言 寿



「今、何時だと思ってるんですか?」

玄関で待ち構えていた奥さんは、少々ご立腹のようだった。
大きくはないが、あからさまに不機嫌な声に、笹塚は腕時計を確認する。

「……23時5分…。」

いつもならツノを立てられるような時刻ではないし、遅くなるという連絡も入れてあった。
だが、15歳年下の彼女は腰に両手をあて、笹塚を睨む。

「だから、時間をきいてるんじゃないっつ−の!!
 誕生日くらい、もう少し早く帰って来れないんですか!?」

結婚して8年。ツッコみ癖と敬語口調を、今も見事に使い分ける彼女。
旧姓・桂木弥子、元・女子高生探偵。
警察という職業を十分に理解している彼女が、ここまで言うのはよっぽどだ。
だから笹塚は、頭を下げるしかない。

「………ゴメン」

短すぎる詫びの言葉にも、弥子は仁王立ちの姿勢を崩さない。
首筋あたりで切り揃えた髪が、微かに揺れる。

「謝る相手は、あの子達にしてください。
 あんなに頑張ってたのに…。嫌われちゃっても、知りませんからね」

目尻を釣り上げての言葉が、グサグサと胸に刺さった。


   『おとうさんのたんじょうびをおいわいする』


随分前から、張り切っていた子ども達。
一男一女。年の離れた奥さんと同じくらい、大切なもの。


   『きょうははやくかえってきてね』


今朝も、何度も念を押されたというのに。この時間では、とっくに寝ている筈だ。
寝顔に謝って、明日の朝も謝り倒して。
また、守れる保証のない約束を山ほどするしかないだろう。

笹塚は溜息を吐いた。

つくづく恨めしいのは、あの立てこもり犯だ。さっさと突入して、2、3発撃てば…。
いや、それでは始末書の山で、今夜は帰れなかっただろう。
やはり、時間を掛けて説得したのが正解だ。おかげで人質も無傷だったのだから。

今日一日を振り返りながら、リビングに続くドアを開ける。


   ぱあぁん


軽い破裂音に、目を見張った。
降ってくる、キラキラした金と銀の紙切れ。細い紙テ−プ。

「おとうさん、おめでとう!!」
「めでとぉ−!!」

椅子の上にちょこんと座り、満面の笑顔を浮かべる息子と娘。
両親およびその家系の特徴を、それぞれ分担して受け継いでいる。

「さぁ、お待ちかねのケ−キですよ〜!!
 ほら、早く座ってくださいね」

軽く肩を叩かれて振り返ると、弥子は“してやったり”という顔だ。
家族の笑顔に囲まれて、笹塚は椅子に腰を降ろした。


   * * *


小学校2年生になる息子が、自分で作ったというバ−スデ−ケ−キ。
生クリ−ムで真っ白に塗られ、フル−ツとチョコスプレ−で飾られている。
弥子も手伝ったのだろうが、年齢からすれば上出来だ。
将来の夢はケ−キ屋さんだとかで、母親の期待を集めている。
もっとも、先週はサッカ−選手で先月は宇宙飛行士だったから、まだアテにはならない。

高いト−ンとテンションでの、盛大なハッピ−バ−スデ−。
大きめのロウソク4本と、小さめのロウソク数本を吹き消すと、拍手喝采。
食卓は、色紙で作った輪っかやティッシュペ−パ−製のバラで飾られている。

3つになった娘からのプレゼントは、リボンを掛けて丸めた画用紙。
B4サイズをクレヨンで力いっぱいに塗りつぶした大作だ。
茶色の四角に灰色のマルが乗っかった周りに、色とりどりの花とチョウチョらしきもの。
『おとうさんをかいた』そうだ。
抽象画の才能があるのかもしれないと、笹塚は真面目に思った。


こんなこともあろうかと、たっぷり昼寝をさせておいたという弥子だが、やはり子どもには
遅すぎる時間だ。
切り分けたケ−キを頬張りながら、しきりに船を漕いでいる。
父親が帰ってくるまではと頑張っていた緊張が、切れた所為もあるのだろう。
笹塚が1切れを食べ終わる頃には、2人共テ−ブルに沈没していた。

「大晦日だって、こんなに遅くまで起きてなかったもんねぇ〜」

小声で言いながら、弥子が下の子を抱き上げる。
笹塚も上の子を抱き上げたが、暫くぶりのその重さに驚いた。
本当に、子どもは成長するのが早い。

父親の髪と母親の髪を混ぜた色の癖っ毛からは、バニラの匂い。
ムニャムニャと寝言を呟く息子の背を、軽く撫でてやる。
きっと、娘の小さな手からはクレヨンの匂いがするのだろう。
振り返ると、サラサラの黒い髪を白い指が梳いていた。


小学生と3歳児が共有する部屋は、夏休みの課題とゲ−ム、ぬいぐるみと絵本でいっぱいだ。
子ども部屋の2段ベッドにそれぞれを寝かせ、腹を出さないようにタオルケットでくるむ。
あと数年で、今の住まいも手狭になるだろうと思いながらドアを閉めた。
子ども達の夢を妨げないよう、出来るだけ静かに。


   * * *


風呂で汗を流してリビングに戻ると、テ−ブルには食事の支度が整っていた。
どうやら、ケ−キを夕食代わりにせずに済むらしい。
グラスと共に弥子が台所から運んで来たのは、入手困難で有名な限定品の焼酎だ。

「今日もお仕事、お疲れ様でした!!
 はい、これが私からのプレゼント。奮発したんですよ〜」

成る程、瓶の首には確かにリボンが掛っている。
……が。

「……もう、先に呑んでない?」

既に封が切られ、僅かに中身が減っていることを指摘すると、弥子は慌てて言い繕った。

「だ、だって!!(////)
 ちゃんと味見しないと、お酒に合ったおつまみが作れないじゃないですか−。」

確かに、それも一理ある。
彼女の料理は、酒にも笹塚の口にも合うものだった。

「は−、幸せ〜ッ!!」

酒を飲み、料理を頬張りながら弥子が言う。
いつものように、満面の笑顔で。

「……そ−ね」

焼酎のグラスを手に、笹塚は目を細めた。
たくさんの贈物をくれた彼女に。

幸せという、贈物を。


リビングの戸棚の上には、古い写真。
ずっと昔、家族で北海道に旅行した時のもの。
“ささづかのおじいちゃんとおばあちゃんとおばさん”と、子ども達が呼ぶ両親と妹。
その中に居る自分。家族の中で、笑っている。
今と、同じに。


TVから流れる時報が、40と何回目かの誕生日の終わりを告げる。
その直前、懐かしい声が聞こえた気がした。


   『誕生日、おめでとう』
   『おめでとう』
   『おめでとう、アニキ』


「……ありがとう」

応えた呟きに、箸とグラスを置いた奥さんが、ぎゅっと笹塚の手を握った。



                                   − 終 −


※ 言寿(ことほ)ぎ:言葉によって祝福すること。言祝ぎ。寿(ことぶき)。ことほがい


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(以下、反転にてつぶやいております。)

笹ヤコ未来パロ、またの名を「笹塚さんを幸せ責めにしてやろう!!」計画の一環。
以前に書いた「既視」のその後のような、そうでないような…。
共通点は笹塚さん宅の家族構成。
お子さんの名前も笹塚夫妻の互いの呼び方も、やはり出さずに済ませています。