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開かれた扉の奥は、騒然としていた。
鳴り響く幾つもの電伝虫。受話器を手に唾を飛ばす男達。
他人の会話を盗み聞くことに慣れた耳が、飛び交う言葉の断片を拾う。

「それで!?ガレーラ・カンパニーが請け負った軍艦の数は掴んだのか!!?」
「B−6地区、ドラム王国改めサクラ国に目立った動きはないそうです!!!」

ここは、革命家ドラゴンが率いる革命軍の総本部。世界政府に敵対する者達の砦だ。
白土の島の城跡には、リアルタイムの情報が渦を巻いている。

数週間前、バーソロミュー・くまによってシャボンディ諸島から飛ばされた先が
革命軍の解放目標だったのは、偶然ではないのだろう。
彼が革命軍の一員だったことも、航海の途中で聞かされていた。
10年前から私を捜していたという革命軍。親切や同情心からではなさそうだ。
オハラの知識か、世界政府の暴挙を語る生き証人。
あるいは“革命の灯”という名の象徴として、利用価値があるのだろう。

それでも、この場所へ来ることを選んだのは、私の意志。
脳裏に船長からのメッセージを思い浮かべる。


  『3日後じゃなく2年後に、シャボンディ諸島で!!!』


仲間達と再会し、今度こそ“新世界”を目指すために。
それぞれの夢を叶えるために。私は、ここで必要な知識を得る。
“白ひげ”が斃れた後の、四皇の勢力図。世界政府の意図。海軍の動き。
これから世界は、どこへ向かおうとしているのか…?
それ等を知る為に、これほど都合の良い場所は他に無いだろう。
きっと他の皆も、それぞれの場所で力と知識を蓄えようとしている筈だ。
私達の船長を“海賊王”にするために。

…近づいてくる靴音に、意識を戻した。ドラゴンへの取り次ぎに行った革命軍の男だ。
私に向かって丁重に頭を下げる。

「ボスは今、支部の幹部と電伝虫での通話中です。
 申し訳ありませんが、暫くこちらでお待ち下さい」

本部まで来ても、私の扱いはVIP待遇だ。椅子やコーヒーを勧める声を断って、元は
大広間だったのだろう室内を見回した。
折角の機会、ここで情報を仕入れない手は無い。

漆喰塗りの壁には、海図と写真が所狭しと貼り付けてある。書き込まれた文字と記号は
革命の進捗状況を示すのだろう。
巡らせていた視線が、ふと止まった。壁を覆う何百枚もの中の、たった1枚。
幾重にも連なる砂丘。彼方に白く輝く都。
見間違える筈が無い、4千年の歴史を誇る王都。
古びて湿った漆喰に囲まれながら、焼けた砂の匂いを嗅いだ気がした。

「……アルバーナ…。」

思わず洩れた呟きに、取次ぎ役の男が反応する。目深に被った帽子を少し上げて、
私の視線の先を追った。
大きく“×(バツ)”が書き込まれた、砂の国の写真を。

「ええ、アラバスタ王国の首都アルバーナです。
 ……貴女も関わりのあった国ですね」
「そうね…。3年ほど居たかしら」

私に関する情報を全て掴んでいるという話は、嘘ではないようだ。
海軍の通信傍受や、工作員の諜報活動によって知り得た範囲だろうけれど。
思いながら、写真の貼られた壁に近づく男の後を追った。
壁際には机が置かれ、何冊ものファイルが並んでいる。目の高さには、隠し撮りらしき
ポートレート(肖像写真)が、メモや領収書と重なってピンで止めてあった。

大柄な女性に怒られているコブラ王と護衛隊長さん。
港を襲う海賊を退治する守護神の2人。
人々と共に、泥だらけになって復興作業に加わる王女…。

「革命軍は今も、アラバスタ王国を解放目標にしているの?」

私の問いに、即座に返される答え。

「むろんです。我々の解放目標は、全ての世界政府加盟国ですから」

革命軍の思想は一通り聞かされていたから、予想どおりだ。
それでも、私は口にした。泥に汚れて一層白い肌と、鮮やかな空色の髪を映しながら。

「今のアラバスタ王国で、革命を成功させるのは正直、難しいでしょうね。
 半年前の事件が反乱軍の勝利で終わっていれば、話は別だったでしょうけれど…。」

そう、“もしも”…。
“歴史の本文(ポ−ネグリフ)”を読んだ後、私を始末しようとするだろうクロコダイルを
返り討ち、広場への砲撃を止めることが出来たなら。
砂の国を乗っ取っるのは、反乱軍になる筈だった。
彼等の中に革命軍が入り込み、世界政府からの脱退を実現させていれば今頃、砂丘の
写真には大きく“○(マル)”が描かれていただろう。
そうなることが、私から全てを奪った世界政府への、ささやかな復讐だとさえ思っていた。

