きらきらひかる 「待て、クラァ−ッ!!」 追いかけてくる声を背に、緑でいっぱいの庭を全速力で走る。 芝生から樹の枝へ、樹の枝からテラスへ、テラスから屋根へ、屋根から宙へ。 目に見えない空気のブロックを作っては蹴り、作っては跳ぶ。 「へへーんだ!!」 ひょいと後ろを振り向くと、マジ顔のアイツが迫ってた。やばッ、ゼンゼン引き離せてねェ。 伸びてきた手を、くるりとかわす。そのまま両足を踏ん張って、思いっきりジャンプ。 空だって自由に駆けるオレ様に追いつけたヤツなんて、今までいなかった。 マリーやフレデリカじゃ相手になんねーし、シャオは本ばっか読んでるし。 ヴァンはバァちゃんとどっか行ってるか、寝てるかだし。 オレは、ずうっとつまんなかったんだ。前に住んでたトコでも、ここに来てからも。 オレを本気で追いかけようとするヤツなんか、誰もいなかったから。 「うりゃッ!つ−かまえたッ!!」 耳元で声がしたと思ったら、ぐいっと、えり首を引っ張られる。 せっかく楽しくなってきたトコだったのに、油断しちまったーッ!! 「はッ、放せ−ッ!!」 ジタバタともがいてみても、オレより長くて太い腕は、びくともしない。 腹のあたりを抱えられて、ブロックに乗ってもいないのに、両足が宙に浮いていた。 戦利品だったホウキも、もぎ取られちまう。 「誰が放すか!!庭掃除のジャマばっかしやがって…。 観念しろ、この悪ガキが!!」 後ろから、オレをぎゅうぎゅう締めつける両腕。 ちくしょう、また捕まっちまった。カイル様ともあろう者が、連敗かよ。 …ホントは、さ。頭の上に超圧縮したブロックを落っことしてやるとか、さ。 逃げ出す方法なんか、いくらだってあるんだぜ? 兄ちゃんはまだ、オレ様のホントのPSI(ちから)を知らね−んだからな。 ……けど、さ。 「チッ、しゃ−ね−なァ…。今日のところは捕まっといてやるか」 「ハァア!?寝ぼけたこと言ってんじゃね−ぞ、山猿が」 片手で担ぎなおされて、もう片方の手でゲンコツを喰らった。頭を抱えて文句を言う。 「痛ェじゃんか!!」 「当然だ、痛くしてんだよ!! このままバ−さんのトコ連れてって、お仕置きしてもらうから覚悟しろ!!」 あ〜あ、今日も紅茶は砂糖ヌキか。 ……まァ、いっか。 だってコイツの肩の上からだと、庭も空も、いつもと違って見えるから。 Twinkle, twinkle, little star, きらきらひかる ちいさなほしよ 洗って、すすいで、拭いて、戸棚にしまって。 キッチンで、いつもどおりに動くお皿やカップを眺めながら、また溜息をついてしまった。 大好きな、お姫様と王子様が出て来る本も、閉じたまま。 『何言ってんだよ、自信持てよ!! お前、スゲェ力持ってるよ!!オレが保証する!!』 痛いくらい強く、つかまれた肩。 おっきな両手、あったかかったな…。 ……アゲハ、さん。 思い出すたびに顔が熱くなって、息が苦しくなる。 それなのに、何度も何度も思い出してしまう。 『自信を持っていい』って。 ババ様や亡くなったジジ様、それにシャオ君も言ってくれた。 でも、それは“家族”になったばかりだから、気をつかってくれてるんだって思ってた。 だって、わたしは役立たずでダメな子だから。 ホントのパパとママは、いつもそう言ってわたしをぶった。 手も触れないでモノを動かせる『キモチの悪い力』を持っているくせに、パパとママに 言われたもの…お金とか宝石とか…は、いつも失敗してたから。 だから、わたし…。『いらない』って、『もう、ウチの子じゃない』って…。 ……あっあっ、あ。 考え事なんかするから、お皿を洗うプログラムが止まっちゃった。 フーちゃんが言うとおり、ホントにわたしってグズで、ノロマで、どうしようもない。 顔だってソバカスだらけで、フーちゃんみたいにキレイじゃない。 運動も苦手で怖がりだから、カイル君みたいに強くない。 本を読むのは好きだけど、シャオ君みたいに賢くない。 ヴァン君みたいに、ババ様のお仕事の手伝いもできない。 だからせめて、お家のことぐらい、ちゃんと出来るようにならなくちゃって思ってた。 わたしのは、他のみんなみたいな凄いPSI(ちから)じゃないから。 お皿を洗ったり、お茶を入れたり、お掃除やお洗濯をしたり。 そんなことぐらいでしか、役に立てないから。 ……だけど。 『自信持てよ!!』 会ったばかりの人が言ってくれるなら、ちょっぴりホントかもしれないって思う。 あんなにキラキラした目で、言ってくれるなら。 「……アゲハ、さん…。」 真近で見上げたキレイな瞳を思い出したとたん、ドキッとして。 お皿を1枚、割ってしまったのは、みんなにナイショ。 How I wonder what you are! あなたは いったい なんだろう? 