再演版・悲しい恋



 − 5 − 劇中・その1

 舞台に次々とスポットライトが当てられる中、舞台衣装を身に着けた少年達が、一斉に
 床を軽くつま先で叩いてリズムをとる。
 それを合図に、優雅なワルツが始まった。
 音楽と共に二人一組になった少年と少女が踊る。少女達の裾の長いドレスのスカートが
 ふわりと舞う。
 少年も少女も、皆、仮面をつけている。

 ここは、とある時代。とある国の宮殿の仮面舞踏会である。
 やがて舞台の左手から、ピンク色の仮面を付けた、さくら扮する姫君が四人の侍女と共に
 登場した。
 客席からどっと拍手がわきおこり、さくら達は一瞬、びっくりしたように客席を見たが、
 そのまま舞台の中央にある椅子に腰を下ろした。

 「隣の国との≪魔法の石≫をめぐる争いで、姫様もお疲れでしょう」

 と、ダイヤの侍女(佐々木利佳)。

 「この舞踏会は、みんな仮面をつけて参加します」

 と、ハートの侍女(三原 千春)。

 「どうぞ、心置きなくお楽しみ下さい」

 と、スペードの侍女(柳沢奈緒子)。

 四人の侍女の衣装には、それぞれトランプの札がデザインされている。
 小狼の王子代役が決まった時、苺鈴が『それなら、私も出たいな』と言ったため、当初
 三人だった侍女は急遽、四人になった。
 その時、知世のアイディアで衣装にトランプの模様を付けたのだ。

 「ありがとう。でも、わたし、ダンスはあまり得意ではないから…」

 ためらう姫の気分を引き立てるように、クラブの侍女(李 苺鈴)が明るく言う。

 「大丈夫です。踊りの得意な殿方といっしょに踊るのが、一番の上達法ですわ」

 そして、姫の手をとって椅子から立たせた。

 「さあ」

 侍女達に促されるまま、舞台の中央に進み出る姫。
 しかし、そのまま踊る人々の間を通りぬけ客席の間際まで来ると、その両手を固く
 組み合わせた。

 「だめ。やっぱり、知らない人と踊るなんて出来ないわ。
  それに、≪魔法の石≫の行方が気になる…」

 客席を向いたまま、姫は語り続ける。

 「≪魔法の石≫。手に入れれば、不思議な力が思いのままになるという。
  我が国は、永く隣の国とその石を争っている」

 姫は、ふっと溜息をついた。

 「争いなど、なくなればいいのに。
  そして、争いの元になる≪魔法の石≫は誰かのものになるより、なくなってしまったほうが
  いいのかもしれない」

 「まったくです」

 舞台右手より、赤い仮面をつけた、小狼扮する王子登場。
 ここでも拍手がわきおこり、しばし演技が中断しかかるが、眉間に縦皺をよせた園美さんの
 指示により、大道寺家私設警備隊のお姉様方が客席に制止をかけたため、すぐに拍手は
 静まった。

 「…私も、そう思います」

 思わぬ客席の反応に驚きつつも気を取り直し、二人はセリフを続ける。

 「どなたでしょう?」

 「ここでは、名乗らぬのが礼儀です」

 「そうでしたわね。わたし、仮面舞踏会は初めてで…」

 「私もです」
 
 「まあ!」

 姫は、嬉しそうに目の前の貴公子を見つめる。

 「忙しい毎日で、踊るなどということを忘れていました。
  今日は臣下の者が、塞ぎ込んでばかりの私を連れ出してくれたのです」

 「同じですわ」

 無邪気に喜ぶ姫に、彼も口元に微笑みを浮かべる。

 「争いが嫌い。舞踏会は初めて。私達は、似た者同士ですね」

 「ええ」

 彼は軽く腰を降り、右手を姫に差し出した。

 「踊っていただけますか?」

 「でも、わたし、ダンスは…」

 恥ずかしそうに躊躇う姫に、彼はそっと囁いた。

 「私も、苦手ですよ」

 「きっと、足を踏んでしまいます」

 「では、上手く避けることにしましょう」

 姫は差し出された腕をとり、舞台の中央に進み出た。
 仮面をつけているとはいえ、自国の姫に気づかない筈もなく、踊っていた人々は深く腰を
 折り頭を下げる。
 やがて、最初の見せ場でもある二人のワルツのシーンが始まった。


