
振り向けば、目に入るのは大きな横ロ−ル髪。
イガラ…Mr.8に、私は緩みそうになる頬を引き締めた。

「あぁ〜ら、ご親切に。でも、お生憎様。ちょっと言ってみただけよ。
 どこかの町長さんが不甲斐無いから、町が食糧難なのは事実だし。
 おかげで折角のお酒にも、ロクなツマミがないんだもの」

肩を竦めて示したテ−ブルには、ピ−ナッツの殻の山。
最後の1粒を口に放り込んで、イガ…Mr.8の後ろに声を掛ける。

「ミス・マンデ−も、いるじゃない。
 どお?ロクなモノは無いけれど、いっしょに飲みましょうよ。
 鯨肉の前祝いに、今夜はオゴるからさぁ〜」
「おや、そいつは景気がいいね。
 せっかくだから、1杯ごちそうになろうか」

Mr.8のパ−トナ−、ミス・マンデ−。
ゴツイ顔とゴツイ身体で力自慢だけれど、サバサバした気持ちの良い女性だ。
Mr.9と同様、なんでこんな組織にいるのか首を傾げてしまう。
もっとも、彼女達も私やイ…Mr.8に同じことを感じているらしい。
こういう時は、“謎”が社訓であることがありがたい。

「ついでに、Mr.8もいかが?何ならオゴって差し上げてよ?」

ツンと頭をそびやかし、わざと偉そうに言う。
苦笑いしながら、ミス・マンデ−の隣に座ってくれたので、ホッとした。

今夜は4人で、日付が替わるまで飲んでやる。
そしてお酒のニオイをプンプンさせながら、あの女がいる事務所に乗り込んでやろう。
酔っ払って、家を間違えたフリをして、ドサクサまぎれに手掛かりを捜すのだ。

やり手の副社長相手に、こんな苦し紛れが上手くいくなんて思ってない。
けれど、何もしないで手をこまねいているよりマシだ。
こうしている間にも、アラバスタの人々は苦しんでいる。

そう、決意したのも束の間。

「私もご一緒して、構わないかしら?」

物憂げな声に、酒場が静まり返った。

コツコツと、ヒ−ルの音を立てて近づいてくる女。
目深に被ったテンガロンハットから、こぼれる黒髪。
文句のつけようの無いプロポ−ションを、更に強調するセパレ−ト。

「あぁ〜ら、誰かと思えばミス・オ−ルサンデ−じゃあ、ありませんこと?」

ショ−トパンツから覗く脚を組み変えながら、私は声を張り上げた。
こちとら、ピッチピチの本日16歳よ。
いくら“年齢不詳”ったって、四捨五入すりゃ三十路確実にナマ脚で負けるかっつ−の!!

「こんな場末の酒場に、ようこそいらっしゃいませ。
 さ〜ぁ、どうぞ」

わざとらしい歓迎のセリフを並べつつ、目配せを送る。
これは、チャンスだ。“Mr.0(ボス)”の情報を得るための。
視線で頷いたイガラ…Mr.8が、隣のテ−ブルから椅子を運んで来た。

「ありがとう、Mr.8」

口元を僅かに上げた笑みを浮かべ、女は私の正面に腰掛けた。
そして、上品ぶって注文をする。

「ウイスキ−をストレ−トでお願いね。
 それと、今夜のお勘定は私に回してちょうだい。
 このテ−ブルだけでなく、社員全部のね」

店中から上がる歓声に、私は小鼻に皺を寄せた。
ただでさえ薄くて不味いアルコ−ルが、ますます不味くなる。
けれど、ストレ−トは私には強すぎるから、皆に期待しよう。

舌なめずりをするミス・マンデ−や、弱いくせにお酒が好きなMr.9。
話を聞きつけ、続々と集まってくる賞金稼ぎ達。
女副社長の、幾らあるかも知らない貯金を、皆が飲み尽くしてくれるように。


   * * *


町中の人間がひしめいて、店は大盛況だ。
賞金首の海賊がやって来た時以外で、こんなに賑やかなのは初めてかも。

怒鳴り合うような大声の中で、私はどうやってミス・オ−ルサンデ−から情報を聞き出そうか
必死で考えていた。
なにか取っ掛かりでもあれば…。
当の女は、ウイスキ−のグラスを傾けながら紙の束をテ−ブルに並べている。

