君と僕の物語
階段を下りてリビングに入ろうとしたら、ソファの上で新聞を読んでいるアルベルトの後ろ姿が目に入ったので、そのまま入り口を素通りして
玄関に行き、表庭に出た。
避けるつもりじゃ無いんだけど・・・・・こんな後ろ向きな性格だから駄目なんだ、と庭の隅の水道からジョウロに水を汲みながら心の中で呟いた。
彼が嫌いなんじゃない。むしろ好かれたいのだ。
B.Gや戦闘に関する事柄であれば、彼はかなり良き師であり、またと無い相談相手だった。
だが日常ではどうだろう。
共通項が殆ど無いから会話が極端に減る。しても続かない。いつも無表情で、心の中がわからない。だから彼と二人きりになった時は困ってしまう。
無口なのは彼の性格だから仕方ない、とは思っても、この自分以外の相手には、付き合いの長さや相手の性格もあってか、結構腹を割って、仲良い様に見える。
とすればやっぱり問題は僕か・・・
紫のビオラの株の一つ一つに丁寧に水を遣りながら考える。
嫌われている・・・とは一概には言えない気がした。なんやかんやで彼から話し掛けて来る事はよくあった。そう言えば最近しょっちゅう視線が合う様な。
あれは僕の事呆れて見ているのかな・・・・・。
この自分も、決して人づき合いが得意な方ではない。人の顔色ばかり窺ってうじうじしてるし、特に戦闘中は皆の足を引っ張ってばかりいるし・・・・・。
ああ、僕って何でこんな鬱陶しい奴なんだろう・・・!モヤモヤして、ジョウロの水を勢いよく残りの花壇にまき散らした。眩しく降り注ぐ水のリズムに合わせ
て、葉や花弁がゆらゆら揺れた。
「花が傷むぞ」
突然の背後の声にぎょっとした。
振り向くと、いつの間にか彼がテラスのガラス戸を開けて、こちらをじっと見ている。
「や、やあ居たの」
「そんな勢いよく撒いたら花が痛むぞ」
「・・・・・そうだね」
動揺したのを悟られない様に取り繕って、もそもそとジョウロを逆さまにして水を切った。
何か話をしなければ。彼がそのまま動かずにこちらを眺めているので、頭の中でぐるぐると話題を考えた。
「・・・・・急に話し掛けるからびっくりしたよ」
「考え事でもしていたのか」
どう答えようか一瞬迷う。いや、これは打ち解ける良い機会かもしれない。
「丁度君の事をね」
「・・・・・・・」
期待に反して、彼は押し黙った。
しまった、ちょっと唐突過ぎたかな・・・・・返事に困っているじゃないか・・・・・僕のバカバカ!
「・・・・・・俺の何を?」
そのまま流してくれたら良かったのに。意外な事に彼は喰いついて来た。
「えーと、いつも君に助けてもらってるなあとか」
「とか?」
「・・・・・僕も君みたいにいつも落ち着いていられたらなあとか・・・・・」
彼が全く視線を逸らさないので、少し居心地悪くなった。
「それから?」
「え?」
「それから?」
「それから・・・・・そうだね、僕達・・・・・普段あまり話さないなって・・・・・」
「・・・・・・それから?」
「・・・・・・僕達は家庭教師とその生徒みたいな間柄かなって・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・それから・・・・・?」
「・・・・・・・それから・・・・・、」
「・・・・・やっぱり会話が続かなくて、向こうはなぜか押し黙っちゃうし、どうにもこうにも上手くいかないんだ」
テーブルに足を乗っけてソファに凭れ、煙草を咥えるジェットに、昨日の出来事をひとしきり話した。
「ふーん・・・・・」
聞いているのかいないのか、腑抜けた返事をして、ジェットは気だるげに灰皿に腕を伸ばし、煙草の灰を落とした。
「それで、ほら、君達って僕よりもずっと付き合いが長いだろ?だから付き合い方のコツっていうか、どうしたらもうちょっと親しくなれるか、君なら分かる
んじゃないかと思ってさ」
「・・・・・親しくねえ・・・・・」
ジェットは唇に挟んだ煙草をくいと動かして、宙を見上げた。天井に答えが書いてある様なその素振りは、真剣なのか、気が無いのか、よく分からなかった。
「お前、最後、何て言ったつったっけ?」
あい変わらず宙に目を見据えたまま彼は唐突に尋ねた。
「最後・・・・・?ああ、僕らは家庭教師とその生徒みたいだって」
茶色い目が見る見る内に面白そうな笑みを湛えた。家庭教師と生徒ねえ、うん、と一人で呟いてニヤニヤした。
「せめて彼の考えている事が・・・・・」
「別に親しくならなくてもいーんじゃねーの」
「え」
「無理に親しくなる必要なんてどこにもねーじゃん。だいたいあのオッサンは万年無愛想なのがトレードマークみてえなモンだ。
付き合いにくさは俺達のお墨付きさ」
ジェットは頭の後ろで腕を組み、どさりとソファに背を預けた。長い手足を持て余している風だった。
「でも・・・・・」
「別にお前があれこれ気を廻す事でもねえだろ。べつにあいつとどうこうならなくても、俺とこうやって仲良く出来てるんだから、それでいいじゃん」
なんだか投げ遣りな口調でジェットは言った。
「彼は彼、君は君だろ。僕はみんなと仲良くなりたいんだよ」
これは相談しても無駄だと悟りつつあった。そもそも相手が最初から真面目に聞いているかどうかも怪しかった。
ジェットは物憂げに一つ二つ煙を吐くと、背に凭れたまま体ごとゆっくりとこちらに向けた。煙草を口から離し、
先程とは違う眼差しで真っ直ぐに視線を合わせて来る。
「じゃあさ、俺とはどういう関係なの」
「え?」
「あいつとは家庭教師と生徒、じゃあ俺とは?」
「と、友達、だよね?」
そう思っているのは自分だけなのかと、恐る恐る答えた。
「・・・・・ほかには?」
「ほか・・・?え、えーと・・・仲間だよ」
「・・・・・それから?」
「・・・・家族、・・・・・だよね」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・それから・・・・・・?」
「・・・・・・・それから・・・・・・、」
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