第十四章(1)へモドル|第十四章(3)へススム|009



(2)





 002が勢いよく蹴り上げたシートは宙を舞って、003の悲鳴と006のアイヤーッの叫び声と共に、派手に壁にぶつかって歪んで落ちた。


「一体どういう事だよ!!!なんでこんな事になっちまったんだ!!!」


 青ざめた顔で002は何度も叫ぶ。
ギルモア博士と007はおろおろと宥めようとしたが、002は更にヒステリックに今度は壁を蹴り上げて、コックピットがギシギシと揺れた。


「002!!」


皆が声を上げる。だが002は何も耳に入らない様子で怒鳴り続けた。


「なんであいつが、行っちまうんだよ!なんでリアだけじゃなく、あいつまでが!!こんな、こんな紙切れ一枚だけ残しや
がって・・・・!!」


 
 009の部屋のドアに挟まれていたメモ。



・・・・・『必ず戻ります。   心配しないで。      9』・・・・・



 しんとした空気の中で、蒼白の002はぜいぜいと息を喘がせる。002はぎっと振り返って004を睨みつけた。

 「一体アンタは何をしてたってんだ、ああ?アンタさっき何て言った?あいつが走って行く背中を見たって?・・・・アンタ、自分が何をした か、いや、しなかったか分かってやがんのか!!!なんで止めなかった、004!!!」


「落ち着くんだ002!!まだ事情は何も分かっていない。必ず戻るって009は書いているんだ。なぜ信じようとしない?」

 008の言葉は興奮しきった002の耳には届かない。
 詰め寄られても004は黙った儘平静を崩さなかった。いつも通りのその態度が、002の怒りに更に油を注いだ。


「何とか言えよ!!言えねえなら、言わせてやろうか!!!」

 002の拳が004に向かって宙を裂いた。003ははっと口を押さえ、皆の息が上がるのと同時に004の右手首がそれを受け止めた。
衝撃音と共に004の足がずるりと後ろに引き摺られる。固い手首と拳が二人の間でギリギリど不気味な音を立てた。


「よすんだ、002!!」

引き離そうと005が肩を掴んだ手を002は勢いよく振り払う。

「は・・・ん、俺に仲間を殴る真似をさせまいとしたって所か。いつものすかしたアンタらしいよ・・・・だけど自分がただの無能者だって事、い い加減気付いたらどうなんだ。・・・・くそ!やっぱり、あん時俺があいつをさっさと掻っ攫ってれば、こんな事にならなかったのに よ・・・・!!!」

 今度こそ004の目がぎらっと光って睨んだ。002は今度は掴み掛ろうと飛び上がった。だが002の体は突如宙に縫い止められて固まり、動 けなくなった。

002はジタバタと暴れた。



「おい!放しやがれ、・・・・001!!!」


 

 




『────── 落ち着け、002!!』


 空中に飛び出した小さな塊が、虹色の煌々とした輝きをコックピット中に撒き散らしていた。



『イイカ、002。009がなぜ姿を消したのか、理由は009本人にしか分からない事だ。君が考える様にもしその理由にリアが関わっているの なら、尚更それは本人自身の問題だ』

「本人自身?ふざけんな。お前はあいつが俺達を置いて行ってしまってもいいってのか?!」

ふわふわ浮かぶ赤子に002は食って掛った。


『君は今まで009の何を見て来た?』

002はぐっと詰まる。


『君はずっと見て来た筈だ。009なりの彼への思いも、君は知ってるのではなかったか?想像出来るだろう002、生きて欲しいと心から願う相 手が、自分の声も心も振り切って、死へと向かおうとしている。一刻の猶予も許されない中で、もう一度会いたい、救い出したいと云う想いを。た だ一度きりの、最後のチャンスに掛けたいという気持ちを。そしてそれが出来るのは、もう自分しか居ないという状況を・・・・!』


 002は絶句して立ち尽くした。

 001は宙を漂いながら力強く続ける。

『004はそれを分かっていたから彼を見逃した。・・・・僕達はただ信じるしかないんだよ、002。009がリアに会いに行ったとしても、必 ず戻ると本人自身がはっきり言っているんだ。僕達の事を第一に考えたからこそ、彼はわざわざこの手紙を後に残したんだよ』



「そんな・・・そんな・・・・」


 002は茫然と首を振る。

 コックピットはしんと静まり返る。


 002ははっとした顔で003の方を勢いよく振り返った。駆け寄って縋り、涙声で訴える。


「003、あいつを探してくれ。お願いだ。何でしてくれねえんだよ、見つけてくれよ!!」


「・・・・嫌よ」


002は愕然とする。


「これは009自身の問題だわ。001の言う通り、信じましょう、彼を。今の私達に出来る事はそれだけだわ」



002はふらふら後ずさり、壁にぶつかって背中がずるりと滑った。



 「何で・・・・だよ・・・」





 



 

 
 002の慟哭を耳の奥に残しながら、003はそっとコックピットを出た。

 薄暗い廊下を歩いてふと振り向くと、今来た廊下の向こうに004がこちらを向いて立っていた。



「俺を恨むか、003」


「まさか」


003は驚いた。


「あなたを慕いこそすれ、そんな事考えた事も無かったわ」


 004は003の傍まで近付いた。顔を見合わせた二人は、どちらからともなく互いをそっと抱き締め合った。

 体を離して二人は小さく静かに微笑み合う。004は彼女の髪を優しく一撫でして、そのまま去って行った。







 003は自室に入り、ライトも付けない儘で窓辺に寄り掛かった。鏡の様にひんやり輝く月が彼女の顔を青白く浮き上がらせ、その眩さは彼女の 目を打った。
 眼下に広がる黒い森と遠く夜空との境目はまるで地の果ての様で、それでも月はこの島にあるすべてをただひたすら生かす様に照らし出してい た。


 彼女は初めてこの島に来た時の、005の言葉を思い出していた。



・・・・・・そう云う事だったのか・・・・!



 くらりとする頭を振って、003は額を冷たいガラスに押し当てた。そしてこれ以上の光を目に焼き付けない様に瞼を閉じた。




・・・・・あなたが一人で行ってしまうその度に、これからも私は海ほどの涙を流すでしょう。でも、その半分はあなたの為じゃない。


・・・・・そんなあなたを愛さずにはいられなかった、この私自身の為よ・・・・・






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