あの星の、ひかりのように




「ルフィさんは、太陽ね」

あのコの声に、あたしは驚いた。
ていうか、吹いちゃったわよ。マジで。


 『キミはボクの太陽だ〜vv』


なんて、最近じゃサンジ君だって言わないセリフなのに。

「えぇっとぉ…、ビビさん?」

夜を徹して砂漠を越える旅の途中。岩場に腰を降ろしての、僅かな休憩。
あたしの声が聞こえているのか、いないのか。
ビビの目は、ただひたすらにゴムの船長を追っている。

星空の下、月の光に照らされた砂の上。
ウソツキ狙撃手やトナカイ船医とツルんで、馬鹿ばっかりやってるアイツ。
今だって、空気でお腹をまん丸に膨らませて、砂丘をゴロゴロ転がってるわ。
ホ〜ラ、またサンジ君にどやされた。
そんな光景を前にして、このコときたら大真面目な顔で言うワケよ。

「ルフィさんは、凄いわ。
 強くて、真っ直ぐで。とてつもなく大きい」

あたしは、そっとビビの顔を覗き込んだ。
例えば、ビビの目が“恋する女”のソレだったら、わからないでもない。
あたしにだって、覚えがある。
ア−ロンパ−クで魚人達を倒した後、瓦礫の上で吠えたルフィ。


 『ナミ!!!おまえは、おれの“仲間”だ!!!!』


……アレは、普通に惚れる。
もっとも、ウチのクル−は全員、ルフィにオトされたようなモンだし。
あたしの気持ちも結局は……って、ソコは置いといて。

「どんな時でも迷うことなく、正しい選択が出来る。
 そのための犠牲を、背負うことが出来る。
 強い意志と、覚悟…。」

それは、チョット美化しすぎじゃない?
アイツの場合、単なる野生のカンっていうか。
ぶっちゃけ、自分が強い奴と戦いたいだけじゃないかって気も…。
ツッコみたくなる自分を、グッと押さえる。

挑むような、ビビの目。
乙女心が織り上げるピンクのヴェ−ルなんか、1枚もまとってない。
砂まみれで笑い転げてる悪ガキを、瞬きすら惜しんで睨め付けている。

「あれが、“海賊王”になる人なのね」

苦い薬を飲んだように、歪む唇。
まだ、微かに赤く痣の残る頬。
手加減はしたらしいけど、女の子の顔をゲンコツで殴るなんて、ルフィのヤツ!!
今朝の一件を腹立たしく思い出しながらも、止めなかった自分に唇を噛んだ。



 『お前は、この戦いで誰も死ななきゃいいって思ってるんだ。
  国のやつらも、おれ達もみんな!!……甘いんじゃねェのか』

 『人は死ぬぞ』



ビビにだって、わかっていた筈の現実を、無造作に言ってのけたルフィ。
自分の命なんか、少しも惜しんでいなかったあのコが、一番怖れていたことを。


 『何がいけないの!?
  人が死ななきゃいいと思って、何が悪いの!!?』


 『じゃあ、一体何を賭けたらいいのよ!!
  他に賭けられるものなんて、私、何も…!!!』


ビビ、あんたは悔しいのね。腹立たしいのね。情けないのね。
あたし達を巻き込んでしまった、自分の無力さと甘さが。
ルフィの正しさを認めて、納得していても、尚。


 『おれ達の命ぐらい、一緒に賭けてみろ!!
  “仲間”だろうが!!!』


……わかるのよ。
あたしだって、アイツみたいな力があればと思ったわ。
死ぬほど、思った。
この手でア−ロン一味をぶっ飛ばして、ココヤシ村を救えたらって。
でもね、ビビ…。

相変わらず、思い詰めた顔をした王女様。
乾いた唇が開くのを待ち受ける。

「ルフィさんのように、ならなくては…」
「無理ね!」

即座に、言った。ビビの肩が、ビクッと震える。
あたしは構わず捲くし立てた。

「っていうか、あたしは嫌よ!大メシ喰らいのゴム王女なんて。
 オマケに馬鹿だし、方向オンチだし、寝相は悪いし、鼾もうるさいし。
 そんなお姫様、国民だったら恥ずかしいじゃない!!」

一息に言ったあたしをマジマジと見て、困ったように呟く。

「別に、そういうところまで真似したいワケじゃ…」
「だって、全部がルフィでしょ?」

予想通りの反論を、遮った。
真面目で努力家なのは認めてあげるけど、目標の設定が間違ってるわ。
“海賊王”と“一国の王”を同じモノサシで測るなんて、土台ムリ。
だから、ビシッと言ってあげる。