家具の無い、訓練用の大広間で“バーストストリーム”を実演して見せた。 「やってみれば、わかるよ。頭の痛みが全然違…」 「お前達は、天才だ〜!!」 全力で抱きつかれて、思考が止まる。 シャツからは、汗とお日様の匂い。背中に回った両腕に力が入ったかと思うと、 肩を掴まれ少し離される。真正面に、涙ぐんだ両目。 「理論とかは、ど−でもいいや。とにかく、それができるようになりゃ、いいんだな。 え−と、ミャオくんだっけ?」 「シャオだよ」 訂正しながら、思う。 ……コイツ、物覚え悪い。 「よーし、後は実践あるのみだぜ!!」 「家事も、ちゃあんとやるんだよ!!」 勝ったも同然、と高笑いする臨時のバイト兼居候にババ様は言うけれど、すぐに バ−ストを循環させるポイントの説明を始めた。 それが一通り終わると、オレを振り返る。 「後は、シャオに任せようかね」 「……はい。じゃあ、今のとおりにバーストを循環させて」 言うが早いか、目を閉じる。集中力は高いな。 オレの隣に立ったババ様が、静かに言った。 「めずらしいねぇ、シャオ。お前が動揺するなんて」 「……すみません」 落ち着きを取り戻したばかりの心臓の上に、そっと手を置く。 オレの力はまだ不安定で、驚いたり感情が昂ぶったりすると、コントロ−ルが難しくなる。 フレデリカと同じだ。 そういう時、人に近づき過ぎると、“わかって”しまう。 さっきも抱きつかれた瞬間に、見えた。荒れ果てた景色と、不気味な生き物…。 どれも一瞬で、壊れたテレビみたいな砂嵐になった。 本人は気づいてないけれど、トランス系の妨害プログラムを仕込まれているらしい。 ババ様が、気にするわけだ。 ……けれど。 それ以外にも、“わかって”しまった。 この人が、いつも誰かの心配ばかりして、誰かのために怒っていること。 カイルやヴァンが懐くのも、わかる気がする。それに、マリーも…。 心臓の上に置いた手を、ぎゅっと握って口を開いた。 「……バースト、逆流してる」 「ぬおおぉっ!?」 やっぱりコイツ、物覚えは悪いけど。 Up above the world so high, せかいの ずっと ずっと たかいところで お気に入りのソファーのある居間に入ったら、先客がいた。 アタシは読もうと思っていた雑誌をテーブルに置いて、大きく息を吸う。 「ちょっと、ヴァン!!寝るならベッドへ行きなさいよ。カゼひくわよ!?」 ビシバシと肩を叩いてみるものの、とっくに夢の世界へ行っちゃったらしい。 こうなると、自分で目を覚ますまで絶対に起きないのが寝ぼすけのヴァンだ。 「まったくもう…。しょ−がないわねぇ」 両手を腰に当てて呟くと、くるりと背を向けた。 いつもならマリーを捜すところだけど、口を開けばヨソ者の話を始めるに決まってる。 シャオは真っ先に裏切るし、カイルはアイツにちょっかいかけまくりだし。 まったく、腹が立つったら!! 廊下に出て、リネン室からバスタオルを持って来る。 ぐーすか寝ているヴァンの上に、タオルケット代わりに掛けてみたけど、寝返りで ずぐにズリ落ちた。ホント、寝相が悪いんだから…。 仕方なく、ヴァンの手足を引っ張ったり持ち上げたりして巻きつける。 真っ白なミノムシみたいになったけど、まァいいか。 最近、ババ様に連れられて、あちこちの偉い人のキュアをしてるんだもの。 ジジ様が命がけで知らせてくれた、“世界のめつぼう”を救うために。 …そうよ。世界を救うのは、アタシ達エルモア・ウッド。 あんなヨソ者、気にすることなんてない。 部屋に戻ろうと、テーブルに置いたままだった雑誌を手に取る。 そして振り向いたとたん、アタシは固まった。ドアのところで、ニヤニヤ笑ってるアイツ。 アタシたちの家を厚かましい顔で歩き回る、あのヨソ者。 何でいるのよ!?何がおかしいのよ!!?いつから覗いてたのよ!!? 怒鳴ってやりたいのに、口は金魚みたいにパクパクするだけ。 アイツは笑った顔のままアタシに近づくと、頭の上に手を置いて、そして…。 「けっこう優しいトコあるじゃん」 「〜〜〜〜ッツ!!!!」 バシッ!! 力いっぱい投げつけた雑誌は、アイツの顔面に命中した。 “カワイイ動物モチーフ・キッズファッション大特集”の表紙が、床に落ちる。 「いって−ッ!?なにすんだよ」 「うるさい、ドアホ!!死ねッ!!!」 それだけ言って、全速力で部屋に駆け込んだ。 勢い良く閉めたドアに寄りかかって、両手を握りしめる。 「何よアイツ、なによ…!!このアタシの頭を撫でるなんて、ど−ゆ−こと!?」 あんな手つきじゃ、髪はきっとグシャグシャのボサボサよ。早く直さなくちゃいけないのに、 アタシはドアにもたれたまま、動けない。 喰いしばった歯の間から、自分じゃないような声がこぼれた。 