等 価



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ネウロが予測した、“ヒステリア”の次の爆破場所。
ビル街にある公園に弥子が連れて行かれたのは、翌日の日も暮れてからだった。

警視庁にも近い大川公園は、昼間はサラリ−マン等の憩いの場所だが
夜ともなれば、そこかしこでカップルがいちゃつくデ−トスポットだ。

「…ねぇ。爆弾、捜さないの?」

到着するや、車の進入を防ぐための金属製の柵に腰を降ろす魔人に、弥子が尋ねる。
正面にある噴水を眺めながら、ネウロは珍しく丁寧な説明をした。

「“ヒステリア”は順序に従って爆弾を仕掛けているのだ。
 それを途中で崩しては、奴に警戒され、折角準備してくれている我が輩の“謎(しょくじ)”に
 支障が出るかもしれん。
 今回は奴の予定どおり、爆破させておけば良い。
 ここに来た目的は、我々が爆破を予測した事実を警察に示すことだけだからな」
「そんな…。爆発が起こったら、また誰か死んじゃうかも知れないのに!?」

思わず問い詰める弥子に、感情の無い声が返される。

「それが、どうかしたか?」

深緑の眸には、腕を組んで歩いたり、相手を待って佇む大勢の人間が映っているのに。
魔人には虫けら程度の認識しかないのだ。

弥子は両手を固く握り、深呼吸した。
今更、それに憤ったところで何の解決にもならない。

「……で、でもさ。ここで爆弾を見つければ、あの笛吹とかいう人だって、わたし達を見直して
 捜査に協力させてくれるかもしれないじゃん?」

自分を抑えて、弥子は言い方を変えてみた。
ネウロは手袋をした手を顎に当て、考える素振りを見せる。

「フム、なるほど」
「でしょ?だからさ、イビルなんとかって目玉みたいな虫を使えば、すぐに…」

しかし、それは本当に“フリ”だけだ。
大きく歪んだネウロの口からは、鋭い牙がズラリと覗いている。
普段の助手顔とは別人のような、魔人の本性が垣間見える悪魔の笑み。

「では、貴様が自分で捜し出すがいい。
 この程度の悪意では、我が輩の貴重な魔力を使う割が合わんのでな。
 その薄っぺらい身体を吹き飛ばされないよう、せいぜい気をつけることだ」


   * * *


ベンチの下を覗きこんでは、並んで座るカップルの顰蹙を買い。
茂みの中に頭を突っ込んでは、覗きと間違えられて悲鳴と罵声を浴びせられ。
散々な目に遭いながらも、弥子は懸命に爆弾を捜した。

何度も警察に電話しようかと思ったが、その度にキャリア警視のキンキン声や
ノンキャリア刑事のダルそうな低い声を思い出して頭を振る。
それに、勝手に警察を呼んだりなどしたら、ネウロにどんな目に遭わされるか。
想像するだけで恐ろしい。

そうこうする内に、時刻はもうじき午後7時30分だ。
さっき甘い雰囲気をぶち壊したカップルの話では、公園の中央にある噴水が
ライトアップされるらしい。

……早く見つけなきゃ、ますますカップルが増えちゃうよ。
   いくら流行りだからって、何でこんな小さな噴水まで…、…!?

ふいに、弥子の頭に閃くものがあった。
ここに来るなり噴水を眺めていたネウロの横顔…。
振り返ると、迸る水の中ではチカチカと青白い光が瞬いている。
噴水台の縁に座るカップルと、人待ち顔で佇むサラリ−マン風の男性。
理屈ではなく直感で、弥子は彼等に向かって駆け出そうとした。

「にげ…、んがゲッ!?」

後ろから襟首を掴まれ放り投げられるのと同時に、噴水が砕け散る。
まともに爆風を食らったカップルとサラリ−マンが、地面に叩きつけられた。

「どうやら、照明の点灯と起爆装置を連動させたようだな」
「………!!」

同じく地面に叩きつけられた弥子は、頭の上から降ってくるネウロの声を聞きながら
暫く動けずにいた。


   * * *


今回の“ヒステリア”の目的は、噴水の破壊だけだったらしい。
たまたま縁に座っていたカップルと、人との待ち合わせ中だった男性は重傷を負ったが
命に別状は無いようだ。
他には飛び散ったコンクリ−トの破片での軽症者が数名出た程度で済んでいる。

救急車のサイレンや、近くの交番から駆けつけた警察官が野次馬を遠ざけようと
張り上げる声を聞きながら、弥子は唇を噛んだ。

“謎”を喰う(とく)ことにしか関心を持たない魔人には、犯罪を未然に阻止する気は
カケラもない。
むしろ、人が死んだり傷ついたりすることは、魔人にとって歓迎すべきことなのだろう。
その結果、コイツが欲して止まない“謎(しょくじ)”が生まれるのだから…。