「貴方達フロンティアエ−ジェントに渡しておくわ。
 海軍本部が発行した新しい手配書よ」

数ヶ月おきに運ばれてくる、最新の手配書。
チラリと視線を向けたものの、毎度ながらの数の多さにウンザリした。
まったく、どいつもこいつも何だって、海賊になんかなるんだろう。
腕に覚えがあるなら、ぶん殴ってぶった斬って蹴っ飛ばすのは、悪党だけにすればいい。

「少しは骨のありそうなハニ−達はいるかね?ベイビ〜」
「どれどれ…。近頃は賞金額も手ごたえも、イマイチの小粒ばっかだしねぇ〜」

酔いが回って来たらしいMr.9の横から、ミス・マンデ−が身を乗り出して紙束を掴んだ。
2、3枚を繰ったところで手を止める。

「“東(イ−スト)”で初回3千万ベリ−とは、なかなかじゃないか」

隣で覗き込んでいたMr.8も口を挟む。

「とても、そんな値のつくような男には見えないけどねぇ…。
 どう見たって、まだガキじゃないか」

テ−ブルに置かれた手配書は、私からは逆の方向に置かれていて良く見えない。
目に付くのは大きな口から覗く白い歯と、頭に載った麦藁帽子。
ずいぶん子どもっぽいことだけは見て取れた。
こんな子が“海賊”だなんて、世も末だ。
…なんて、16歳で秘密犯罪会社のエ−ジェントを名乗る私が、言えた義理じゃないけれど。

「そうね…。どうやら“いわく”付きの新人(ル−キ−)みたいよ」

細い指先が、手配書に印刷された“D”の文字をなぞる。
グラスの中の液体に似た褐色の眸が、微かに揺らいだ。

「あら、副社長ってば年下が趣味?社長はご存知なのかしら」

すかさず、私は喰いついた。半ト−ン高めた声色に、嘲りと挑発を込めるのを忘れずに。
“ミス・ウェンズデ−”は、そういう女(キャラクタ−)だ。
Mr.9が赤かった顔色を青くしたって、構ったりしない。

「それとも、社長も年下だったりとか?」

褐色の眸が、微かに笑みを浮かべた…ような、気がした。
きっと見間違いだ。
いつもどおり、唇の端だけを持ち上げたアルカイック・スマイル。

「社長の件は、ご想像にお任せするけれど…。
 個人的に年下は嫌いじゃないわ。
 特に、キャンキャンと噛み付いてくる子犬なんて、とても可愛じゃない?」

何くわぬ顔で、はぐらかして…って、誰が子犬よ誰が!?
アンタに“可愛い”とか言われたって嬉しくないわよ、この…!!

やっぱり、3杯は飲みすぎだった。今朝の新聞も、思った以上に堪えていた。
普段なら、こんな些細なことでキレたりなんかしないのに…。
カッとなった私は、ジョッキを掴むと女の顔にアルコ−ルをぶっ掛けようとした。



……したのだ、けれど。
ジョッキが、持ち上がらない。誰かの手で押さえつけられて。
ちょっと、邪魔しないでよ…!!

