ムーンライト・メモリー
真夜中の街角。
能面の様な月は稚拙な舞台の背景の様に夜空にぶら下がる。
その月が夜道に落とす自分達の色濃い影は、歩みを邪魔する足枷の様に息も絶え絶えの新八には感じられてならない。
ぐっしょり濡れた身体は一人でも十分重いのに、今は自分よりも一回りは大きい大人の男に肩を貸して、更にその人は瀕死の重傷を負ってい
ると来ている。
「もう少しですよ……今エリザベスがお医者さん呼びに行ってますからね……万事屋に着いたらすぐ手当てしてもらえますよ」
男の胸の深い傷、赤黒い血。互いの身体から発する水の腐臭。色々探してみると言って何処かへ行ってしまった神楽。そしてほんのついさっ
き、
真剣で生きた人の片腕を切り落とすという信じられない罪を犯した自分。
幾つもの重い荷物を丸抱えにして必死に歩く新八の耳の傍で、掠れ声で銀時は何やらぶつぶつと呟いていた。
「…あいつは…あいつはさぁ……俺が気付いた時にはいつももう背中が見えなくなってんだよ。いっつも…いっつもなんだよ。ぱっつぁん」
「はいはい、そうですか」
新八は受け流そうとした。多分銀時は今一時的な躁状態なのだ。酔っ払いみたいなもので、自分でも今何を言っているのか分かっていないに違
いない。
「傍にいて欲しいって思った時に、本当にいてくれた例(ためし)が無ぇんだよ。どう思う?ぱっつぁん」
「……えっとそれは、」
平静を装い、新八はよいしょと銀時の身体を支え直した。
「アンタがいつも素直じゃないからですよ」
「あいつ、やっぱり本当は俺の事あまり好きじゃないのかなぁ」
「……まさかアンタに恋愛相談される日が来るとは思いもしませんでしたよ」
「レン…アイ……?今レンアイつった?」
「恋愛でしょ。アンタ達見てたら誰でも分かりますよ。……まあでも僕にはその……男だからとかじゃなくて、幼馴染みたいな近しい人にって
意味で、えっと、そういう感情を持った事が無いので……」
「そうだよなぁ……でも、でもさ…」
銀時はふっと黙る。
「俺達ってさぁ、ガキの時分に知り合う前からもう親とか家族とかいう物が無くてさ、互いしか知らない内にいつの間にか揃って戦場のど真ん
中にいて、」
覚束ない足元がずるっずるっと道を引き摺って鳴った。銀時は息をするのも必死な筈なのに、何とか言葉を紡ごうとしていた。
「……そんなに不思議な事か?お前くらいの年の頃、生きるか死ぬかって時に、俺達はずっと一緒にいていつも互いを見てたんだよ」
眩しい月明かりに背を向けて、地面に伸びた影の塊を見つめて二人は歩き続ける。まるで月の引力に抗って、必死で地上の世界への帰り道を
急いで
いる様な。
「アンタ、本人にちゃんと伝えた事あるんですか」
「何を?」
「だからその……好きだって。傍にいて欲しいって」
「……へ?うーん、アレ?」
やれやれ。再び新八は銀時の身体を支え直した。
「じゃあ次桂さんに会ったら、真っ先に伝えてあげてください」
「伝え……?そうなの?」
「当たり前でしょ。また知らない内にどこかに行かれてもいいんですか」
「いやーえーでもそうなの?……そうなのかぁ」
痛みに汗が滲んだ顔で、ふわふわと銀時は呟いた。
そんなに不思議な事かなぁ。
心の中で突っ込んだ新八はふと歩みを緩め、背後の夜空を振り返った。
無表情に押し黙ってただ下界を見下ろす月。まるでこの世の幻の様に。
そんな事言ってると、桂さん本当に月へ帰っちゃいますよ。
言い掛けた台詞を飲み込んで、新八は直ぐに月に背を向ける。遠くに小さく万事屋の看板が見えた。
恐らく今夜、自分は間一髪の所で銀時を取り戻した。次は銀時が月から桂を取り戻し連れ帰る番なのだろう。
ぐっと顔を上げ、銀時を支える身体に力を込めて、新八は自分達しか生命ある物の無い夜道を再び歩き始めた。