……でも、ネウロは最初から今度の爆発は大したことなくて、誰も死なないって
   わかってたのかもしれない…。

良い方に考えすぎかもしれない。
だが、そうとでも思わなければ、この先も探偵役としてネウロにつき合っていられそうもない。
再び柵の上に腰を降ろし、警察を待ち受ける魔人の隣で、弥子は重い気分を抱えていた。

やがて覆面パトカ−が公園入口に横付けされ、会いたくない面々が現れる。
小柄な警視と、長身で無口なその部下。
そしてくたびれた刑事と、弥子達を邪険にする役を取られて影の薄いその部下だ。

「おまえら!!どうしてここに…!?」

男にしては甲高い声でキャンキャン喚く笛吹より、その後ろで深々と溜息を吐いた笹塚に
弥子は無性に腹が立った。
こっそり捜査に協力させてくれていれば、怪我人だって出さずに済んだかもしれないのに。
口ばっかりの上司の言いなりにコキ使われて、格好悪いったらない。

「さては、やはりおまえら…。犯人と何らかの繋がりを持っているな?」
「いいえ、昨日の爆破は確かに偶然近くにいましたが、今日は違います。
 爆破の順番を読んだのです」

見当違いな言いがかりまでつけはじめた笛吹を、ネウロが軽くあしらっている。
普段はムカツク慇懃無礼な物言いも、白々しい助手顔も、今は胸がすく気がした。
両者が応酬を繰り返す間に、弥子の側まで近づいた笹塚が抑揚の無い声を掛ける。

「弥子ちゃん、帰れっつってたハズだけど?いられると、迷惑なんだってば」

実のところ笹塚の態度は、いつもと同じなのだ。
表情からも声の調子からも、何も読めない。
昨日、“たこわさ”を持って事務所を訪ねてくれた時と、変わらない筈なのに
口にする言葉が違うだけで、自分を見る目が冷たいと感じてしまう。

「…フンッだ…。こちとら、自由の身の女子高生ですよ−だ。
 権力の手下さんの言うことなんか…、聞く耳持ちません!」

こんな可愛くない態度を取ってしまう自分は、構ってもらえないことに拗ねている
子どもみたいだと思う。
もっとも、当の相手は不快な顔一つ見せず、他人事の様にぼそりと呟くのだ。

「手下…、…まあ…そ−ね」

……うわぁ、めっちゃイラつくッ!!

その場で地団駄を踏みたくなる弥子だったが、踏みしめるべき地面は彼女の足元にない。
助手顔をしたネウロにサマ−ベストの襟首を掴まれ、宙ぶらりんの状態で“自分の”推理の
続きを聞く羽目になった。
そして、またもや話の途中で植込み目がけてブン投げられる。

(低脳なワラジムシめが。懐柔すべき相手に喧嘩を売ってどうする)

植込みから這い出した弥子は、葉っぱと小枝にまみれてぷうっと頬を膨らませた。
八つ当たり混じりに喧嘩を売っても、毛ほども気にしない相手にどうしろというのだ。
睨みつけても、感情を持たない魔人も感情を見せない刑事も、平凡な女子高生など
振り向きもしない。
ちょうど助手の“代弁”も、佳境を迎えたところだった。

「この国で“Q”が頭文字の名前がつく建物は、非常に珍しい。
 ……最後の目標にふさわしい“q”がつく建物…」

ネウロの言葉に、その場に居合わせた全ての者が同じ方向に目を向ける。
朗々と通る美声が次の爆破場所を予言した。

「クイ−ン メアリ−ズホテル70階!
 順番に従うなら、“ヒステリア”は間違いなくあの建物を選ぶでしょう」

立ち並ぶビルを従えるかのように、一段と突出した超高層ビル。
“女王”の名を冠する光の塔を見つめて、弥子はぽかんと口を開けた。


   * * *


午前2時。クイ−ン メアリ−ズホテル70階屋上展望台。
…の、女子トイレの個室。

「……素晴らしい。なんと繊細で感じやすい構造。
 さあ、我が輩の前にその中身を余すところ無く晒すが良い…。」

天井裏からは、ブツブツと呟く男の声。
言い回しが妙にエロいのは、新手のセクハラに違いない。

「………、あのさぁ…。もうちょっと静かに解体できないの?」

思わず弥子が文句を言うと、冷たい声が降ってくる。

「黙れ、この溢れ出る甘露のような悪意と殺意を味わうことも出来ない便所雑巾が。
 …ああ、いけない。もっと優しく丁寧に解きほぐしてやらなくては…。」

誰の所為で、用も無いのにトイレの個室に突っ立って、見張りをしなければならないのか。
言ってやりたかったが、本気で便所雑巾にされかねないので黙ることにする。


一旦は笹塚等と共にホテルに移動したネウロと弥子だったが、結局は体よく追い出された。
その後、家に戻った弥子は深夜に叩き起こされ、再度ホテルを訪れているのである。
今回はネウロも“魔界の凝視虫(イビルフライデ−)”を使い、事前に爆弾を発見していた。
それが屋上展望台の女子トイレの天井裏という訳だ。