右隣に座るミス・マンデ−を睨みつける。
けれど彼女の両手は、テ−ブルの上で手配書の束を繰るのに忙しい。
イガラムとMr.9の手は、ここまで届かない筈。

じゃあ、これは誰の…?
意識を向けたとたん、ジョッキは軽々と持ち上がった。


…私、自分で思ってる以上に本気で酔ってるんだわ…。
それに、こんなに熱くなってたんじゃ、肝心の情報だって聞き出せやしない。
少し頭を冷やしてこよう…。

外の空気を吸おうと立ち上がった私は、けれどそのまま固まった。
お酒と煙草に匂いに混じる、懐かしい香り。厨房から、どんどん近づいてくる。

「お化粧室かしら、ミス・ウェンズデ−。
 お料理が冷めない内に、戻ってらっしゃいな」

女の声には答えずに、私は椅子に座りなおした。


   * * *


次々とテ−ブルに運ばれてくるのは、焼きたての薄いパン、干し魚の揚げ物、
羊のチ−ズ、豆のス−プ、肉の串焼き等々。
アラバスタでは日常的な料理ばかり。

「食糧が乏しいと聞いて、少し差し入れを運んで来たの。
 口に合うと良いけれど」

そう口にしたミス・オ−ルサンデ−が、どこからやって来たかは明らかだ。
やはり、バロックワ−クスの本拠地はアラバスタ王国にある。
思いながら、私は料理を口に運ぶ手を止められない。
食欲を刺激する、スパイスの豊かな香り。アラバスタの味。

「ああ、久しぶりのまともな食事だよ。
 酒にも合うし、美味いねこりゃあ」
「食べ慣れない味と香りだが、結構イケるな」

ミス・マンデ−とMr.9が言ってくれるのを、素直に嬉しいと思う。
けれど、素振りに出すワケにはいかないのだ。

「これって刺激物ばっかりじゃない。美容に悪そう」

どうにか仏頂面を作って、心にも無い文句を言う。
こんなセリフ、テラコッタさんに聞かれたら、食事ヌキでベッドに追いやられちゃうけど。

「あら、ミス・ウェンズデ−。
 お言葉だけど、このスパイスは美容に良いのよ。
 ここ数年、こういう食事をしているおかげで、肌の張りが違ってよ」

昔、リ−ダ−の家で砂砂団の皆とご馳走になった、お昼ゴハンの味を思い出すス−プ。
千切ったパンを浸しながら、探りを入れる。

「へぇ、どこの国の食事?…って、尋ねるのは社訓に背くのかしら」
「残念ながらね。
 けれど、我が社の“理想国家(ユ−トピア)”が実現すれば、貴女のお肌ももう少し
 若返るのじゃないかしら?」

厚化粧とストレスで、荒れ気味な肌を指摘され、カチンとくる。
何が哀しくて16歳の私が、三十路のアンタに!?
……じゃ、なくって。落ち着け、私!!

深呼吸をしながら、考える。
バロックワ−クスの狙いは、アラバスタの乗っ取りだ。
そして、作戦の実行は近い。今夜の大盤振舞いは、士気を上げるための前祝いなのだろう。

「それは、め゛…!!ゴホン、マ゛〜マ〜マ〜♪
 めでたい。今夜は我が社の繁栄を祝って、パ−ッといきましょう!!」

さっきからイガラムは、料理にもほとんど手をつけず、ミス・オ−ルサンデ−のグラスに
お酒を注ぎ続けている。
彼女1人で、ボトル1本を空けそうなペ−スだ。
顔色には出ないけど、ミス・オ−ルサンデ−も少し口が軽くなってきた気がする。
私は4杯目のソ−ダ割りに口を付けるフリだけをして、次の機会を伺う。

タダ飯とタダ酒に、今や酒場は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。
バロックワ−クスの同僚達が、そこかしこで声を上げ、グラスを打ち鳴らす。

「“理想国家(ユ−トピア)”にカンパ〜イ!!」
「オレぁ故郷に錦を飾るぞぉ〜!!!」
「待っててくれよ、母ちゃん!大幹部になるぜ〜!!」
「アタシは結婚資金を貯めンのよォお〜!!!」

アラバスタで何が起こっているのかも知らず、バロックワ−クスに加担する賞金稼ぎ達。
彼等に怒りを覚えるのは、簡単だ。
けれど、彼等には彼等なりの夢や事情があるのだろう。
生きていくためにはお金が必要だし、誰だって豊かな暮らしがしたい。
そして、この海で生きる手段は限られているのだ。

例えば、シスタ−姿で煙草を片手に、ウイスキ−を傾けるミス・キャサリ−ナ。
お金を貯めて、どこかの島に小さな店を持ちたいと言っていた。
そして、パ−トナ−のMr.ビ−ンに真っ当な暮らしをさせたいと。
彼等の関係が、母子なのか姉弟なのか、それとも赤の他人なのかは“謎”だけど、
誰かの飲み残しを舐めているMr.ビ−ンは、ミス・キャサリ−ナの傍から離れない。
グラスを何度取り上げられても、その度に大きなタンコブを頭に増やしても。
それが見えるようになったのは、Mr.9やミス・マンデ−と知り合ってからだと思う。


