再演版・悲しい恋



 以下は、劇場版2「封印されたカード」を題材にしたパロディとなっております。
 ご覧になっていない方には、なんのことやらよくわからないような作りです。
 また、このお話の最大のテーマは≪悪ふざけ≫です。
 若干(?)キャラクターを崩していますが広い心でお読みくださいますよう、お願いいたします。



 − 1 − 再演決定

 ≪無≫のカードが≪希望≫へと変わった、その翌日の午後。
 木之本家のリビングでは、滞在を一週間延ばした小狼と苺鈴。知世。
 そしてイギリスから駆けつけたエリオルを交え、お茶会が開かれていた。

 「みんなでお茶飲むの、ひさしぶりだね!」

 「ほんとうですわね」

 紅茶をいれながら弾んだ声で言うさくらに、知世が相槌を打つ。

 「エリオル君、ミルク入れる?」

 「いいえ」

 「小狼くんは、入れるよね!」

 「あ、ああ…」

 断定的に言われた小狼は、たじろぎながらもうなずいた。
 なんとなく、右隣のエリオルが気になってしまう。昔から尊敬し、憧れていた、李家の
 誇りでもある不世出の魔術師の生まれ変わりが、元同級生だなんて。
 一体、どういう態度で接すればいいのやら。
 一方のエリオルは、相変わらず優しげな微笑みを浮かべているだけである。

 「私、ケーキを切りますわね」

 「うん!」

 「私、手伝う!」

 そんな少年の混乱をよそに、女の子達は元気で屈託がない。
 さくらは小狼の紅茶にミルクと、ついでに砂糖まで入れてスプーンでかき混ぜると、

 「はい!お砂糖、2つでよかったよね」

 と差し出した。
 俗に言う≪両想い≫になって以来…といってもまだ二日目だが…やたらと積極的な
 さくらに、気圧され気味な小狼である。

 「あ、ありがとう…」

 顔を赤らめ、それでも律儀に礼を言ってティーカップを受け取る小狼に、さくらがにこぉ〜と
 花が咲いたように笑った。

 「木之本さんって、世話女房タイプだったのね〜」

 こそっと隣の知世に囁く苺鈴。
 しかし、その時既に知世の手には、いずこからか取り出されたビデオが…。

 「さくらちゃん、かわいいですわ〜〜♪」

 そんな光景にエリオルは、ただニコニコというか、ニヤニヤというか…。


    * * *


 紅茶がいれられ藤隆さんお手製のケーキが切り分けられると、和やかな談笑が始まった。

 「そういえば、≪なでしこ祭≫での劇は、どうでしたか?」

 優雅にティーカップを持ったエリオルが、さくらに尋ねる。

 「それが、途中で≪無≫のカードさんが現れて、中止になっちゃったの」

 ほんの少し顔を曇らせて、さくらが答えた。

 「それは残念ですね。さくらさん、頑張って練習されていたのに」

 「本当に、残念でしたわ〜〜!!」

 明らかに誰よりも残念がっている知世。

 「そうよねぇ。小狼の王子様も、なかなかサマになってたし」

 苺鈴の言葉を聞きとめ、エリオルが小狼を見やる。

 「おや?確か王子様は、山崎君ではありませんでしたか?」

 「そっ、それは…。山崎がケガをしたから、その代役に…」

 「それはそれは…。是非、拝見したかったですね」

 うろたえて真っ赤になる小狼と、意味深な微笑みを浮かべるエリオルの前で、さくらは
 素直にうなずいた。

 「うん、ほんとに。最後まで出来なくて、残念だったよ」

 そこへ、電話がかかってきた。さくらが席を立ち、受話器をとる。

 「はい、木之本です。…あ、寺田先生、こんにちは。はい、知世ちゃんも苺鈴ちゃんも、
  小狼君もいますけど…。はい…えっ、ほんとうですか?はい、明日ですね。わかりました。
  みんなにも伝えます。ありがとうございました」

 受話器を置いたさくらに、知世が尋ねる。

 「さくらちゃん、寺田先生からですか?」

 「うん。あのね、劇、もう一度やり直すんだって」

 「えっ!?」

 「それ、本当!?」

 驚く一同に、さくらは寺田先生からの電話の内容を説明する。

 「明日の夕方、6年2組の劇から、出来なかったプログラムを全部やるんだって」

 「すばらしいですわ〜!これで、さくらちゃんのお姫様を完全にビデオに収めることが
  出来ますのね〜〜!!」

 瞳をキラキラさせて舞い上がる知世。
 エリオルも眼鏡の奥の瞳を細めて言った。

 「僕もぜひ、拝見させていただきます。頑張ってくださいね、さくらさん。李君」

 「ありがとう、エリオルくん」

 にっこりと微笑むさくら。
 一方、小狼の表情はフクザツであった。

 ………また、あれをやるのか…?