この時刻では一般客への公開も終わっており、他の女性客が入ってくる心配は無いが、
警備の見回りが来たらと思うと、騒ぐのはよろしくない。
幸いなことに、“ヒステリア”の仕掛けた起爆装置の解除は5分とかからず無事終わった。

「あとは作った本人を捜し当て、自らの敗北を確認させる。
 それで“謎”のエネルギ−は、そいつから放出される。
 ……ところでヤコ、貴様の携帯を寄こせ」

ホテルの外に出るなり、ネウロは片手を差し出し要求する。

「絶対ヤダ!あんた、またバラバラにする気でしょ−!?」

魔人の暇潰しに携帯を分解され、買い替えたばかりの弥子はキッパリ拒否した。

「同じパズルを2度解くほど我が輩、暇ではない。明日のステ−ジへの招待のためだ。
 …さて、優しい主人である我が輩が、貴様に選択権を与えよう。
 呼び出すのは、やる気満々の男と、やる気が無さ気な男の、どちらが良い?」

差し出したのとは逆の手が、切れ味の良さそうな刃物になって弥子の頭に伸ばされる。
即座に頭を90度に下げ、携帯を差し出した。

「……やる気が無さ気な方でお願いします」

本当はどちらも御免だが、二者択一以外の選択肢が無いなら仕方がない。
携帯を手にしたネウロは、もう一方の手を刃物から“異次元の侵略者(イビルスクリプト)”
に変える。
SFのアンドロイドように金属的なソレは、コンピュ−タ−に侵入するための魔界道具だ。
人差し指が携帯の液晶に沈み込むと、程なく画面に11桁の数字が浮かび上がった。
そのまま、自動的に呼び出しになる。

 『……はい』

4コ−ル目で、いつもにも増してダルそうな声がネウロの手から漏れ聞こえた。
思わず2、3歩近づき、聞き耳を立てる。

「笹塚刑事、明日ぜひ例のビルへお越し下さい。
 おそらく明日あたり、“ヒステリア”は爆弾を仕掛けて来ますよ」

名乗りもせず、ネウロは陽気な助手声でいきなり本題を切り出した。

(えっ、“明日”!?それじゃ、さっきの爆弾は…、もがブッ!?)

 『……てゆ−か、携帯の番号教えたっけ?』

やる気の無さ気な口調でも、突っ込むべきところはしっかり突っ込んでくる。
それを右から左に流した魔人は、弥子の顔面を片手で鷲掴んだまま、一方的に喋った。

「信じるも信じないも、貴方の自由。でも、上司を出し抜くチャンスですよ!!」

言いたいことだけ言って通話を切ると、ネウロは弥子と携帯を放り投げる。
空中でキャッチした弥子は、今度はホテルの中庭の植込みにダイブした。
とりあえず無事だった携帯に、折り返しの連絡が来る様子は無い。

「……ねぇ、ネウロ。笹塚さん、本当に来てくれるかな?」

5時間程前は、犬か猫でも追い払うような仕草でホテルから追い出されたのだ。
それに今のところ、ホテルの警備が強化された様子もない。
やっぱり信じてもらえなかったのかもしれない…。

「知らん」

一言で返され、携帯を握りしめていた弥子は思わず突っ込む。

「ちょっとぉ!?」

だが、ネウロは背後に立つクイ−ン メアリ−ズホテルを見上げ、舌なめずりをするばかりだ。

「来ようと来るまいと、我が輩は明日、あの“謎”を喰う。
 だが、我が輩は食後の“ヒステリア”に用など無い。あるのは警察の方だろう。
 刑事が来なければ来ないで、わざとらしい推理ショ−を演じる必要もない。
 却って面倒が省けて良いかもしれんな」
「あ、“わざとらしい”って自覚はあったんだ……って、イタタタタッ!!」

今度は弥子の頭を鷲掴み、ギリギリと締め上げながら、ネウロは罵詈雑言を浴びせかける。

「それもこれも、貴様がいつまでもワラジムシで豆腐な便所雑巾な上に、
 貧相な大根だからではないのか?」
「……だから、貧相は余計だっつ−の!!!」

ソコだけは、どうしても主張したい弥子であった。



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(以下、反転にてつぶやいております。)


クイ−ン メアリ−ズホテルの一つ前の、大川公園の爆破事件。
ネウロは爆破を予測してそこに来たものの、阻止はしません。
死者が出たかは不明ですが、確実に負傷者は複数出ている様子です。
魔人としては当然のことなのでしょうが、それを弥子ちゃんは黙って見ていたの!?
…というのが疑問だったので、捏造してみました。
(実際は、爆破前から公園に居たのかどうかわからないのですが…。)
ネウロが冷血ですみません。でも私の中の魔人様は概ねこんなカンジです。

また、笹塚さんに対しては“明るく元気な、いつも笑顔の女の子”でいる弥子ちゃんが
拗ねたような反抗的な態度を取るあたり。
凄い可愛い〜vvと思ってましたので、この場面を書けて満足です。
ネウロに対する遠慮の無さと、良い対比だなぁと思います。