花降りしきる午後




     『皆様、本日はようこそ星條高校文化祭へおこし下さいました。
      ただ今より3年D組企画、製作。「花降りしきる午後」を上映いたします。
      最後まで、ごゆっくりお楽しみ下さい』




− 1 −

BGMのピアノの音が、軽やかなワルツの調べを奏でている。
そのリズムに合わせるかのようにトコトコと歩く、小さな皮の編み上げ靴。
ゆっくりとカメラが引き、えんじ色の袴が映し出される。
矢羽根柄の着物の袖と、襟元にかかる栗色の髪。大きなリボン。
一昔前の女学生の格好をした少女が、親の代から使い込まれたように古びた、
大きな旅行鞄を持って歩いている。
やがて、少女は立ち止まった。
さっきから延々と続いていたレンガの壁が、ようやく途切れたのだ。
鉄の門の間から覗くのは、ゆるやかにカーブを描く馬車道。
鬱蒼とした常緑樹の向こうに、ようやくほころび始めた桜の木々が薄紅色のもやをまとったように見える。
その、さらに向こうにそびえる白い洋館。
少女は思わず、声を上げた。

「ほええぇ〜、おっきいお屋敷〜〜!!」


− 2 −

午後の日差しが、書斎の机の上に降り注いでいる。
真鍮のインク壷や貝細工のペーパーナイフがキラキラと光を躍らせるのを挟んで、
二人の青年が向き合っていた。

「…これで、だいたいの法律上の手続きは片付いたようです」

そのうちの一人…机の前に恭しく立っている青年が、口を開いた。
細めた目に、常に絶やさずに笑みを浮かべている。

「家を継ぐというのも、面倒なものだな」

ビロード張りの椅子に腰掛け机に向かっている青年が、書類にペンを走らせながら言った。
こちらは、やや不機嫌そうだ。
何十枚、何百枚もの書類に目を通し、署名と捺印をする作業の繰り返しに飽き飽きしたのだろう。
ほとんど同じ年齢の二人だが、明かに主従の関係にあるのが見て取れる。

「まだまだ、これからお忙しくなりますよ。
 いずれはパーティーにも御出席いただいて、各界の方々に御挨拶をせねば。
 招待状も山のように届いております」

机の片隅には、銀の盆の上に封筒が積み上げられている。

「それに、全部出席するのか…?」

あからさまにウンザリとした口調で、青年が言った。
茶褐色の髪と鳶色の眸。
誰もが振り向くほどの容姿の良さだが、どうやらあまり社交好きではないようだ。
それを知っているのだろう。
苦笑を押さえたような表情で、穏やかな顔立ちの青年は若い主人に答えた。

「まだ喪中でもありますし、当分は、おことわりしても失礼にはあたらないでしょう。
 それに今後の資産の管理について、銀行側がお話したいと言ってきております。
 絵筆を取るのは、もう少し我慢なさって下さい」

所在なさげにペンをもてあそんでいた手が、ピタリと止まった。

「……山崎」

山崎、と呼ばれた青年は、しかし主の硬い声に臆することもなく言葉を続ける。

「お好きなことを、あきらめる必要はないと思います」

「その話は、するな」

「失礼をいたしました。では、私はこれで」

静かに一礼し、山崎は主人が署名と捺印をした幾枚かの書類を手に書斎を後にした。
一人残された青年は、ふっとため息をつくと机の引出しを開ける。
中に入っていたのは、1冊のスケッチブック。
新しいものではない証拠に縁が丸みを帯びて、ところどころ黒っぽく汚れている。
それを手に取った青年は、赤褐色の表紙をそっと撫でた。
だが、中を開いてみようとはしない。
…と。


 コン コン


軽いノックの音に顔を上げ、スケッチブックを引出しの中に片付け返事をした。

「入って」

カチャリ

「あの…お紅茶です」

先ほど、門の前で声を上げていた女学生だ。
今は飾り気のない黒いパフスリーブとロングスカートの服に、白いエプロンをつけている。
いわゆる≪メイドさん≫の格好だ。
やや緊張した面持ちで、ティーカップを机に載せる。
カップが受け皿の上でカタカタと音をたて、濃い琥珀色の表面にさざなみが立った。