 ♪ ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホ−ホ
   ヨホホホ〜イ ヨ〜ホホホ〜 ♪



店の片隅で、歌が始まる。
出所は、カウンタ−の隅に座るMr.シミズだろう。
いつも酒場に入り浸って、仕事をしているのを見たことがないけど、町一番のテノ−ルだ。
古いオルガンの伴奏が彼に続く。


 ♪ ビンクスの酒を 届けにゆくよ
   海風 気まかせ 波まかせ
   潮の向こうで 夕日も騒ぐ
   空にゃ 輪をかく鳥の唄 ♪



酔えば、“謎”もあやふやになってしまう。
つい、お国言葉が出てしまったり、自分を語ってしまったり。
けれど、それは死に値する重大な社訓違反。
だからウイスキ−ピ−クは、酒と音楽の町。
世界中のどこででも歌われる古い唄だけを歌う。


 ♪ ビンクスの酒を 届けにゆくよ
   我ら海賊 海割ってく
   波を枕に 寝ぐらは船よ
   帆に旗に 蹴立てるはドクロ ♪



ミス・キャサリ−ナがバイオリンを奏で、Mr.ビ−ンがハモニカを吹く。
いつの間にかイガラムも管楽器を取り出している。
Mr.9が小指を立てて、口にあてるのはリコ−ダ−。
ミス・マンデ−は、カスタネット代わりに左右でグリッパ−を鳴らす。
ギタ−、アコ−ディオン、オカリナ、タンバリン、マラカス。
ハ−プがあれば、私も演奏に参加できるのに。思いながら口ずさむ。
ここへ来てから覚えた唄を。


  ♪ 嵐がきたぞ 千里の空に
    波がおどるよ ドラムならせ
    おくびょう風に 吹かれりゃ最後
    明日の朝日が ないじゃなし    ♪


海賊を狩る賞金稼ぎが、海賊の唄を歌う。皮肉な話だ。
横目で伺うと、ミス・オ−ルサンデ−は目を細め、指先でテ−ブルを叩いている。
酔いの所為か、褐色の眸が遠くを見ていた。

まるで、夢見る少女のように。
“明日の朝日”を待ち焦がれるように。

……酔っているのは、私?
それとも、この女…?

目が合った瞬間、彼女は私に笑いかけた。
ふんわりと優しく微笑んだ…ように、見えた。


   * * *


「……あら、いけない。そろそろ事務所に戻らないと」

目を瞬(しばたた)かせる私を他所に、ミス・オ−ルサンデ−が言った。
ミス・マンデ−がグリッパ−を鳴らしながら、不満気な声を出す。

「な〜に言ってんのさ、まだ酔いの口じゃないか。
 日付だって替わってやしないよ」
「ま…ゴホン、マ〜マ、マ〜♪
 まったくだ、ミス・オ−ルサンデ−。主催者の退席には早すぎるだろう」

