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 その後、人々の手で、倒れている全員が李家に運ばれた。
 桃矢と雪兎には李家の術者によって暗示がかけられ、彼等は香港観光の後、再び李家に
 招かれ夕食を御馳走になり、その際に勧められた中国酒のせいで酔いつぶれ、二日続けて
 の宿泊を余儀なくされた…ということになった。
 もちろん、キャットストリートでさくらが鳥を追いかけたところからの記憶は消してある。

 暗示は、その術にかけては李家でも一、二を争う腕の者が行い、完璧な筈だった。
 しかし翌朝、奇妙にだるい…二日酔いのせいということにされているが…身体で目覚めた桃矢は
 廊下で鉢合わせた小狼に向かって、渋い顔で言ったのだ。

 「いろいろ、世話になっちまったみてぇだな」

 「えっ…!?」

 驚いた顔をする小狼を残し、桃矢はスタスタと歩いていってしまう。
 どういう意味での礼なのか…と考えていると、後ろから雪兎が声をかけてきた。

 「おはよう、李君」

 「あ、お、おはようございます。(/////)」

 ニコニコと微笑む雪兎に、毎度のごとく≪かあああっ≫となりながら挨拶を返す小狼。
 雪兎はズボンのポケットをさぐると、小さな袋のようなものを小狼に差し出した。

 「はい、これ」

 「え?」

 「いろいろ、お世話になったお礼」

 「…なんで、おれに…?」

 鳶色の眸が戸惑いを浮かべて、雪兎を見上げる。

 「だって、あちこち案内してもらったし。
  お家に招いてもらって、二日も続けて御馳走になって泊めてもらったし。
  おかげでとっても楽しかったよ」

 淡い褐色の眸が、優しく細められた。
 ボーッと見とれる小狼に、雪兎は続ける。

 「これね、願い事がかなうお守りなんだって。
  さくらちゃんに旅行に誘ってもらったお礼に昨日髪飾りを買ったとき、お店の人がね
  いっしょに買ってくれたら安くするって言ってくれてね。ぼく、そういうのに弱いんだ。
  …あ、ごめんね。ついでに買っちゃったみたいなものなんて、いらないかな?」

 「そっ、そんなことありません!」

 「よかった。ほら、ここのところの模様、すももの花なんだよ。
  李君の、≪李≫の字だよね。だから、これを見た時、君にあげたいなって思って」

 そして、雪兎はお守りを手渡しながら、ニッコリと笑った。

 「願い事、かなうといいね」

 「………。」


 手の中の、細やかな刺繍の小さなお守り。
 小狼は、ふと考えた。
 自分の願い事。かなえたいこと、それは……


 「君はまだ、願い事を探しているところなのかな?」

 そっと尋ねる雪兎に、小狼は顔を上げて答えた。

 「いえ、かなえたいことは、たくさんあります!」

 ……そうだ。
    カードを封印し、≪この世の災い≫を防ぐこと。
    カードの主として、認められること。
    そして、誰よりも…クロウ・リードを超えるくらいに…強く、なること…。


 「そうかあ、素敵だね」

 まぶしいほどの笑顔で、雪兎が言う。
 ドキドキと胸が高鳴り、頬が熱くなった。


 (……だが、≪月の魔力≫に惑わされるようでは、まだまだだな。
     クロウの血を引く者よ……。)


 「……えっ!?」

 小狼は、ハッと周囲を見回した。

 ……今の≪声≫は…?

 「どうかした?」

 不思議そうに尋ねる雪兎に、小狼は慌てて首を振った。

 「な、なんでもありません!」

 気のせいでは、けっしてなかった。
 しかし今はもう、あの刺すように怜悧な気配は、何処からも感じられなかった。


 それが、香港の魔の気配と一連の出来事。
 そして李家の者達の持つ、クロウの血の気配に触発されて僅かに目覚めかけた
 ≪月(ユエ)≫の呟きだと。
 この時の小狼に気づくことは出来なかった。



                                        − つづく −


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 (初出01.5〜8 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)