「ああ、ありがとう。…初めて見る顔だな」

「はい。今日から、このお屋敷で働かせていただくことになりました、木之本桜と申します」

「さくら…。可愛い名だな」

「あ、ありがとうございます。御主人様」

ぽっと頬を染め嬉しそうに言う少女に、若い主は僅かに表情を曇らせた。

「…その呼び方は、好きじゃない」

「でも…何とお呼びすれば?」

「名前でいい。小狼だ」

「はい、小狼…さま」


『(ナレーション)時は明治。鹿鳴館華やかなりし頃。
 若き子爵家の当主・李 小狼と、貧しい境遇にありながらも清らかな心を持つ娘・木之本桜。
 身分違いの二人の、それが出逢いであった』



− 3 −

「どうだった?」

書斎から戻ってきたさくらに、メイド仲間の一人が声をかける。
左右に結わえた髪に快活そうな瞳をした彼女は、三原 千春という。

「きんちょうしちゃった〜〜。でも、ビックリしたよ。御主人様って、お若いんだね」

「そうなの。
 実は三ヶ月前に事故で前の御主人様と奥様が亡くなられて、外国に留学していた坊ちゃま…
 今の御主人様だけど…が帰ってこられて、子爵家をお継ぎになったのよ」

千春の説明に、この屋敷に勤めるもう一人のメイド、佐々木利佳も言った。

「だから私達も、今の御主人様のことはよく知らないの。
 無口な方だし、何だか怖そうだし…」

「怖いなんてこと、なかったよ?とっても優しくして下さったし」

「山崎さんも、そうおっしゃってたわ。
 御主人様はお小さい頃から、とても優しい方だったって」

「山崎さんって、私を案内してくれた、あの細い目のニコニコしてるひと?」

「そうよ。今は御主人様の秘書と、このお屋敷の執事をしているの。
 御主人様が子供の頃から、ずっとお仕えしているのよ」

心なしか千春の頬はほんのりと染まっており、それを見つめる利佳も笑みを浮かべている。

「ふうん」

先輩メイドの話に、さくらは感心したように頷くだけだった。



− 4 −

満開に咲きそろった桜が、早、花びらを散らし始めている。
小狼は、弁護士や銀行家との話を終え、気晴らしに庭を散歩していた。
疲れているのか、その表情は冴えない。
ふと、鼻先を掠めた薄紅色の花びらに、顔を上げた。

「もう、桜も終りか…」

庭の一角に植えられた十数本の桜が、その盛りを終えようとしているのだ。
小狼は、吸い寄せられるようにそちらへと足を向けた。
そして…。
目に止まったのは、桜の木の根元に投げ出された、黒い靴を履いた小さな足。
慌てて駆け寄ると、花の下にはエプロンを外したメイド服姿のさくらが、仰向けに倒れている。

「…おい、どうした!?」

声をかけ、屈んで覗き込んだ小狼だが、やがて、小さく呟いた。

「…寝てる…」

…そう。
桜の花びらを浴びながら、少女は気持ち良さそうに昼寝をしているのだ。
規則正しい呼吸の合間に、むにゃむにゃと寝言らしき声をもらしている。
満ち足りた寝顔を眺める小狼の口元には、何時しか笑みが浮かんでいた。


…桜の花びらが、緑の芝生を一面に埋め尽くした頃。
パチリと目を覚ましたさくらは、頭上を覆う薄紅色の花と降りしきる花びらに、暫し見とれていた。
やがて、花びらにまみれた身体を起こし…そして、自分の身体の上からずり落ちた上着に気がついた。