   * * *


 さくらの着る淡いピンク色のドレスが、タ−ンのたびに華のように舞う。
 この場面のために細かなプリーツをほどこした、知世会心のお姫様コスチュームである。
 今は亡き最愛のひとの面影をその中に見るのか、まぶしげに目を細める園美さんと藤隆さん。
 客席の各所からもれるため息。
 そして、その一角からもれる歯軋り。

 「…あのガキ…!いつか必ずシメる……!!」

 拳を握り締める桃矢に、苦笑する雪兎。
 やはり彼等は、今回も立ち見のようだ。

 「とーやも、あきらめがわるいね」

 「うっせ―ぞ、ゆき」

 「あ〜〜わかったぁ!うらやましいんでしょ――。
  もうっ、とーや君ったら水臭いなあ。わたしがいつだって一緒に踊ってあげるのに〜〜」

 エリオルとともに舞台裏まで差し入れのバスケットを運んだ後、こつぜんと姿を消して
 いた奈久留は、やはり『と−や君≪と≫月城君≪で≫遊ぶ』ために来ていたようだ。

 「…秋月…」

 「奈・久・留♪」

 「どーでもいいから、背中にぶらさがるのはやめろ…」

 桃矢の背中には、≪おんぶおばけ≫のごとく奈久留がひっついているのであった。


   * * *


 あと、もう少しでワルツが終る…。
 それで、気がゆるんだのだろうか?それとも彼の顔ばかりを見つめていて、足元の注意が
 おろそかになっていたのか?
 姫は何かにつまづいて、バランスを崩した。

 「きゃっ!?」

 「危ない!!」

 転びかけたさくらを、とっさに抱きとめた小狼。
 まるで、計ったかのようなタイミングで、音楽が終った。
 客席の拍手と歓声に我に帰り、顔を真っ赤にしてぱっと離れる二人。
 その様子が、更に観客を喜ばせる。
 むろん、桃矢が

 「あンのガキ〜〜〜!!!」

 と、拳をふるふるさせていたのは言うまでもない。
 拍手が小さくなったのを幸いに、小狼が早口で次のセリフを言う。

 「お…お疲れになったでしょう。ここは人が多すぎるようです。
  あちらで、休みませんか?」

 「は…はい」


 こちらは、舞台袖。
 ビデオを手にした知世のお目々は、お星様満載状態。

 「ベストショットでしたわ〜〜♪(うっとり〜)」

 苺鈴もまた、満足げである。

 「小狼にしては、やるじゃないの」

 知世のバッグから上半身をのぞかせたケロはといえば。

 「ま、わいにくらべると、まだまだ青いけどな〜」

 そして、その奥では…。

 「…エリオル。今、何かしましたね?」

 エリオルが差し入れを詰めて持ってきたバスケットの中の一つから、スピネル・サン…
 今の黒い子猫の姿では『スッピー』の方が似合っているのだが…が、顔を出す。

 「ちょっとした、演出だよ」

 ニッコリと答えるエリオル。
 生まれ変わっても、退屈が嫌いなところと屈折した性格は治らないらしい。
 その屈折した愛情を一身に受ける少女と少年に、スピネルは心から同情するのであった。




 − 6 − 劇中・その2

 セットが変わり、舞台は仮面舞踏会の行われている、この国の宮殿の庭。
 あずまやに腰掛けた二人は、しばらく話をした。

 共に争いを嫌っていること。
 魔法の石を求めることなどやめて隣国と話し合い、平和を得ることは出来ないかと思って
 いること。

 「…ずっと、捜していました。この国で、私と同じ考えを持つひとを。
  今日、貴女とお会い出来たのは、神の御導きでしょう」

 微笑む彼に、姫は言った。

 「もう、お気づきになっているのでしょう?わたしが誰であるか…」

 「…はい、姫君」

 「仮面舞踏会といっても…ダンスを踊るのに皆があのように場をゆずり、頭を下げるのでは、
  仮面の意味もありませんわ…」

 苦笑を浮かべる姫に、彼は言った。

 「意味のない仮面なら、いっそ外してしまってはいかがでしょうか?」

 意外な申し出に、戸惑う姫。

 「…でも…」

 「私も、外しましょう。姫、貴女には本当の私を知っていただきたいのです」

 この方のことをもっと知りたい。このまま別れてしまいたくない。
 そう思っていた姫は素直にうなずいた。

 「…はい…」

 この出会いを終らせたくない二人は、互いに仮面をとった。
 しかし…。

 「…そんな…」

 彼の顔を見て、激しく動揺する姫。

 「………。」

 それを予期していたのか、彼は無言である。

 「わたしは…わたしは、あなたによく似た方を存じております。肖像画で…。
  あなたのように、優しい目をした方でした。
  敵である隣の国の王子だなどと思えないくらいに…」