…けれど、現実はそうならなかった。私の目論見は何一つ、実現しなかったのだ。
王女の大活躍でクロコダイルの陰謀は暴かれ、王国は救われた。
国民の王家への信頼を、かつて無いほどに高める結果に終わったのだ。
かくして“偉大なる航路(グランドライン)”有数の文明大国は、今も世界政府の一員だ。

「アラバスタ王国での革命実現が困難なことは、我々も認識しています」

革命軍にとっては“失敗”であり、“後退”に終わった事件を語る声。
僅かな苦々しさの中には、かつてクロコダイルと手を組んでいた私への皮肉も含まれて
いるのかもしれない。

「……ですが、半年前の事件で反乱軍が勝利していたとしても、状況が我々にとって
 望ましいものになった可能性は低いでしょう。
 王家を滅ぼせたとしても、彼等が“ダンスパウダー”を使用して雨を降らせれば、
 その時点で海軍と世界政府の介入は、避けられなかった筈ですから」

示された可能性に、私は小さく息を呑んだ。
巨大な橋の礎とされ、滅んだ国々。“バスターコール”で地図から消された、私の故郷。
そこまでいかずとも、世界政府が任命する総督によって支配される国は幾つもある。
確かに連中なら、理由さえあれば高々と“正義”の旗を掲げてやって来ただろう。
治安維持という名の征服に。
アラバスタが国としての独立を守れたのは、正に奇跡だったのだ。

……やはり、私には甘さがある。
もっと知識を蓄え、先を見通せるようにならなければ。今のままでは“新世界”を越える
ことなど、出来はしない。
改めて痛感しながら、会話を続けた。

「そう…。アラバスタは王国のまま存続することで、革命の余地が残ったことになるのね」
「ええ。それに“反乱軍”と言っても、アラバスタのそれは各地での不満グループの寄せ
 集めでしたから。統率力のあるリーダーの下で辛うじてまとまっただけで、政権を奪う
 野心があったわけではない。
 ……その辺りの事情は、貴女の方が詳しいでしょう。“ミス・オールサンデー”」

その名で呼ばれたのは、随分久しぶりだ。
懐かしい響きに苦笑を浮かべると、男は慌てて頭を下げる。

「しっ、失礼しました、ロビンさん!!」

恐縮する様子に笑みを深くして見せて、私は机の上のファイルに手を伸ばす。
ついでに記憶の片隅からも、分厚いファイルを取り出した。

……そう。革命軍がアラバスタの反乱軍と接触を図っていたのは、知っていた。
反乱軍の勢力拡大の邪魔にならないことと、当時の私にとって“世界政府の敵”は
歓迎すべき存在だったから、社員には彼等を放置するよう指示した筈。
けれど反乱軍のリーダーは、革命軍との接触を避けていると報告を受けていた。
今にして思えば、彼の目的は“雨を降らせる”ことであって、“王家の滅亡”では
なかったからだろう。
あるいは自ら反乱軍を率いることで、彼は王家を救おうとしていたのかもしれない。


  『俺達の目的は、アルバーナ宮殿に保管されている“ダンスパウダー”を奪って
   国中に雨を降らせることだった。
   それさえ叶えば、死刑だろうと“インペルダウン”送りだろうと、喜んで罰を受ける
   つもりだった。
   世界政府からの脱退とか、海軍を敵に回すとか。考えたこともねぇ。
   “革命”とやらの手駒が欲しいなら、もっと頭の良いヤツを当たった方がいいぜ。
   ……もっとも、この国にそんなお利口さんがいるなら、教えてくれ。
   俺がクワでぶん殴って、丁度良い程度にしてやるからよ』


手元のファイルの中に見つけた反乱軍の元リーダー、コーザと接触した革命軍からの
報告が私の予想を裏付けている。
添えられているのは、日に焼けた顔をした青年の写真。もう一枚の、殺伐とした空気を
纏った男とは別人に見える。
記憶のファイルが、また繰られた。