 一昨日は、もう最後かもしれないと思っていた。それが消えてしまう思い出だとしても、
 大切にしたかった。
 そして、劇の中での王子のセリフが自分の気持ちとシンクロして、自分の言葉のように
 口から出た。
 しかし、今もう一度、あのセリフを言えといわれても…。

 山崎君のケガの全快を、心から祈る小狼であった。


 その頃、千春ちゃんとデート中の山崎君は、タコ焼きそっくりのスーパーボールを手に、
 ちょうど木之本家の前を通りかかっていたのだが…。

 それはまた、別のお話である。
 (詳しくは、「劇場版・ケロちゃんにおまかせ!」をご覧ください。)




 − 2 − 舞台裏・その1

 ≪なでしこ祭≫はステージが途中で中断されたまま、いきなり朝を迎えてしまった
 わけだが、さすがに今回はさくらの魔力をもってしても誤魔化しようがなかった。

 幸い≪消(イレイズ)≫を使うまでもなく、≪無≫が街や人を次々と消していった記憶は
 人々の中から無くなっていたのだが、

 「いつの間に朝になったんだ?」

 「なんでこんな所で寝てたの??」

 という疑問に答えられる者がいる筈もなく(答えられる者は、そろって口をつぐんでいるのだ
 から当然だが)、≪ミステリーゾーン友枝町≫の名が更に高まったことは言うまでもない。
 …まあ、それはこっちに置いといて。

 ≪なでしこ祭実行委員会≫は、早々に祭りのメインイベントのステージを中断された
 「友枝小学校6年2組による創作劇・悲しい恋」から上演することを決定した。
 しかし、中断された劇が小学生の舞台とは思えないほどの出来であったとのウワサや、
 また何か起こるかもしれないという無責任な期待によって、再演日の観客席は祭りの当日以上の
 満員御礼となった。

 では、その舞台裏を覗いてみよう。


 「…だから、どうしておれがまた王子役なんだ!山崎、おまえケガ治ったんだろう!?」

 思わず大きな声を出す小狼に、いつもどおりニコニコと答える山崎君。

 「それは仕方がないよ、李君。ご町内の皆さんの要望なんだから」

 そう、仕方がないのだ。実は、実行委員会に寄せられた再上演希望の声とともに圧倒的
 多数を占めたのが、

 『あの劇でお姫様と王子様を演じてた子は誰?』

 という問い合わせだった。
 責任者の寺田先生が王子が代役であったことを告げたところ、

 『くれぐれも、中断前と同じ配役でお願いします!!』

 と実行委員の面々に念を押されてしまったという。

 「けど!それでいいのか?おまえ夏中ずっと練習していたじゃないか」

 真顔で言う小狼。彼も必ずしも王子役をやるのが照れくさくて嫌だというだけではなく、
 彼なりに山崎君に気をつかっているのだ。
 しかし、返す山崎君も真顔だ。

 「李君、≪災い≫を防ぐためにも、やって欲しいんだ」

 「災い…?」

 その、やたら聞き覚えのある言葉に、ぴくりと反応する小狼。

 「そうなんだ。日本には≪八百万(やおよろず)の神≫といって、神様が大勢いるんだけれど、
  その中の≪お芝居の神様≫はとっても気難しくて、お芝居がちゃんと上演されないと
  ≪災い≫が起こるといわれているんだ」

 「…そうか、それでこんなに早く再演が決まったのか…」

 納得する小狼。
 …いや、それは単に友枝町の住民が、そろってお祭り好きであるというだけのことなのだが。

 「でも、ちゃんと再演しさえすればいいのなら、別に山崎が王子役でもかまわないだろう?」

 小狼の問いかけに、深刻な顔で首を横に振る山崎君。

 「ただ、再演するだけじゃダメなんだよ。中断される前のままの配役でなければ
  その≪災い≫は勝手に役を変えた出演者に降りかかるんだ…。今回の場合は、ぼくと李君に」

 一体どうして小狼は、12歳にもなって山崎君のウソにころりと騙されてしまうのだろう?
 …それは多分、山崎君のウソには悪意が全くないからなのだろうが…。
 最高の聞き手を前に、ますます滑らかになる山崎君の舌。

 「世にも恐ろしい≪お芝居の災い≫。それは…災いの降りかかった出演者は、演じる筈だった
  役のようにしか話せなくなってしまうんだ…!」

 「何だって!?」

 青くなる小狼。

 ………するとおれは、この先さくらと話をするときは、『誰よりも笑顔の似合う貴女』とか
      呼んで、『ここでは名乗らぬのが礼儀です』みたいに、舌を噛みそうなしゃべり方に
      なってしまうのか…?

