(3)
動きを止め、凍りつく004とリア。
炎、熱風、怒りと憎悪、焦燥と悲しみ。そんな中で009の瞳と声は澄んだ水の流れの様だった。
「二人ともそこまでだ。君達がそれ以上互いを傷付け合うというのなら、僕にも考えがある!」
「009、お前は、」
「黙って!」
004の声を制止し、009はレイガンを更に強く構える。
「二人共その手の武器を降ろせ。それから・・・・、お互いゆっくり離れろ」
彼の言葉に従って004とリアはそろりと距離を取った。だが武器は降ろさない。二人共009の出方を窺っていた。
「リア」
レイガンを構えた儘009はリアに目を向けた。
「僕らはマザーコンピューターを破壊しに来た。君もそれが分かっている筈だ。分かっていて尚004を傷付け、更に
無駄な殺戮を繰り返すと云うのなら、」
荒い息に胸を上下させ、蒼白な顔で009はレイガンを更に握り締める。
「・・・・・僕は君を撃つだろう。そして僕も君の後を追う!!これでいいか・・・・!!!」
叫ぶと同時にレイガンの弾が004とリアの間を真っ直ぐに貫いた。
「009!!」
004は叫ぶ。
果ての壁がガラガラと崩れ、真下の床が小さく発火を繰り返した。
「それとも004、君がその手のマシンガンで、僕らを一度にあの世へ送ってくれるか!!!」
今度は天井へ向けてレイガンは火を噴いた。一杯に響く爆音、反響を繰り返す壁、落ちた細かい瓦礫を飲み込
んでさらにざわめく炎。
「009、落ち着け!」
さっと床の上を低く滑る様にして004は009に近付いた。
「来ないで!!」
腕を捉えようとする004を009は振り払おうとしてもがいた。
「それとも、僕一人が・・・・!死んで・・・・・死んでしまえば・・・・・・!!!」
喉から嗚咽が迸る。全身から溢れる悲鳴と涙。彼は興奮状態に陥っていた。暴れる体を押さえ付けられ、彼の手からレイガンが
斜めに火を噴いた。
「僕一人が・・・・!!永遠に!!!!・・・・!!!」
一瞬黒い影が部屋をよぎり、009の手からレイガンが弾け飛んだ。影はくるりと優雅に回転して地面に降り立ち、
さっとマントを引き寄せ振り向いて、その黒い瞳の輝きを二人の目に激しく焼き付けた。
天井から熱波が渦を巻いて吹き下りる。嵐の様な衝撃に二人は思わず目を庇った。
次に目を開いた時、リアの姿は消えていた。
壁の向こうからガリガリという音がして、004ははっと我に返った。無数の尖った金属が擦れ合う音、多くの固い足音。
これは大量のロボット兵の気配だ。先程のレイガンの発砲で探知されたに違いなかった。ドスンドスンと壁を蹴破ろうとして、部屋中が地震の様に
ミシミシと揺れた。
004は右手を構えた。
「009、行け」
「え・・・・」
009は焦って戸惑う。その間にも壁は揺れ続け、金属音が明瞭になる。004は振り向かずに言った。
「ここは俺が食い止める。お前は真っ直ぐにコンピューターの所へ走るんだ。恐らくあいつはそこへ行った。あいつを
止めなきゃならん。・・・・・さあ、早く行け!!それがお前の使命だった筈だ!!!」
壁が破られる轟音が009の耳の奥に届いた。
炎の熱さも足元を揺さぶる地鳴りも、降り注ぐ瓦礫も、もう009には届かない。指の間から滑り落ちようとしている
命、希望、記憶、涙、大切な大切なそれらの為に、009は業火の中を走った。
血でも涙でも彼の為なら幾らでも流そう、それが彼の元へ続く道を作ってくれるのなら。
言葉が届かないならこの身を持ってと、そう思って生きて来た。
月の光が結びつけた魂は、永遠の一瞬を約束したのでは無かったか?
生きて行く事の意味を、共に知った筈では無かったか?