宮前広場に面したバルコニ−。
壁に両腕を串刺しにされた国王と、ボロボロの王女。血に塗れ倒れた兵士達。
国王軍に降伏を促すためにやってきた反乱軍リーダーの、困惑した顔。
面白そうに全てを見下ろす、“国の英雄”…。


  『ビビ!!この国の雨を奪ったのは、誰なんだ!!!?』
  『俺さ!!コーザ、お前達が国王の仕業だと思っていたこと全て   
   お前はこの事実を知らねェ方が、幸せに死ねただろうに…!!!
   クハハハハハ!!!』



信じたい心を裏切って反乱軍を率いた彼は、最悪のタイミングで自らの過ちを知らされ
たのだ。彼が王国を……王女を裏切ることは、二度とないだろう。
確信しながら、ファイルを閉じた。

「これを見ると、革命軍は今も反乱軍の元幹部達と接触を図っているようだけど、
 取り付く島もないわね。それでも、手を引く気はないと?」

しつこく念を押す私に、男はやや語気を強めた。

「人間は誰の奴隷でもなく、誰からの支配も受けるべきではない。
 その支配者が、例え賢王であろうとも…。それが、革命の信念です。
 ぬるま湯に浸かった人々の目を覚まさせることこそが、我々の目的。
 更に10年、20年かかろうとも」

彼等は思想と信念のみで動いている。権力や利益を求めてではない。
だから後退はあっても、撤退はない。どれほど勝算が低くとも、革命を成し遂げるまで
諦めることはない。

……その恐ろしさを、貴女は理解しているのかしら…?

オデコに汗を光らせた王女様。愛鳥を従え、大勢の人々に囲まれた笑顔。
私は目を閉じ、息を吐いた。

「“局地における革命の最大の敵は、愚王ではなく賢王である。”
 …と言ったのは、貴方のボスだったかしら?いずれにせよ、賢王は何代も続かない。
 それ以前に、どれほどの賢王であろうと失政を全く犯さないことなど在り得ない。
 そこがつけ入る隙なのでしょうね」

彼等と馴れ合うつもりは無いけれど、敵対する理由も無い。
自分が革命を否定する立場に無いことを思い出しての言葉に、男は大きく頷いた。
そして、私の求める情報をくれる。

「そのとおりです。それに、アラバスタでの反乱の原因となった旱魃が陰謀であるにしろ、
 王家が手をこまねいている間に多数の犠牲者が出たことも事実。
 今は“救国の姫”を讃える声や、反乱軍を罰しない国王の寛容さへの感謝の陰に隠れて
 いますが、復興が一段落した後、国民の受けた傷が王家への恨みや不満となるだろうと
 我々は予想しています。
 その先が、アラバスタ王国における革命実現のチャンスでしょう」

彼等は各地で起こる内乱や反政府活動を支援し、時には武器や資金や策を与える。
けれどバロックワークスのように、火の無いところに火事を起こし、油と火薬を放り込む
ようなマネはしないのだ。
種を撒き水を与え、小さな芽が蔓に育ち、10年後、20年後に古い巨木を倒す日を待つ。

……私が思っている以上に、彼等は恐るべき組織なのかもしれない。
微かな戦慄を覆い隠して、別のファイルを手に取った。
アラバスタに関する新聞や雑誌の記事を集めたスクラップだ。航海士さんも作っていた
けれど、こっちは地方版まで網羅している。
お土産に持って帰ったら皆、喜ぶかしら?王女の写真も豊富だし…。

何かを尋ねない限り、革命軍の男は沈黙を守っている。私は記事を拾い読んだ。
新聞からわかる動きを追う限り、アラバスタは国王と王女を中心に国としての結束を固め、
目覚しい復興を進めている。
その一方で、アラバスタは王権の強化を図ってはいなかった。
反乱に加わった者を罰する代わりに、積極的に復興施策を任せている。
それだけならば、『コブラ王らしい』で済むだろう。けれど国王は、復興が終わった後も
彼等を国政に関わらせることを表明していた。
国民の不満や要望を聞き、新たな政策を考え、実現させると。

……例えば。
責任感の強そうな反乱軍の元リーダーは、それが“償い”だと考え、黙々と与えられた
仕事をこなすだろう。
もとより百万の大軍を率いるだけの器量があった人物だ。本人の意思に関わりなく、
出世の階段を駆け上がるに違いない。
つまり王家は、国民の意見を代弁する者を育てようとしている…?