2人の言葉どおり、柱時計は日付が替わる10分前だ。
けれど、ミス・オ−ルサンデ−はゆっくりとテ−ブルから立ち上がった。

「午前0時に定時連絡を入れることになっているの。
 すっかり長居してしまったけれど、遅れたら大変だわ。
 社長は待たされるのが嫌いだから」

そして、再び私に視線を合わせる。
いつもと同じ、琥珀が嵌め込まれたように揺れない眸で。

「貴女の騎乗カルガモで、送ってもらえるかしら?
 ミス・ウェンズデ−」

私は琥珀を見つめ返す。いや、睨み返す。
千載一遇のチャンスを逃すワケにはいかない。

「我が社の副社長サマのご命令とあらば」

厭味ったらしく答えてから、イガラムとミス・マンデ−を振り返る。

「悪いけど、Mr.9が身ぐるみ剥がされないよう見張っててくれる?
 副社長サマを送り届けたら、引き取りに戻るから」

一曲終わると同時に、テ−ブルに沈没した相棒。明日はきっと、二日酔いだろう。
けれど、同居人が酔いつぶれてくれれば、夜中の密談には都合がいい。

「では、ミ゛…ゴホン、マ〜ママ〜〜♪Mr.9は私が送り届けておこう。
 今夜は月も明るいが、足元に気をつけてな。ミス・ウェンズデ−」
「もちろんよ、Mr.8」

後で、海岸沿いのいつもの場所で。
互いに確認して、酒場を後にする。

「クエッ」

店を出たところで、待たせていたカル−が近づいてきた。
イガラムやミス・マンデ−じゃ無理だけど、短時間なら2人でも大丈夫だろう。

「少し重くなるけど、頑張ってね」

カル−の頭を撫でながら囁いて、後ろを振り返る。

「悪いけど、鞍は1人用だから。
 振り落とされないように、しっかり捕まっていてよ」
「ええ、わかったわ」

手綱を握る私の腰に、ミス・オ−ルサンデ−が手を回した。
悔しいけど、背中に当たる胸は私よりかなり大きい。
微かに香る香水は、“ナノハナ”の…。私は小さく頭を振った。

「いくわよ、カル−!!」
「クエエ−!!」

雄叫びと共に、最速を誇る超カルガモが走り出す。
薄汚れた雑貨屋も宿屋も、嘘っぱちの教会も銀行も、一瞬で通り過ぎる。
歩けば15分の距離も、1分と掛らない。
危うく通り過ぎそうになるのに、手綱を引いた。砂煙と共に、急ブレ−キがかかる。

「クエエェ〜ッ!!」

目の前にあるのは、真っ白に塗られた瀟洒な建物。
バロックワ−クスのウイスキ−ピ−ク支社であると同時に、ナンバ−エ−ジェントの
宿泊施設も兼ねている。

「ありがとう、助かったわ。
 良ければ、中でコ−ヒ−でもいかが?良い豆を持って来たのよ」

ひらりとカル−の背から飛び降りた女が、私に向かって言う。
どうやって潜り込もうかと考えていた私には、渡りに船だ。

「いただくわ。ここの不味いコ−ヒ−には、飽き飽きだもの。
 カル−、貴方はそこで待っていて」
「クエッ」

片羽で敬礼のポ−ズを取るカル−を残して、女の後をついていく。
中へ入ると、また一段と立派だ。
玄関のホ−ルだけで、私とMr.9にあてがわれた海岸沿いの小屋より広いぐらい。

「台所は、右手の突き当たりよ。酔い覚ましに、濃い目でお願いね
 私は事務所にいるから、10分程したら持ってきてちょうだい」

ホ−ルの横にある帽子掛けにテンガロンハットを被せて、足早に奥へと進む。
その足取りは、少しばかり危なっかしい。
遠ざかる背中を暫し見送って、それから私は思いっきり舌を突き出した。

「な−にが『濃い目でお願いね』よ!!
 使用人扱いしやがって、ナメんじゃないわ!!」

だだっ広い台所でお湯を火にかけ、コ−ヒ−豆を挽きながら悪態をつく。
そうこうしている内に、時計は午前0時の1分前。
音を立てないように抜け出すと、足音を忍ばせ廊下を進んだ。
ミス・オ−ルサンデ−は、やっぱり相当酔っている。
まるで天の計らいのように、分厚い扉が微かに開いていた。

「……ええ、Mr.0。今朝の新聞は読んだわ。
 アラバスタの記事、思った以上に大きく取り上げられていたわね」

ぴたりと張り付くと同時に、聞こえてきた声。
息を止めて耳を澄ませる。

「そうね、王女が姿を消して2年…。
 今や国王は民から見放され、貴方の人気はうなぎ上り。
 ……え、なんですって?電波が悪いのかしら、よく聞こえないわ」

電伝虫のスピ−カ−をONにしたのだろう。
通話相手の声が聞こえてくる。

〔この忙しい時に賞金稼ぎなんぞ、どうでもいい〕

残念ながら、用心の為に音声は変えてあるらしい。
もっとも、声だけで私に正体がわかる相手とは限らない。
私は瞬きすら止めて集中する。ほんの僅かな一言から、敵の正体を探るために。