「ほえ…?」

上品で、いかにも高級そうな男物の上着には、見覚えがある。
さくらは、小さく呟いた。

「これ…御主人さまの…?」

「御主人さま、じゃなくて小狼だ」

突然の声に、さくらは飛び上がらんばかりに驚いた。

「しゃ、小狼さま!?」

さくらの隣には、樹の幹に身体をもたせかけた小狼が座っていたのだ。

「驚かせて悪かった。そのままでは、風邪をひくと思って」

苦笑を浮かべる小狼に、さくらは熟れた苺のように真っ赤になった。

「いえ、あのあの…あっ、上着!すみませんでした…って、花びらだらけだよう〜。
 すぐに、ブラシをかけますから!!」

「いや、勝手にしたことだから、気にしなくていい」

「でもでも、草や土もついちゃってるし!シミ抜きします!!
 それでもキレイにならなかったら、わたしのお給金から弁償して…」

わたわたと恐縮するさくらを見て、小狼も表情をあらためた。

「おれも、君に謝らなければならないことがある。
 本当は、ちゃんとことわらなければならなかったんだが…」

小狼は、さくらが座っているのと反対側に伏せていた、スケッチブックを手に取った。
開かれた中には、幸せそうな顔で眠っている、さくらの顔がある。

「勝手に描いてしまって、すまなかった。どうだろう、これでおあいこってことで」

…しかしさくらは、スケッチブックをじ−っと見つめたまま、不思議そうな顔をしている。

「これ、わたし……ですか?」

「ああ、そのつもりだが…。似ていないか?」

「いえ、あの…だって、自分の寝てる顔って、見たことがないので…。
 わたし、こんな気持ち良さそうに寝てるんだなあって、思って……小狼さま?」

「………。」

小狼は、膝を抱えるような格好で、花びらが敷きつめられた芝生に目を向けている。
気を悪くさせてしまったのかと、さくらは慌てた。

「あ、でもでも、すっごく素敵です!ホントです!!あの、あの…」

肩を小刻みに震わせながら、小狼は顔を上げた。…笑っているのだ。

「くくく…っ、はははは…!そりゃ、違いない。
 じゃあ、どうだろう。今度は、起きているところを描かせてもらえないか?」

初めて見る小狼の笑顔にボーっと頬を染めながら、さくらは思わず頷いていた。



− 5 −

書斎の窓から、庭師達があちこちに降り積もった桜の花びらを掃除しているのが見える。

「じゃあ、そこの椅子に座って」

「は、はい」

言われるままに、さくらは深紅のビロード張りの椅子に腰掛けた。

「悪いな。せっかくの休憩時間なのに」

「いえ、いいんです。何もすること、ありませんから」

小狼は書斎の一角にイーゼルを立て、その上にスケッチブックの白いページを乗せた。
本格的な油絵ではなく、ラフスケッチだけのようだ。
しかし、椅子に座ったさくらはカチコチに緊張してしまい、笑顔も強張っている。

「だいぶ、硬くなっているな」

「す、すみません。なんだか、緊張しちゃって…」

ますます固まるさくらに、小狼はイーゼルの前を離れた。

「何か、音楽でもかけよう」

窓辺に置かれた蓄音機に、レコードの針を落とす。
流れてくる、ワルツの調べ。

「あ、この曲…」

「知っているのか?」

小狼の問いに、さくらは遠くを見るような眸で答えた。

「はい。学校で習いました。それに、お母さんが好きな曲だったんです。
 音楽とダンスが大好きで。お父さんは、そんなお母さんが大好きで。
 わたしが小さい頃、庭で二人で踊っていました」

「…今は?」

「亡くなりました。お母さんは十年前に。お父さんは、先月…」

「すまない」

声を落とした小狼に、さくらは首を振った。

「いいえ!
 わたし、一人ぼっちになってしまって、女学校も辞めなければならなくなったけれど…。
 でも、先生がこのお屋敷を紹介して下さって、今は毎日とっても楽しいです」

「そうか」

小狼は、自分に向けられる真っ直ぐな眸を見つめ返すと、ふと思いついたように言った。

「ちょっと、踊ってみないか?」

「ほえ!?」

「おれも、昔習ったきり、ずっと踊っていなかったが…。
 どうぞ、お相手を」

小狼は軽く腰を折り、椅子に座ったさくらに手を差し伸べた。

「は、はい…」


エプロンと頭飾りを外した、黒いワンピースのさくらと、上着を脱いでシャツの袖を肘まで捲り上げた小狼。
蓄音機から流れるメロディーに乗って、二人はぎこちなくステップを踏んだ。

「学校で習っただけにしては、随分軽いな」

「小狼さまも…。すごく、お上手で踊りやすいです」

硬かったさくらの表情が、柔らかくほころぶ。小狼の唇にも、笑みが浮かんだ。
そして二人の動きも、流れるように軽やかなものになっていく。


ふわりと、窓から入り込んだ桜の花びらが踊る二人に合わせるかのように、くるくると舞った。



                                   − つづく −


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