リア、今僕は君の為に生きている。記憶の中の永遠と、今のこの一瞬を君に捧げる。
だから君は生きる。生き続ける。
遥か前方、赤い熱波に揺れる黒い翼。一直線に伸びる炎の道。まるで時の河を遡る様に二人は流されて走る。
009は手を伸ばす。
「リア・・・・・!!」
風の中、彼は振り向いた。黒い瞳が一層、一層輝いていた。
先の方に明るい光の塊が見える。リアはそこへ飛び込み、ほどなくして009も飛び込んだ。まるで結界を破るかの様に。
暗く広大な円形の部屋。その真ん中に根を張った巨大な樹木の様に生えそびえ立つマザーコンピューター。
ぎらぎらと光を放ち、この基地の生命のすべてを背負っている。
ここに炎は無かった。代わりに、この部屋の何処かに穴が空いているのか、熱っぽい風が吹きすさび、逆巻いていた。
風に乱れる髪の間から目を凝らし、コンピューターの根元に佇む後ろ姿を捉える。彼の黒髪もマントも風の中で揺らいでいた。
その内に揺らいでいるのが風のせいなのか、足元の地面なのか、それともこの自分の体が震えているのか、009は分からなく
なっていた。
遠くの四方八方から轟音が迫って来るのを感じる。風の温度が高くなった。
「リア、君は何処へ行く」
ゆっくりと彼に近付く。一足歩くごとに目の奥から涙が落ちる。
「また僕を置いて行ってしまうのか」
佇む背中までが遠く感じる。頭上からパラパラと固い破片が落ち始めた。
マザーコンピューターの巨大な幹が地面に揺さぶられる様にして揺れている。あちこちで電流がショートし、爆発を起こして
火の粉が降り注ぐ。その中を009は体を引き摺る様にして歩き続けた。
近付きながら009は防護服の中を探る。開いた右手の中に、あのオニキスの石が輝いていた。
「君は自分の命の引き換えにこれを託し・・・・捨てろと言うのか・・・・・!!」
下から揺れが突き上がり、地面が大きく割れながら隆起した。009の体がぐらりと傾いた。頭の中でスローモーションの
動きになって、揺れるマントに向かって手を伸ばした。
リアがゆっくりと振り向いた。赤と黒、四つの瞳がぶつかり合った。伸ばされた009の手をリアが取り、引き寄せる。
そしてオニキスを握ったその右手首に噛み付くように唇を付けた。
ほんの一瞬の事だった。
次に気付いた時には砕けて落ちる壁や天井の破片の中、マントが大きな翼になって広がり、既に崩壊が始まっていたマザー
コンピューターの幹の方へ飛び去ろうとしている姿だった。
火の粉は既に火の玉になって降り注ぎ、床を落ちて燃え広がる。炎の嵐が荒れ狂おうとしていた。
手首の疼きが脈打つ血となって全身を駆け廻り、熱い涙になって呆然と見開いた瞳からぽたぽたと流れ落ちた。涙のせいで炎が
揺れる。黒い翼が見る見る溶けて流れ落ち、火の玉と一体になる。
「あ・・・・・あ・・・・」
ふらふらと009の体が一歩、また一歩と機械的に前のめりに動いた。ガシャン、ガシャンとあらゆる物体が道を遮り、体に
ぶつかって傷を作った。もう痛みも熱さも、何も感じなかった。
「リア・・・・・!!」
009は駆け出した。と同時にリアの体がコンピューターの中心部のカプセル状の空間に滑り込んだ。
コンピューターの壁が崩れ、根の様な太いコード類がちぎれて剥き出しになり、激しい火花を上げながらのた
うち回っている。
駆け寄った009の眼前で透明なガラスの蓋がゆっくりと締まった。
「嫌だ!!リア!!何で、どうして・・・・・!!」
009は泣きながらカプセルにしがみつき、渾身の力で蓋を叩いた。蓋はびくともしなかった。
リアの顔は静かだった。二つの黒い瞳は夜の湖の様で、虚ろな009の涙をただ受け止め湛える様に暗く澄んでいた。
「・・・・・お願い、行かないで・・・・僕を置いて行かないで・・・・」
両手をカプセルに付ける。真っ直ぐに視線が混じり合う。リアの唇が動いた。『ジョー』と、確かにそう言った。
009の顔が近付きリアの体が動き、二人はガラス越しにキスをした。
「009・・・・・!!!」
背後から叫び声がした。004と005。こちらに向かってバラバラと走る音、爆発、轟音。地面の揺れが激しくなり、
コンピューターの幹も嵐に揉まれる様に大きく右左に傾いだ。断続的な爆発が始まった。
009は振り向かない。カプセルから離れようとしなかった。
「もう駄目だ、崩れる!!」
009の両脇がしっかりと捉えられ、体をカプセルから引き離そうとする。
「いや・・・・いや・・・!リア・・・・!!嫌だぁぁぁぁ・・・・!!」
うわ言の様に叫びを繰り返し暴れる体を容赦無く引き摺って、004と005は崩壊するコンピューターから009を引き
離す。
巨大な幹が煙と稲妻に包まれる。
引き摺られて遠くなる姿、炎と、009の涙に揺れながら飲まれて行くリアの姿。
「リア!!リアぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!!」
風を切り裂く様な音と同時に、002が暴れる009の体を前から掴んで抱き上げた。途端に運ばれるスピードが
速くなり、もうすでに全体が炎に包まれていたコンピューターが見る見る視界に遠くなった。
暗い穴の中に落ちて行く様に、自分の叫び声と爆発音が耳の奥に吸い込まれて行く。
「リア・・・・・・!!!リアぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!!」
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