「アタシの頭は…、お母様とお父様しか、触っちゃいけないんだから…ッ」 いつだって頭をなでてくれた。頬にキスしてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれた。 おねだりすれば肩車だってしてくれたわ。毎日のように何度も、何度でも。 ……ずっと、前には。 「……ッく」 ドアの前で、きゅっと唇を噛む。軽く頭をひと振りすれば、マリーがうらやましがる 金色がサラリと流れた。 そうよ、アタシは最高に高貴で美しい女スパイ、セクシーローズ。 強くてカッコ良くて、世界中の全ての男を足蹴にするオンナ。 ……だから。 覚悟しとけや、夜科アゲハ!! 次に会ったら、セクシーローズが華麗な蹴りをお見舞いしたる!! Like a diamond in the sky. そらに かがやく ダイヤモンドのように ドタバタとまわりがうるさくて、何度も寝返りをした。 おととい、ババ様と同じくらいのおじいちゃんの肝臓を直してから、ずっと眠い。 けーざいかいでエラそうにしてる人だって、ババ様が教えてくれた。 「おい、ヴァン?ヴァン!?」 名前を呼ばれても、目は開けられない。 その前は、じえーたいでエラそうにしてる人の腎臓。 その前は、こっかいでエラそうにしてる人の肺。 その前は…。 『無理をさせてすまないね、ヴァン。 だが、お前のおかげで“天樹の根”の方は上手くいきそうだ。ありがとうよ』 ババ様が笑ってくれるし、帰る時に美味しいケーキを買ってくれるから、だいじょうぶ。 いつだって、ボク等がずうっと一緒にいられるように、してくれているから。 「こら、起きろって…。こんなところで寝てると、カゼひくぞ?」 ゆさゆさと揺さぶられても、やっぱり目は開かない。 それに、カゼなんかひかない。石けんの匂いのするふかふかの手触りを、ぎゅっと握る。 マリーさんなら、テレキネシスで。カイル君とシャオ君なら、2人がかりで。 いつもボクをベッドへ運んでくれるから、きっとフレデリカさんだ。 このまま晩ごはんまで、眠っていよう。 「……ったく、しょ−がね−な…。」 マリーさんの優しい声でも、フレデリカさんのキツイ声でもない。 カイル君の元気な声でも、シャオ君の落ち着いた声でもない。 ババ様でも、ジジ様でもない。 呆れたみたいなのに、ちょっとだけ楽しそうに笑ってる声。 背中とソファーの間に、何かがもぞもぞ潜りこんでくる。 くすぐったくて寝返りを打とうとした、とたん。ふわりと身体が浮き上がった。 それでも、目は開けない。 包まったタオルごと、小さく上下に揺れる。 一歩一歩、廊下を歩くリズムに合わせて、ゆうらりゆらり。 マリーさんにテレキネシスで運ばれるのは、ふわふわして気持ちがいい。 カイル君とシャオ君に2人がかりで運ばれるのも、危なっかしいけれど嫌いじゃない。 ……でも。 あったかい腕とお日様の匂い。 頭をくっつけた胸からトクトクと響く、音。 ずっと、ずっと、ずうっと前に、知っていた感じ。 ずっと、ずっと、ずうっと、このままでいたい。 ふかふかのタオルから手を離して、うすっぺらいTシャツを握り直す。 両目をぎゅっと閉じたままでいると、頭の上で声がした。 「あ−、オレも一緒に昼寝すっかな−」 Twinkle, twinkle, little star, きらきらひかる ちいさなほしよ How I wonder what you are! あなたは いったい なんだろう? − 終 − ≪TextTop≫ ≪Top≫ *************************************** (以下、反転にて補足的につぶやいております。) 登場順序は、管理人基準によるアゲハ傾倒度(アゲハ教信仰度、とも言う)の 強さ順にしてみました。 実の親や家族に、捨てられるか持て余されるかして、天樹院家に引き取られた 5人の子供達。(さり気に捏造を加えていますが…。) “(自分達から見て)大人”と触れ合った記憶が、無かったり遠かったりするのでは ないかと思います。 天樹院夫妻はご高齢なので、頭を撫でたり叱ったりはできても、追いかけっこや だっこはキツそうです。 アゲハは何のためらいもなく、対等感覚で子供達に体当たりしてるから、印象が 強烈なんでしょうね。考える程に、罪作りなヤツめ…。 なお、フレデリカ(9歳)は“男を足蹴にする”を、言葉のまんまだと思っているようです。 文中の「きらきら星」の歌詞は、日本(和訳)では きらきらひかる お空の星よ まばたきしては みんなを見てる きらきらひかる お空の星よ ですが、英語版の方がしっくり来たので。 ところでネットで調べたら、この歌って元々はフランスの民謡で、歌詞の内容も 星に関係ないものだったのですね。 |