 「李君、困るよね?ぼくも困るけど」

 ニッコリと微笑む山崎君に、コクコクとうなずく小狼。

 「…山崎…、わかった。おれ、おまえの分まで頑張るよ」

 「ありがとう、李君!」

 輝くような笑顔で、小狼の手を握る山崎君。
 やがて、≪お芝居の災い≫を阻止すべく小狼は、やる気メーターMAXで着替えのために
 控室へと向かった。
 その後ろ姿を見送る山崎君の背後に、そっと忍び寄る人影が…。

 「…ま〜た、ウソついて…」

 「あはははは……聞いてた?でも千春ちゃん、止めなかったね」

 振り向いた山崎君に、制服姿の千春ちゃんは複雑そうな顔で答えた。

 「山崎君がいいって言うんだったら、李君が王子様役の方が、さくらちゃん、喜ぶでしょ?
  それに…」

 「それに?」

 「…やっぱり、お芝居だってわかってても、山崎君がさくらちゃんに『好きです』っていうの
  …あんまり……(聞きたくないなぁ)……って…」

 最後の方は俯いて、ごにょごにょと小声になってしまう。

 「ぼくもだよ」

 「え…っ?」

 山崎君の言葉に、思わず顔を上げる千春ちゃん。

 「ぼくも、千春ちゃん以外の女の子に、『好きです』っていうセリフは言いたくないから」

 「…山崎君…」

 ぽっと頬を染める千春ちゃん。しかし…。

 「そうそう、ところで知ってる?≪八百万の神≫の中には、他に≪TVドラマの神様≫や
  ≪映画の神様≫なんかもいて、最近では≪アニメの神様≫なんかも生まれたらしいん
  だけれどね。この神様っていうのは……」

 「もおおぉ〜〜せっかくいい雰囲気だったのに、ど〜してそういうこと言うの〜〜!!!」

 山崎君の首をつかんで振り回す千春ちゃん。

 「アハハハハ……千春ちゃん、苦しいってばぁ〜〜」

 その、いつもの光景に知世が遠慮がちに声を掛けた。

 「千春ちゃん、山崎君と楽しそうなところを申し訳ありませんが、そろそろお着替えに
  なりませんと…」

 「えっ、もうそんな時間?ありがとう知世ちゃん。…山崎君、李君には後でちゃ〜んと
  『あれはウソだったんだよ』って言って謝るのよ!わかった!?」

 山崎君の首を解放した千春ちゃんは、侍女役の衣装に着替えるために控室へと走っていった。
 千春ちゃんが行ってしまうと、おもむろに知世は腕に下げたバッグの中からあるものを取り出した。

 「山崎君、それではお約束のものを…。この秋、大道寺トイズより発売予定の
 ≪テ○リス・エ○ーナル○ート≫の試作品ですわ」

 「ありがとう、大道寺さん。ぼくこれ、すっごく楽しみにしていたんだ〜♪」

 「いいえこのぐらい。さくらちゃんと李君のベストショットが撮れることに比べれば
  お安いものですわ〜〜!!」


 山崎君と別れたあと、手に下げたバッグからこっそりと顔を出した黄色いぬいぐるみ…
 もとい封印の獣・ケルベロスことケロ。
 とたんに、なぜだか辺りが暗〜くなり、奇妙な効果音が…。

 「買収かいな〜。知世、つくづくお前もワルよのぉ〜〜」

 「お二人のベストショットを撮影するためには、手段を選びませんわ〜〜。
  (ぼそっ)…でも山崎君は始めから、そのおつもりだったようですし…ささやかな
  お詫びですわ…」

 「あん、何かゆ〜たか〜?」

 「いいえ、何も」

 ニッコリと微笑む知世に、首をかしげるケロ。
 やがて知世はバッグから取り出したビデオカメラに、うっとりと頬擦りを始めた。

 「ついに、先日の雪辱を晴らす時がまいりましたわ。大道寺知世、さくらちゃんのお姫様姿は
  1秒たりとも撮り逃しませんことよ〜!おほほ、おほほほ、おほほほほ〜〜♪♪」


 かくして『悪の越後屋』知世の暗躍により…かどうかは定かではないが…、姫=さくら&
 王子=小狼という配役が再び実現した。
 現在、開演20分前。
 さて、無事に幕は上がるのであろうか?


                                        − つづく −

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 (初出01.2〜3 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)