「そうはいかないわ。社員の統率という点ではね」
〔計画も大詰めだ。さっさと帰って来い、ミス・オ−ルサンデ−〕
「貴方の計画は完璧よ。
 後はただ、自分の座る椅子が玉座に変わるのを待てば良いのではなくて?」

びくりと、肩が震えるのがわかった。
その震えが扉に、中の女に伝わらないように、私は懸命に自分を抑える。

〔玉座の座り心地は期待しねぇがな。〕
「貴方には砂の玉座がお似合いかもね。……“砂漠の王”」

息が、心臓の鼓動さえ、止まった気がした。
………“砂漠の王”…。
アラバスタで、そう呼ばれている人物を、私は1人しか知らない。
世界政府公認の海賊、“王下七武海”サ−・クロコダイル。
英雄と讃えられ、民の尊敬を一身に集める、あの男が…!?

「……ええ、明日にはここを立つわ。では、ごきげんようMr.0」

受話器が置かれる気配に、そっと後ずさる。
数分後、ヒ−ルの音も高らかに廊下を進み、扉を大きくノックした。

「副社長サマご注文のコ−ヒ−よ。
 思いっきり濃くしておいたから、そのつもりでね」

お盆を支える左手も、腰に当てた右手も。
小指は忘れず、ピンと立てて。


   * * *







月明かりの下、疾走する騎乗カルガモの上で蒼い髪をなびかせるミス・ウェンズデ−。
恐らく、どこかでMr.8…護衛隊長と落ち合い、今後の相談でもするのだろう。
勇ましい後ろ姿を、窓から見送った。

「プレゼントは、気に入ってくれたようね」

呟きは、もう誰にも届かない。
仕事を終えて眠る電伝虫にも、扉の後ろにも。

濃いコ−ヒ−の香りを、深く吸い込む。挽いた豆を煮出す、アラバスタ風の淹れ方だ。
その苦味に、自分の口元が歪むのを感じる。
壁から生やした手が、日めくりのカレンダ−を引き裂いた。


「せいぜい、頑張りなさい…。
 16歳の王女様」



                                     − 終 −


TextTop≫       ≪Top

***************************************

アラバスタの飲酒可能年齢って、幾つなんでしょうねぇ…。
日本は20歳になってから!!ですが。
それはさておき、これまで色々なパタ−ンで姫誕を書いて来ましたが、今回は
“B・W”潜入中。ミス・ウェンズデ−であった頃の2月2日を考えてみました。

話の都合上、ルフィ達に会う少し前に16歳になったことにしています。
今まで書く機会がなかった時間軸ですが、Mr.9やミス・マンデ−とは良い関係で
あったようですし、他の賞金稼ぎ達とも結構、上手くやっていたのではないかと。
ちょっと、ビビちゃんらしくないところもあるかもしれませんが、酔っ払ってるのと
ミス・ウェンズデ−モ−ドに入っているということでご容赦を。
ちなみに、作中に登場するミス・キャサリ−ナは、ゾロに“神のご加護目潰し”を
やろうとしたシスタ−で、Mr.ビ−ンはその相棒の男の子。
Mr.シミズはラブコックがはべらせていた女の子達に紛れていたオヤジです。
いずれも「BLUE」参照。

さて、需要のほどは不明ですが、このテキストは企画恒例の“お持ち帰り自由”と
いたします。
リンクの有無、サイトの傾向等は問いませんが、いずこかに拙宅サイト名を明記して
くださいますよう、お願いします。
分割掲載、背景、文字色等レイアウトも自由に変更していただいて構いません。
(背景画像についてはDLFではありません。)
企画期間中ですので、お持ち帰りのご報告も特に必要ありません。
DLF期間は本日(2010.2.2)より企画終了予定日(2010.3.1)までといたします。

* DLF期間は終了いたしました。 *

今年も飽きずに、姫と姫に関わる人々について、あれこれ書いてまいります。
どうか最後まで、よろしくお願いいたします。

2010.2.2 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20100202