「ゴムなのも、非常時しか頼りになんなくて、普段は最悪のトラブルメ−カ−なのも。
 意地汚いのも、古ぼけた麦わら帽子を後生大事にしてるのも。
 全部が揃って、“あの”ルフィなのよ。それと、おんなじ」
「……?」

不思議そうに首を傾げる。
砂漠の国の出身のクセに、スベスベの白い肌。空色の髪。長い睫毛。

「だから、全部が“あんた”なの。
 冒険好きで、我慢強くて、下唇を噛む癖があって、オデコがチャ−ムポイントで。
 勇敢っていうより、無謀で。素直っていうより、天然ボケで。そして、王女で。
 ……その全部が、“ネフェルタリ・ビビ”でしょう?」

バッチリとした大きな目。その中に映る、あたし。
あたしは、あたしでしかないから。
ルフィのように、残酷なくらいの“正しさ”を突きつけることは出来ないけれど。
あんたでしかないあんたに、言ってあげる。

「そんな“あんた”だから、ここに来たのよ。アイツも、あたしも、他の連中も。
 あんたが一人で泣いてるのも、クロコダイルに殺されるのも、真っ平だから!!
 あたし達、勝手について来ちゃったの。
 無敵のゴム王女だったら、一緒に歩いて砂漠を渡ったりしてないわ」

驚いた表情が、くしゃっとなる。それから、慌てたように夜空を仰ぎ見るフリをした。
今朝だって、ボロ泣きした顔をフ−ドで必死に隠してたっけ。
意地っ張りなところも、“あんた”なのね。今朝と同じに、小さな背中に手を置いた。

「……ルフィさんが太陽なら、ナミさんはお月様ね」

ややあって、唐突に呟かれた台詞に、あたしはやっぱり驚いた。


 『貴女の美しさの前では、あの月さえも霞みますぅ〜vv』


…とかなんとか。
自称“ラブコック”に言われた記憶があるような、ないような。
もっとも、公称“プリンセス”はハ−トを撒き散らすこともなく、大真面目だ。

「アラバスタでは、月は女神として信仰されているの。
 太陽は作物を育てるけれど、砂漠では強すぎるから…。
 夜の砂漠を明るく照らしてくれる月は、旅人を導く守り神なの」

ビビ、ビビ、ビビ。
嬉しいけど、やっぱり違うわ。
今のこの国に必要なのは、太陽でも月でもない。
ルフィでも、あたしでも、他の誰でもないのに…。

月を見上げたビビの横顔。その輪郭をなぞるように、星が流れた。
馬鹿共が、願い事がどうのと騒いでいる。ルフィにウソップ、サンジ君、チョッパ−。
首を巡らせると、近くの岩に凭れたゾロと目が合った。
それだけで、刀を抱えたまま開いていた片目を瞑る。
休憩の延長を確認して、祈るような白い顔に声を掛けた。

「あんただって、光でしょう?」

零れ落ちんばかりに見開かれた眸。
どんな宝石よりも綺麗で、大切な輝き。

「太陽みたいに、人を焼くことも、大地を干上がらせることもない。
 月みたいに、気紛れに形を変えたり、姿を隠したりもしない。
 晴れてさえいれば、いつだって変わらず夜空にある光…。」

人差し指で、北の空を示す。
小さくはないけれど、大きすぎることもない。一見、平凡に見える星。
北極星(ポラリス)。
巡る星々の、中心。

砂漠の民なら、知っている筈。
今だって、あたし達を導いてくれている。
クロコダイルの居る“レインベ−ス”へと。


「……ありがとう、ナミさん」


呟いた瞬間に、あのコの眸からこぼれた光のカケラを忘れない。



  ねぇ、ビビ
  あんたとルフィは、やっぱり似てるわ

  だって

  あの星はね、遥か彼方で燃える太陽だもの



                                     − 終 −


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(2010. 6.5  本文を一部修正しました。)

数あるビビカップリングの中でも、もっとも相思相愛度の高いのはナミビビであると
信じて疑わない管理人です。何かご異論でも?
似た経験を持ち共通点も多いナミさんは、ビビちゃんを一番理解できたと思いますし。
ただ、それだけに『ビビの気持ちも考え』過ぎて、ルフィのように痛いところを突くことが
出来なかったのかもしれません。

ルフィは太陽で、ビビちゃんはお星様。でも、実は同じ恒星(“王”の資質を持つ者)。
それも信じて疑いません。
手段や過程は違えど、最終的には自分が思ったとおりのことをやり遂げているし。
人の上に立つ人間っていうのは、自分の周りに人を集めるものですからね。

2010.2.27 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20100202