 「姫……。」

 「他人の空似ですわね?あなたは…」

 「いいえ」

 肯定を求める姫の言葉に苦しそうに、しかし彼は、はっきりと答えた。

 「そんな…!」

 姫は悲痛な声を洩らした。

 「あなたが、わが国と争っている隣の国の王子だったなんて…」

 ショックの余り肩を震わせる姫の前に、彼…隣の国の王子は跪(ひざまず)いて言った。

 「姫、どうか泣かないで。
  誰よりも笑顔の似合う貴女を悲しませてしまう私を、許して下さい。
  けれど、この気持ちを止めることは出来ない…」


 本来なら、ここでは≪姫≫は≪王子≫から視線をそらせている筈であった。
 しかし、次のセリフを知っているさくらは、思わず小狼の顔を見てしまう。
 台本に従って、跪いたまま顔を上げた小狼は、思いっきり期待を込めたまなざしでこちらを
 見つめるさくらと、まともに目が合ってしまった。

 「…私は、貴女が…す、す、す……」


 「だ――っ、じれったい!何やってるのよ小狼!!」

 舞台袖で幕を掴み、地団太を踏む苺鈴。

 「前んときはスラスラ言えとったのになあ。
  やっぱりあれは、まぐれやったんか」

 ≪隠れる≫ことを忘れつつあるらしいケロ。

 「おほほほほ…。あの時と今とでは、だいぶ状況が変わりましたから…」

 わくわくとビデオを構える知世。


 「…好きです!!(////かあああぁ////)」

 赤面しつつ、やっとの思いで言いきった小狼こと王子。
 ところが…。

 「…うれしい…」

 姫は、呟いた。頬を染めた、とろけそうな顔…。
 いわゆる≪はにゃ〜〜ん状態≫になっている。

 「……え?」

 セリフが違う…と、疑問に思う間もなかった。

 「うれしいよぉ、小狼くん〜!!」

 姫…いや、≪さくら≫は≪小狼≫に抱きついた。


 『わたしの一番は、小狼くんだよ!』のお返事を『おれもだ』ですませてしまった反動が、
 こんなところで出てきてしまったのだろうか…?

 「だめだよ〜、そんなところでアドリブいれちゃ〜!」

 何やら緊張感のない声で、舞台の二人にツッコミ…もとい抗議する奈緒子ちゃん。

 「…アドリブ…?」

 あっけにとられる苺鈴と、頭を抱えるケロ。

 「アカン、さくら、ワケわからんようになっとるわ…。しかし、客にはウケとるな…」

 そう。客席からは何故か拍手と、

 「キャーッ、カワイイ〜〜!!」

 との歓声が上がっていた。
 むろん、その黄色い声にかき消された叫びがあったことは言うまでもないが。

 「あのガキ〜〜!!!ぜって−シメるっ!!!!」

 そして、ケロと苺鈴のすぐ隣でも…。

 「超絶ですわああぁ〜〜〜!!!!!」

 「……大道寺さんにもウケてるわね……」

 「……せやな……」

 脱力気味につぶやく苺鈴とケロ。
 そして、彼等の背後では…。

 「…エリオル…」

 「今のは私じゃないよ、スピネル」

 尋ねられる前に淡々とした口調で返事をする主に、羽根の生えた黒猫は言った。

 「…いえ。あなたが、ものすごく楽しそうだと思って…」

 「これからもっと楽しくなるよ。何しろ私にも、さっぱり予想がつかないんだからね」

 眼鏡の奥の瞳が、実に嬉しそうに細められた。


 不世出の魔術師クロウ・リードの生まれ変わりであるエリオルにすら、先の見えないこの舞台。
 さて、一体どうなる!?


                                        − つづく −

                                        − もどる −

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 (初出01.2〜3 「友枝小学校へようこそ!」様は、既に閉鎖しておられます。)