「……もしかしたら、10年も待つ必要は無いかもしれないわ」

呟いたつもりの声は、思ったより大きかったらしい。

「それは、後継者であるビビ王女が“王の器”ではないということでしょうか?
 王位継承後、国が荒れると思われるのですか?」

革命軍としての声には、期待が込められている。
微苦笑と共に肩を竦めた。

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ。
 ただ…、もしも10年以内に国が変わるなら、その時は貴方達革命軍の出番は
 ないかもしれない」

秘密犯罪会社に潜入したり、海賊船に乗り込んだり。
“一国の王”の器に収まるには、型破りすぎた少女。
いつか、遠くない未来。国政を民に譲り渡し、自由になって海に飛び出すかもしれない。
どこかで聞いたようなセリフを、胸を張って叫びながら。


  『“海賊女王”に、私はなる!!!』


自分の想像に、思わず笑ってしまう。
目の前の男は当然ながら、怪訝な顔だ。急に笑ったことかと思ったが、違った。

「いえ…、ドラゴンも貴女と同じ意見だったので」
「ドラゴンが?」

目を瞠る私に、男は頷いた。

「アラバスタ王国が動くのに、10年もかからないかもしれない、と。
 だが、もしそうなったとしたら我々革命軍が手を出す必要はなくなっているだろう…と」

……革命軍総司令官ドラゴン。
彼はアラバスタの何から、その予測を導き出したのだろう?
王女の人為など知らない筈なのに…。
それ以前に彼が見たアラバスタの未来は、私と同じなのかそれとも…?

私が夢と命を預けた船長、“麦わらのルフィ”の父親だという男。
幼い日の友と同じ、“D”の名を持つ男。
ドラゴン自身への興味も、私がここへ来た理由の一つなのだ。


  ジリリリン ジリリリリン


男が腕に嵌めていた子電伝虫が、ふいに鳴り出した。
私に背を向け、言葉を交わす様子にファイルを閉じて机に戻す。

……心して励みなさい、王女様。彼等は見ているわ…。
失政はないか、見捨てられた民はいないか。つけ入る隙を捜して、常に目を光らせている。
彼等は、貴女の敵。
でも、もしかしたら違うのかもしれない。これからの貴女達次第で…。


「ロビンさん、お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
「ええ、お願いするわ」


取次ぎ役の背中を追いながら、私はもう一度だけ肩越しに振り返った。
3年間、眺め続けた砂の海。金色に染まる夜明けの砂丘。
乾いた風と、砂の匂い。


……2年後、貴女はどうしているのかしら…?


「ドラゴン。ニコ・ロビンをお連れしました」
「……入れ」


重々しい声と共に、再び開かれる扉を私は見つめた。
今はもう、“前”だけを。



                                     − 終 −


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姫誕2作目はロビンさん絡み…というのが定番化していますが、やはり8度目も
変わり映えなく。
『革命軍って、アラバスタの反乱軍と接触なかったのかなぁ…?』
…と思ったのが元ネタです。なので原形はコーザと彼に接触する革命軍の話
でしたが、原作でロビンさんが革命軍に助けられ、ドラゴンに会いに行くことに
なりましたので、ロビンさん視点で書けるわと。ごめんね、コーザ。(汗)
あと革命軍については色々と適当です。ご了承くださいませ。

いずれ、遠くない未来。
アラバスタ王国は立憲君主制となり、政治を議会に任せて王の権限を制限する
のではないかなぁ…とか思っています。イギリスみたいに。
そして世界政府から脱退すると、革命軍にとっては“無血革命達成”になるわけ
ですね。
その時、アラバスタの首相はコーザだと良いな。10年後でも若すぎますが、
そこは8歳の考古学者がいたりするワンピワールドなので。
それにビビちゃん、彼になら国を任せて冒険しやすそうじゃないですか。(笑)
…なお、どういうワケか管理人にはコーザに限らず、姫が誰かの嫁になるという
発想がありません。(汗)

さておき、そういった状況を冷静に、皮肉と自虐を込めて見守っているロビンさん
…という図。
忘れずに何度でも繰り返しますが、アラバスタと姫に複雑な愛着と敬意を持つ。
そんなロビンさんが大好きです。(My解釈だけど!!)

2011.2.12 上緒 愛 姫誕企画Princess of Peace20110202